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作品タイトル不明

第百十七話 火種を集める

府内の朝は、煙の匂いで始まった。

夜のあいだに火はおおかた鎮められた。

それでも、焼けた蔵の梁はまだ黒く湿り、港の方からは焦げた米と潮の匂いが流れてくる。町の辻には、昨日まで大友の者だけが歩いていた道を、阿蘇の兵が槍を伏せて進んでいた。

勝った兵の歩き方ではない。

奪いに来た足ではない。

押さえに来た足である。

府内館の庭には、二つの旗があった。

大友の旗。

阿蘇の旗。

大友の旗は下ろされていない。

だが、阿蘇の旗は、その横でわずかに高い。

そのわずかさが、かえって人の腹へ重く落ちた。

大友は滅びていない。

だが、もう大友だけでは立てない。

それを、誰もが見た。

惟豊は、庭の旗をしばらく見ていた。

顔には、勝った者の笑みはない。

疲れも、安堵も、ほとんど表には出ていない。ただ、長く国を見てきた者の目で、府内という場所の重さを量っていた。

その少し後ろに、惟種が控えている。

さらに宗運、種茂、新納忠元、親英が並んでいた。

惟豊が、ようやく口を開いた。

「惟種」

「はっ」

「府内は、そなたに預ける」

その一言で、庭の空気がわずかに動いた。

惟種はすぐには返せなかった。

府内を預ける。

それは城を一つ預ける話ではない。

大友の腹を預けるということだ。

海を預けるということだ。

旧大友家臣団の屈辱と怒りを預けるということだ。

そして、阿蘇が大国となったあとの最初の重荷を、自分に負わせるということだった。

惟豊は続けた。

「わしは肥後へ戻る」

「父上が」

「阿蘇の根を空けるわけにはいかぬ」

短い言葉だった。

だが、誰も反論しなかった。

府内を押さえた今だからこそ、肥後が揺らいではならない。

阿蘇の本国が締まっているからこそ、筑後も肥前も豊後も動かせる。

惟豊が肥後に戻るのは、後ろへ退くためではない。

根を守るためである。

「肥前筋よりも報せが来ておる」

惟豊は視線を動かさぬまま言った。

「西郷、松浦より、降伏従属を願う使者が出た」

種茂の目がわずかに動いた。

肥前が、また動く。

大友を折ったその日に、もう西の家々は膝の置き場を探し始めている。

「大村、有馬は」

惟種が問う。

「抗う」

惟豊の返しは短かった。

「有馬晴純は先の海で死んだ。ゆえに、なおさら退けぬであろう」

庭に、しばし沈黙が落ちた。

主を失った家が折れるとは限らない。

むしろ、死んだからこそ退けなくなることがある。

死んだ主の名は、生きた主よりも時に重い。

その名を担ぐ者がいれば、家中は意地で固まる。

宗運が静かに目を伏せた。

惟豊は言った。

「それを肥後にて受ける。西郷、松浦の起請は、わしが見よう。降る者は残す。だが、道案内、兵糧、船、人質、いずれも曖昧にはせぬ」

「承知しました」

惟種は頭を下げた。

惟豊は、そこで初めて惟種を見た。

「そなたは府内を見よ」

「はっ」

「勝った後で国は痩せる」

その声は、少しだけ父のものになった。

「そこを違えるな」

惟種は、深く頭を下げた。

「違えませぬ」

「ならばよい」

惟豊はそう言い、さらに一歩だけ近づいた。

「ただし」

「討つべき者は討て。だが、討つために民を焼くな」

「……はっ」

「阿蘇はそこを違えてはならぬ」

惟豊はそれだけ言い、もう一度旗を見た。

「府内は任せる」

今度こそ、惟種は迷わず頭を下げた。

「承りました」

新納忠元は、出立の支度を終えていた。

島津の兵は多くない。

だが、来た時と同じく、去る時も列は乱れていなかった。

