軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話

「突撃ィ!!!!!」

2時間ほどに渡る魔導師部隊の爆撃が終わり、いよいよガーバック小隊の突撃が開始されました。

自分達は、敵を攻撃する指示を受けていません。

ただ合図と同時に塹壕から飛び出して、敵からの銃弾が飛び交う平原を駆け、次の塹壕まで全力疾走するだけです。

「トウリは、俺の後ろから離れるな! サルサは、命に代えてでもトウリを守れ!」

「了解です」

「ハイっす!」

どうやら、小隊長殿はサルサや自分を戦力と期待していないようです。

自分は単なる回復役、そしてサルサは自分を守る肉壁と見なされているのでしょう。

サルサ自身も、ある程度それを自覚しているようなのですが、

「令を復唱しまっす! 俺は命に替えても、トウリ2等衛生兵を守るっス」

「良い意気だ! 言ったからにはやり遂げろ」

何か妙に、サルサに気合いが入っている気がします。捨て駒扱いされて、何でそんな士気十分なのでしょうか。

まあ、気合を入れて護衛してくれるならそれに越したことはありません。

それに、今の小隊長殿の言い方だとやはり、自分よりサルサ2等兵の命の価値の方が安そうです。

少し安心しました。

この日の突撃作戦は、どうやら成功の様子でした。

3日前と違って敵の焼死体がそこら中に転がっており、ツンと焼けた人肉と鉄の匂いが鼻腔を直撃します。

「ガハハハ、敵もこんなに短期間で攻めてくるとは考えていなかったらしいな。生き残った害虫どもに引導を渡してやれ!」

ガーバック小隊長は、高笑いと共に敵陣に切り込んでいきます。

四方から銃声が鳴り響き、爆音と血飛沫が舞う戦場で、まるで水を得た魚のように楽しそうに。

「……は、速っ」

「小隊長殿に置いて行かれぬよう、速度を上げますよサルサ」

ガーバック小隊長は、他の誰より先駆けて突進し続けました。

自分たちも全力疾走しているのに、その背中はどんどん離れていきます。

「チェストぉぉぉ!! 俺の刀の錆びになりやがれ!」

追従させられる自分は『無謀な突撃はやめてください』と内心悲鳴をあげていました。

周囲の援護もないまま、たった一人で銃弾の雨に向かって飛び込む小隊長殿は、自殺志願者にしか見えません。

ですが、おかしなことに先陣を切って切り込んでいるはずの小隊長殿の後ろこそ、この戦場で一番の安全地帯なのでした。

「何で銃弾が当たらないんだ、あの人!」

「……斬ってますね、銃弾」

成程、忘れていました。

あんまりにも泥臭い戦争をしているので頭から抜け落ちていましたが、この世界は剣と魔法のファンタジーです。

小隊長殿は、剣士なのです。それも銃弾くらいなら切り落とせる、熟練の。

「何で銃弾切りながら走ってる小隊長の方が、俺らより足速いんだよ!」

「知り、ませんっ……!」

小隊長殿の戦闘は、凄まじいの一言でした。

敵の潜んでいるであろう塹壕に向かって飛び込んで、血飛沫をまき散らし、制圧していきます。

自分やサルサは、本当に金魚の糞の如くついていくだけでした。

それも、ガーバック小隊長が時折立ち止まって敵の首を切り落としてくれているので、何とか追い付けている状態です。

「オラ、ひよっこども置いていくぞ! 死にたくなければ俺の後ろから離れんな!」

「り、了解、です!」

まさか、生身の人間が銃弾を剣で切り落とすなんて芸当を現実で見ることができるとは思いませんでした。

今までガーバックは粗暴で傲慢で、上官としては最低だと思っていましたが……。

あの小隊長を毛嫌いしているゲール衛生部長が、優秀な突撃兵だと認めるだけはあります。

まがりなりにもガーバック小隊長は、『エース』なのです。

「小隊長殿! 進みすぎです、それ以上は他部隊と連携がとれません!」

「あん? またかよ、だらしねぇ」

しかし、彼の悪癖はゲール衛生部長から何度も聞かされた通りでした。

彼は突撃が楽しくてたまらないからか、放っておけば周囲を観察せずドンドン切り込んでいってしまうと。

今の自分達はさすがに突出しすぎでした。

友軍はまだ、数十メートル前の地点でまだ戦闘している状況です。

「はぁっ! はぁっ、小隊長、殿。自分は、これ以上の、進軍より、地形の確保の優先を、提案、します」

「……たく、しゃーねぇな。お前らもへばってるし、潮時か」

間違いなく自分達の小隊は、孤立しかかっていました。

