軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百五十三話 山口の割れ目

天文十九年(一五五〇年)十月下旬。

周防、山口。

山口は、なお美しかった。

京より下った公家が、ここを西の京と呼んだのも頷ける。

通りには商人が行き交い、寺社には香の匂いが満ち、屋敷の奥では連歌が詠まれ、唐物の器が静かに並ぶ。

雅であった。

豊かであった。

西国の大大名、大内家の都として、山口は今もなお輝いていた。

だが、その輝きの下で、音がしている。

刃が鞘の中で鳴るような、乾いた音である。

大内義隆は、庭を見ていた。

紅葉が色づき始めている。

美しい。

だが、義隆の目には、その美しさが少し遠く見えた。

廊の向こうでは、家臣たちの声がしている。

低い声。

抑えた声。

怒りを呑んだ声。

まただ。

義隆は思った。

また、阿蘇の話か。

九州の阿蘇。

少し前まで、大内から見れば、熊本の山に根を張る神官家であった。

それが、今はどうだ。

豊後を押さえ、府内を取り、大友の名を残した。

龍造寺を残し、鍋島を使い、肥前へ手を伸ばした。

島津と婚姻し、南九州を阿蘇の内に入れた。

朝廷から九州静謐の筋を得て、幕府からも頼られている。

博多へ影を伸ばしている。

阿蘇は、もうただの九州の一勢力ではなかった。

西国の秤に、確かに重さを載せ始めている。

「今のうちに叩くべきにございます」

広間の一角で、そう言った者がいた。

名を出すほどの者ではない。

だが、その言葉に頷く者は少なくなかった。

「阿蘇は大きくなりすぎました。九州をひとつの家中とするなど、聞いたこともございませぬ」

「朝廷と幕府の名を背負い、九州を治めるなどと申す。放っておけば、次は博多でございましょう」

「筑前を揺らせば、阿蘇は困りましょう。いま阿蘇は内政に手を取られております。島津を内へ入れたばかり。龍造寺も大友も、完全には固まっておりませぬ」

言葉だけを聞けば、理はある。

阿蘇には隙があった。

九州を取った直後。

帳面を入れ、目付を送り、人を数え、病を数え、蔵を改めている最中である。

支配を広げた直後の家は、必ずきしむ。

そこへ外から楔を打てば、割れることもある。

それは、義隆にも分かっていた。

分かっている。

だからこそ、苦い。

別の者が、静かに反論した。

「しかし、阿蘇は大内へ敵意を示しておりませぬ」

「敵意を見せぬ者ほど、危うい」

「危ういだけで兵は出せませぬ」

「出せる時に出さねば、後で悔やむ」

「では、誰が兵を率いる」

その問いで、場の空気が変わった。

誰もすぐには答えない。

大内家で兵を動かす。

その中心に立つべき者の名は、誰もが分かっている。

陶隆房。

大内家の武を担う重臣。

だが、陶は容易には動かない。

少なくとも、阿蘇を討つという声に、軽々しく頷く男ではない。動くならば、自らの兵と大内家中の行方を秤にかけた上で動く男である。

陶隆房は、阿蘇との外交筋を持っていた。

阿蘇の力を、ただの噂ではなく、実として知っている。

火器。

船。

府内。

博多。

朝廷。

幕府。

そして、甲斐宗運。

陶は、阿蘇を侮ってはいなかった。

義隆は、家臣たちの言葉を聞いていた。

攻めるべきだ。

攻めるべきではない。

今なら隙がある。

今動けば内が割れる。

阿蘇は危険だ。

阿蘇とは友好を保つべきだ。

どちらの声も、義隆には届いている。

しかし、届くだけであった。

声は届く。

だが、ひとつの形にはならない。

それが今の大内だった。

「阿蘇を攻めれば、博多が荒れます」

友好派の一人が言った。

「博多が荒れれば、銭が止まります。銭が止まれば、兵も動きませぬ」

「商人の顔色ばかり見ていては、武家ではない」

「銭を軽んじて戦はできませぬ」

「阿蘇がその銭を握る前に、叩けと言っておる」

「叩いて、何を得るのです」

その問いに、また沈黙が落ちた。

阿蘇を叩けば、何を得る。

筑前か。

博多か。

九州の口か。

だが、そのために大内は何を失う。

朝廷と幕府の名分。

陶隆房との均衡。

博多商人の信。

九州静謐を乱す者という評判。

そして、今にも裂けそうな山口の内のまとまり。

義隆は、静かに目を閉じた。

隙はある。

確かにある。

だが、隙があることと、そこへ兵を入れられることは違う。

兵を入れるには、兵を率いる者が要る。

銭を出す者が要る。

兵糧を運ぶ者が要る。

名分を掲げる者が要る。

戦の後に土地を治める者が要る。

