軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

155話

────アルガリア方面に、敵影見ゆ。

────敵の狙いは、南軍撤退路への奇襲と思われる。

アルガリア砦から見下ろす大河の下流には、数多のエイリス国旗が揺らめいていました。

それはオースティン参謀本部が、フラメール・エイリス連合側に読み負けたことを示しました。

「各小隊に通達します。本中隊は明日、敵エイリス軍と接敵する見込みです」

「……」

「各員、戦闘準備。地形の起伏を生かし、急ぎ塹壕を準備してください」

現在の南軍司令部は混乱状態にあり、散り散りになって撤退している最中だそうです。

アンリ大佐は戦死してベルン・ヴァロウは意識不明の重体、これで軍が纏まるわけがありません。

そんな状況でエイリス軍に奇襲されたら、彼らは壊滅してしまうでしょう。

────奴らを通したら、オースティンは滅んでしまう。

自分は決して、いつもの直感だけでそう判断したわけではありません。

ヴェルディさんは、「9日後までアルガリア偵察せよ」と言いました。

その日まで人影が見えなければ、南軍撤退路は安全だと。

しかしまだ5日目だというのに、既にアルガリアに敵が押し寄せてきています。

……この情報を急いで伝えたとして。

情報の往復に2日はかかりますし、事実を確認している間に奇襲が成立してしまいます。

最初から、自分達の偵察任務は『念のため』。

敵の本命はエンゲイへの攻撃だと、参謀本部は決め打っていたのです。

自分は、この絵を描いた人物が誰か悟っていました。

わざわざ、難易度の高い奇襲策を選択したこと。

ベルン・ヴァロウが、小勢に敗北したこと。

以上の事から、敵は「奇襲が好きなベルンに匹敵する戦争の天才」と言えます。

そんな人物を、自分はシルフ・ノーヴァしか知りません。

今押し寄せてきているエイリス軍を裏で操っているのは、彼女でしかありえない。

奇襲戦法の達人シルフが、こんな有利な状況の奇襲を失敗する筈がない。

だから、このエイリス軍を放置してはいけないのです。

「塹壕って……俺達は戦闘をするのか!? あの大軍を相手に!」

「……無理だ、勝てっこない。早く逃げないと!」

「参謀本部の指示を仰がなくていいのか」

「狼狽えないでください、今から説明いたしますので」

凄まじい数の敵兵を前に、兵士達は動揺を隠しません。

しかし自分だけは飄々と、平静を装い続けました。

土壇場こそ、指揮官は余裕を持たねばなりません。

自らの表情が乏しい顔面を信じましょう。

「ご安心ください、この状況は参謀本部の読み通りです。では、特別作戦の概要を説明いたします」

「……さ、作戦なのか。これが」

「参謀本部はここ、アルガリア方面からのエイリス軍の奇襲を予測していました。事実を確認できたので、敵エイリス軍の奇襲は無力化されたも同然です」

「そう、なのか」

「伝令役は急ぎ、この情報を作戦本部に伝達してきてください」

自分は自信満々にそう言い切って、兵士たちの不安を払拭しました。

「予想外の展開です、我々は絶体絶命です」なんて言えませんからね。

「さて、次の我々の任務は遅滞戦闘です。能天気に進軍しているエイリス軍を、からかってやろうじゃないですか」

「からかう、ですか」

「ええ。未だに騎兵を編成している原始人に、近代戦を叩き込んでやりましょう」

自分は部下に演説しながら、頭をフル回転させていました。

まもなく夜に入ります。

渓谷地域を深夜に行軍するのは、リスクが高いでしょう。

川沿いは足場が悪いですし、夜行性の動物に襲われる危険もあります。

夜間進軍はしてこない、はず。

敵の到着は、明日の昼以降になると予測されます。

「今晩の間におもてなしの準備を整えて、明日は鉛弾でパーティを開こうではありませんか。主賓にお楽しみいただいた後、我々は悠々と引き返して戦果を誇るとしましょう」

「……」

夜通し作業をすれば、簡易な塹壕を設置することは可能でしょう。

アルガリアは渓谷なので、大軍で押し掛ける事は出来ません。

敵は兵力を小分けにして、突撃してくる必要があります。

何層も塹壕を用意してやれば、エイリス軍は突破に苦労するはずです。

そもそも敵はまさか、我々がたった150名しかいないとは考えません。

もっと大軍で待ち伏せていると想定し、慎重に行軍するでしょう。

それだけでかなり時間は稼げるはずです。

「明日の『パーティ』は、オースティンの未来を左右します」

「未来、ですか」

「ええ。我々が稼いだ時間が、祖国に残した家族の命運を分けるのです」

そこで自分はセドル君を思い浮かべ、笑みを浮かべました。

兵士の不安を取り除くための、余裕に見える笑みです。

「本当に、大丈夫なんですね」

「勿論、自分に任せてください」

