軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十二話 森奥に潜むモノ③

「怪我が酷い人は……あと一人だな」

俺は倒れている調査隊員の前に座り、顔色を確認する。

顔は青く、血の気がない。

時折呻くが目を瞑ったままであり、意識はないようだった。

近寄ってきた俺に対しても反応を示さない。

他の調査隊員を見ているときに気付いたのだが、怪我の部位に毒のようなものが付着していた。

無色の水ではあるが、魔力に反応しているようだった。

恐らくこれによって意識を乱されているのだろう。

怪我が酷くても話せるものもいたので個人差はありそうだが。

俺は仰向けに寝る調査隊員をメアにひっくり返してもらい、うつ伏せにした。

この人が怪我をしているのは背の方だ。

話を聞くと、逃げる途中に背を木の根で刺されてたのだという。

服に手を掛けて捲り上げる。

血塗れの包帯が巻かれている。

包帯を木彫用ナイフで切って剥がすと、怪我の部位が露わになった。

肉が抉れ、中に土が混じり込んでいる。

ヒョットルの蓋を外し、中の水を調査隊の背に掛ける。

「う、うう……」

調査隊員の男が苦しそうな声を上げる。

「 অশৌচ(不浄よ) বিলীন(去れ) 」

俺が杖を向けて唱えると、掛けた水が蠢いて小さな渦を作る。

血や土汚れなどと混ざり、それらを巻き添えに腹の上から落ち、土に染み込んでいく。

多分これであの妙な水も落ちたはずだ。

続けて杖を振る。

「 কার্যকলাপ(活性化せよ) 」

急速に血小板が集まって固まり、綺麗な瘡蓋ができる。

表情がすっと和らぎ、肩からも力が抜けたようだった。

様子を見ていると、すー、すーと微かに寝息のような物を立て始めた。

俺は杖を怪我の部位に押し当て、軽く魔力を流す。

こうすることで反発した魔力が杖に返ってきて、身体の状態を薄っすらながら知ることができるのだ。

「エ、エルマは大丈夫そうですか?」

アレンが身を屈め、俺に訊いてくる。

倒れている調査隊員の名前だろう。

「その内目を覚ますはずです。多分」

ほとんど独学だし、実践経験も少ないので断言はできない。

まず大丈夫だとは思うが。

「……ありがとうございます。思い返せば、いつも助けられてばかりで申し訳ない。解析だけでなく、医療魔術も使えたんですね」

「ん? ああ、まぁ齧った程度ですけどね」

遺跡では攻撃魔術も結構使っていたつもりだったのだが、調査隊員からは完全に解析の人の認識らしい。

前線に立って戦っていたのはマイゼンだったし、途中からエベルハイドに眠らされていたからそうなるか。

「医療魔術は専門ではないので、帰ったらちゃんとした人に見せた方がいいですよ」

「いえいえ、それでも本当に助かりました! あのままだと、どうなっていたことやら。今件を甘く見ていましたね。あんな化け物がいるとなれば、対策を練ってから他の隊も連れて来なければ……」

冒険者支援所に討伐を呼び掛けたりはしないのかと思ったが、貴族の私兵は冒険者からの引き抜きが主だという話を思い出した。

彼らで無理ならば、冒険者でも難しいのだろう。

「最悪、森の一部を焼き払うことになるかもしれませんね」

「……そ、それはもうちょっと待ってからの方がいいんじゃ」

「何はともあれ、街まで一緒に戻りましょう。また自分達の方から謝礼をさせていただきますので……」

あ、ああ、そうなってしまうか。

悪いが、ここまで来て引き返したくはない。

未来のオーテムがすぐ近くにあるのだ。

「来たばかりだから、もう少し探索をしたいかなぁと……。ああ、化け物のいる方は避けて、ここから西側を探索しようと思っているので安心してください」

「そう、ですか。無理強いはしませんが、一度領主様の屋敷の方にいらしてくださいね。いつでも歓迎させていただきますので。宿を教えてもらえれば、自分達の方から……」

「い、いや、別にそんな……」

俺は少し照れながら、手を左右に振る。

金持ちの屋敷に上げてもらうなんて、前世でもなかなかなかった。

作法とかわからないし、ちょっと俺とは世界が違う。それにあまり関わりを作るつもりもない。

「実はウェゲナー様が、アベルさんにまた会いたいとおっしゃっていて……。冒険者支援所にも声を掛けたのですが、アベルさん登録はしていないのですね」

「あ、いや、そういうの、マジでいいです」

悪いがあのバーコードの人にあまりいい記憶はないので、できれば関わりたくない。

面倒ごとの臭いしかしない。

「そうですか……」

偽名で登録しておいてよかった。

ありがとう山さん。いつも助かってるよ。

「でもまた気が向いたら来てくださいね! 絶対に!」

「あ、ああ、うん」

……気が向いたらなのか絶対なのか判断しかねる。

調査隊達と別れて西へと向かった後、ぐるっと進路を変えて例の化け物のいる方へと向かう。

再び世界樹のオーテムを起動し、魔力感知と道案内モードに切り替える。

オーテムはまたどったんどったんと音を立てて進んでいく。

「……本当に、大丈夫なんでしょうか。メア、ちょっと不安になってきました。やっぱり専門の人に任せておいた方がいいんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。木なら木彫用ナイフで切れるはずだし」

