軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40 離婚は断固阻止です

ドーラいわく――。

魔法を使っている娘を見て、初めは驚いたという。

なにせ戦士学科で剣の修行をしているとばかり思っていたのだ。

なのに数ヶ月ぶりに見た娘は、空を飛べるほどの練度で魔法を使い、ドラゴンすら一撃で屠りそうな火力で戦っていたのだ。

自分の娘にこんな才能があるとは知らなかった。

今でも自分たちの跡を継いで前衛に立って欲しいという気持ちはあるが、あんなに楽しそうに魔法を使っている娘に強制はできない。

それに、あの決勝戦は見ていて心が躍った。

あれほど前へ前へと攻めていく魔法使いが、大賢者以外にもいるとは思っていなかった。

ローラだけでなく、対戦相手のシャーロットも凄かった。

なにか、新時代の幕開けを見ているような気分になってしまう。

家に帰って、その興奮を早速、夫に伝えた。

自分より遥かに頑固で魔法嫌いで前衛一筋の夫には、なかなか伝わらないだろうというのは容易に想像できた。

しかし、だ。

娘の活躍を語って聞かせる妻に対して、気が触れている者を見るような目を向けてくるとは思っていなかった。

「お前は……さっきから冗談を言っているのか? なあ、お前、王都で何があったんだ? ローラが魔法学科に入って、空を飛んだだと? それを見て怒り出すどころか、認めて上げましょうだなんて……さては大賢者に洗脳されたな!」

そんな夫に対して、ドーラは冷静に語った。

ローラが魔法学科に入ったのはジョークでも何でもなく、事実である。

初めは自分も憤慨したが、ローラは信じがたいほど強くなっていた。なにより楽しそうだった。ならば、このままでいいだろう。

そして自分は誰にも洗脳などされていない。全ては自分で考えて語っている、と。

それに対し夫ブルーノは、ろくに話も聞かず、大賢者に対する侮蔑を並べ、しまいにはドーラが偽物なのではと疑い始めた。

いつ、どのタイミングかはくわしく覚えていないが、ドーラはブルーノを殴った。

妻の不意打ちを顔面に喰らったブルーノは吹っ飛び、窓ガラスを突き破って庭まで飛んでいった。

そこから先は記憶があやふやだ。

ひたすら戦ったことだけは覚えている。

ただ、自分が勝利したのは嬉しかった。

なぜなら、本気で殴り合ったらドーラが負けるに決まっているのだ。

どうやら夫は、あれでも妻に対して遠慮してくれたらしい。

顔面を一度も殴ってこなかったのがいい証拠だ。

そして、それをいいことに夫をボコボコにして、家から叩き出すことに成功した。

町の人の話では、夫は近くの山にこもっているらしい。

いい気味だ。

しばらく反省して欲しい。

今までドーラは夫婦生活において、かなりの部分を夫に譲ってきたが、娘の人生だけは守らねばならないのだ。

「――というわけで、家はボロボロになり、お父さんは家にいないの。だからローラたちはゆっくりしていってね。大丈夫。いつかお父さんも分かってくれるわ。私が説得してみせるから。そうね……冬休みまでにはなんとかするから、そのとき改めてお父さんと会いなさい」