馬の鞍には、阿蘇からの礼物が積まれている。文もある。米もある。道中の替え馬も整えられていた。

惟豊が、忠元の前に進み出た。

「此度は、まことに世話になった」

忠元は深く頭を下げた。

「お役目にて」

「役目で済ませるには、働きが過ぎる」

惟豊の言葉は、以前と同じだった。

忠元は顔を上げない。

「島津より五百。数だけならば大きくはない。だが、あの五百が背にあったからこそ、こちらは前を押せた」

惟種も一歩前に出た。

「新納殿」

「は」

「此度、阿蘇は島津に借りを作った」

忠元は顔を上げた。

「若君」

「忘れぬ」

惟種は短く言った。

「阿蘇と島津、どちらか一つだけが太ればよい縁ではない。両家ともに太ってこそ、この盟は生きる」

忠元は、しばらく惟種を見ていた。

若い。

だが、その目はすでに一城一郡を見ている目ではなかった。

筑後。

肥前。

豊後。

海。

島津。

その向こう。

この童は、どこまで見ているのか。

忠元は深く頭を下げた。

「そのお言葉、日新斎様、貴久様へ必ずお伝えいたします」

「頼む」

「されど」

忠元は少しだけ口元を緩めた。

「島津へ持ち帰るべきは、勝ちの報せだけではなさそうにございますな」

惟種も、わずかに笑った。

「何を持ち帰る」

「勝つ前より、勝った後の方が恐ろしい家であった、と」

宗運が、袖で口元を隠した。

惟豊は息を吐く。

「余計なことまで持ち帰らずともよい」

「恐れながら」

忠元は静かに返した。

「見たものを見なかったことにはできませぬ」

それで、場の空気が少しだけ緩んだ。

だが、忠元の目は笑っていない。

府内を焼かずに降らせた。

隼人を殺さずに残した。

旧大友家臣を預かり、政と兵だけを抜いた。

そして今、父は肥後へ戻り、子は府内に残る。

勝った後に形を崩さぬ。

それが何より恐ろしかった。

忠元は最後に、惟種へ向けて言った。

「若君」

「何だ」

「どうか、ご無事に」

惟種は少し意外そうにした。

「府内は、まだ戦場にございます」

忠元は言う。

「槍を持つ者だけが敵ではございませぬ」

惟種は、しばらく忠元を見た。

それから小さく頷く。

「心得ている」

「ならば、よろしゅうございます」

忠元は馬に乗った。

島津の兵が動き出す。

阿蘇の兵が見送る。

府内の道に、馬蹄の音が響いた。

それは勝利の音ではない。

次の縁へ向かう音であった。

その日の夕刻、府内館の奥に小さな評定が置かれた。

広間ではない。

勝利を示すための座ではない。

これから府内を縛るための座である。

いるのは少ない。

惟種。

宗運。

鍋島種茂。

親英は港へ出ている。

戸次鑑連は傷の養生を兼ね、隼人の近くへ置かれていた。

吉岡長増は館中を鎮めるため、まだ廊を歩いている。

角隈石宗には、後で呼ぶと伝えてある。

板の上には、府内とその周辺の見取り図が広げられていた。

港。

府内館。

蔵。

番所。

大友旧臣の屋敷。

寺。

町。

そして、周辺の国衆の名。

惟種は、まず一つを指した。

「常備兵二千は、そのまま府内に置く」

宗運が頷く。

「港を押さえた兵にございますな」

「そうだ」

「すぐ肥後へ戻さず」

「戻さぬ」

惟種の返しは早かった。

「府内は、まだこちらの国ではない。旗は立った。門も開いた。だが、それだけだ」

種茂は黙って聞いていた。

「二千で足りますか」

宗運が問う。

「今は」

「段階的に増やす、と」

「増やす。だが」

惟種は地図を見た。

「先に内政だ」

宗運の目が、わずかに細くなる。

「港、蔵、町、道、米、人足、商人」