「木がほしいんだったらメアが買いますよ! 実はこの前、『キメラの尾』の店主さんが角を買い取ってやってもいいって……」

「い、いや、さすがにやめろよ? 冗談だよな?」

あの店主、俺がいないときにそんなこと言ってやがったのか。

俺は振り返り、メアの頭へとちらりと視線をやる。

……そんなにいい素材になるんだろうか。

いや、使う気はないんだけど……用途がちょっとだけ気になるというか……。

道中で紫の小さな花を見つけた。

ポポルガという花のはずだ。

花弁が散った後は綿毛を飛ばし、種を風に乗せて遠くに飛ばす性質がある。

ただ、普通ならば花弁は赤色のはずだ。

異常な魔力の影響を受けて変色したのだろう。

「そろそろ、いるな」

俺が言ったのと同時に、世界樹のオーテムが動きを止める。

歩みを止めると、周囲が異常に静かになっていたことに気がついた。

『 আমি(我を) দেবতা(神と) প্রশংসা(崇めよ) 』

頭に言葉が擦り込まれる。

前方に生えている黒い木から念が発せられているようだった。

あれが噂の化け物とやらだろう。

『 অন্যভাবে(さもなくば) মরণদাও(死を与えん) 』

木は一部が抉れ、顔のようになっていた。

鼻の位置には削れた枝があり、目の部位は窪んでいる。

垂れ目っぽく、笑っているような形になっている。

魔獣というよりも、悪魔が憑依した木だな。

悪魔の憑依した木はいくつか前例がある。

族長の持っていた本に書かれていた。

イーベル・バウンと呼ぶのが一般的なはずだ。

見たのは初めてだが、ほぼ間違いないだろう。

悪魔は妄執を抱えているケースが多いとされている。

調査隊を殺さなかったのは、自分のことを広めさせて畏れによって神にでもなりたかったのかもしれない。

実際、悪魔が小さな邪教の始まりになることも多いという。

悪魔が死んでも信仰や儀式が残ったりしてなかなか厄介なのだとか。

昔クゥドル教の狂信者が徹底的に潰して回ったのでかなり減ったそうだが。

木は憑依前からそれなりに育てていたのだろう。木の容貌に悪魔なりのこだわりを感じる。

ただ肝心の価値については、調べてみなければなんとも言えない。

イーベル・バウンを素材にして何かを作ったという例は聞いたことがない。

縁起が悪いから大抵焼却処分されるらしい。

根の部分は呪術の媒介や薬になるので残すそうだが。

悪魔とは精霊の集合体が一つの生き物となった姿である。

場合によっては精霊獣だとか大精霊だとか言われたりもするが、あまり明確な線引きはない。

悪魔は死ねば分散し、ただの精霊へと戻る。そのため亡骸を残すのには慎重に魔術で保護する必要がある。

イーベル・バウンは木に憑依しているだけなので消えることはないが、それでも悪魔亡き後質を落とさないようにするためには速やかに保全に移る必要がある。

『 মানবীয়(人間よ) আমি(我が) ভয়ানক?(恐ろしいか?) 』

イーベル・バウンの思念が飛んできた後、森中の木々が揺れ、騒めき始める。

人間の笑いを真似たイーベル・バウン特有の挑発である。本でしか読んだことがなかったのでちょっと感動する。

メアが俺の裾を引く。

振り返ると、その顔は真っ青になっていた。

「どうしたメア?」

「ア、アベル……ひょっとしてあれ、アベルが昔彫ったオーテムとかじゃありませんよね?」

メアが世界樹のオーテムとイーベル・バウンへとちらちらと見比べる。

しんと、一気に森が静かになった。

悪魔は自尊心が強い。

人間の一般的に用いる言葉などあまりわからないとは思うが、オーテムと比較されたことはなんとなく目線から察したのだろう。

木の皮が蠢き、表情が変わった。

『 আমি(この我を) পুতুলকি(木偶人形) যেমন-(如きなどと) শনাক্তকরা!(同一視するなど!) 』

「 পুতুলকি(木偶人形) যেমন-(如き) পার্থক্য!?(だとぉ!?) 」

俺はイーベル・バウンへと杖を向ける。

俺の前で動きを止めていた世界樹のオーテムが、イーベル・バウンへと突撃する。

オーテムは飛び上がって空中で縦回転し、イーベル・バウンの高い鼻を殴打する。

『 কি!?(何っ!?) 』

べきぃっと音を立て、イーベル・バウンの鼻だった部位がへし折れる。

「俺の最高傑作を木偶人形如きなどとはよく言ってくれたな! その言葉、撤回させてやるからな!」

俺はイーベル・バウンへと指を突きつける。

その如きとやらでフルボッコにしてくれるわ。

「い、今なんて言ったんですか? 会話できるものなんですかあれ!?」

先ほど自分の目線が挑発になってしまったという負い目があってか、メアは驚きながらも声を潜めながら言う。

精霊語は魔術の行使に必要なものだけ覚え込んで使う魔術師も多いらしい。

ただやっぱり全部覚えて理解した方が精霊への理解も深まるし、何より魔術への理解も深められる。

それに自分の知らない魔術でも精霊語を丸暗記すれば呪文を聞いただけで何をする魔術かわかる、という利点もある。

イーベル・バウンの手を模した枝が動き、鼻の部位を押さえながら俺を睨む。

『 আমি(我を) সত্যস(本気で) রূখা(怒らせたな) 』

地面のあちこちから黒い根が伸び始める。

調査隊から聞いていた通り、根を操るのが主攻撃らしい。

後は手を翳した後、強風を吹きつけたりもするのだとか。

手の内がわかっていれば対処も楽だ。

『 খেলনা(その玩具から) চূর্ণীভবন!(捻り潰してくれるわ!) 』

イーベル・バウンはオーテムを目の敵にしているらしい。

望むところだ。