ドーラはこれまでの出来事を説明してくれた。

なかなか凄まじい話だった。

シャーロットとアンナは口から魂が抜けていくような顔になっている。

だがローラは少し安心した。

父も母も、素手でケンカする程度の理性は残っているのだ。

これが武器を持ちだしていたら、今ごろ家が完全に消滅していた。

ご近所にも多大な迷惑をかけていたことだろう。

そう言った意味で、これは〝ただの夫婦喧嘩〟だ。

決して冒険者同士の殺し合いではない。

そのうち仲直りできるはずだ。

とはいえ、自然に仲直りするのを待っていられない事情がローラにはあった。

「冬休みまでだと遅いんだよ、お母さん。せめて夏休みが終わる前にお父さんに認めてもらわないと……」

「あら、どうして?」

ドーラは不思議そうに呟く。

どうやらブルーノが退学願を出したことを知らないらしい。

そのことを説明してやると――。

「ぷっちーん」

ドーラは血管が切れる擬音を口で言った。

自分がどのくらい怒ったか周囲にアピールしたいのだろうか。

「ローラ。お母さんはキレちゃったわよ」

「は、はあ……」

「そこでお父さんを説得するより、手っ取り早い解決策をとります」

「え、そんなのあるの……?」

笑顔のまま青筋を立てる母を見て、ローラは嫌な予感しかしなかった。

正規の手順を踏まない手っ取り早い解決策というものは、思いついたときには素晴らしいアイデアに思えるが、実行するといい結果を生まないというのをローラは学園で学んだ。

主に、校庭でアンナと剣の修行をして職員室に突っ込んだときに学んだ。

「簡単よ。離婚するの」

離婚。

「離婚して、ローラの親権をお母さんのものにするの。そうすればお父さんの出した退学願なんて無効でしょ」

不意打ちの如く悪化した状況に、ローラは心が追いつかなかった。

とりあえず落ち着くために天井を見上げ、あんなところにも穴が空いてる、なんて考えてみた。

しかし一向に心が落ち着かなかったので、現実と向き合い、母を説得することにした。

「り、離婚って嫌だよ! 私はお父さんもお母さんも好きなのに! 私が帰ってくる家には二人がいなきゃ駄目!」

ローラは必死に訴えた。

しかし離婚なんて言葉が出てくるとは思っていなかったから、上手く想いを口にできない。

どうやったら母に分かってもらえるのか、ローラは考えあぐね、パニックになる。

「そうですわ。差し出がましいようですが、簡単に離婚なんて言ってはいけませんわ。それも幼い子供の前で」

シャーロットが援護射撃をしてくれた。

その隣でアンナもコクコクと頷いている。

すると今度はドーラのほうが慌てた顔になり、訂正の言葉を口にする。

「あー、しないしない。離婚はしないわ。ちょっと言ってみただけ。そのくらい腹が立っているけど、こんなことで別れたりはしないわ。ごめんね、びっくりさせちゃって」

それを聞き、ローラたち三人はホッと息を吐く。

とりあえず最悪の事態にはならないようだ。

だが、退学願に関してはまるで前進していない。

とにかくブルーノをここに呼ばないと始まらないのだ。

「とりあえず、お父さんを呼びましょうか」

「……山ごもりしてるのに連絡を取る方法があるの?」

「あるわよ。のろしを上げるのよ」

なんでも、冒険者としてバリバリ働いていた頃は、のろしを集合の合図にしていたらしい。

「ちゃんと見えてるかなぁ?」

庭から空に向かって伸びていく白い煙を見つめ、ローラは首を傾げる。

自分たちはすぐそばにいるからのろしがハッキリ見える。だが、父がいるのは山の中だ。

距離が離れているし、木々で遮られて見えないかもしれない。

「大丈夫、大丈夫。お父さんも私も視力いいから。のろしを見逃すほどボケてないでしょ」

そういうものか、とローラは一応納得する。

「お父さんが山から帰ってくるまで時間がかかると思うから、今のうちに荷物を片付けたら? ローラの部屋はちょくちょく掃除してるから綺麗なままよ」

「ありがとう、お母さん」

ローラは友達二人を二階の自室に案内する。

母が言っていたように、ホコリ一つ落ちていない。

自分はもうここに住んでいないのに、それでも掃除をしてくれていた母の気持ちが嬉しい。

ここは帰ってくるべき場所なのだぁと改めて実感した。

「ここがローラさんの部屋? その失礼ですが……体格に比べて随分と大きなベッドですのね」

シャーロットが指摘するのも無理はない。

なにせ部屋にあるベッドは、一般的なものに比べて一回りは大きい。

対してローラはまだ九歳。

小さいから小さなベッドに寝なければならないという理屈はないが、いくらなんでもこれは大きすぎる。

「あはは……お父さんが『俺の娘なら大きくなるはずだ!』とか言って、森の木を切って作ってくれたんです」

かつては母と同じベッドで寝ていたローラだが、四歳の誕生日に自分の部屋とベッドを与えられた。

父の言葉を聞いたローラは、『そうか大きくなるのか』と信じたが、なかなかその徴候が現われない。年齢に対して平均的な身長のままだ。

「このベッドなら三人一緒に眠れる」

アンナはそう呟き、実際にゴロンと寝転がった。

ベッドの端から端までコロコロ転がり、その広さに満足したように目を閉じた。

「すやぁ……」

「アンナさん、まだ午前中ですよ!?」

お昼寝にしたって早すぎるだろう。

「ふかふかのお布団だったから、つい」

むくりと起き上がったアンナは、照れくさそうに頭をポリポリかいた。

するとシャーロットがハァァとため息を吐いた。

「ローラさんといい、アンナさんといい……どうしてそんなお可愛らしいことをして、わたくしを誘惑するのでしょうか? そんなにわたくしの抱き枕になりたいのですか!?」

「誘惑した覚えはない」

「そうですよ! 変な言いがかりはやめてください!」

「言いがかりではありませんわ! いつもいつも小動物のような仕草をして……ああ、もう辛抱たまりません!」

などと意味不明な供述をしながら、シャーロットは腕を広げ、ローラとアンナをベッドに押し倒した。

「わぁっ、何をするんですかシャーロットさん!」

「暑苦しい……」

「はぁ……左右にお可愛らしい抱き枕……幸せですわぁ……」

シャーロットは恍惚とした声を出す。

ローラにはその理由が皆目分からなかったが、なにやら邪魔をしてはいけないような気配だった。

それから様子を見に来たドーラが「あらあら、三人とも仲がいいのね」と嬉しそうに呟く。

仲がいいのは否定しないが、これはちょっと違うんじゃないかな、と思わずにいられないローラであった。