軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

140話

シルフ・ノーヴァ。

当時既に、彼女の名はオースティン軍で有名でした。

奇策『多点同時突破戦術』の考案者であり、旧サバト司令官ブルスタフ・ノーヴァ将軍の娘。

サバト革命に抵抗し、旧政府軍の残党をまとめ上げている敵。

そしてベルン・ヴァロウが、『最も危険視すべき敵の一人』と名指しした人間でした。

ベルン・ヴァロウは、オースティン救国の英雄ととして有名です。

戦えば連戦連勝、サバト軍に後れを取ったことがない彼でしたが……。

実はベルンはこれまで、シルフを相手に完勝したことはありません。

北部決戦も、サバト革命も、彼女に邪魔され画竜点睛を欠く結果に終わっています。

それはベルンにとって耐えがたいストレスだったでしょう。

────この女が居たら、気持ちよく虐殺が出来ない。

戦場に湧く不快な害虫。

それが彼にとっての『シルフ・ノーヴァ』だったのかもしれません。

ベルンはサバト革命の後、シルフの悪評をサバト国内に流布していました。

旧政府軍の悪行の殆どをシルフの仕業として吹聴し、ヨゼグラードから逃げ出した彼女を無能な臆病者とそしりました。

シルフ・ノーヴァが二度と、サバトで権力を握る事が出来ないようにするためです。

わざわざそんな工作をしたことからも、ベルンがかなりシルフを警戒していた事が分かります。

そしてベルンは口に出していませんが、オースティン軍は『俺が居ないとシルフに負ける』と考えていた節があります。

特にレンヴェル派……、ヴェルディ少佐の能力を疑問視していた様でした。

確かにヴェルディさんは若くして少佐の仕事をこなせる、非常に優秀な人物でしょう。

しかし歴史を動かした天才シルフと互角かと言われれば、難しいかもしれません。

ベルンは知らないところで、勝手にオースティンに負けられては困るのです。

今回のガス攻勢だって、決行したのはレンヴェル派の軍人たちでした。

レンヴェル中佐派のタクマ氏の提案で、作戦準備が進められたのです。

ベルンはガス兵器作戦を見て、弱点が多かったのであまり気乗りしなかったようでしたが……。

『敵の技術レベルで対応は困難だ』とレンヴェル中佐の主張にゴリ押しされ、認めてしまいました。

実際フラメールはまだ『風銃』を開発できていなかったので、妥当性のある判断だったでしょう。

しかし現実は旧サバト軍に介入され、オースティンは手痛い敗北を喫しました。

国土を焼かれたオースティン軍は、人員補充が難しい状況です。

ほんの数千人の被害であっても、計画が大きく狂う大損害です。

中央軍レンヴェル中佐の暴走は、いつもベルン・ヴァロウの悩みの種でした。

「この手紙を見る限り、君はサバト軍の総司令官シルフ・ノーヴァと旧知の仲であるという事になるが」

「……」

話を戻しますと。

ベルンにすら警戒されている大物、シルフ・ノーヴァ。

そんな彼女から個人宛に手紙が届いたものですから、アンリ大佐も対応に困ったことでしょう。

「君はシルフ将軍と面識があるのか」

「はい、以前サバトに流れ着いた時、彼女の指揮下で戦った事があります」

「ふむ」

この手紙の真意は、今でもよくわかりません。

普通に考えれば、自分に内通疑惑を向けさせる策略にも見えます。

しかし自分は離間策を仕掛けるほど重要な人物ではありませんし、労力に釣り合った策とは思えません。

「……自分はその、手紙を検める許可を頂けるのでしょうか」

「見たいかね」

その手紙に何が書かれているのか、自分は気になってはいました。

しかし内通が疑われそうな状況では見せて頂ける訳がありません。

「見たいです、が。……この状況で見せていただけるとは思っておりません」

「いや、構わんよ。さぁ手にとって見るといい」

「良いんですか」

