作品タイトル不明
テンペスト
俺の 魔剣(イングリッド) が、 炎魔人(ヴァルラグ) の頭部を両断した。
着地し、奴の腹部へも斬撃をみまい、後方へと跳躍して距離をとる。
化け物は、割れた箇所から水蒸気を激しく噴出させて、均衡を失ったように階段を一段、二段とおりると、ぐらりと揺れて一気に転げ落ちた。
俺はイングリッドへと駆け寄る。
「腕、治せ」
「……まだ、終わってない」
彼女は、落ちていく化け物が、片手で階段を削るようにして速度を落としていると見た。
アブダルが、イングリッドを支えて立たせる。
ここで、階段を下まで降りていった 炎魔人(ヴァルラグ) は、炎を左腕の切断面から噴き出して、瞬く間に腕を再生する。そして頭部も同じように蘇るが、巨大な角を生やした禍々しい形状となり、その形相はさきほどまでのものとは違い、憤怒で歪んでいる。目と思われる穴はつり上がり、裂けた口からは水蒸気が吐き出されていた。そして転がっていた大剣が、奴の右手に吸い寄せられるように、ガタガタと音を立てて階段を滑り落ちていく。
炎魔人(ヴァルラグ) は、大剣を掴むと二度、階段へと打ち込むと、大きくのけぞり、グン! と加速して迫ってきた。
大剣を剣で防ぐ。
化け物は大剣を振り回し、俺も剣で奴の攻撃を全て防いだ。
重い金属どうしがぶつかる音が、巨大な地下空洞に響き渡る。
力で負けても、技術では勝っている。しかし体力は永遠には続かない。
筋肉は悲鳴をあげ始め、肺はもっと空気を寄越せと忙しく、心臓は血液を全身に運ぼうと激しく鼓動している。
「ΕμΑΦКΞ……ΨΣΖΔЁ」
だから、何を言ってるのかわかんねぇんだよ!
魔剣(イングリッド) を振り上げ、剣で攻撃をするとみせかけて魔法を放つ。最悪の時に備えて、防御用に魔力を残しておきたかったが余力を考えていては勝てない!
今の状態で、放てる最高の魔法!
「 冥魔封殺(レヒテンニベンゲルン) !」
炎魔人(ヴァルラグ) の身体が、上から重いものに潰されるようにガクンと沈む。
「 凍王降臨(アリスキュロスファブレガス) !」
同時に、イングリッドがその魔法を発動させた。
炎魔人(ヴァルラグ) は、一瞬で氷漬けとなり、直後、俺の魔法によって押しつぶされる。
ぐしゃっと潰れた化け物は、数多の欠片となって散らばり、いくつかは階段を転げ落ちていった。
「もう、立てねぇ……」
へたりこんだ俺は、アブダルに肩を支えられる。
彼一人が、俺とイングリッドを支えてくれて、三人はよろよろと階段を降りていたが、俺が階段を踏み外したせいで、一斉に数段を転げ落ちた。
「いたぁああああい!」
イングリッドが悲鳴をあげる。
「いてぇ! エリオット! 巻き込むな!」
「悪い! わりぃ……脚が笑って無理だ」
イングリッドが一人で立ち、壁に手をあてながらゆっくりと階段をくだる。
アブダルが、俺を背負うようにして進んでくれた。登るよりも下るほうが大変だというが、わずかな時間で汗だくになった彼を見ると納得できる。
最下層に到着し、ようやくといった顔でイングリッドがその室に入ろうとした。
ストン、と彼女が膝から崩れた。
なんだ?
矢?
どうして彼女に矢が刺さって?
頭上を睨むと、騎士の格好をした男がいた。
「案内、ご苦労」
引退し、罪を償うといったはず!
フレデリク!
奴の部下らしい兵たちが、それぞれに武器をかまえて接近してくる。弩を持つ兵が厄介だが、数は全員で十ほど……。
「うぅ……」
呻いたイングリッドが、左肩を貫いた矢を掴み引き抜こうとした。しかし、俺を降ろして駆け付けたアブダルがそれを止める。
「無茶に抜くな。血管が破れたら大変だ」
彼はそこで弩を奴らへと発射し、弩でこちらを狙っていた敵兵を射倒すと、イングリッドをひきずって封印の間へと入った。
逃げる先が、もうそこしかない!
俺も転がるように残り数段の階段を降りて、左太腿に矢を受けたが無視して封印の間に跳び込む。
「エリオット! 一族のためによくやってくれた! 伯父として誇りに思うぞ!」
「全て嘘だったのか!?」
「いや! 本当さ! 今頃、私の身代わりが牢獄に入っているよ! 私が新しい 聖なる騎士団(サンクトゥエクェス) の総長だ! 行け」
奴の声で、兵士の集団が階段を駆け下りてくる。
「アブダル……連れていって」
イングリッドの声で、アブダルが空間中央に浮かぶ紅玉を見た。
俺は、ここを死守するとして、出入り口に立つ。
アブダルが置いていった弩をたぐりよせ、矢を装填した。
入ってきた奴から、斬る。
魔法を撃たれたら終わり。
だが、あいつらは警戒して突っ込んでこない。
クソ騎士、いつから……フードの男は奴の部下か……終わったものとみせかけて、尾けられていた。そうか……あいつは俺に催眠をかけた……フレデリクは、俺に自分の引退を信用するように、あの時、催眠をかけたんだ……。
ムカつく奴!
