軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

210話

兵士は年齢を重ね、経験を経るごとに洗練されていく。

誰しもひよっこから始まって、戦場を這い回って生き延び、一人前の兵士となる。

そして年老いれば、体力が落ちて退役を考える。

「なぁ、あんた。トウリさん、アンタもしかして」

「ご想像にお任せしますよ」

「……マジかよ」

十代の兵士はまだ未熟で、身体も出来ていない。

二十代になると体は作られるが、まだ経験が足りない。

しかし三十代、それなりに経験を積み、かつ体力が衰えていないこの時期こそ────

「で? あんな鉄の塊につっこんで、どうしようっちゅうんですかい」

「味方の撤退支援として、破壊します」

人間はエースとして、『全盛期』を迎える。

「手榴弾はあと二つもあります。十分でしょう?」

トウリはジェンに向き直って、不敵にそう呟いた。

「一両だけ……? 百名程度の兵が相手なら、一両で十分ということでしょうかね」

まずトウリは、偵察鏡で戦車を確認した。

その戦車は菱形の大きな履帯を動かし、戦場を我がもの顔でキュロキュロと前進している。

……周囲に随伴兵士や、ほかの車両はない。一両だけで出てきたらしい。

「あの新兵器は、まだ量産されてないのかのう」

「ええ、試作段階でしょう。実戦テストしたくてたまらなかったんでしょうね」

その戦車の正面に大きな主砲、側面に機関銃が備え付けられていた。

主砲は固定されており、側面機銃の可動域も狭そうだ。

砲弾の種類は、先ほどの爆発していたのを見るに榴弾の類いだろう。

おそらく対戦車戦は想定せず、塹壕攻略に特化していると思われた。

「おお、正面の賊が突撃してきたぞ」

「準備砲撃を終えた後、悠々と突撃ですか」

賊は、その戦車を「魔法砲撃」と「機銃台」の代わりとして運用しているらしい。

主砲により準備砲撃を行って、ドクポリ解放戦線の兵士を追い散らした後、意気揚々と突撃を仕掛ける段取りのようだ。

「ああも秩序だって、頭下げて走っちゃって。正規兵であることを隠す気がないですね」

賊は、ドクポリ解放戦線が蜂起した市民集団であることを知っていた。

だから、ここで戦っても戦闘データがとられることはないだろう。

そう考え、『実戦テスト』として戦車を試したようだ。

「つまり彼らには、まだ戦車運用の戦術もドクトリンもない」

「トウリ? いや、その、イリス様?」

「まずは、突撃してきた歩兵を足止めしましょう。構えてください、ジェン」

「おお」

トウリとジェンは塹壕に隠れて、突撃してきた賊に銃弾を浴びせた。

二人の迎撃を受けると、賊はすぐさまその場に伏せた。

完全に、訓練された動きであった。

「一瞬で射線を切りおった、明らかに素人じゃない」

「さらに、自分たちの存在がバレました。戦車がこっちに方向転換しています」

「ど、どうするんじゃ?」

トウリたちの存在を知った戦車は、すぐに進路を変えた。

榴弾を撃ち込むべく、二人に近づいてくるようだ。

「榴弾を食らいたくないですので、塹壕伝いに移動しましょう」

「どこへ向かう?」

「戦車の正面に決まってるじゃないですか」

「……やっぱり、アンタ狂っとるな」

そう、トウリは味方が逃げる時間を稼ぐため……

兵士を足止めし、かつ戦車に自分を狙うよう誘導したのだ。

「狂わないと、戦争なんかやってられませんよ」

「違いねぇ」

よほど肝が太いのか、大事な神経が焼き切れているのか

ただし、ここで死ぬつもりのジェンとは違い、

「それに戦車をつぶさないと、歩兵の突撃が止まりません」

