軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45 問題発生

そうして試作を進めて二週間――大問題が発生した。

「困ったわ……このままだと黄金糖が足りないわ」

エルネストが王都に行くときの積み荷と、マグノリア商会に運んでもらった荷の中に黄金糖を詰めていたが、このままでは足りない。

――充分な量を送ったつもりだったが、大規模なパーティで菓子を出すことは想定していなかった。

しかも五十人分。

「――本番までは、白砂糖で代用しましょうか?」

マルセルはそう提案するが、本人も不本意そうだった。

「……いえ、別の材料では最良の配合は探し出せないわ。それにね、マルセル。わたくし、パーティに黄金パフェも出したいの」

「…………!」

「そうなるとやっぱり黄金糖が足りなくなるわ」

たとえこれからの試作を白砂糖で代用するとしても、圧倒的に量が足りない。

「――大丈夫。ヴォルフズ領にはまだあるから。だから、わたくしがクロに乗って取りに行くわ」

わがままを言って材料に黄金糖を使わせてもらっているのだ。できることはすべてやるし、最後まで責任を持つ。

「――というわけで、明日の早朝に発つわ。少しだけ待っていてちょうだい」

「ちょ、ちょっと待ってください侯爵夫人!」

声を上げたのは、この二週間ずっとヴィオレッタの傍にいたシエラだった。

シュークリームを片手に慌てたように立ち上がる。

「さすがにそれは護衛できません!」

「王都の外に出るのだから、護衛は要らないでしょう?」

「そういう問題ではありませーんっ! とにかく、侯爵夫人に何かあったらあたくしの命が危ないのです! おひとりでは行かせられません!」

「クロ――黒鋼鴉と一緒だから、ひとりではないですよ?」

「その理屈は違いますーっ!」

ヴィオレッタは首を傾げる。

クロはヴィオレッタの騎士だ。クロと一緒なら、どんな危険も切り抜けられる自信がある。

黒鋼鴉は強い。

嘴も爪も鋭く、高く速く飛ぶことができ、勇敢だ。狩りも得意で、中型の魔物すら獲物にすることもある。

ヴィオレッタはクロの強さを何度も見てきた。

「クロは、強いですよ」

「そ、それはそうでしょうが……護衛には護衛の仕事というものがありましてぇ」

シエラがものすごく困っている。

ヴィオレッタとしても、彼女を困らせるのは本意ではない。

(シエラさんはエルネスト様に言われて護衛をしてくれているものね)

仕事として。

その邪魔をしてはいけない。

「そうね。わたくしから、エルネスト様の方に話すべきね」

「え。そ、そうですねぇ……」

断られるとは思っていないが、ちゃんと筋を通しておいた方がいいのはわかっている。

話し合いは大切だ。

その時、誰かが厨房の前にやってくる。

「何だ大騒ぎして。今度は何をする気だ、ヴィオ」

聞き慣れた声が、やや呆れた色を帯びて厨房に響く。

顔を向けると、オスカーとルシアが厨房の前に立っていた。

「お兄様、ルシア? どうしてこちらに?」

「たまにはここのケーキを食べたくなってな」

「営業時間内に来てくださいません?」

「固いこと言うなって」

オスカーはそう言いながらシエラの方を見た。

「――レディ・ウルぺス。もうちょっと節制した方がいいぞ」

「大きなお世話ですーぅ! 失礼過ぎません?!」

「僕だってこんなこと言いたくないけどな。エンジョイしすぎじゃないか?」

「日がな一日のんびりして無料で最高のスイーツが食べ放題。こんな美味しい任務がありますか? ありません。あたくしはこの日々を満喫しているのです。節制なんてしてられません!」

