軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奴隷商

九月二十三日の朝。

俺は一人、グーリットの市街地東側に広がる沼地へと来ていた。ここは先日、リザードマン達を討伐した河辺だが、リザードマンが再び居ついているかの確認ではなく、墳墓から逃げた奴が河を使ってグーリットに上陸したなら、この河辺からではないかと思ったからだ。

背の高い葦が一帯にはえているから、身を隠しながら舟を陸に寄せることができて、上陸してからも身を隠せると考える。

俺の身長は日本人だった頃よりも高い。その現在の俺の腰あたりまで育った葦が密集しているので、剣を抜いて葦を斬り払うように進む。

河の流れが穏やかになっているこの辺りから上陸したのではないかと思っているが、なかなかめぼしい発見は得られない。ただ、逃亡用の舟を隠すのであれば、上陸した近辺だろう。

水鳥が数羽、優雅に浅瀬を泳いでいた。

葦の密度が薄くなってくる。すると、泥は一気に深くなり、俺は革ズボンを濡らしてしまった。あまり着替えを持っていないのでテンションが下がる。

慎重に振り返り、来た方向へと戻る体勢となってそれを見つけた。

舟だ。

密集した葦に隠されていた。

近づいたが何も残っていない。しかしそれは予想通りだ。俺が知りたかったのは、ここで上陸したということだ。

この舟があの 屍術師(ネクロマンサー) のものではないという可能性もあるが、こういうところに置かれた理由は他に思い当たらない。漁師がわざわざここに隠す必要もない。

俺はグーリットの市街地へと歩きながら、住民の誰かが 屍術師(ネクロマンサー) であるなら、どうして最近になって 合成獣(キメラ) を作り始めたのだろうと考える。

この街で、俺はどちらかといえば新入りだ。まだ五年である。しかし 合成獣(キメラ) が出たという話はこれまで聞いていない。

最近になって、この街に来た人間に 屍術師(ネクロマンサー) がいる?

俺はこの可能性をパトレアに伝えようと思い、教団の支部へ向かう。だが途中、商業区の通りを歩いているところで彼女を見つけた。

「パトレア」

声をかけると、彼女は驚いたように立ち止まって俺を見た。

「エリオット」

「ちょうど用があったんだ」

彼女は、奴隷商を営む商会の社屋前に立っていた。

ピンとくる。

「あの時の番号の件か?」

「ええ、グーリット評議会に名簿を調べてもらって、ジョンという名前で登録されていた奴隷だったと今朝、わかったんです。司祭様はただの偶然だからとまったく取り合ってくれないから……そのジョンをこの街で売りに出していたのがここです」

「俺も新情報がある。あの 屍術師(ネクロマンサー) は東の河辺から上陸していた。舟が残っていた。つまり奴はこのグーリットに入った。もう街を出た可能性もあるが、残っている可能性もある」

「残りますか?」

「この街の住民だったら残ってる」

俺の言葉に彼女は固まる。

「そ……その可能性はありますね」

「あると思う。とにかくそういうことだ。奴隷商、一緒に行こう」

「いいんですか?」

「一応、元奴隷だからジョンの為にね」

ジョン。

恐らく名前すらなかったのだ。この半島では名前すらわからない出自不明の奴隷は男であればジョン、女であればメアリと名付けられる。

社屋は石造りの三階建てだ。

玄関口から中に入ると、帳簿をつけたり手紙を書いたりしている従業員がいて、一人の男性が俺達に気付いた。

「何か御用ですか?」

「アロセル教団の聖女パトレア・グランキアルです。彼はわたしが雇っている傭兵のエリオット――」

従業員が俺を見て「クリムゾンディブロ」と囁いたのが聞こえた。

パトレアはそれを無視して発言を続ける。

「――です。先日からある事件を追っているのですが、証拠として奴隷の焼き印を入手しています。番号は五十三番。グーリット評議会の商業課に調べてもらいましたらこちらで登録されていたことがわかりました。売った先を知りたいのです」

「……わたしの権限をこえていますので、少々お待ちください」

男性従業員が奥へと引っ込む。彼らが働いている部屋は玄関口から一望できるので、彼が奥で仕事をしていた男性へと声をかけているのが見えた。

「責任者は彼なんだろうな」

「ええ」

責任者らしい男が立ちあがり、俺達の前までやって来る。やや緊張した顔つきで「ロイス・ラングニックです」と名乗った。

「この商会で一応、現場の責任者をしております。オーナーは社長でジェイク・マクブライドと申しますがミラーノへ出張しており不在で……帰ってくるのは明日です。お尋ねの件ですが、買主様の情報を出すのは情報開示命令書を評議会から発行頂いた上での対応になりますが、お持ちでしょうか?」

パトレアは頷くと、内ポケットから一枚の書類を取り出す。羊皮紙ではなく紙であり、評議会の印が押されていることから本物だとわかる。

「拝見します……間違いなく。こちらへどうぞ。書類を保管している場所から持って参りますので少々お待ちください」

俺達は従業員たちが働いている場所から少し離れて、応接用に卓と椅子が置かれた場所へと案内される。

ラングニック氏が従業員に「この書類を持ってくるように」と情報開示命令書を見せて指示を出し、また「お茶も」と言った。

「最近、街で噂になっている 合成獣(キメラ) ですか?」

彼の問いに、パトレアは頷く。

「はい。今、ミラーノ大学考古学部のケイ・バーキン准教授が合成場所となった墳墓を調査中です。学術的価値と同時に奥がどうなっているかも含めて……その合成に使われた生物に、人間であるジョンも使われていました」

