軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50話

我々はムソン砦を奪還した後、更に西へと進軍しました。

それは、マシュデール撤退時のルートをそのまま逆行する形でした。

「このままいけば、僕達はマシュデールに入ることになりそうだね」

「……市内で一泊くらい出来るかしら」

衛生小隊である自分達に軍事目的は教えられていませんが、恐らく次の目的はマシュデールの奪還になると思われます。

マシュデールを奪還する事が出来れば、戦略的にも精神的にも意義が非常に大きいからです。

この軍には、マシュデール出身で行き場を失った難民が多く組み込まれています。

故郷を奪還することが出来れば、士気は大きく高まるでしょう。

「マシュデールに、敵が籠城してたらどうしようか」

「いよいよ、本格的な戦争が始まる感じ?」

「いえ。その場合は無理をせず、南部軍との合流を待って攻略することになるでしょう。」

小隊メンバーはいよいよ戦争かと、緊張を顔に浮かべました。

しかし、現状の戦力だけでマシュデールにこもったサバト軍を打ち破れるかといえば、まぁ不可能でしょう。

その場合は無理をせず、味方と合流できるのを待つことになると思います。

「まぁ恐らく、敵はもうマシュデールを放棄しているでしょうけど」

「そうなの?」

しかし自分は、サバトは撤退していると考えています。

マシュデールはオースティンの中央付近に位置していますので、占領を続けるのであればサバト側から長い補給線を維持せねばなりません。

南部の味方軍により補給路が脅かされている今、サバトも無理して維持しようとはしないでしょう。

「じゃあマシュデールの実家の様子を見に行けるかな」

「それは厳しいと思います」

「そっかぁ」

ただ、自分達がマシュデールを再占領しても維持できるほど戦力はありません。

おそらく、敵が居ないのを確認して素通りするだけになると思います。

その間に兵士に自由行動を許せば、火事場泥棒が頻発するだけでなく、町中に残っている魔法罠で甚大な被害が出るでしょう。

「まぁでも、故郷の街並みを再び見れるだけでも幸せか」

「そうですね。自分も、余裕があればノエルの様子を確認しに行きたいのですが」

「通り道になってくれたら、様子を見れるかもしれないけど。強行軍中で、わざわざ寄るのは無理だろうね」

同様に、自分がノエルの街を見に行きたいといっても、その要望が通ることはないでしょう。

何せノエルに寄るルートは、西部戦線方面に進むのに遠回りになります。

故郷の無事を確かめるのは、後続の主力軍にお任せするしかなさそうです。

そう言って、自分はケイルさんとため息をついたのでした。

……この時の自分は未だ、どうも戦争というものを楽観視していたように思います。

人間の悪意と言うものを、詳しく理解していなかったのかもしれません。

戦争ゲームは、あくまでお遊びです。

ゲームで死体は放っておけば消えますし、瀕死になっても仲間が生きてればボタン一つで復活できます。

西部戦線の塹壕戦では、敵味方どちらも死体を丁寧に埋葬していました。

それは疫病を流行らせないためであり、同時に『自分が死んだとしても、そういう風に扱ってほしい』という願いの表れだったのでしょう。

なので、ご遺体を弄ぶ様な輩なんて滅多にいなかったのです。

しかし村落への侵略においては、話が全く変わります。

侵略側はどんどん奥地に進んでいくので、いちいち埋葬している時間は有りません。

それに勝ち戦なので敵の死体をどう扱ったとしても、自分の身に返ってこないという安心感もあったでしょう。

それが戦後にどのような軋轢を生むかなど、末端の兵士は想像だにしないのです。

戦争で侵略された場所の様子を見に行くという事が、どれだけ残酷なのか。

サバトの末端兵士の悪意は、どれほど深かったのか。

自分達は、それをここから目の当たりにしていくことになります。

ムソン砦とマシュデールの間には、しばしば村落が点在していました。

それらの村は、首都とマシュデールを行き来する商人にとって休憩所のような役割を持っていました。

村人たちは農耕や牧畜を行い自給自足をしつつ、旅人からもわずかな収益を得て静かに暮らしていました。

自分の故郷のノエルもそんな小規模な村の一つで、孤児院や教会が併設されたのどかな村でした。

「……」

「おい」

村民達の大半は、首都まで避難していませんでした。

何故なら、地主から田園と牧場を借りてその日暮らしをしていた貧しい村人が、首都に避難したところで生きていく方法がないのです。

金を稼ぐ手段を持たぬ農民たちにとって、田畑は命そのもの。

なので彼らの多くは、自分の村が焼かれないことを祈って、村に留まり生活を続けていました。

自分達オースティン軍が、サバトの侵略を止めてくれることをただ信じて。

「何だ、これは」

ムソン砦を出発して2日。

我々が進む道の途中に、小さな村落がありました。

「……」

「どうかしましたか、ラキャさん」

「……私。この村に、来たことあるわ」

野道を進軍していくと、普通は村落を横切ることになります。