力強い宣言が響き渡る。

「あ、あのぉ……」

ルシアが小さく手を上げる。

ヴィオレッタは厨房の入口の方へ移動し、ルシアの前に立った。

「――お姉様、いったい、何があったんですか?」

「ケーキの材料が足りないの。だからヴォルフズ領に行ってくるわ。すぐ戻ってくるから」

「え、ええっ? そんな近所にいくみたいに?」

「何度も行き来したことがあるから大丈夫よ」

自信満々で微笑む。

「待て、ヴィオ。僕も行く」

突然のオスカーの同行申し出に、ヴィオレッタは目を丸くした。

「どうしたんですか、お兄様」

「単純な計算だ。一人より、二人の方が量を運べるだろ?」

「それはそうですけれど……」

黒鋼鴉に積める重量には限りがある。

オスカーが同行してくれれば、二倍近い量が運べる。

願ってもない申し出だが。

「いいのですか?」

「これはレイブンズ家にとっても大事なミッションだ。失敗させるわけにはいかない」

「お兄様……」

なんて頼りになるのだろう。

ヴィオレッタは深く感動した。

兄がここまで頼りになったことはあっただろうか。

「北の空を飛ぶにはいい季節だし、あいつらにも会いたいしな」

――あいつら。冬の日、一晩温めてくれた犬たちのことだろう。

(物凄く情が移っている……)

それはそれで、とてもいいことだが。

「あの、お兄様……とても言いにくいんですが、アンバーなら春に王都に来ていますよ」

「……何?」

アンバーは大勢いる犬の中でも、賢くて勇敢で優しくて元気がいっぱいだ。エルネストからの信頼も厚い。

ヴォルフズ領から王都への移動でも同行させていた。

「エルネストのやつ、そんなこと一言も――」

「お兄様が連れていきかねないからではないですか?」

「馬鹿言うな。僕はわしゃわしゃしたいだけだ!」

「うーん……」

「あいつの家にはいなかったぞ――なるほど。城に置いていたか……」

何やら考え込んでいる。

(なんだか危険な香りがするわ)

思い余って妙な行動をしないか不安になってくる。

ヴィオレッタは考えて、そして妙案を思いついた。

「お兄様、普通に犬を飼ったらどうでしょう? 子犬が産まれたら連絡しますよ」

「――それだ! 馬鹿だな、僕は。こんな基本的なことに気づかなかったなんて……」

「…………」

「絶対だぞ」

「え、ええ。もちろんです」

「よし、忘れるなよ。それじゃあ、出発準備をするか」

「――あ。やっぱり来てくださるんですね。では明日の早朝にクロに乗って家に行きますね」

話がきれいに纏まり、ヴィオレッタはほっとした。

「シエラさん、お兄様が一緒でしたらいいでしょう?」

「そーですねぇ……いいのではないでしょうか。黒鋼鴉が二羽もいるところに近づく馬鹿はいないでしょうから。侯爵にはちゃんとお話しておいてくださいね」

「もちろんです。では、決まりですね」

早速帰って準備しようと思った、その時――

「お兄様、お姉様。わたしも連れていってください!」

ルシアが強い決意のこもった顔で訴えてくる。

「ルシア?」

「わたしももうオニキスに乗れるようになりました! きっと役に立ちます!」

特訓の成果か、本人とオニキスの資質か、指導が良かったのか――ルシアは黒鋼鴉で空を飛ぶことができるようになった。

毎日筋トレと持久走にも励んでいるようで、身体もすっきりと引き締まってきた。

(時期尚早な気もするけれど……いい機会でもあるかもしれない)

この旅が成功すれば自信がつくだろう。

もし何かあっても、ヴィオレッタとオスカーがフォローできる。

「でもルシア、学園はどうするの?」

「お休みをいただきます」

ルシアは一切迷いがない。

オスカーも反対はしていないようだった。

「――まあ、いいんじゃないか。行って帰って三日ぐらいだ。もし何かあっても、僕とヴィオでフォローできるだろ」

「そうですね……」

ヴィオレッタは少し考えた後、頷いた。

「では、三人で行きましょう!」

初めての、兄妹だけの空の旅。きっと特別な冒険になる。