作品タイトル不明
130 とりあえず学長先生を待ちます
「その娘ってのが私」
学園の学長室に場所を移し、ミサキとも合流し、ニーナから全ての事情を聞いた。
「以上が、私の体験と、母の日記と、遺跡から得た情報をまとめたものよ。ここまでで質問は?」
質問と言われても、あまりにも壮絶すぎて、ローラは言葉を失っていた。
ニーナの姿はローラと同じくらいの歳に見える。
だから、一人旅の最中だということも、十八歳だということも、母親を探しているということも、イノビー村から来たということも、誰も信じていなかった。
しかし、全ては本当だったのだ。
驚きで固まるローラたちを見て、ニーナは苦笑しながら話を続ける。
「私は、怪物になってしまった両親を殺すため、埋葬するために旅をしている。一年前に父を殺したわ。そして、この王都で吸血鬼騒ぎが起きていると聞いてやってきた。ビンゴだった。昨夜、エミリアさんと歩いていたら、母が襲ってきた。もう人の姿じゃないけれど、一目で分かった。私はエミリアさんと一緒に戦ったんだけど……ごめんなさい。エミリアさんは噛まれてしまった。全ての血を抜かれる前に、何とか追い払うのが精一杯だった。それからエミリアさんを病院の前まで運んで、母を探して王都中を回って、あの墓地で見つけた。でも返り討ちにあって、首を捻り落とされた。あなたたちが現われたのは、丁度そのときね」
「……三つ質問いいかしら」
大賢者が口を挟む。
「いいわよ。どうせ、このあとの流れはあなたたちも知っているし」
「まずは確認。ローラちゃんとエミリアが吸血鬼になるって言うけど。じゃあその前に襲われた五人の被害者は? 彼らは吸血鬼にならずに死んじゃったみたいだけど。それは最後まで吸い尽くされたか、中断したかの違いってことでいいの?」
「ええ、そう。前に襲われた五人は、血を吸い尽くされたから、そのまま真っ当に死んだのよ。噛みついてから殺さずに吸血行為を中断しないと、吸血鬼病は感染しないの。父も母も、血を吸う回数が少ない代わりに、一度噛みついたら死ぬまで吸い尽くすから、吸血鬼が増えなかった。でも今回は、たまたま現場に私がいたから……」
「なるほどね。ニーナちゃんのおかげで、エミリアは吸い尽くされずに済んだ。ありがとう。だから、そんな辛そうな顔をしないで」
「でも……このままだと吸血鬼になるから……」
ニーナは俯いて呟く。
確かに彼女がエミリアを助けたせいで、吸血鬼が一人増える可能性が出てきた。
エミリアを見捨てたほうが、大局的には正しいのかもしれない。
だがニーナは、それでもエミリアを助けてしまったのだ。
別にエミリアとは親しい仲というわけではなく、その日に出会ったばかりの関係なのに。
そんな赤の他人でも思わず助けてしまった。
その行いで、ニーナがどういう人物なのか分かるというものだ。
たとえ体が吸血鬼でも、心は人間だ。
「ニーナさん! 私からもお礼を言わせてください! 私たちの先生を助けてくれて、ありがとうございます!」
「そうですわ。これからどうなってしまうのかは分かりませんが……とにかく、今、エミリア先生が生きている。それはニーナさんのおかげですわ!」
「私もエミリア先生にはお世話になっている。ありがとう」
ローラたち三人は、ニーナに惜しみない賞賛を送った。
このまま、エミリアもローラも吸血鬼になってしまうのかもしれない。
ニーナのように自我を保っていられるという保証もない。
しかし、それでも、ニーナの行動を否定したくない。
「ど、どういたしまして……」
ニーナは赤くなって、ぎこちなく小さく呟く。
「さて。二つ目の質問。一年前に父親を殺したって言ったけど、私とローラちゃんがあれだけ攻撃しても死なない吸血鬼を、どうやって殺したの? あなたには不死者に死を与える手段があるのね?」
「ええ、あるわ」
質問に対し、ニーナは短くはっきりと答えた。
そしてスカートをめくり、その内側に隠してあったポケットから、大きな銀色の杭を取り出した。
かなりの長さだ。人の顔の長さくらいはある。
「それは?」
「母の日記にあった、吸血鬼の頭蓋骨を見つけたという遺跡に眠っていたもの。私が見つけたの。古代人は、これを吸血鬼の心臓に打ち込むことによって、不死者に死を与えていた。その威力は、私が父で試したわ」
「なるほどね……不死身の吸血鬼に、それを殺す杭。凄いわね、古代文明って。私もそこそこ長生きしたつもりだったけど、知らないことだらけだわ」
大賢者は「ふう」とため息をつく。