それに気づいたのか、小隊長殿は水を差されたような顔になりましたが、溜息を吐いて進軍を停止してくれました。

「あー、てめえら集合。当小隊はこの塹壕を拠点として、友軍の進軍を援護する」

「「了解です」」

集合の命令とほぼ同時に、自分たちの周囲に小隊メンバーが現れました。

汗だくの自分やサルサと違い、先輩方はまだ余裕がありそうです。

彼らはしっかり、戦闘しながら小隊長殿に追いついてきていたのですね。

流石、歴戦の兵士といった所なのでしょうか。

「小隊長殿。失礼ながら報告が」

「何だ、言ってみろ」

「自分の部隊のグレー1等歩兵が、銃弾で大腿部を負傷しております。出血が続けば死亡の危険があります、衛生兵による救護を要請します」

その言葉にふと見れば、肩を担がれた若い男性兵士が苦痛に顔をゆがめています。

小隊長殿はふぅむ、と少し考える顔になって、自分の方へ向き直ります。

「んー。トウリお前、回復魔法は2回まで使用可能だったな」

「はい」

「よろしい。グレーへの応急処置と、必要に応じ1度までの回復魔法を許可する」

「承りました。ではグレー1等歩兵殿、患部をお見せください」

おお、とうとう普通の衛生兵らしい仕事が割り振られました。

疲労困憊で立っているのもしんどいですが、こういう前線での治療こそ自分の存在意義でもあります。

気合を入れて、丁寧にやりましょう。

「ようし、俺たちは周囲を固めるぞ。他の小隊の前進を援護しつつ、トウリ・グレーの二人を護衛だ」

「は、ハイっす!」

にしても、ガーバック小隊長殿はちゃんと部下にも回復魔法の許可を与えるんですね。自分にしか使わせないと言っていましたが。

まぁ、今日はもう戦闘終了だからなのかもしれませんが。

ガーバック小隊長を恐れてか、殆ど周囲の敵兵は撤退していますし。

「大腿の銃創部に血種が出来ていますね。血抜きをしますので、少し痛いですよ」

「……うぐっ! サンキュー、トウリちゃん。今度デートしよう」

「凝血塊の摘出を確認しました、これより回復魔法を行使します。【癒】」

「少しくらいなんか反応欲しいなー」

初めて面と向かって話しましたが、グレー1等歩兵はチャラい系の兵士っぽいです。戦場でデートって、何処に連れていくつもりなのでしょう。

しかし、グレー1等歩兵は若そうに見えて、相当鍛え上がった体をしていました。それなりにベテランさんなんでしょうか。

「治療を完遂しました、経口補液を支給しますので速やかに摂取してください。また24時間以内に血尿など認めましたら、速やかに自分か他の衛生兵に申し出てください」

「ほい、ご苦労さん。……む、痛てて」

「申し訳ありません、自分の技術では完治には至りませんでした」

「いやいや、血を止めてくれただけで十分よ。正直死ぬかと思ったから」

自分はそのままグレー殿の大腿を消毒し、包帯で保護しました。

グレー殿の顔色は悪く、それなりの失血している可能性がありましたので、水分も渡しておきます。

「止血には成功しています、また撃たれない限りグレー1等歩兵殿の命は保証いたします」

「そっか。じゃ、気を付けるわ」

「終わったか? ならグレーも友軍の援護に加われ。トウリは、敵が掘った塹壕の中に隠れてろ」

小隊長殿の指示もあったので、自分はその後塹壕に籠っていました。

自分は武装しておらず、装備のリュックには医薬品や医療器具しか入っていないので、そもそも戦闘に参加できないのですが。

幸いにも友軍は追いついてきてくれて、自分たちと合流し地形の確保成功しました。

「戦闘終了だ! 各員は後方部隊と交代し、本地点の確保を維持せよ!」

やがて、我々とは違う小隊の方がやってきて戦線を明け渡し、本日の戦闘は終了となりました。

この日、我々は31mの前進に成功しました。

前回の敵の侵攻分を全て取り戻せたわけではないですが、仕返しが出来た形です。

「ガハハハ、大勝利だ。今日の我が小隊の犠牲はたった1人、進んだ距離は31m! こんなに効率の良い進撃は久しぶりだな」

ガーバック小隊長殿は、心底愉快といった笑い声をあげていました。

「他の小隊がもう少し早く前進してたら、前の負けを丸ごと取り返してたのに勿体ねぇ。俺が後、10人いればなぁ」

……戦いが終わった後、小隊長殿の言葉を聞き自分は改めて周囲を見渡しました。

そして、気付きます。ガーバック小隊のメンバーが、7人しかいません。

1人、居なくなっています。

「小隊長殿、一応アレやっときましょう」