まぁ、数を集められていないのが幸いか……たしかに、あの後に騎士団ぐるみで隠ぺいをして、俺たちを追うとなると準備の時間などしれている。
イングリッドが、赤い球体に触れた瞬間、魂の間であるこの空間の出入り口が閉じ始める。
駆け寄ってきた敵兵たちの先頭へ、弩を発射して一人を倒した。
ここで、完全に封鎖される。
俺はイングリッドへと近づこうとしたが、歩くのが困難でその場に倒れる。這うようにして近づいていくと、アブダルに支えられて、彼女の背後につくことができた。
イングリッドが、瞼を閉じて集中している。
俺は、彼女を後ろから抱きしめた。
アブダルが、俺とイングリッドを出入り口から隠すように立つ。封鎖された出入り口が、また開いた時に、外の連中はきっと突入してくるものと考えてのことだとわかる。
イングリッドの左肩から、血が滴っている。
テンペスト……頼む。
応えてくれ……。
竜化のことは駄目でもいい。
応えてくれ。
でないと、イングリッドはやめない。
動こうとしない。
ここから出る時、俺は全力で彼女を守る。
だから、早く応えてくれ!
瞼を閉じて祈る。
神も仏も信じてなかった俺だが、この世界で、初めて竜に祈った。
-Elliott-
あの時と、同じだ。
俺だけが動いている。
封印の間……アブダルは弩をもって立っていた。そして、俺の腕の中で、イングリッドは動かない。
あの時と、同じだ。
「テンペスト、起こしてごめん」
自然と、謝罪していた。
「おや? 前回と違って、随分と親しみを声に含ませてくれるじゃないか」
あの時、俺に聞こえた優しい声だ……。
「……助けてもらった。本当なら、死んでいた」
俺の腕の中にいたイングリッドが、すっと立つ。
俺は両膝をついたままで、彼女を見上げた。
「竜にさせないでくれと頼まれているが、お前はどう思う?」
「……竜になるという感覚がわからない」
「ちがいない」
イングリッドの身体をつかうテンペストは、俺と視線をあわせるためにしゃがんだ。
「わたしの命を分け与えたお前たちが、再びわたしの前に来た……このエルフはお前が助かるなら、自分を竜にしてくれてもいいと言ってきているがどうする?」
「愚問だ……そんなの、条件にもならない。駄目だ、断ってくれ」
「おもしろい二人だ……やはりお前たちは好きだ」
テンペストはそう言うと、出入り口の方向を示して問う。
「外の連中はなんだ?」
「竜王を復活させたくて、それであんたを復活させないとそれが叶えられないっていうことで、俺たちを尾けてきた奴らだ……俺たちより、よっぽどあんたの味方かもしれない」
「ふふ……味方とか敵とか、それはお前たちの判断基準だろ? わたしはわたしが好きか嫌いかで選ぶ。だから、こうする」
テンペストが、出入り口へと「ふぅ」と息を吹きかけた。
「エリオット、わたしが憎いか?」
「いや、感謝してる。二度、助けてくれた」
「そうか」
「だから、俺は自分が竜になることを受け入れる。助けを得て、代償を差し出さないのはあんたの信用を得られないと思う」
「だから、それはお前たちの判断基準だよ、エリオット」
どういうことだ?
「つまり、わたしは好きか嫌いかだけで決めるってことだよ……さっきも言ったが、わたしはお前たちが好きだ。だから、お前たちが望むのであれば、それを叶えてやろうと思う」
「……」
「疑うのか? わたしを」
「ごめん。外の奴に騙されたと気付いたばかりで……疑り深くなってる」
「いい、いい、いいのだ。仕方ないことだな? 人間はいろいろある」
彼女は両手で、俺の頭を掴んだ。
「ただ、何もなしとはできない。ひとつ、約束をしてくれ」
「はい」
「わたしが復活した時、わたしが悪竜であったなら、お前とイングリッドで、わたしを倒してくれ」
「……それまで、生きていられないと思う」
「人間……肉体はそうだろう。だが、魂は違う。肉体が滅べば、魂はバルボーザによって導かれ、再び世界に肉体を得て現れる……だから約束をしてくれ。悪竜であったなら、倒してくれ。わたしはお前の魂に頼んでいる」
「……わかった。テンペスト……俺とイングリッドで、あなたが悪竜であったなら倒します」
「約束だ。わたしの 竜騎士(ドレイグ) 」
俺は、イングリッドの身体を借りているテンペストに、口づけをされた。
瞬間、視界が暗転する。
何も、感じなくなった。