それは、道というものは村と村を繋ぐよう敷かれているからです。

「芋餅が名産の、活気のある村だった」

「……」

「私は収穫祭の遊覧に、家族で遠出してきたの。母さんの友人がこの村に住んでて、泊めてもらった」

そして我々は、人っ子一人いなくなった村落を横切るような形で、進軍を続けました。

ジトっとした粘っこい風が腐った肉や、道中にまき散らされた獣の糞便の匂いを運んできました。

視界をふさぐほどの羽虫が、そこら中に集まりをなして不快な羽音を響かせて。

けたたましい獣や野鳥の鳴き声が、そこかしこで木霊しています。

「ここは、優しい人がいっぱい暮らしてた、平和な村だった……っ!!」

村の入り口には、半ば骨の露出した小児の顔が転がっているのが見えました。

身体は獣に食われたのか、ズタズタに引き裂かれていて。

ジョークのつもりなのか、その子供の両眼には、木の枝が突き刺さっていました。

「あそこよ、彼処の広場にたくさん屋台が建ってたの」

「……落ち着いてください、ラキャさん」

「だけど今、何があるの。あの広場に、無造作に積まれているものは何?」

「……直視しては駄目です。興奮しないで、ゆっくりと深呼吸してください」

「何でこの村からは! 人の声が一切しないの!?」

サバト兵による虐殺は、常軌を逸したものでした。

女子供であろうと関係なく、虐げて殺して弄んだ形跡がそこら中に残っていました。

そんな、残酷すぎる光景にラキャさんには耐えきれなかったようで。

「ここで生活していた人たちは、どうなったっていうのよ!!」

ポロポロと涙をこぼしながら、やがて嗚咽を溢してしゃがみこんでしまいました。

「ひっ! あの死体、動いてる!」

「違う、蛆だ……。皮膚の下で蠢いて」

裸に剥かれた眼球の無い妙齢の女性が、田んぼに倒れていました。

その肌の一部が不気味に蠢いて、ところどころに肉と蛆が露出していました。

「なんだこれ、人間か怪物か!?」

「……水死体です。水を吸ったご遺体は、青く変色して膨れ上がるのです」

水路にプカプカ浮いていた青黒いご遺体は、ガスを内包してパンパンに腫れ上がっていました。

野鳥がその水死体の肉を突ついた瞬間、シューと音を立てて腐った下水のような異臭が噴き出しました。

「……ああ」

サバト兵に、村人を生かしておくという考えは全くなかったようで。

村落の民の御遺体と思われるものは、村中に散乱しておりました。

「俺達が、負けたから」

錆び付いた鉄の臭いが糞便と腐った血肉の臭いに混ざり、噎せ返るような異臭に耐えかねて、歩兵の多くが口を押さえて歩いていました。

農夫の銃殺死体がそこらの道端に転がされ、鳥が群がっています。

下水路には、誰かの肉と血痕がこびり付いて羽虫がたかっています。

「……吊られてる?」

中でも、目を引いたのは。

先ほどラキャさんが指差した中央広場で、大樹に数人の裸の遺体が吊られており、その付近にはサバト語が記された菓子類の袋が乱雑に放り捨てられていました。

遺体にはダーツの様な矢が刺さっていて、その遺体を中心に酒瓶が転がり、破れたシートがいくつか捨てられていました。

おそらく、宴会の後と思われます。

「どうして、サバト兵はこんなことが出来るんだ───?」

人間は、兵士は、時にどこまでも残虐になるようです。

今まで苦しめられた憎い敵兵、憎い敵国民だからこそ、どこまでも非道を行っても構わないとタガが外れてしまったのでしょうか。

「……」

アルノマさんは、それらの死体を見て一言も発する事もありませんでした。

ただその瞳に轟々と、凄まじい感情を内包しているように見えました。

ケイルさんは平静を保とうとしつつも、顔を真っ青にして今にも倒れそうになっています。

死体など見慣れているハズの看護兵たちの中にも、嘔吐する人までいました。

「……行きましょう。モタモタしていると、置いていかれます」

この村で何が行われていたのか。

自分達が敗走したせいで、村人たちはどんな目に遭ったのか。

それをむざむざと見せつけられ、自分は打ちのめされていました。

「……」

こんな光景は、西部戦線ですら見たことありませんでした。

あの場所では、勇敢に散った遺体には敵味方問わず最低限に敬意を払い、しっかりと埋葬していました。

人としての最低限のマナーすら失った、サバト兵の蛮行。

───それが作り出したのは、まさにこの世の地獄でした。

「……」

自分の小隊は、途中からほぼ無言でした。

いえ、自分達の部隊だけでなく、共に進軍していた部隊からも一切の雑談が聞こえなくなりました。

言葉を失った、という表現が的確です。

普段から衛生兵として、死体を見慣れていた自分ですら激しいショックを受けました。

つい1週間前まで一般の学生だったラキャさんなどにとっては、見るに堪えない光景でしょう。

「……」

歩きたくない。

これ以上前に進みたくない。

自分の中にそんな気持ちがフツフツと湧いてきました。

マシュデールを通り抜ければ、その先にはノエルの村があります。

自分にとって親のような存在である院長先生や兄弟姉妹である孤児院の皆の遺体が、あのように残酷な扱いを受けている光景を見たとき、果たして自分は平静を保てるでしょうか。