「 屍術師(ネクロマンサー) ですか……恐いですねぇ。この街も物騒になりました……いや、物騒なのはもともとあんまり変わりませんけどねぇ。戦争の最前線に近いから傭兵が多くて……あ、いえ、クリムゾンディブロを批判しているわけではないですよ」

「エリオットだ。傭兵はいつ死ぬかわからない生活だから欲望優先ってところはあるだろう。同業者が迷惑をかけていたなら謝る」

「いえ、失言でした。お詫びします。彼らがいるから商売が回るってところもあるもんですが、子供をもつ親としては……難しいところです」

「俺はこの街に来て五年、彼女はまだ半年も経っていない。これまで 屍術師(ネクロマンサー) が噂になったことはなかった?」

「ええ、なかったです。少なくとも私が物心ついてから今までは……三十五歳です」

となると、この街から逃げ出したから、最近になってこの街に入ったもの?

パトレアもそうだが、彼女は違う。

そこに、従業員が書類を持って現れた。同時に、珈琲が運ばれてくる。

遠慮なく珈琲を飲む。

美味しい。

当然ながら、この世界には缶コーヒーなんてものはない。飲みたくなったら淹れるか買うかの必要があるが、家に道具がない。では買おうかとも思わないので機会がなかった。

「この書類を差し上げることはいたしかねますので、写して頂いてよろしいでしょうか?」

ロイスはそう言い、書類を広げる。そこに羊皮紙とペンを持った従業員が来て、パトレアは受け取りながら感謝を口にした。

「売った相手、覚えている方はいらっしゃいませんか?」

「私も売りの場にはいましたが……」

ここで、羊皮紙とペンを持ってきた従業員が口を開く。

「あ、インクはこれを使ってください……普通の男の人でしたよ。業者でもなく個人で、しかも二人をお求めだったから、用途をお尋ねしたんです。連邦法では奴隷を虐待するのは違法なので、怪しかったら断ろうと思ったのですが、奥さんに先立たれて家事をしてもらいたいのと、力仕事を手伝ってもらいたいからと言ってました」

俺とパトレアは自然とお互いを見ていた。

「二人? 二人を買った?」

彼女の問いに、従業員の男が頷く。

「ええ、ほら、この書類にも」

そこで上司のロイスが説明する。

「一度に二人を購入しているでしょ? その時に、奴隷保護法の説明を受けたことを示す署名もしています」

「ネイサン・ラウド……」

パトレアは購入者の指名を口にする。そして書類を書き写しながら口を開く。

「またご協力をお願いするかもしれません。その時は、評議会を通して警備連隊の事件捜査課を通してお願いしようと思います」

「ええ……悪い奴が野放しなのは困りますから協力します」

従業員が答え、上司のロイスが心配を口にする。

「うちから買った奴隷を使っていた……うちが疑われることはありませんか? 変な噂が広まったりとか?」

「御社の名は口外しません。ご安心ください」

パトレアは断言すると、買主の情報を書き写した羊皮紙を丸めて腰を浮かす。

俺は珈琲を飲み干して彼女に続いた。

二人で協力に感謝し社屋を出たところで、彼女が言う。

「二人、買っていました。もう一人は女性……年齢は不明ですが若いとだけ記載されていました」

「あの……死体や死骸の中にあったかなんて想像もしたくない」

「もし……まだ生きているなら――」

「買われていったのがいつだ?」

「一か月前です」

「普通に考えろ。生きていると思うか?」

「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか……今から、住所の場所に行こうかと思うのですが」

「一緒に行こう。ただ、その場所はないと思うけど」

「やはり……そう思いますか……」

二人で目的地へと向かう。

街の北側にある新しい住宅地の中に、その住所の家はあるはずだったが、現地に到着するとそんな住所はないことが判明した。

「エラン通り三十二の五……はないですね。三までしかありません。五があるなら、ここです」

パトレアは道路の真ん中に立っていた。

俺はうなずき、この住所を書いた奴を想像しながら意見を言う。

「これを書いた男は、この住所を知っていた……でまかせすぎると商会にばれる可能性がある……彼ら商人は馬鹿じゃない。聞いたことがない住所だったらおかしいと思う。だから買主はこの住所……エラン通りという通りの名前と、三十二番地が存在することは知っていたんだ」

「……この近所の方でしょうか?」

「さぁ……そこまではわからない」

ここで、市街地中央に広場にある時計台が、ゴーン! と鳴ったのを聞いた。

「そろそろ日没だ。俺は引き上げる」

「わたしも……食事、どうです?」

「ご馳走してくれるのか?」

「いえ、お金がないから貴方の家で作ります」

「……奢ってやるよ。行こう」

「ありがとうございます」

二人で、俺が通う酒場へと向かった。