「お、そうだな。あー、偵察兵レンドルの命は、我らの勝利の礎になった。俺たちが進んだ31mは、レンドルの命の結晶だ」

「……」

「全員、勇敢な偵察兵レンドルに敬礼せよ」

我々は数秒、どこで死んでいるかも分からないレンドル偵察兵に向けて敬礼を行いました。

後で聞けば彼は、小隊長の突撃についていこうと必死で周囲の警戒を怠り、頭を撃ち抜かれたそうです。

そして彼はまだ兵士として経験が浅く、ここに来て一年も経っていない新米だったようです。

「よし、じゃあ帰って一杯やるか。俺がまた倉庫から、褒賞としてエールを奪って来てやるよ」

「ありがとうございます! 小隊長殿!」

「がはは、感謝すると良い」

レンドルの死を悲しんでいる人は、この場にはいませんでした。

ガーバックは機嫌良く笑っているし、他の小隊メンバーの表情も朗らかです。

「サルサ、トウリ。貴様らもウジ虫の割によく生き延びた、特別に同席を許してやろう」

「……光栄です。ご配慮感謝します」

「その代わり、何か芸を用意しておけよ!」

人が死んでいるのに、どうして彼等はこうも朗らかなのでしょうか。

……いや、そうでした。ここは戦場なのでした。

人の死など、きっと珍しいことではないのです。

「……大丈夫か? 顔が青いぞ、トウリ」

「何の問題もありません。サルサこそ、血の気が引いているように見えますが」

「俺は、大丈夫。大丈夫だ」

レンドル偵察兵は、どんな顔をしていたのでしょうか。どんな性格だったのでしょうか。

話をしたことのない自分は、彼の事を何も知りません。見知らぬ人が死のうが、自分に関係は無いはずです。

だというのに、こみ上げてくるこの吐き気は何なのでしょう。

「……なあトウリ。何で、あの人たち笑ってんだ?」

「それは、本日の戦闘で戦術目標を達成したからではないでしょうか」

「そっか。そうだな」

耐えなければなりません。この死と隣り合わせの日常こそが、自分たちの身の置く『戦場』なんです。

レンドル偵察兵は死にましたが、彼の犠牲はしっかり我が国の利益になったのです。

だから、自分も笑わないと。

「おうい、新米ども。ボーっとすんな、俺達小隊は後続に引き継いで撤退だ」

「は、はいッス先輩」

「お、やっぱり暗い顔してんな。新米どもは仲間が死ぬとみんなそうなる、気にすんな切り替えろ」

先ほど治療を行ったグレー1等歩兵殿が、呆けていた自分たちを心配してやってきました。

感情の整理がつかなかったせいで先輩に迷惑をかけてしまったようです。反省しないと。

「大変失礼しました、グレー1等歩兵殿。すぐさま撤退行動を開始します」

「うんうん。普段あんま表情変えないトウリちゃんも、そんな顔するんだね。実にプリティーだ」

「自身の未熟を恥じるところです」

しかもどうやら、仲間の死をがっつり引き摺っているのがバレてしまったようです。

自分は結構顔に出るらしいです。

これ、まさか小隊長殿の教育対象とかになるんでしょうか。

「そんな表情を出来るのが羨ましいよ。俺達は、もうとっくに諦めちゃったから」

「その。やっぱ、仲間の死とか、日常なんスか、グレー先輩」

「まーね。そりゃ、最前線の突撃兵やってんだから殉職なんて日常茶飯時さ。俺だって明日生きてる保証はない」

グレー先輩の顔は怒っているというより、我々を慮っている表情でした。

大人が、怖い夢を見たと泣く子供をあやすような、そんな慈愛すら感じる目つきでした。

「でもさ。考えてもみなよ、この戦争のゴールってどこだと思う?」

「ゴール、ですか?」

「そう、ゴール」

そしてグレーさんは、優しく自分たちに諭してくれました。

「もう10年の間、俺達は此処で戦ってるんだ。綱引きみたいに戦線を押したり引いたりしながら、延々と」

「……先輩方の奮闘に、頭が下がる思いです」

「そういうのはいい。一体どうすればこの戦争は終わるのか、お前ら分かるか?」

向こうさんの立場も考えて、ね。

グレー1等歩兵は、真面目な顔をしてそう続けます。

「今はちょっと押されているが、ウチだってまだまだ戦える。まだ内地に残ってるであろう若い男性を、まるごと徴兵すればあと10年は持つ」

「……」

「敵さんだってそうだろう、まだ増員できる兵力は結構残っているはず」

それは、確かにそうかもしれません。自分は回復魔法適性があったのでほぼ徴兵を拒否出来ませんでしたが、ほかの孤児院の友人の殆どは軍属ではなく市井へ稼ぎに行っています。