「ん?」

トウリはここで死ぬつもりなど、サラサラなかった。

一人でも多くの仲間を逃すため、危険を冒す決断をしただけである。

「走って!!」

トウリとジェンは、死ぬ気で走った。

キュロキュロと戦車の駆動音が聞こえる、その塹壕の壁を伝って。

「ここが死に場所じゃ、いくらでも走ったらぁ!」

「死ぬ気の兵士はいりません。一秒でも長生きして貢献してください」

「お、おお」

直後、爆発音が戦場に響いた。

見れば先ほどまでトウリたちが籠っていた塹壕に、榴弾が撃ち込まれていた。

「なんちゅう威力じゃ、くそったれ」

「手榴弾より強力ですねぇ」

トウリの籠っていた塹壕が爆破された後、賊は起き上がって再び突撃してきた。

雄たけびとともに、軍歌を歌って。

「……さて、戦車の正面です。心の準備はいいですか」

「突っ込むのじゃな?」

「ええ。ジェンさんは自分が止まれというまで、走り続けてください」

彼女はそういうと、腰に帯びていたアーミーナイフを抜いて。

楽しそうな顔で、戦車へと向き直った。

「さあ、楽しい狩りの時間です」

小柄な体躯だ。遠めに見れば成長途中、少女のような見た目。

しかし四メートルほどもある戦車を前に、怯え動じる様子はない。

髪に隠れて見えなかったが、ジェンは彼女の首筋や頬に無数の小さな傷跡があることに気が付いた。

それは彼女が、いくつもの銃弾を乗り越えてきた証。

「 真のエース(トゥルーエース) と旧いエース、どっちが上かはっきりさせましょう」

ドクン、と興奮でジェンの鼓動が早くなる。

トウリが握ったナイフの先では、爆炎の光が反射した。

「────突撃」

ジェンは見た。その小柄な背中がほんの一瞬で、はるか遠くへ駆けるのを。

トウリは階段を上るように塹壕を駆け上がり、前傾姿勢で疾走した。

彼女自身が銃弾であるかのように、まっすぐ一直線に。

「うおおおおっ!!」

数秒遅れて、ジェンも塹壕を駆け上がってトウリを追った。

彼とてベテランの兵士だ、老いたとはいえそれなりに体力はある。

長い年数、塹壕間を駆けてきた経験もある。

しかし トウリ(エース) はすでに、ジェンの十メートルは先にいた。

「しっかりついてきてください!」

「こんちくしょう!」

ジェンはトウリの背を追って、塹壕間を思い切り走った。

戦車までの距離は、二十メートルほどだろうか。

やがて戦車の側面に備えられた機銃が、ゆっくりトウリを捉えた。

「【盾】」

機銃掃射だ、耐えられるわけがない。ジェンは思わず、目を覆いそうになった。

実際、普通ならすぐ肉片にされていただろう。

しかし、エースは死なない。この程度で死なないから、エースなのだ。

「ひぃい、弾を逸らしとる……? いや、斬っとる!」

トウリは銃弾の雨を受けながら、ガキンという派手な音を鳴らし、走り続けた。

彼女は【盾】とナイフで、銃弾を防ぎきってしまったのだ。

それはまさに『あの時代』に、ジェンが見てきたエースの後ろ姿。

十年以上の時を経て、世界大戦の記憶が想起される。

「銃弾は自分が引き受けます、自分が伏せたら突撃をお願いします」

「ああ、ああ────」

数秒後、再び戦車の機銃掃射がトウリを捉えた。

細かく被弾をしているものの、彼女の【盾】はよく防いだ。

「すみません、限界です!」

トウリは最後にそう叫ぶと、横っ飛びして転がって、機銃の雨を躱した。

パラパラと、無数の銃弾がトウリの頭上を越えて空を切る。

「ジェンさんは、まっすぐ走り続けください!!」

「おおおおおお!」

「死んでなければ治してあげます!」