「それに怪我人、流民、女房衆、寺」

惟種は続けた。

「乱妨を禁じた以上、食わせねばならぬ。食わせぬ兵は奪う。奪えば府内は離れる」

「まことに」

「港を直す。焼けた蔵の米を数える。使える船を改める。逃げた商人を戻す。関銭は一時軽くする。職人には銭を出す。夜番を置く。灯も増やす」

種茂が、思わず顔を上げた。

「灯、でございますか」

「そうだ」

惟種は当然のように言った。

「夜が暗いと、人は悪いことを考える。悪いことを考える者は、暗い道を好む」

宗運が低く笑った。

「若君は、夜まで治めるおつもりで」

「できるところからな」

種茂は、少しだけ息を呑んだ。

戦の話ではない。

だが、戦よりも細かく、戦よりも面倒で、戦よりも深く人の暮らしへ入り込む話だった。

阿蘇は勝った。

だが、この人は勝った場所をすぐ田と市と灯の話へ変える。

清房の言葉が、種茂の胸に戻った。

若君の見ておる先を、よう見ておれ。

その先は、遠かった。

遠すぎて、時々足元が見えなくなるほどだった。

「人の配置を決める」

惟種は言った。

宗運が筆を取る。

種茂も姿勢を正した。

「戸次鑑連殿は、府内に残す」

「隼人様の守護、という名目にございますな」

「そうだ。戸次殿は大友の臣だ。阿蘇の家臣として扱えば、かえって面倒になる」

「では、大友を守るため阿蘇の命に従う、と」

「それでよい」

宗運はさらりと書きつけた。

「吉岡長増は」

「隼人の側。館中の鎮め役」

「使えますな」

「使える」

惟種は短く答えた。

「負けた時に、大友を残すため頭を下げた。ああいう者は、見ておくべきだ」

宗運が頷く。

「角隈石宗は」

「近くに置く」

種茂が少し顔を上げた。

「近くに、でございますか」

「うむ」

惟種は地図から目を離さない。

「あの者は、こちらを見る目がある。遠ざければ、遠くからこちらを読む。ならば近くで読ませた方がよい」

宗運が笑った。

「読まれることを承知で近づけるとは」

「読ませるものを選べばよい」

種茂は、また少し引いた。

近くへ置く。

だが信用しきるわけではない。

見せるものと見せぬものを分ける。

それを当然のように言う。

これが、若君のそばか。

種茂は、膝の上の手に少し力を入れた。

「吉弘鑑理は肥前へ」

惟種が続けた。

「龍造寺、鍋島の筋に合わせる。ただし主には置かぬ。軍監、交渉、見せ札だ」

「大友の重臣が阿蘇の命で肥前に動く。それ自体が、外への示しになりますな」

「府内からも離せる」

宗運が静かに言った。

惟種は否定しなかった。

「高橋鑑種は筑後」

「筑後の押さえに」

「筑後はまだ太らせている途中だ。旧大友筋の者を置くなら、そこがよい」

「臼杵鑑速は」

「豊後内の国衆整理。吉弘と一緒に府内へ残すには重すぎる」

「親英殿は港と船」

「当然だ」

惟種は軽く頷いた。

「府内は海で生きる。港を押さえねば、府内を押さえたことにならぬ」

「樋口、新吉郎は」

「呼ぶ」

「役は」

「まずは、そば仕えだ」

宗運の筆が止まった。

「そば仕えにございますか」

「樋口は、文官として近くで使ってみる」

惟種は言った。

「頭は悪くない。現場も見る。あとは帳面の上で人を動かせるかを見たい」

「鍛えますか」

「鍛える」

「新吉郎は」

「万満丸の面倒を見させる」

種茂が、そこで目を瞬いた。

「相良の若君にございますな」

「そうだ」

惟種は、わずかに息を吐いた。

「相良晴広殿の嫡男。後に相良を背負う子だ。人質とは言わぬ。学びに来たことにする」

「実は」

宗運が言う。

「誠意にございますな」

「そうだ」

「こちらから見れば、南を縛る縄」