現実的には、1日も稼げれば十分でしょうか。

ガーバック小隊長は自分達より少ない54名で、1日を稼いで見せました。

敵がいると警戒させて、砲撃魔法などで敵の物資を損耗させつつ、1日ほど時間を稼ぐ。

そこまでやったら、参謀本部も文句は言わないでしょう。

「こんな程度の修羅場は、何度も潜り抜けてきましたから」

「お、おぉ……」

「 幸運運び(ラッキーキャリー) の名の通り、オースティンに幸運を運んでやりましょう」

自分は冷静に、最適と思える行動を選択するだけ。

使えるものは何でも使って、オースティンを守りぬきましょう。

国内に暮らすセドル君たちの命を、奪わせないために。

────鼓動が、高まる。

そう、覚悟を決めた瞬間。

グツグツと体の奥深くから、 熱気(さつい) が沸き上がってくるのを感じました。

────唇が、ひん曲がる。

気分が、高揚する。

命を賭けた戦場ではなく、椅子に座ってゲームでもしているような感覚。

自分が恐怖に押し潰れそうになった時、騒ぎ出す『もう一人の自分』。

彼がノソリと、重い腰を上げたようです。

「このアルガリアに、奇跡を起こして見せましょう」

自分の鼓舞に反応し、兵士たちはオーと雄たけびを上げました。

兵士たちは不安そうな顔をしていますが、命令に逆らおうとしませんでした。

今の所は戦意を失うことなく、塹壕づくりに取り組んでくれています。

……ひとまず、脱走兵の心配はなさそうです。

────3時方向、山の中腹。敵から死角になっており、高さもあるので守りやすい。

────川沿いの岩陰に伏せれば、河を下ってきた敵を背後から一網打尽に出来る。

グアン、グアンと耳鳴りが脳に響き。

無機質で、感情の無い男の声が自分の頭に語り掛けます。

「トウリ少尉、河の下流の中洲に堡塁の痕跡が」

「良いですね。岩や泥で補強して、機能するようにできますか」

「ナウマン兵長に頼んでみます」

いつも自分が窮地に立つと、聞こえてくる 第二人格(もうひとりのじぶん) 。

……正気を失った、 狂人(じぶん) の幻聴。

「あの河岸の窪地とか良さそうですけど、塹壕を掘っておきますか」

「なるほど、確かにあそこは塹壕を掘るには最適です。……しかし最適すぎて、敵に予測されるでしょう。また、そこに兵士を伏せても防衛範囲はあまり広がりません」

「では山道に入りますが、南東の小丘地帯は」

「そこには塹壕を設置すべきですね。敵は河岸を迂回する際、その小丘地帯を通るでしょう。待ち伏せして、追い返してやりましょう」

この声は、そう言った場所を見つける事に関しては優秀でした。

自分は脳内で戦略を組み立て、どこに塹壕を掘って兵を伏せるか、指示を出し続けました。

その意味を理解しないまま、醜悪な笑みを浮かべて。

兵士達の努力の甲斐もあって、一晩で防衛準備を整える事が出来ました。

我ながら完璧で、気味が悪いくらいの出来です。

「ガヴェル曹長。正直、自分達はどれだけ時間を稼げると思いますか」

「……それを俺に聞くのか」

自分は、まもなく出来上がる最後の塹壕を眺めながら。

副官であるガヴェル曹長と、小声で会話を交わしました。

「……普通に戦えば、数時間持たないだろうな。1日も稼げれば、奇跡だろう」

「そうですね」

ガヴェル曹長の意見は、そんなものでした。

確かに、150人と2万人の闘いとなれば勝負になる筈がありません。

物量差で捻じ伏せられるのが基本です。

「ですが自分は、たった50人で砦に籠って1日間も稼いだ人を見たことが有ります」

「そりゃあ……、凄い人なんだろ」

「はい、凄まじい人でした」

ですがガーバック小隊長は、かつてムソン砦で首都に迫るサバト軍をたった50人で足止めしました。

彼のお陰で首都は戦火を免れ、多くの命が助かったのです。

「自分達でも、1日くらいは稼げるんじゃないですか」

「そうかな? ……何もかもうまくいけば、出来るかもな」

「そうですね」

ガヴェル曹長は、あいまいな笑みを浮かべそう言いました。

1日くらいは稼げるかもしれない、ですか。

……果たして、自分は彼にどういう顔をすべきなのでしょうね。

「何だ、その顔は。泣きそうじゃねーか、トウリ少尉」

「ええ」

何となく、自分は気付いていました。

『たった1日稼いだくらいでは、戦況は何も変わらない』事に。

我々が命を賭け、多く犠牲を払って、ガーバック小隊長のようにエイリス軍の侵攻を1日遅らせたとして。

それでも奇襲は間に合ってしまいますし、オースティンは致命的な状況に陥ってしまうでしょう。

「凄く頑張って、1日時間を稼いだとしても……オースティンの負けは覆りません」

「……何?」

「何となくですけど、自分はそう思います」

作戦本部に『エイリスが南軍撤退路を狙っている』という情報が伝わるまで半日はかかります。