いえ、無理です。まず、冷静さを保てるとは思えません。

きっと半狂乱になって、泣き喚いてしまうと思います。

「……」

見たくない、進みたくない。

やがて自分は、逆にノエルの村を通りませんように、と祈り始めました。

恐らく通らないから大丈夫、と必死で自分の頭に言い聞かせました。

今の自分には、現実を直視する勇気がなかったのです。

「ここにも、村」

マシュデールまでにいくつもか村落を、横切ることになりました。

どの村も、似たり寄ったりの光景でした。

「ああ、ご遺体が腐ってきている」

「日にちが経つと、こうなるのでしょう」

ラキャさんなど、一部の若手は大変でした。

夜になると魘されて、汗もびっしょりに目を覚ましてしまうのです。

ただでさえ睡眠時間の少ない衛生兵が、さらに寝不足に追い込まれることになってしまって、日中にバタリと倒れる人もおりました。

「リトルボスも、無理せずね」

「いえ、自分は小隊長ですから」

本音を言うと、自分も眠りが浅くなって何度も目が覚めたりしているのですが。

徹夜に慣れきっているおかげで、自分は日中も普通に活動することは出来ました。

ただ疲労は隠せなかったのか、ケイルさんにはかなり心配をかけたように思います。

「……マシュデールだ」

そんな、地獄のような光景から目をそらしながら歩くこと、3日。

やがて我々は、いくつもの堡塁に囲まれた城塞都市を再び目にしました。

「とうとう、帰ってきた」

オースティンの誇る難攻不落の要塞都市、マシュデール。

戦力差はいかんともしがたく、先日放棄したばかりのオースティン人の精神的支柱。

そんなマシュデール城塞に、レンヴェル軍は再び戻ってきたのです。

『マシュデール内に敵影なし』

「はい、了解です」

やはり、マシュデールはもぬけの殻のようでした。

先行部隊が半日掛かりで偵察を終え、安全を確かめた我々は被害なくマシュデールに入ることが出来ました。

「リトルボス、上層部は何て言ってる?」

「どうやら、本日は此処で一泊するようです」

「お、本当か」

「マシュデール内の水路が生きているようなので、汚れた軍服を各自洗濯して下さい。ただし、桶を使って水を確保し、汚水を水路に流さないこと」

これ以上前進するとウィンからの補給が追い付かないらしく、また兵士にも休養が必要という事で、この日は休みになりました。

確かに、そろそろ自分の小隊は限界でした。ラキャさん達には一度休憩をとってもらいたかったので助かりました。

「自分の家に戻るのは、やっぱりダメ?」

「申し訳ありませんが、それはちょっと」

「あはは、だよね」

歩兵たちは、街道沿いにテントを設営していきました。

民間の家屋への立ち入りは、当然ですが禁止です。

それが自宅であっても、敵が罠を設置していないとも限らないからです。

「活動範囲は、偵察兵さんが安全を確認した大通りだけにしてください。それ以外の場所では、罠が残っている可能性があります」

「そりゃあ困る」

「実際、先ほど1名の歩兵が罠を踏んで大火傷したという情報も入ってきました。間もなく搬送されてきますので、治療の準備もしておきましょう」

「あらら」