そのどれもが、今の大内では一枚岩ではなかった。

甲斐宗運。

義隆は、その名を胸の内で呟いた。

阿蘇惟種の懐刀。

あの男は、兵を動かさずに人を動かす。

大内にも、阿蘇の文は来ていた。

義隆のもとへだけではない。

陶隆房へも。

博多の商人へも。

寺社へも。

海の者へも。

甲斐宗運は、山口へ兵を送ったわけではない。

文を送った。

商人を送った。

僧を通した。

海の者へ噂を流した。

文治の者には、名分を。

武断の者には、実力を。

商人には、利を。

寺社には、言葉を。

宗運は、それぞれが聞きたい形で阿蘇を見せた。

どれも、嘘ではない。

嘘ではないから、よく効いた

山口の者たちは、阿蘇を討つ理由を探すより先に、阿蘇と戦わぬ理由をそれぞれ持たされていた。

阿蘇は、大内に対して無礼をしていない。

むしろ、礼を尽くしている。

祝言に参じられなかったことについても、責める文は来なかった。

大内との友誼を重んじる。

西国の安定を願う。

博多の商いを荒らさぬ。

朝廷と幕府を仰ぐ。

そのような、整った文ばかりである。

だが、それが厄介だった。

阿蘇は、媚びているわけではない。

大内を立てている。

だが、下には入っていない。

敵意を見せない。

だが、弱さも見せない。

文治の者には、阿蘇は礼と名分を見せた。

阿蘇は朝廷を軽んじない。

幕府を蔑ろにしない。

大内の面目を傷つけない。

武断の者には、阿蘇は実を見せた。

火器。

船。

常備兵。

府内の兵站。

島津の内入り。

龍造寺と大友の処理。

商人には、阿蘇は利を見せた。

阿蘇と争わぬ方が、荷が動く。

道が通る。

港が太る。

博多が焼けずに済む。

寺社には、阿蘇は言葉を見せた。

病人を救う。

民を飢えさせぬ。

阿蘇大明神の名を借りながらも、禁裏を仰ぐ。

宗運は、刃を抜かずに大内家中へ楔を打っていた。

阿蘇と戦うより、戦わぬ方が利がある。

そう思わせるための楔を。

義隆は、それを見抜いていた。

見抜いていたが、取り除けなかった。

取り除くには、大内家中がひとつでなければならない。

だが、今の大内には、それがない。

相良武任。

その名を思うと、義隆の胸は重くなった。

武任は、文治の者として義隆の側にあった。

学問。

政務。

公家とのつながり。

山口の雅。

それらを支える者であった。

だが、その名は陶隆房ら武断の者に嫌われた。

嫌われただけではない。

命を狙われた。

そして武任は、再び山口を去った。

だが、去った後も、その影だけは残っている。

武任を重んじすぎたのか。

陶を遠ざけすぎたのか。

いや、そもそも、出雲で折れた時に、すべてが始まっていたのではないか。

月山富田城。

尼子。

敗北。

退却。

そして、晴持の死。

養嗣子であった晴持を失った時、義隆の内側で何かが少しだけ折れた。

だが、折れたからといって、大内の政が止まったわけではない。

国は動く。

銭は流れる。

公家は来る。

寺社は祈る。

陶は兵を握る。

文治の者は筆を取る。

義隆も、完全に何も見なくなったわけではない。

しかし、以前のように、すべてを自ら掴みに行く力は薄れていた。

決めることはできる。

だが、決めた後に、血を流してでも押し切る力が弱っていた。

それを家臣たちは感じ取った。

感じ取った者たちは、互いを疑い始めた。

文の者は、武の者を恐れる。

武の者は、文の者を憎む。

商人は、どちらにつけば荷が動くかを見る。

寺社は、どちらの名で祈ればよいか迷う。

大内家は、美しい屋敷の内側から割れ始めていた。

義隆は、人払いを命じた。

広間から声が消える。

残ったのは、庭の音だけである。

風が木々を揺らしていた。

「わしは、どうしたら良かったのか」

ひとつなら、まだ直せた。

陶の不満だけなら、兵を与え、面目を立てればよかった。

相良への反感だけなら、席を下げ、言葉を抑えればよかった。

博多の不安だけなら、銭を流せばよかった。

阿蘇の台頭だけなら、友誼を太くし、境を定めればよかった。

だが、すべてが同時に来た。

陶は兵を握り、相良は恐れ、商人は風を読み、寺社は祈る相手を測り、阿蘇は礼を尽くしながら西へ糸を伸ばしている。

もはや、どの糸を切ればよいのかも分からなかった。

義隆の声は、小さかった。

誰に問うたわけでもない。

出雲で折れぬべきだったのか。

晴持を失っても、なお兵を握るべきだったのか。

陶をもっと重く用いるべきだったのか。

相良をもっと遠ざけるべきだったのか。

文と武を、もっと早く一つにすべきだったのか。