「じゃ三つ目。最後の質問。エミリアとローラちゃんは、このままだと吸血鬼になっちゃうらしいけど。元に戻す方法はあるのかしら?」
これこそ、最も重要な質問だ。
これが『否』であれば、もはやどうしていいのか分からない。
だが、ニーナがこうして冷静に解説しているということは、あるに違いない。
そして、それを実行するためには、ニーナ単独では不可能。だから彼女はこうしてローラたちの前に姿を見せ、事情の説明をしているのだろう。
ローラはそう信じたい――。
「ローラさんとエミリア先生の吸血鬼化は、断固阻止ですわ!」
「二人が怪物になるなんて、駄目絶対」
「ロラえもん殿の主食はオムレツであります! 血は飲ませないであります!」
シャーロット、アンナ、ミサキが身を乗り出してニーナに迫る。
ハクも「ぴー」と首を伸ばした。
無論、当事者であるローラも汗だらけの手を握りしめ、心臓をバクバクさせながらニーナの言葉を待つ。
「一応、ないわけじゃない。試したことはないけど……」
ニーナの返答は、思っていたよりも頼りない口調だった。
「そんなぁ……試しておいてくださいよぅ……」
ローラは泣きそうな声を出してしまった。
「無茶言わないでよ。私だって、母の日記と遺跡からの情報しかないし。試そうにも、父と母は、噛みついたら相手が死ぬまで血を吸うし……エミリアさんとローラが例外なのよ」
「なら、ローラちゃんとエミリアで試せばいいわ。ほかに方法がないんだもの。で、どうしたらいいのかしら?」
大賢者が一番早く気持ちを切り替えていた。
流石は約三百歳。多少のことでは動じない。
「噛まれてから吸血鬼になるまで、三日の猶予がある。その間に、自分を噛んだ吸血鬼の灰を飲めば、吸血鬼化を防ぐことができる……らしいわ」
ニーナは自信なさげな口調で言う。
ローラとしては、嘘でもいいので自信たっぷりでいて欲しかった。
「吸血鬼の灰? どうやって作るでありますか? 燃やしても再生してしまうはずであります」
ミサキが疑問を挟む。
「だから、この杭で殺してから燃やすの。それ以外の方法は知らないわ」
つまり、吸血鬼に噛まれて生き残った者は、三日以内に自分を噛んだ吸血鬼を殺さないと、人間ではなくなってしまうということだ。
普通、無理だろう。
ローラと大賢者ですら、次元倉庫に閉じ込めることしかできなかった相手だ。
ニーナが杭を持っていなければ、完全に詰んでいた。
「とにかく、これを心臓に刺せばいいわけね。借りてもいいのかしら?」
そう大賢者が訪ねると、ニーナは不安そうに見上げ、口を開く。
「……まず、確認させて。あなたは本物の大賢者なのよね?」
「ええ、そうよ。ギルドレア冒険者学園の学長だもの。私の他に大賢者はいないと思うけど」
「この杭を渡せば、お母さんを眠らせてくれるって、約束できる?」
「約束するわ。むしろ、あなたこそいいの?」
「……お母さんはお父さんよりずっと強いから、私じゃ勝てないみたいだし……正直、もうどうしていいのか分からなかったくらいなの。まさか大賢者が手を貸してくれるなんて……お母さんを、お願いします」
ニーナは深々と頭を下げる。
「……分かったわ。任せて」
そう言って大賢者はニーナから銀の杭を受け取り、ゲートを開いて向こう側に消えていった。
「……あんな真っ暗で何もない空間で吸血鬼と戦うなんて、学長先生は凄い」
「わたくしは思い出すのも嫌ですわ……」
アンナとシャーロットが、震える声を出す。
そう言えば、無人島の決戦のとき、この二人は大賢者によって次元倉庫に監禁されていた。
あそこは天地がなければ、重力もない。
ただ真っ暗で広い空間が広がるだけの、虚無の世界。
地面がないというだけならともかく、そこに暗闇が加わると、五感を奪われたような気分になり、とても恐ろしいのだ。
「次元倉庫という言葉を聞くと、弾丸代わりに発射されたのを思い出しますわ……」
「あれ、そっちですか!? いやぁ、あれは確かに申し訳なかったと思っていますけど……」
「あれは怖かった。お詫びのしるしにローラは私の抱き枕になるべき」
「何を仰います! ローラさんはわたくしの抱き枕ですわ! どうしてもアンナさんがローラさんを抱き枕にしたいと言うのであれば、わたくしたちの部屋に来て、三人で寝るしかありませんわ!」
「それはいい、そうしよう」
アンナはこくりと頷く。
そしてローラにしがみついた。
「だから、吸血鬼になんかなっちゃ駄目」
