軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56 朝の光

「よくも――……!」

オスカーがサディアスの銃を剣で弾いて、サディアスの身体を床に押し付ける。

「は、ははっ……私に逆らうからだ……」

サディアスの虚ろな笑い声が地下空間に反響する。

力を失っていくエルネストの身体を、ヴィオレッタは必死に抱きしめた。

「エルネスト様、しっかりしてください!」

エルネストの肌は冷たくなり、身体がどんどん重くなっていく。

「ヴィオレッタ……怪我は……?」

掠れた声が、小さく耳元で響く。

「わたくしは大丈夫です、エルネスト様が守ってくださったから……」

「……そうか……よかった……」

意識を失った身体はずしりと重く、冷たくなり、ヴィオレッタは支えきれずに膝を突いた。

「失礼」

ディーンがヴィオレッタからエルネストを引きはがし、床に寝かせて肩の止血を行っていく。ヴィオレッタはただ見守るしかなかった。

「しっかりしろ! 死んだら許さないからな!」

オスカーはサディアスの上に馬乗りになったまま叫んだ。

その横でシエラがサディアスを拘束していく。サディアスは引きつった笑みを浮かべてぶつぶつと意味のない言葉を零すばかりで、まったく抵抗しなかった。

「――申し訳ありませんが、閣下を城の治療院にお願いできますか。あたくしはここの始末がありますので」

「一人で大丈夫なのか?」

オスカーに問われ、シエラは微笑む。

「あら、優しい。だーいじょうぶですよぅ。いざとなったら逃げますから。逃げるのは一番得意なんですぅ」

意識を失ったままのエルネストを、オスカーとディーンが二人がかりで担いで階段を上る。

地上では、天井の崩壊した倉庫の中、クロとブラックサンダーが瓦礫の上で待っていた。

傭兵たちはひとりも残っていなかった。黒鋼鴉に恐れをなして逃げたのだろう。

クロが心配そうな顔でヴィオレッタとエルネストを見つめていた。

「馬車を持ってきます。少々ここでお待ちを」

ディーンが外に置いてきていた馬車を取りにいく。

その間、ヴィオレッタはオスカーと黒鋼鴉たちと共にエルネストを守った。

血の気が失われていく顔がひどく白い。銀色の髪が、その白さを強調しているかのようだった。

二日以上の監禁生活に、強い薬の影響――そして銃撃で、エルネストの身体は限界を迎えている。

もしかしたら、もう二度と目を覚まさないかもしれない。

――怖い。

(エルネスト様……)

ヴィオレッタは自分の無力さを噛みしめる。

何もできない。ただ祈ることしか。

馬車がやってくる音が遠くから聞こえ、顔を上げる。

すぐにエルネストを馬車に乗せ、ヴィオレッタとオスカーが中に、ディーンが御者席に座る。馬車は王城へ向かって走り出す。ヴィオレッタはエルネストの手を握りしめたまま、その顔を見つめていた。

呼吸が微かに上下するのを確認するたびに、ヴィオレッタの胸は締め付けられるような痛みを感じた。

このままエルネストが目を覚まさなかったら――……

オスカーがヴィオレッタの肩をそっと抱きしめた。

「大丈夫だ、ヴィオ。エルネストは強い」

その言葉に少しだけ救われた気がした。

王城に到着すると、エルネストはすぐに治療院に運ばれた。

ヴィオレッタは治療室の扉の前で待つことしかできなかった。

夜の王城は静かで、空気が冷たい。

扉の向こう側で医務官たちが慌ただしく動き回っている気配が伝わってくる。

ヴィオレッタは震えながら、ひたすらに祈った。

そうしていると、ディーンが声をかけてくる。

「私はここで失礼します。いつまでも戻ってこないと、あの人を心配させてしまいますので」

「ディーン、本当にありがとう……あなたがいてくれなかったら……」

「お代は侯爵様からいただきますよ。貴女はご自分の身体を大切にしてください。それでは」

そう言ってディーンは軽く一礼し、帰路につく。

「……お兄様は、お帰りにならなくていいのですか?」

ヴィオレッタは隣にいるオスカーに尋ねた。

オスカーは王城であちこちに声をかけた後は、治療室の前でずっと椅子に座っていた。

「お前を一人にできるわけないだろ。ほら、お前も座れ」

ヴィオレッタはオスカーの隣に座る。

「…………」

「…………」

心臓がずっと早鐘を打っていて、何も考えられない。

ただ――怖い。

しばらくして、ヴォルフズ家の執事セオドアがやってきた。城からの連絡を受けて駆けつけたのだろう。

「奥様、旦那様は――」

その時、治療室の扉が開き、白衣の医務官が出てきた。

ヴィオレッタとオスカーは椅子から立ち上がる。

医務官の顔には疲れが見えるが、どこか安堵の表情が浮かんでいた。

「治療は終わりました。応急処置が的確だったおかげで、一命は取り留めています」

その言葉にヴィオレッタは安堵し、身体の力が抜けた。

崩れ落ちそうになったヴィオレッタを、オスカーが支えてくれた。

「ただ、まだ安心できる状況ではありません。体力が低下したところに大量出血したため、かなり身体に負担がかかっています。いつ目覚めるかわからない状態ですし、目覚めた後も、しばらく治療が必要になるでしょう」