タイムラグが大きすぎて、1日稼いだところで南軍を援護する時間が取れると思えません。

「じゃあどうするんだ」

「3日間、エイリス軍を足止め出来ればオースティンの首の皮はつながるでしょう」

「3日間……」

ヴェルディさんが定めた、我々が偵察任務を続けるべき期間はあと3日間。

その日付までにアルガリアを突破されれば、エイリス軍の奇襲は間に合ってしまう。

「無理だ」

「そう思いますか」

「出来るわけないだろう。1日持てば奇跡なのに、3日なんて持つわけない」

ここからたった150人の部隊で、2万人を3日も押しとどめる。

そんな事が出来れば、オースティンの戦史に残る『奇跡』になるでしょう。

本当に、そんな事が出来るでしょうか。

「戦闘になれば、武器弾薬が足りない。俺達は1日分の弾薬しか持たされてないんだぞ」

「……そうですね」

「流石に、その戦術目標には反対させて貰う。非現実的だ」

弾薬も、物資も足りない状況で。

どれだけの『奇跡』が重なれば、そんな事をなしうるのでしょうか。

「初日は中洲の堡塁を中心に、両岸を固めましょう。敵の砲兵を引っ張り出せれば、戦術的勝利ですね」

「あ?」

「次の日は、両岸と山道でゲリラ戦法を仕掛けます。そこの岩陰に10名、それで2時間。小丘地帯に塹壕を作り10名ここで3時間足止めです。山道迂回路に塹壕を掘って20名伏せれば、5時間は稼げるでしょう」

「……トウリ少尉?」

その答えは、幻聴が教えてくれました。

奇跡への道しるべを、自分の中の「誰か」があっさり導いていました。

「稼げるんです。自分の指示通りに兵士が戦い、作戦行動を遵守すれば」

「馬鹿な事をいうな、出来るわけが」

「ぴったり、足りるんですよ」

何度も計算しなおしました。

その場所に兵を伏せれば、エイリス兵は攻略にどれだけ時間がかかるか。

この中隊の全員が職務を全うすれば、アルガリアに奇跡は成し得ます。

「そこに配置したとして、どうやって兵士は撤退する」

「撤退は考慮しません」

この配置にすれば綿密なスケジュールに沿って、作戦は進行するでしょう。

きっかり72時間、綺麗に敵を足止めする事が出来ます。

そうすればエイリス軍は、オースティン南軍の奇襲に間に合わない。

ベルン・ヴァロウは撤退出来て、我々の未来は守られます。

まったく無駄のない、完ぺきなプランニング。

「ここで中隊全員の命を犠牲にすれば、稼げてしまうんですよ……」

その作戦が頭に浮かんだ時。

自分はこのアルガリアの地に「奇跡の実現」を思い描きました。

「どうしましょう、ガヴェル曹長」

「……」

その作戦の成功率は現実的な数字です。

逃亡兵さえ出なければ、恐らく4-5割は成功すると考えられます。

仮に失敗したとしても『中隊150名が戦死するだけ』で、ある程度は時間が稼げます。

リスクとリターンを考えても、実行しない方が損と言えるでしょう。

「メイヴさんにも、ナウマンさんにも、死ぬまで塹壕の中で足掻いてもらいます。時間をたっぷり稼いだあと、弾薬が尽きたら戦死して頂きます」

「……お前」

「初日はメイヴさん、二日目はナウマンさんですかね。そして三日目、砦に籠って最後の抵抗を指揮するのはガヴェル曹長にお願いしましょうか」

「……」

「貴官には最終日、アルガリア砦に籠って残存オースティン軍をまとめ上げ、半日ほど応戦して貰います。脱出を考慮せず応戦するのであれば、現実的な目標設定でしょう」

「トウリ少尉。お前……」

話すうちに声が震えて、涙と鼻汁が溢れて落ちました。

自分はガヴェル曹長にだけ聴こえる声で、言葉を続けました。

「だけどこの戦闘で、一人だけ死なない予定の兵士が居るんです」

「……」

「最後に。一人だけ、戦果を報告するために通信拠点に走る兵士が必要になります」

「…………」

「それは最後まで最後方にいる人物です。戦闘に参加せず、長期間走る事が出来て、正確な報告が出来る人員」

自分の作戦は、我ながら完ぺきでした。

中隊の全員の命を使い切り、無駄なく時間を稼いだ後は────

「生き残って通信拠点に走る役割、それは自分が最適でしょう」

「……」

「ねぇ、ガヴェル曹長」

自分だけが、生き延びてしまう。

「今の自分の作戦に、何かご意見はありますか」

「そうか……」

「何か反対意見はありますか。どこかに、致命的な考え違いはしていませんか」

自分は兵士達に塹壕の場所を指示しながら、そんな作戦を考えていました。

祖国を救うという名目で、中隊を全滅させておきながら、自分だけが生き残る策。

「作戦に自信はあります。この手段が、考えうる限り最も成功率が高いです」

「……」

「そして自分は、オースティンを救う手立てを他に思いつかないのです────」

吐物と涙でぐしゃぐしゃになっている自分を。

ガヴェル曹長は無表情な目で、じっと見つめていました。