このマシュデールには、まだそこら中に罠が張り巡らされています。

偵察兵や工作兵の皆さんが解除していってくださっている様子ですが、全ての罠の除去は難しいでしょう。

このように戦争後にも置き土産が多いから、市街戦は嫌われるのです。

「でも、マシュデールを確保できたのは大きいね。ここを拠点に、補給路を構築できる」

「そうですね」

本格的な罠の解除は後続に任せるとして、マシュデールを再確保できれば良い拠点になるでしょう。

一部は損壊しているものの、街内には倉庫になりうる建物がたくさん残っています。

被害が大きいとはいえ、輸送の中継拠点として利用するには十分でしょう。

「結構、家も荒らされてそうだな。俺の家は大丈夫だろうか」

「……好き放題しやがって」

故郷を荒らされてマシュデール出身者が怒っていますが、マシュデールの状況は途中の村落よりはるかにマシでした。

レンヴェル少佐の大号令で市民の全員が避難していますので、市民の死体は転がっていません。

民も一番大事な財産は持ち出しているので、大したものは略奪されていません。

路傍に積まれた戦友たちの遺体に蠅がたかっていたりするのですが、それでもあの地獄よりはマシです。

「……」

いえ。

それは、自分だけの感想ですね。

マシュデールの出身者にとって、この惨状は身を引き裂かれるように辛いのでしょう。

何せ、故郷です。自分にとっては、ノエルの村が荒らされたようなモノです。

「リトルボス。診療所の設営場所はどうする?」

「今、使用可能な家屋がないか上層部と交渉中です」

きっと歩兵たちの多くは、今までの景色を見て非常に辛い思いをしていると思います。

だからこそ、自分に出来ることは最大限やっていかねばなりません。

「今、連絡が来ました。マシュデール中央病院の、安全確認が完了したそうです。我々は本日、病院で寝泊まりします」

「おっ、良いね。中央病院なら勤務したことあるよ」

「……物資、残ってたら貰っていきましょう」

こうしてマシュデールに帰ってきた自分達は、久しぶりの休養を頂けました。

西部戦線を経験している兵士にとってはまだ全然疲れていないでしょうけど、新米達にとっては進軍するだけで相当な重労働だったのです。

特に、精神的な面でのダメージが非常に大きく、一度落ち着いた場所で休憩できるに越したことはないでしょう。

「……はい?」

「ん、どうしたリトルボス」

「……ええ、了解しました。すぐに伺います」

しかし。

こうしてやっと、腰を落ち着けられるハズだった自分の部隊に、一通の連絡が入りました。

それは、衛生兵としての患者の受け入れ要請ではなく、衛生兵長である自分への個人的な要請でした。

「すみません、自分は呼び出しを受けましたので指揮権を一時ケイルさんに預けます。各自、このまま中央病院に向かって診療所を設営してください」

「ああ、了解」

その、自分を呼び出してきた相手とは。

『こちらはファリス准尉である。貴殿に個人的な要請があるので、面会を求む』

『了解』

ラキャさんの友人たちが所属する部隊の隊長にして、典型的な暴力タイプの軍人。

衛生小隊に対尋問訓練を提案した、警戒すべき人物。

ファリス准尉、なのでした。