「そうであります! ロラえもん殿ともっと遊びたいであります! ハク様も悲しむであります!」
「ぴ!」
「……もしローラさんが理性を失って暴れ出したら……うぅ……縛って抱き枕にするしかありませんわ……」
シャーロットも、よよよと涙を流してローラにくっついてくる。
「結局、抱き枕なんですね!」
ローラは冗談めかしてそう返したが、一緒に泣きたいくらい嬉しかった。
こんなにも自分を思ってくれる友達がいるということが、たまらなく幸せだ。
しかし、そんなローラたちを、ニーナがうらやましそうに見つめている。
ああ、そうか。
彼女はこの九年間、怪物になってしまった両親を土に還すことだけを考えて生きてきた。
友達を作る暇なんて、なかったのだろう。
「ニーナさん、カモン!」
「……は?」
「いや、私を抱き枕にしたそうな顔をしていたので」
「どんな顔よ! 別にあなたを抱き枕にしたいわけじゃないし。ただちょっと……お父さんとお母さんが人間だった頃を思い出しただけだし……」
そう言ってニーナは照れくさそうにうつむいた。
別に照れることなどないというのに。
「まあまあ。だまされたと思って、ちょっと私にくっついてみてくださいよ。シャーロットさんいわく、私は抱き枕適性9999らしいので」
「そうですわ。ローラさんを抱きしめると、とてもリラックスできるのですわ!」
「私も誰かに抱っこされると落ち着くので、ウィンウィンです。なので、さあ!」
「あ、あなたがそこまで言うなら……」
ローラは既に、右にシャーロット、左をアンナ、後ろからミサキ、そして頭上にハクと包囲されているので、ニーナは正面からピタリとくっついてきた。
「……あ、凄い……ほんとに落ち着く」
ニーナはローラの胸に頬を当て、ふにゃりとした顔になる。
「ふふふ、きっと私の人徳ですね」
「ロラえもん殿はハク様が巣に選ぶくらいでありますからなぁ。体から何か出ているのかもしれないであります」
「ぴ?」
「きっと新物質。研究したら博士になれる」
「新物質ロラニウムですわ。ローラさんの尊さが周りの人間に伝わり、トウトミン反応を引き起こしてリラックスさせるのですわ」
「オムレツがローラの体内でロラニウムに変換されている」
「新たな学問の誕生でありますなぁ」
「私の名前が歴史に残っちゃいます!」
そんなローラたちのやりとりを見て、ニーナは呆れたような笑みを浮かべる。
「あなたたち、こんなときでも呑気ね……不安じゃないの?」
「不安はありますが……皆が一緒なら大丈夫です! それに、学長先生はとても強いので、絶対に吸血鬼の灰を手に入れてくれますよ!」
大賢者が強いということは誰もが知っている。
だが、ローラほど深く理解している者はいないだろう。
そして、そのローラですら、大賢者の底はまだ見えない。
もしかしたら墓地での戦闘も、ローラを抜きに、大賢者一人でやったほうがスムーズだったのではないかと思ってしまうほどだ。
次元倉庫の内部なら、周りを巻き込んでしまう心配もない。
思いっきり戦える。
よって、心配することはなにもない。
「……うん。大賢者だもんね。これで私が何もしなくても終わるのよね」
ニーナはぽつりと呟いた。
それを聞いてローラはハッとする。
あの吸血鬼はローラにとってただの障害だ。
それを倒すことに何の感慨もない。
しかしニーナにとっては、九年も追いかけてきた宿敵であり、同時に、母親のなれの果てなのだ。
どうせ倒すなら、自分の手で終わらせたいに違いない。そうでなくても、せめて見届けたいと思うのが普通だ。
だが、ニーナが次元倉庫に行っても、大賢者の足手まといになるだけ。
大人しく待っているのが正しい。
とはいえ、ただここでジッとしているのも芸がない。
何をするべきか、とローラが悩んでいると、ぎゅるるる、という音が聞こえてきた。
「あぅ」
それはニーナのお腹から漏れた音だった。
「あらまあ、ニーナさんったらはしたないですわ」
「初めて会ったときもラン亭の前でお腹を空かせていたでありますなぁ」
「意外と食いしん坊?」
「ち、違うし! あのラーメンから何も食べてないから、お腹が空くのもしかたないのよ……」
「なんと。そんなに絶食を……」
ローラは驚きのあまりのけぞった。
食事が何よりの楽しみ(主にオムレツ)であるローラにとって、食事を抜くというのは拷問にも等しい。
「いや、ラーメンを食べたのは昨日のお昼だから絶食ってほどじゃ……」
「学食に行きましょう! きっとオムレツを食べているうちに学長先生が帰ってくるはずです。ゴーゴー!」