作品タイトル不明
159 浮遊宝物庫に侵入です
「それで学長。どのルートから侵入するんですか?」
そう言ってエミリアは、絨毯の上に二枚の地図を広げた。
一枚目は、森や丘などが書かれているので、浮遊宝物庫の上部の地図だろう。
二枚目は、まるで迷路だ。通路が幾つも書き込まれ、行き止まりや分かれ道が無数にある。しかも書きかけ。
ある地点から通路が延びて、空白。また別の地点から通路が延びて、空白。
線と線が繋がらない。
分かりにくいことこの上ない。
「この書きかけの迷路は何なんですかぁ?」
「これはね、浮遊宝物庫の内部の地図よ」
「内部……? つまり地下ってことですか?」
「空を飛んでいる島の内部を地下って言うべきかどうか分からないけど……そういうことね」
「へえ、表面だけじゃないんですね」
「そうよ。むしろ、地下のほうが本命ね。地上の部分は、のどかな風景が広がっているだけだから」
エミリアの説明を、ローラ、シャーロット、アンナは真剣に聞いていた。
しかし横から大賢者が茶々を入れてくる。
「あら、エミリア。まるで見てきたみたいに語るのね。前に浮遊宝物庫が出てきたのって、あなたが物心つく前じゃないの」
「実際に見たことがなくても、文献を漁ればそれなりのことは分かります。というか、学長は実際に見たんですから、この子たちに教えてあげたらいいじゃないですか」
「だって教えるまでもなく、もうすぐ現物が見えるのよ? 百聞は一見にしかず。ああ、ほら。あれが浮遊宝物庫の上層ね」
絨毯は、むき出しの岩肌スレスレを登り、そして岩が途切れた。
瞬間、ローラたちの目の前に緑が広がる。
まずは草原。
島の端から始まり、ずっと遠くまで続いている。
向こう側にはなだらかな丘がいくつかあり、そこから小川が流れていた。
そして小川のそばには森があり、更に奥には砦のような建物が見える。
「おお、凄い! こんなものが空を飛んでるなんて!」
「まるで地上を切り取ったみたいですわ」
「小川の水はどこから来てるんだろう。不思議」
ローラたち三人は感想を口にした。
ほぼ未調査の遺跡というイメージとは裏腹に、のんびりとした光景だ。
ずっと眺めていても飽きない。
と思ったのも束の間、突如、絨毯に激しい衝撃が襲いかかった。
「うひゃ! 何ですか今の!」
ローラがそう叫んだときには、衝撃は消えていた。
「今のは、浮遊宝物庫を包む結界を超えた衝撃よ」
大賢者が説明してくれた。
「ほへぇ……結界なんてあるんですね」
「そうよ。だから力のない者は、ここまで辿り着けても、結界に跳ね返されちゃうわけ。あと、結界の内側と外側で、空気の流れが完全にシャットアウトされているわ。それから、あれを見て」
ローラたちは言われるがまま、首を上に上げる。
するとそこには太陽があった。
空に太陽があるのは、別に不思議でも何でもない。
だというのに、ローラはギョッとしてしまう。
なぜなら、太陽が二つ浮かんでいたからだ。
「小さい方は、結界の中を照らすためのミニ太陽よ。結界とミニ太陽のおかげで、外がどんな状態になっても、浮遊宝物庫は快適というわけ」
「なるほどー。だから自然豊かなんですね」
「凄い技術ですわ……」
「こんな凄いものを作れたんだから、凄い短剣も作ったに違いない。期待できる」
「こういうものだって知識は一応あったけど……実際に見ると凄いわね……」
エミリアもポカンと口を開けてミニ太陽を見つめている。
この浮遊宝物庫においては、生徒と教師という立場は関係なく、等しくド素人だ。
ただ大賢者一人が経験者として余裕たっぷりの顔をしている。
「あ、ちなみにエミリア。あなたが持ってきた地図、役に立たないわよ。今日は地下二層まで行くから。あなたの地図は一層しか書いてないじゃない?」
「え、二層? 二層ってあるんですか!?」
「あるわよー。私、五十年前に行ったもの」
「行ったならちゃんとギルドに報告してくださいよ! 世の中の人は、一層しかしらないんですよ!」
「報告するのをうっかり忘れちゃっててー」
「うっかりにも程があります! 二層があるって分かったら、教科書に書き加えられますよ!」
「そうねぇ。私のせいで皆、間違った教科書を五十年も使ってきたのね。うふふ」
「何を笑ってるんですか!」
「大丈夫、大丈夫。次は報告するから。私が忘れてたらエミリアが報告しておいてね」
「え……私が報告したら、私の手柄になっちゃいますよ?」
「別にいいんじゃないのー?」
「はあ……本当に適当なんですから……駄目ですよ。ちゃんと学長がやってください」
「えー、めんどうねぇ」
そんなスケールが大きい割には間の抜けた会話をしながら、絨毯は草原の上を飛んでいく。
やがて森を抜け、その向こう側に辿り着く。
そこには真四角な建物が建っていた。
色は灰色。
高さはかなりある。王都で一番大きいのは大聖堂だが、それと同じくらいだろうか。
材質は、遠目には分からない。つなぎ目がないので、レンガではないだろう。もちろん木製でもない。
巨大な岩をサイコロの形に切り抜いたような印象を受ける。
そのサイコロ型の巨大な構造物は、淡い水色の光を出したり消したりしていた。まるで心臓の鼓動のようなリズムだ。
「学長先生、学長先生。ガイド、お願いします!」
「ふふ、了解。と言っても、私もちゃんとは調べてないわ。でも多分、あれはここの空気を清浄にするための装置ね。あと、小川を流れる水も発生させてると思うわ。まあ、魔力の流れから勝手に想像しただけなんだけど」
「なるへそ。空気と水ですか……そんな雰囲気がありますねぇ」
「凄いわ……地図にも六面体があるって書いてあるけど……まさかこんな不思議な物体だったなんて……言葉だけじゃ伝えきれないわね。誰か絵に自信のある人いないの?」
エミリアは悔しそうに呟く。
この光景を皆に伝えたいのだろう。
「ふふふ、絵ならわたくしにお任せですわ!」
「いえ、シャーロットさんに描いてもらうくらいなら、ジェスチャーで表したほうがまだしも伝わると思います」
「同感。シャーロットの画力は絶望的。浮遊宝物庫が誤解されるからやめたほうがいい」
「そ、そうなの……まあ、イラストって上手な人が描かないと伝えられないわよね」
「酷いですわ! わたくしの絵は芸術ですわ!」
「シャーロットさん、無理しないほうがいいですよ」
「うぅ……」
シャーロットは以前、似顔絵対決でミサキに惨敗したことがある。その記憶が新しいので、自信が長続きしないのだろう。
むしろシャーロットの根拠のない自信を打ち砕いたミサキがここにいれば、あのサイコロ状の物体を上手にスケッチしてくれたはずだ。しかし彼女は戦闘訓練を受けていないので、危険な場所には連れて行けないのだ。
「謎の装置見学ツアーはここまで。目的地はもうちょっと先よ」
「学長。この先には入り口がないはずですが……?」
「地図に載ってないだけでしょ?」
「ですから学長。そういうのを見つけたなら、ちゃんとギルドにですね」
「帰ったら報告するから」
「約束ですよ?」
「はーい」
どちらが年上なのか分からないような会話だ。
エミリアは年下のローラたちはおろか、遙か年上の大賢者からも心労をかけられているらしい。
本当にご苦労様だ。
今度、肩たたき券を作ってあげようと誓うローラだった。