軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

61 未来への飛翔

離宮からヴォルフズ侯爵邸に戻り、ヴィオレッタはようやく一息ついた。

アンバーも元気を取り戻し、尻尾を振って大喜びでヴィオレッタたちを迎えてくれた。

「身体が鈍りそうだ」

――午後、エルネストがため息をつきながら言う。

エルネストはしばらくの間、仕事を休むように言われたようで、完全回復するまでは自宅療養らしい。

「まあ。でしたら一緒に庭を耕しませんか?」

ヴィオレッタは微笑みながら提案し、エルネストと共に庭に出る。

庭の片隅に植えたカボチャは既に葉を出して育ち始めている。

土を耕し、カボチャの世話をして。

しばらくして一段落すると、ヴィオレッタは口を開いた。

「エルネスト様、女王陛下から農業政策への相談役の打診をされました」

「……ああ、事前に聞いている。受けるかどうかは君の好きにしてもらっていい。受けるとしても、最初のうちはただの話し相手だから重く受け止める必要はない」

そう言われて、少しだけ気が楽になる。

「エルネスト様……わたくしの農業の知識が、誰かに狙われたりすることって考えられますか?」

「それは……」

エルネストは言葉を濁す。そうだと言っているようなものだ。

女王からも打診されるくらいなのだから、ヴィオレッタの持つ前世知識を農業に活用することの効果の大きさをひしひしと感じた。

「ふたつの領地をすごく豊かにしてしまったんですもの。狙われてしまっても仕方ないですよね」

ヴィオレッタの功績を知った人間が、自領の農業の発展のためにヴィオレッタ自身を狙ってくることも、ないとはいえない。

「ヴィオレッタ、そんなことは私が絶対にさせな――」

「ですから、オープンにしましょう」

「……ん?」

「わたくしのやってきたことの記録をまとめて、農業技術書として出版するんです!」

本の出版は、以前から考えていたことでもあった。

自分が本から知識を得たように、自分の知識や経験を本にできたらと。

地域によって気候や土壌が違うから、うまくいかないこともあるだろう。だが、新しい考え方を組み合わせていけば良い結果になるものも出てくるだろう。

「それでしたら、わたくしが別の土地に行かなくても、わたくしの蓄えてきた経験をどこまでも広められるでしょう? そうすれば、この世界は、もっともっと豊かになります」

いいアイデアだと思った。

本を編纂するのに時間がかかるだろうが、これはきっとヴィオレッタがやらなければならないこと――そしてやりたいことだ。

「そうだ! お兄様にも協力していただきましょう。昔から植物や虫が好きでしたし、絵が得意でよくスケッチされてましたから、図説をお願いしましょう――きゃっ」

早速行動しようとしたところ、エルネストにふわっと抱き上げられる。

「エルネスト様――?」

何事かと思って下を見ると、青い瞳がまっすぐに、眩しそうに、ヴィオレッタを見つめていた。

「君は本当に、緑の聖女……いや――」

声はわずかに高揚し、その顔には眩しい笑みが浮かんでいた。

「ヴィオレッタ。君自身の名前が遠くない未来、世界中に広がっていくだろう。力強い翼を得て、時の風に乗って、多くの人々を救うことになるだろう」

「あ、ありがとうございます。ふふっ、少し大げさでは?」

「大げさなものか」

ヴィオレッタは胸が躍るのを感じた。

エルネストがそう言ってくれるならもう迷いはない。突き進むだけだ。

きっと、読み応えのあるいい本ができる。してみせる。

「――あ、そうだ。もう一つご相談したいことがありまして。ヴォルフズ領内で温泉が見つかったんです!」

「温泉? ……ああ、そんなことを言っていた気が……」

「あたたかい泉で入浴するんです。とっても気持ちいんですよ」

「それは、無防備ではないか?」

「そういうものなのです。でも、ちゃんと施設をつくったほうがいいかもしれませんね」

露天風呂は最高の贅沢だと思うが、抵抗感のある人間も多いだろう。

安心して温泉を楽しめるように、きちんと入浴施設を、そして宿泊施設も作るべきだろう。

「更に、その温泉熱を使って温室をつくって、苗の栽培に使おうと思っているんです。そこで作物の栽培もしたいですね。エルネスト様のお好きな果物ってなんですか?」

「……そうだな……メロン、だろうか。数回食べたことがあるだけだが、いまでも忘れられない」

「まあ! メロン――とっても素敵ですね! ぜひ挑戦してみたいです」

メロンは高級フルーツだ。温泉メロンと銘打って特別感を演出すれば、更に付加価値を付けていくこともできそうだ。

たとえば温泉で温まった後に、ひんやりと冷えたメロンやメロンアイスを食べられたとしたら。

(絶対に美味しくて幸せだわ。絶対に流行るわ)

冬はもちろん、冬の間に雪を集めて氷室を作れば、一年中冷たいメロンが提供できる。

きっと、エルネストにも喜んでもらえる。

そう思うと居てもたってもいられなくなる。

「――ヴィオレッタは、どんな果物が好きなんだ?」

いきなり問いかけられ、ヴィオレッタは一瞬戸惑った。

「わ、わたくしですか? ……えっと、その、さくらんぼ……です」

――自分の好きなものを告白するのは、なんとなく恥ずかしいものなのだと、今更知った。

実桜の付ける赤い小さな果実は、ヴォルフズ領でも食べることができる。

甘くてすっぱくてとても美味しくて、一度食べただけで大好きになった。

「花も綺麗ですし……好きです」

「そうか」

エルネストはすごく嬉しそうに、そしてまるで子どものように笑っていた。

「これからは、実桜を多く植えていこう。川沿いや広場――ああ、もちろん邸の周りにも」

「えっ、ええっ?」

思わず声を上げてしまう。

自分の一言が、領の景観を変えてしまおうとしている。

(いえ、でも、桜はとても綺麗だし、十年後ぐらいには観光名所になるかも……? さくらんぼがたくさん収穫出来たら特産品にもなりそうだし)

春には淡い花が咲く美しい光景が見られる。

雪が解けて春となって、そこにあの白く淡く――だが力強さを秘めた実桜の花が咲き乱れれば、きっと幻想的な光景を作り出す。

(お花見もできて、みんなにも喜んでもらえそうだし、その後はさくらんぼが収穫できるし、いいことしかないわよね)

反対する理由が一つもない。

なのだが、なんとなく気恥ずかしい。

それにどうしてエルネストはこんなに嬉しそうなのだろう。

「……ど、どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」

聞いてみると、エルネストは満面の笑みを浮かべた。

「君のために何かができることが、こんなにも心躍るとは思わなかった」

――きっとこれから毎年桜を見るたびに、この笑顔と、嬉しさを思い出すだろう。