「斬る縄ではない」

惟種はすぐに返した。

「繋ぐ縄だ」

宗運は、少しだけ笑った。

「若君は、その言い方がお好きですな」

「便利だからな」

種茂は、そこで口元を引き結んだ。

人質ではない。

学び。

そば仕え。

繋ぐ縄。

言葉は柔らかい。

だが、やっていることは柔らかくない。

相良の次代を、阿蘇の近くで育てる。

大友の幼主を、府内に置いたまま阿蘇の下で育てる。

鍋島の自分もまた、清房の遺命で若君の近くにいる。

気づけば、次代が集められている。

それが偶然であるはずがなかった。

夜が深くなったころ、話はさらに奥へ入った。

宗運が別の文を広げる。

「秋月より、従属の意を示す文が来ております」

「文は」

「丁寧にございます」

「人質は」

「送らず」

「兵糧は」

「出すとは申しております。期日は曖昧」

惟種は鼻で息を吐いた。

「頭は下げるが、膝は折らぬか」

「左様にございます」

種茂は、そこで少しだけ身を固くした。

秋月。

筑前の要。

大友に従ってきたが、家としての腹は深い。

大友が揺れた今、阿蘇へすぐ膝を折るとは限らない。

宗運は、淡々と続けた。

「大友義武も、静かではありませぬ」

「だろうな」

惟種の返しは、あまりに早かった。

「田原親宏も、同じく」

「それもだ」

「止めますか」

宗運が問うた。

惟種は、すぐには答えなかった。

灯明の火が揺れる。

遠くで、夜番の声がした。

府内の夜は、まだ阿蘇の夜ほど整っていない。

暗がりが多い。

声の届かぬ道がある。

何かを隠すには、まだ十分すぎるほどの夜だった。

「よい、潜らせろ」

惟種は言った。

「はい」

「潜られれば、長引く」

「はい」

「長引けば、村が焼ける。道が荒れる。蔵が減る。民が逃げるだろう」

「はい」

宗運は、ただ頷いた。

惟種の声が低くなる。

「だが、こちらは大友を残した」

「はい」

「府内を完全には焼かなかった」

「はい」

「隼人を殺さなかった。御母堂にも無礼はさせぬ。旧臣の忠も認めた。降る道も置いた」

「すべて、その通りにございます」

「それでも刀を取るなら」

惟種は、そこで初めて宗運を見た。

「義は、こちらにある」

種茂の背筋に、冷たいものが走った。

その言葉は、正しい。

正しいからこそ、怖かった。

宗運は静かに言った。

「では、火種を集めますか」

「そうだ」

「こちらから火をつけてはなりませぬ」

「分かっている」

「火のある場所に、風の通り道を作るだけにございます」

惟種は少し笑った。

「さらに火は燃え上がるか、悪いな」

「若君ほどでは」

種茂は思わず二人を見た。

二人とも、笑っている。

笑っているが、目は少しも笑っていない。

「義武は動く」

惟種は言った。

「動かねば、誰かに担がれる。阿蘇に膝をつかぬ大友の旗が欲しい者はいる」

「秋月は、その旗を見ましょうな」

「見ればよい」

「田原も」

「そうだな」

「小さな国衆も」

惟種は、地図の上に指を置いた。

「一つずつ火を消すのは面倒だ。逃げた火が村を焼く。ならば、火元をまとめる」

「まとめて」

「潰す」

短い言葉だった。

種茂は、喉が乾くのを感じた。

惟種は、怒っていない。

血に酔っているわけでもない。

ただ、国を太らせるために、邪魔な火をどう消すかを考えている。

もはや惟種には天下が見え始めていた。

だから義を得、そして確実に勝てる道を考えるようになった。

それが一番怖かった。

「若君」

種茂は、気づけば口を開いていた。

惟種が目を向ける。

「何だ」

「……その、よろしいのでございますか」