「ああ。正直なところ、我々としてもその手紙の意味を知りたいのだ」

そう思っていたのですが、あっさりシルフからの手紙を見せて頂く許可が下りました。

アンリ大佐は微妙な顔で、自分へ封筒を開いて渡します。

その中にはたった一枚、小さな紙が入っていました。

────射ぬかれた、リンゴの絵。

描かれていたのはそれだけでした。

絵具で描かれたであろう絵の周りには、文字はありません。

リンゴはまだ青く硬く、熟しきっていないような色あいでした。

突き刺さった矢から果汁を滴らせ、くしゃりと潰れていました。

「あの、手紙はこれだけですか?」

「ああ」

それはなんとも、味気のない手紙でした。

どうしてシルフがこんな手紙を送ってきたのか。

そもそも、この気味が悪い絵はなんなのか。

「どういう意味か、分かるかね?」

「いえ」

意味がわからない。

それが、自分の本音でした。

「何かの暗喩か、君への暗号なのか。……君の解釈を聞きたい」

「そうですね」

あのシルフが、何の意味もない事をするとは思えません。

わざわざ手間隙をかけて絵を描き、自分に届けさせたのには意味がある筈です。

「……未熟なリンゴが射ぬかれる絵。素直に捉えるのであれば、宣戦布告でしょうか?」

「宣戦布告、とは」

「見ての通り、自分は若輩者ですから。自分を青いリンゴに見立てて、射殺してやるぞというメッセージかなと思いました」

「ふむ」

自分はその場で思い付いた解釈を伝え、アンリ大佐はうーむと唸ってそのリンゴの絵を睨みました。

……この自分の考察は、当たらずとも遠からずでした。

当時は知らなかったのですが、サバトには「リンゴに変えられた親愛な友を、そうと知らずに射殺してしまう」という有名な昔話があったみたいです。

それに見立て、シルフは自分を射殺す暗喩としてリンゴの絵を描いてきたのでしょう。

ただ分からないのは、何故シルフがこんな手紙を自分に送ってきたのかです。

自分が考えた意味が正しいのであれば、これは敵意を示すだけの単なる殺害予告です。戦略的には何の意味もありません。

しかもそんな意味であれば、内通を疑わせる策として破綻してしまいます。

しばらくの間、この手紙をシルフが送ってきた意味を考え続けましたが、結局わからずじまいでした。

彼女のきまぐれ。これが、自分の出した結論です。

……もしかしたら、これは彼女自身が踏ん切りをつけるための手紙だったのかもしれません。

シルフは当時18歳。まだまだ未熟と言える年齢でした。

そしてサバト軍で、自惚れでなければシルフに目をかけてもらっていた気がします。

彼女が自分に少しでも、友情を感じてくれていたのであれば。

シルフ自身が自分を殺す覚悟を決める為に、あの手紙を送ってきたのではないでしょうか。

これは『そうだったら嬉しいな』という、自分の願望が混じった推測です。

自分と彼女は敵同士。友情なんて、有って良い筈が無いというのに。

「まぁ、そういう事にしておこうか。この手紙は、こちらで処理しておく。悪いが君に渡すことは出来ない」

「了解いたしました」

彼女は事あるごとに、自分をチェスに誘いました。

シルフは年上の部下に囲まれて、同年代の娘と殆ど接する事も無かったでしょう。

その部下たちも、シルフに好意的だったかと言われればそうでもなく。

家族も失い友達もいない彼女は、きっと寂しかったに違いありません。

……自分も、軍属した後は同世代と接する機会は少なかったので気持ちはわかります。

「よしトウリ君、もう出て行っていいよ」

「ありがとうございます」

「君の働きには期待している。……これからもよろしく頼む」

「はい」

ですが自分は、シルフと友人にはなれません。

この世界でだれよりも、自分にとってシルフは敵です。

同時に、彼女にとっても────

「逆に自分の方が、シルフを討って御覧に入れましょう」

「頼もしいね」