唯一、自分と同じタイミングで軍に所属したバーニーも、徴兵ではなく志願でした。

裏を返せば、まだ徴兵できる人材は本国に残っているといえます。

しかし、もしそこまで徴兵をしてしまえば、この国の生産力は壊滅してしまうでしょう。

「塹壕戦っていうのはな、防衛側が絶対的に有利なんだ。塹壕にこもっている側が、攻めてきた側を撃つ。この構図になると、どうあがいても攻撃側の被害の方が大きくなる」

「それは、確かにそうッスね」

「んで、魔導師部隊もよくやってくれているが、あの爆撃だけで塹壕にこもった兵士を皆殺しにすることは不可能だ。敵も防御呪文やら対爆装備やらで必死で生き延びて、砲撃が終わった後に突撃してくる俺達を撃ち殺すべく待っている」

確かに、塹壕から応戦した方がどう考えても有利ですね。

だからこそ、念入りに時間をかけて魔導師の方に攻撃してもらうのですが。

「戦争はあと10年は続く。明日も生きていられる保証がないこの場所で突撃兵やって、10年間も生き延びられると本気で思うか?」

「それは神に祈るか、必死に努力するしか」

「無理だよ。俺達は此処で死ぬ、それはもう確定してる」

諦めている、ってのはそう言うことさ。

グレー先輩は、寂しげにそう笑った。

「死が、ゴールなんだよ。これまでよく頑張ってきました、もう解放してあげますっていう神様からの救いなんだ」

「……そんなことは。例えば敵の陣地を突破して、首都を陥落させれば」

「無理さ。戦争の形態は、変わったんだ。ちょっと前の騎兵やらが活躍していた時代とは違い、銃や火薬兵器が世界中に普及した結果、この塹壕戦が戦争の主流になった」

「……」

「塹壕戦ってのは終わりがない。負けて後退しても、そこに新たな穴掘って銃構えるだけで強固な陣地になってしまう。だから以前みたいに敵の首都まで一気に侵攻なんて出来るわけがない」

ここまで言えば分かるよな、と。グレーさんは話を続けた。

「死んだヤツはゴールしたヤツだ。こんな地獄から一足先に抜けられた、ラッキーな連中だ。レンドルだってきっと今ごろ、先に逝った戦友と向こうで楽しく宴会してるハズさ」

「それ、が。グレーさんの死生観なのですか」

「そう思わないと突撃兵なんてやってられねぇよ。俺達にとって死は救済なんだ、神様に認めてもらった権利なんだ」

「……う。でもお、俺はまだ、死にたくない、っス」

「そりゃそうだ。そこまで達観するには、お前もトウリちゃんも経験が全然足りてねぇ。でもまあ、きっと分かる日が来るさ」

グレー1等歩兵は、ポンとサルサの頭に手をおいて、

「そのうち、死ねたヤツが羨ましくなってくるから」

そう言って、話を締めました。

グレー先輩に呆けていたのを咎められた後、自分とサルサは二人並んで小隊長殿のテントへ向かって歩いていました。

「死ねるのが羨ましい? 理解ができねぇ」

「同感です、サルサ2等兵」

自分達のベースに帰還した後、本日はガーバック小隊長により宴会? が行われるようです。

グレー先輩曰く、酒を飲んだ小隊長殿は普段の5割増で理不尽らしいので、遅刻するわけにはいきません。

「死にたくねぇよ、俺は。こんな寂しい場所で、蛆が湧いてゴミみたいに転がる肉片になりたくない」

「自分も御免ですね」

「でも……。長い間戦場にいると、俺もああいう考えになっちゃうのかな。死に救いを求めるようになっちまうのかな」

「さあ? それは、貴方の死生観次第ではないですか」

サルサ君は、先程のグレー先輩の言葉を深く考え込んでいる様子です。

確かに、先程自分達を諭していた先輩の表情は、正気とは思えないほど穏やかでした。

「グレー1等歩兵殿はおそらく、優しすぎるのでしょう」

「優しい?」

自分はあの言葉から、彼の人となりの一端を垣間見た気がします。

グレー殿は本来、きっととても優しい御仁であると考えられます。

「死に救いを求めることの、何が優しいんだ」

「まぁ、単に自分が死ぬ事への恐怖を紛らわせる為という可能性もありますけど」

死は救いである。

本当にそんな歪んだ考えを信じているなら、グレー先輩はすぐ自殺してないとおかしいわけで。

自分達にあんな事を言っておきながら、彼はきっと死ぬのを恐れているのです。

ですがそれ以上に、

「それ以外に何があるんだ?」

「グレー先輩はきっと。死んだ戦友が、あの世で救われていると思わないと正気を保てなかったんじゃないでしょうか?」

自分には、そう思わずにはいられませんでした。