「何がだ」

「わざと、動かせるようにするのは」

口にしてから、種茂は少し後悔した。

だが、惟種は怒らなかった。

「種茂」

「は」

「大友の名を残せば、必ずそれを使う者が出る」

「はい」

「使わせぬように縛れば、地下で腐る。木と同じように腐れば、いつかこちらの足元で毒になる」

惟種は地図を見た。

「ならば、見えるところへ出す」

「出して、討つ」

「討つべき者ならな」

種茂は顔を上げた。

「降る者は残す」

惟種は言った。

「それは変えぬ。秋月であれ、田原であれ、義武であれ、降って働くなら使う。だが、民を焼き、隼人を担ぎ、大友の名で国を乱すなら」

声が冷える。

「今度こそ、壊滅させる。それで初めて豊前・豊後は安定する」

種茂は、何も言えなかった。

宗運が静かに言葉を添える。

「若君は、乱を望んでおられるわけではない」

「分かっております」

「ただ、乱が避けられぬなら、こちらが場所と時を選ぶ」

それは戦の言葉だった。

だが、今は政の言葉でもあった。

種茂は、深く息を吸った。

「……学びます」

惟種が少し眉を上げる。

「何をだ」

「若君の見ておられる先を」

清房の言葉そのものだった。

惟種は、少しだけ表情を緩めた。

「無理に真似るな」

「はい」

「宗運の真似を先にすると、性格が悪くなる」

宗運が咳払いをした。

「若君」

「何だ」

「そこは否定していただきたいところにございます」

「事実だろう」

種茂は、思わず小さく笑いかけた。

だが、すぐに口元を引き締める。

怖い。

だが、面白い。

若君のそばにいるとは、こういうことか。

種茂は、心の中でそう呟いた。

評定が終わるころには、夜はさらに深くなっていた。

府内館の庭には、まだ二つの旗が揺れている。

その下で、阿蘇の兵が番に立つ。

数は二千。

多くはない。

だが、今この府内を押さえる芯としては足りる。

これから増やす。

だが、まずは兵ではない。

米。

道。

港。

蔵。

人。

灯。

文。

国を治めるものは、槍よりも多い。

惟種は廊へ出た。

遠くの奥で、大友隼人の御座所に灯がともっている。

その近くに、戸次鑑連の者が静かに控えている。

大友の幼い主は生きている。

大友の名も残っている。

だからこそ、火種も残っている。

宗運が横に並んだ。

「若君」

「何だ」

「天下の果てが、少し見えましたかな」

惟種は答えなかった。

代わりに、府内の暗い町を見た。

焼けた蔵。

砕けた港。

怯える町人。

腹に刀を隠す旧臣。

降る家。

抗う家。

死んだ有馬晴純。

荒れる大村。

降伏を願う西郷。

海を見て膝を折った松浦。

そして、まだ阿蘇に膝をつかぬ者たち。

どれも遠い話ではなかった。

すべてが、今この夜の先につながっている。

「天下など、まだ遠い」

惟種は言った。

「されど」

宗運が続きを促す。

「遠いものは、見えてから歩いても遅い」

宗運は、静かに笑った。

「では、歩きますか」

「歩く」

「火種を踏みながら」

「違う」

惟種は、府内の闇を見たまま言った。

「火種を集めて、道を作る。通った跡は、火は無いようにする」

宗運は、しばらく黙っていた。

それから深く頭を下げる。

「承りました」

その夜、府内にはまだ灯が少なかった。

だが、阿蘇の者たちは知っている。

灯は増やせる。

道も作れる。

蔵も戻せる。

人も戻せる。

ただし、その前に消さねばならぬ火がある。

府内の夜風が、二つの旗を揺らした。

大友の旗。

阿蘇の旗。

阿蘇の旗は、わずかに高い。

その下で、鬼童は初めて、勝った国の闇を見据えていた。