阿蘇が大きくなる前に、九州へ手を伸ばすべきだったのか。

いや。

義隆は首を振った。

今さら、どれを選んでも同じだ。

すでに陶は兵を握っている。あの目は、兵を預かる者の目ではない。兵を己の手に置いた者の目だった。

文治の者は怯えている。

商人は風を読んでいる。

家臣は互いに腹を探っている。

阿蘇を攻めるどころではない。

いや、阿蘇を攻めれば、それこそ大内が割れる。

友好を示している阿蘇を攻めて、何になる。

確かに、その隙は突けただろう。

阿蘇は九州を治めるために手を取られている。

島津を内に入れたばかり。

龍造寺を残し、大友を抱え、肥後を束ねている。

筑前を揺らし、博多を動かし、阿蘇の目付を嫌う者を煽れば、火はつけられたかもしれぬ。

だが、それで何になるというのだ。

阿蘇を敵に回す。

陶に、さらに兵を動かす口実を与える。

博多の商人を不安にさせる。

朝廷と幕府の筋を悪くする。

周防と長門の兵糧を動かし、山口の内の割れ目を広げる。

得るものは少なく、失うものは多い。

それすら分からぬほど、大内は濁ったのか。

いや。

濁らせたのは、わしか。

義隆は、文机の前へ座った。

筆はある。

紙もある。

墨は、まだ磨られていない。

文を出すべき相手は、いくつも思い浮かぶ。

陶隆房。

相良武任。

冷泉隆豊。

博多の商人。

阿蘇。

だが、どの文も遅いように思えた。

もう、何を書いても、山口の割れ目は塞がらぬのではないか。

もはや、すべてが…。

そう思った時。

ふと、ひとつの顔が浮かんだ。

珠光。

娘である。

まだ若い娘。

大内の血。

自分の血。

義隆は、目を閉じた。

大内を立て直す手は、まだあるのかもしれない。

陶を呼び、膝を突き合わせる。

相良を戻し、言葉を尽くす。

博多へ銭を流し、寺社へ祈りを命じる。

阿蘇へは友誼を太くする。

義隆は、ゆっくりと目を開けた。

阿蘇惟種。

鬼童と呼ばれ、今は殿と呼ばれ始めた若者。

朝廷を仰ぎ、幕府を支え、九州を食らいながら、なお民を飢えさせぬと言う男。

島津を内に入れ、龍造寺を残し、大友の名を消さず、九州をひとつの家中として回そうとしている男。

あれなら。

あれに、託せるか。

阿蘇は大内の敵ではない。

少なくとも、今は違う。

義を立て、理を積む家であるなら、預けた血を軽んじはしないだろう。

だが、それは大内が阿蘇へ膝を折るに等しい。

西国の名門、大内が。

九州の阿蘇へ。

義隆は、しばらく笑わなかった。

笑えなかった。

屈辱か。

そうかもしれぬ。

だが、名門とは、血を無駄に死なせぬためにもある。

娘を死地へ置くよりはましだ。

大内の名を灰にするよりはましだ。

義隆は、ようやく自ら墨を磨らせた。

まずは、友好の文でよい。

祝言に参じられなかった詫び。

日ごろの友誼への礼。

山口の内が騒がしく、身動きが取れぬことへの言い訳。

まだ、娘の名は出さない。

今はまだ早い。

山口は荒れていない。

だが、荒れる兆しはある。

その兆しが、誰の目にも明らかになる頃。

その時、改めて阿蘇へ文を出す。

いや。

文だけでは足りぬかもしれぬ。

自ら行くか。

義隆は、庭を見た。

紅葉が、一枚落ちた。

その落ち方が、妙に静かだった。

大内は、まだ立っている。

だが、その根の下では、土が崩れ始めている。

阿蘇を攻める隙はあった。

大内は、阿蘇を見ていなかったのではない。

見ていた。

山口にも、博多にも、筑前にも、阿蘇を危ぶむ声はあった。

九州を家中とし、島津を内に入れ、朝廷と幕府の名を帯び、府内と博多へ手を伸ばす阿蘇を、誰も軽く見てはいなかった。

だからこそ、討つべしという声も出た。

だが、声は声である。

兵にはならない。

銭にもならない。

名分にもならない。

阿蘇を討つには、陶隆房が兵を動かさねばならぬ。

博多の商人が荷を流さねばならぬ。

寺社が祈りと名分を乱さず、文治の者が朝廷と幕府への言い訳を整えねばならぬ。

そのどれもが、今の大内では一つに束ねられなかった。

だが、攻める力は、すでに家の内から失われつつある。

義隆は、筆を取った。

墨が紙に落ちる。

最初の一文字は、丁寧だった。

それは、友好の文であった。

だが、義隆の心の奥では、別の文が形を取り始めている。

大内の血を、火の外へ。

それは、義隆がまだ大内を立て直そうとしている証でもあった。

少なくとも、義隆本人はそう信じた。

だが、義隆はまだ知らなかった。

山口の割れ目を塞ぐには、その手はあまりにも遅かった。