「そう、ですか……」

ヴィオレッタは胸が締め付けられるような痛みを感じながらも、医務官に深く頭を下げた。

「尽力していただきありがとうございます。エルネスト様を、よろしくお願いします」

「――もちろんです」

その日は城に部屋を用意され、ヴィオレッタはそこで夜を過ごした。

朝が来るとすぐに、エルネストの様子を見に治療室へ向かうも、エルネストは眠ったままだった。

だが、呼吸は規則正しい。

――生きている。

「まだお疲れなのね。セオドア、ここはわたくしが見ていますから、一度帰ってもらって大丈夫よ」

その日はずっとエルネストの傍にいた。

医務官が眠ったままのエルネストの世話をするのを手伝い、夜は部屋の椅子で眠った。

――次の朝が来ても、エルネストはまだ昏睡状態のままだった。

清潔なベッドの上で深く眠ったままの姿を、朝の光が照らしている。

「エルネスト様、そろそろ起きてください。もう二回目の朝ですよ」

明るく声をかけてみるが、エルネストは無反応だった。固く目を閉ざしたまま、深い眠りについたままだ。

ヴィオレッタはベッド脇に行き、そっと手を握って顔を覗き込む。

「そうだ、エルネスト様。温泉ってご存じですか? 地面からお湯が湧いてきていて、浸かるととても気持ちいんですよ。今度一緒に行きましょうね」

――いつもなら。

朝、声をかければすぐに目覚めてくれた。

寝顔を見つめているだけでも、いずれは起きてくれた。

なのにいまはまったく反応がない。ずっと眠ったままだ。

胸が、苦しい。

「……わたくしは、これからもずっと、エルネスト様と一緒にいたいです。もっと色んなものを一緒に食べて、色んな景色を一緒に見たいです」

素直な気持ちを言葉にしていると、声が震えてくる。

目許が熱く、涙が浮かんでくる。

「……お仕事が忙しいのはわかっています。わたくしにもやりたいことがたくさんありますし、毎日とても充実していますから、なかなかタイミングが合いませんよね」

ヴィオレッタはエルネストの手をぎゅっと握りしめる。

あたたかいのに、いつもよりずっと冷たい。

このまま目覚めなければ、もっと冷たくなってしまうのだろうか。

――想像するだけで、手が震える。

「……会えなくなるのは、寂しいです……」

――怖い。

このまま二度と会えなくなってしまったらと思うと、怖くてたまらない。

「こうやって怪我をされているのを見るのも、つらいです。こんなに危険なお仕事をされているなんて、思っていませんでした……」

ヴィオレッタは声を詰まらせながらも、必死で素直な言葉を伝え続けた。

胸に秘めていた、伝えるつもりのなかった気持ちを。

「本当は、安全な場所で、ずっと一緒に過ごしていたいです」

領地を豊かにすることだけを考えながら、春も夏も秋も冬も、ずっと一緒にいたい。

「……けれど、エルネスト様が誇りをもって仕事に当たっているのはわかりますから――エルネスト様は、エルネスト様の正義を貫いてください。これからも……」

これからも。ずっと。

「ずっと……愛しています……」

死なないでほしい。目を開けてほしい。

怒ってほしい。

笑ってほしい。

「……っ、一つだけ、約束をしてください……」

動かない手を握りしめる。

エルネストは確かにここに存在する。

失いたくない。

「わたくしをひとりにしないでください……」

これから先、どれだけ嬉しいことや楽しいことがあっても、エルネストがいなければ心から笑えない。苦しいだけだ。

溢れた涙が頬を伝って、エルネストの頬に落ちる。

その瞬間、エルネストの手がぴくりと動き、瞼が震えた。

口が、ほんのわずかに開く。

「……ヴィオ、レッタ……」

微かに聞こえるその声に、ヴィオレッタは驚きと喜びで目を見開いた。

やや虚ろな――だがその奥にいつもと変わらぬ輝きを宿す青い瞳と、目が合う。

「エルネスト様……!」

ヴィオレッタは弾かれたようにエルネストに抱きついた。

エルネストの腕がゆっくりとヴィオレッタを抱きしめ返す。

その力は弱々しいが、彼のぬくもりと鼓動が――生きている証が、確かに伝わってきた。