機銃掃射は強力だが、側面に設置されているがゆえに、真正面からの突撃に弱かった。

上下の角度調整能力も悪く、更に視界も悪いため、戦車の真正面で寝転ばれたらどうしようもないのだ。

「無茶苦茶だァ! イリス様はよぉ!!」

その隙を突き、トウリはジェンに戦車へと肉薄しろと命じた。

実際、機銃手はトウリを撃つことを諦め、ジェンへ照準を合わせていた。

「突っ込んだ後は何をすればいい!」

「戦車をぶっ壊してください」

ゴリゴリと不快な金属音を立て、機銃がジェンへと向けられる。

機銃の銃口がジェンの体躯を捉え、『死』が明確に意識される。

「無茶が過ぎるぜ、ちくしょうが!」

銃口が、最期が、死神の鎌が鈍い音を立てて彼へと向く。

そして機銃手に捉えられた瞬間、ジェンは反射的にその場に突っ伏した。

「死にたく、死にたくねぇ! ちくしょうやっぱ怖ぇ!!」

死に場所を探し、死を覚悟したうえで突撃していたが、ジェンの身体が本能的に生存を求めた。

彼が伏せた直後、パラパラと銃弾が空を切る。

トウリがやったように、高低差で銃弾を躱したのだ。

「お見事です、ジェンさん。さすがに勇敢ですね」

その一瞬の隙で良かった。

戦車の機銃をトウリから数秒、逸らしてくれればそれで充分。

トウリ(イリス) はその瞬発力で、バッタのように地面を跳ねて戦車に飛び乗った。

「戦車の攻略なんて、これで良いんです」

戦車に馬乗りになってすぐ、トウリはハッチのロックを銃で壊した。

もう一方の手には、ピンが開いた手榴弾が握られている。

「機銃の可動域は狭く、動きは鈍重。手榴弾でキャタピラは歪み、ハッチのロックは簡易」

トウリは冷たい目でそう言い、戦車のハッチの中に手榴弾を投げ入れた。

まもなく戦車の内部から、悲鳴のような絶叫が聞こえてくる。

しかし当の彼女はすぐ飛び降りて、戦車の陰に臥せた。

「これのどこが、真のエースですか」

その直後、巨大な爆発音が戦車の中で鳴り響いた。

あんなにも恐ろしかった機銃が、ピタリとも動かなくなり。

真のエース(トゥルーエース) と装飾された新兵器は、煙を噴いて佇んでいた。

「戦車がエースを超えるには、もう少し時代が進む必要があるみたいですね」

その呟きは、戦場の喧騒の中で微かに聴こえた。

……こうしてトウリはたった二人で、戦車を破壊してしまった。

「さて、これで戦車はいなくなりました。安全に撤退できるでしょう」

「お、おお」

「潮時です、撤退しましょう」

トウリはその場に伏せたまま、ジェンにそう指示を出した。

夢中で気が付かなかったが、よく見れば数か所、血を流していた。

「イリス様は、大丈夫なのか」

「ええ、すぐ治します。……ああ、そうだ」

彼女は壊れた戦車の陰で治療を行いながら、ジェンに小さな機械を渡した。

それは、カメラだった。

「自分が治療している間に、戦車を何枚か撮影してくれませんか」

「撮影?」

「証拠なので。……光加減に注意して下さいね」

彼女の背負っていたリュックに、隠し持っていたらしい。

どうしてトウリが、カメラを取り出したのかわからない。

「ここを押すのか?」

「そうです」

しかし彼女は自分の治療で忙しそうだったので、言われたとおりにした。

ジェンは煙の上がる戦車を盾に、逆光にならぬようシャッターを切った。

「ありがとうございます。よし、これで撤退できますね」

「おお、そうじゃな」

トウリは最低限の応急処置を終えた後、ジェンからカメラを受け取った。

そして、そのまま退路を見つめ。

「 尻尾を掴みました(オペレーション・アプローバル) 」

ボソリ、と。

何か小さな機械に向かって、トウリはそう呟いた。