作品タイトル不明
二十三話 森奥に潜むモノ④
俺は世界樹のオーテムを前衛に立たせ、根の届かなさそうな位置まで退くことにした。
イーベル・バウンは俺を睨むも、すぐ目線から外した。
宣言通りオーテムから壊してやろうという心積もりらしい。
イーベル・バウンを中心に、数多の黒い根が地中から伸びる。
丸太のように太いそれは、蛇のようにうねりながらオーテムへと鋭利に尖った先端を向ける。
ふふん、玩具如きと言いながらえらく警戒してるじゃないか。
さっき鼻を削り飛ばされたのがかなり堪えているようだ。
イーベル・バウンの黒い根は、絡み合いながらオーテムへと襲いかかる。
オーテムはそれをひょいひょいと紙一重で躱す。
オーテムが躱すごとにどんどんイーベル・バウンの後端が吊り上がり、苛立ちが露わになる。
黒い根の一本が、他よりも僅かに遅いスピードでオーテムへと襲いかかる。
恐らく、避けさせることを前提にしたフェイントのつもりだったのだろう。
オーテムはそれを敢えて躱さず留まり、高速で宙返りをする。
元より命令として組み込まれている範囲でしか動かないオーテム相手に、ケチな心理戦など通用しない。
あんなわかりやすいフェイントへの対処くらい導入済みである。
見縊られてもらっては困る。
勢いのない根は予想外の反撃に弾かれ、イーベル・バウンの本体を引っ叩く。
イーベル・バウンの顔が歪んだ。目を象った穴が、打撃を受けた部位を睨む。
オーテムはその隙を突き、黒い根の先端へと乗る。
根を撓らせてから勢いをつけて飛び、本体へとぶちかましの体当たりを決める。
万が一にでもへし折ったら困るため、一応若干威力はセーブさせておく。
『 উহুহু!(ぐぉおっ!) 』
木が大きく傾き、幹の元から根が伸びている様が一部地上へ露出する。
本体への衝撃のためか、地上に出ていた根が一瞬全て静止する。
連撃の好機ではあったが、懸念点が出てきたため一旦元の間合いへと引き下がらせることにした。
少し、考えたい。
オーテムが間合いを取るのと同時に、物凄い勢いで黒い根が本体へと近づいていく。
攻撃に回していた分を全て防御に集中させたらしい。
「す、凄い! オーテム一つで勝てちゃいそうですよ! さすがアベルの彫ったオーテム!」
オーテムとイーベル・バウンの戦いを少し心配そうに見守っていたメアが、オーテムの楽勝ムードを見て嬉しそうにガッツポーズを取る。
先ほど、メアは少し不安そうに見えた。
世界樹はメアに借金して買ったものだったので、万が一にでも壊されたらどうしようと考えていたのかもしれない。
……そ、その内、その内お金返せるはずだから!
「でも……ちょっとまずいな」
俺が呟くと、メアがびくっと肩を震わせた。
「な、なんでですか? だってほら、全然相手の攻撃とか当たってませんし……」
「ああいや、あの黒い木が思ったより遅いというか……なんか期待外れかなぁと。あんなものなのかなぁ」
「えっ」
正直、怒りのままにオーテムに先陣を切らせてしまった節があった。
冷静に考えてみると、悪魔が熱心に育てて憑依した木と、予め組み込まれた指令に従って動くだけのオーテムでは勝負にならないのでは、と不安になった。
それがこうも一方的な調子である。
イーベル・バウンは俺とメアのやり取りを見て、怒りを露わにしていた。
よそ見してないでもっとオーテムを見てほしい。
お前今、そんなに余裕ないだろ。もっといいところを見せてくれ。
「……まぁ、これ以上は見てても変わんないか。動きとか、そういうのはこの際考えないようにしよう。質とかは後で解析したらわかるしな」
俺は杖を構え、オーテムに振るう。
オーテムの行動パターンを『様子見モード』から『戦闘モード』に切り替えたのだ。
オーテムは一瞬制止した後、助走をつけて飛び掛かるために後ろへと大きく跳んだ。
『 বেরমাছি!(消し飛べ!) 』
宙に浮かんだオーテムに対し、イーベル・バウンが手を模した枝を二本伸ばす。
かなり力が入っているようで、強い魔力を感じる。
オーテムが隙を見せる刹那を死に物狂いで探っていたのだろう。
さすがに油断が過ぎたか。
「あ、ヤバいかも」
調査隊員は、化け物は風を吹きつける攻撃を持っていると言っていた。
根を用いた攻撃は回転で往なすことができるが、風相手にはそれも無力だ。
宙にいる状態では避けられない。
イーベル・バウンの突き出した手を起点に豪風が吹き荒れ、木々が倒れて砂塵が舞う。
土煙が晴れたとき、オーテムの姿はなかった。
「せ、世界樹の、オーテムが……アベルとメアの、思い出の……」
メアが唖然とした表情で零す。