ゴルスキィさんを殺した自分こそ、殺す以外にありえない「敵」になってしまったのです。

「やあ。トウリちゃん」

「ベルン参謀少佐殿」

アンリ大佐のテントを出ると、蛇のような笑みを張り付けた男が自分を待ち構えていました。

ベルン・ヴァロウ。今のオースティンを支える屋台骨の、不世出の天才です。

「待ってたよ。俺とお茶の席でも囲まない?」

「……申し訳ありませんが、遠慮をしたく」

「はい残念、正規の命令。君が 敵総大将(シルフ・ノーヴァ) から手紙なんか貰っちゃったからさ、事情聴取しないといけなくてネー」

ベルンはニヤニヤと笑いながら、自分に出頭命令の書類を手渡しました。

内容は敵将との内通疑惑に対する査問、だそうです。

「……命令を了解しました。出頭いたします」

「ま、本当に内通を疑ってるわけじゃないから安心してよ。まさか君が『シルフ・ノーヴァ』にまで気に入られているとは思わなかった」

「自分は、その」

「あんな絵を送ってくる程度には、シルフと仲が良かったんだろう? 君の報告書を見ても『シルフに尋問された後、政府軍に追従させられた』としか書かれないし。君の過去を調べた感じからも、てっきり険悪な関係だと思ってたんだけど」

ベルンはあの絵について、何やら彼なりの解釈をしているようでした。

自分の手を取ったベルン・ヴァロウは、とても楽しそうに笑って。

「嘘は許さん。あの女について────」

「……っ」

「お前の知っている情報、全部吐ケ」

気が遠くなるほどに冷たい声色で、自分の腕を掴みました。

それからは地獄のような時間でした。

尋問用テントに連れ込まれた自分は、狭い部屋でベルン・ヴァロウと二人きり。

夜遅くまでたっぷり、質問漬けにされました。

「シルフの風貌は。顔つきは、肉付きは、髪の長さは、声色は、胸のでかさは、背丈は、瞳の色は────」

「そ、その」

ベルンの質問には際限がありませんでした。

シルフ・ノーヴァという人間を丸裸にしてやろうという、偏執的な気迫を感じました。

自分は彼女の一挙手一投足から、果ては指したチェスの棋譜に至るまで、つつがなく白状させられました。

「なんでそれくらい覚えていないんだ」

「……すみません」

「あー。怒ってるわけじゃないからとっとと思い出せ」

自分は軍で他の誰よりも、シルフ・ノーヴァについて詳しいはずです。

敵の総大将の情報なんて、いくら金を積んでも手に入るものではありません。

だからきっと、自分の話はベルンにとって金塊のようだったでしょう。

「確か、こういう手を指して言いました。『今、私はとても迂闊な手を打った。考えてみろ』、と」

「へぇー、シルフはそんな事を言ったのか」

自分が彼から解放されたのは、深夜に差し掛かる時刻でした。

たっぷり数時間話し込まされ、心身ともにヘトヘトになった自分とは対照的に、

「そうか、お前はそういう考え方をする人間か」

「……」

「見えてきたぞォ、 塹壕の魔女(シルフ・ノーヴァ) 。テメェの輪郭が……」

ベルン・ヴァロウの目は燦々と輝き、興奮で頬を紅潮させていました。

気色悪かったです。

『拝啓、シルフ・ノーヴァ殿』

……因みに、自分は全く知らなかったのですが。

『陣中よりのお手紙を拝見しました。とても懐かしく思います』

どうやらシルフからの手紙に、ベルン・ヴァロウが勝手に返事を出していたそうです。

ご丁寧に自分の筆跡を真似て、オースティン語で。

『貴女との思い出はとても楽しいものでした。もう一度貴女とチェス盤を囲みたいです』

それくらい自分の許可を取るか、せめて報告くらいはしてほしかったのですが……。

ベルンが謎に乗り気だったので一任したとの事です。

『次もちゃんと、我が軍の策にしっかりと嵌って沢山の死人を出してくださいね。楽しかったですよ、何も知らず舞い上がる貴女との友情ゴッコは』

……そのシルフへの返信内容を聞いて、自分はベルン・ヴァロウを一生許さないと決めました。