豪風で木々が薙ぎ倒されていたが、オーテムの浮かんでいた一直線は特に酷く、綺麗に下の地面が抉れていた。
『 করাত!(見たか!) 』
イーベル・バウンが俺へと身体を捻じる。
『 একেবারে(絶対なる) আমি(我の) পাওয়ার!(力ぁっ!) 』
イーベル・バウンは必死の形相だった。
全力で風を放ったのだろう。
『 পুতুলকি(木偶人形) যেমন-!(如きなど!) 』
「魔法陣に改良の余地があるな。簡単な風の魔術を使えるようにすれば、宙にいても回避はできるし……」
今後の魔法陣開発の参考にしよう。
かなり複雑にはなるが、不可能ではないはずだ。
オーテムの方も対応させるためにかなり弄る必要があるが。
開発費もちょっとかさみそうだ。
まぁそんなことは、また今度考えるか。
「 বহন(運べ) 」
俺は杖を振るい、すぐに懐に仕舞う。
呪文に呼応し、俺の手許に世界樹のオーテムが浮かぶ。
俺はそれを両腕で抱えた。
「あ……戻ってきた」
半泣きになっていたメアが呟く。
安心しろ、特に傷もついていない。
作動中は魔力でコーティングされているからな。
俺がオーテムを地面に置くと、イーベル・バウンがわなわなと枝を震わせ始めた。
『 মূঢ়!(馬鹿な!) 』
もう一度オーテムを嗾けようかとも考えたが、もういいか。
さっさと終わらせよう。
遊びが過ぎてメアにいらない心配も掛けてしまった。
イーベル・バウンが幹をくねらせ、手を模した枝を地面に叩きつける。
あちこちの地が裂け、新たな黒い根が姿を見せる。
辺りを黒い根が覆い始めた。
相手さんも、オーテムに固執するのは止めにしたらしい。
『 যথেষ্ঠ!(もういい!) দ্রুত(さっさと) মরণ!(死ねっ!) 』
黒い根が俺とメアへと伸びる。
「きゃっ」
メアは手にしていた弓を持ち上げ、矢を射る。
根に命中はしたものの、矢は貫通しなかった。
俺は杖を掲げた。
辺り一帯を巨大な魔法陣が覆う。
ちょっと多めに魔力を使っておくか。
「 মাটি(土よ) ক্ষয়(変質せよ) 」
魔法陣から光が浮かび上がり、黒い根の動きが止まった。
数秒ほどぷるぷると震えていたが、じきに完全に静止した。
『 কি!(何だ!) এটা ঘটেছে!(何が起きた!) 』
土の性質を変えて硬くし、根に纏わりつかせたのだ。
こうしてしまえばもう、まったく根を動かすことはできない。
イーベル・バウンは身体を捻じろうとするが、それさえできないようだった。
『 অসম্ভব!(あり得ん!) আমি(我が) মানবীয়(人間) যেমন-(如きの) জাদু(魔術に) পিছা(遅れを) ইয়াপড়া!(取るなど!) 』
さて、ここからが本番だな。
悪魔が死んでから、速やかに劣化を防ぎにかかる必要があるからな。
どれだけ鮮度を保てるかが勝負だ。
俺は木彫用ナイフをナイフカバーから引き抜き、根を避けながらイーベル・バウンへと近づく。
『 আ,আসবেনা!(く、来るなぁっ!) 』
イーベル・バウンの手のひらが俺へと向けられる。
あの風が来る。
俺はナイフを握るのとは逆の手で杖を取り出し、イーベル・バウンへと振るった。
イーベル・バウンの放つ風の出力はだいたい掴めている。
さっきイーベル・バウンがオーテムに対して放った分よりもちょっと強めにかましてやればいい。
「 বাতাস(風よ) 」
俺の浮かべた魔法陣が緑に光り、杖先付近から風が吹き荒れる。
イーベル・バウンの前に突き出されていた腕が、風に煽られて折れた。
『 মূঢ়!(馬鹿な!) আমি(我は) দেবতা……(神に……) 』
イーベル・バウンは折れた自分の枝を引き戻し、その断面を目の前へと持っていく。
痛々しくへし折れた枝を見て大きく口を開く。
しかしイーベル・バウンが失意に浸る猶予もなく、風が本体を襲った。
『 উহউহু(うおおお) উহুহু(おおお) উহুহু(おおお) উহুহু(おおお) হুহু(おおお) হুহু(おおおお) হুহু(おおお) উহুহু(おおお) উহুহু(おおお) উহুহু!!(おおおっ!!) 』
イーベル・バウンの葉がえげつなく散っていく。
皮が剥がれ、枝が折れ、幹が大きく撓る。
風が通り過ぎた後、禿げた黒い木が残った。
その姿にかつての尊大さはない。むしろ真冬の枯れ木のような悲壮感が漂っていた。
顔の作りはちょっと皮が剥がれた程度でさほど変わっていないはずだ。
しかしなんというか、覇気がまるで感じられない。
そのせいか初対面のときよりもずっと老けて見えた。