軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エルフへの憧れを壊すエルフ

十二月十日の日暮れ。

大学での打ち合わせを終えた俺たちは、帰る前に公衆浴場に寄ることにした。

この世界の公衆浴場は、日本人の俺には新鮮だ。

いや、もしかしたら世界のどこかにはあったのかもしれないが、俺は行ったことがなかった。

グーリットはレーヌ河の近くにあり水が豊かで、浄水された水を運ぶ水道も陸上に立派なものが走って都市まで繋がっている。ローマ帝国時代の水道橋に近いものだ。その水を利用し、沸かして入るのだが、基本的に一人がひとつの部屋を借りる。そして、湯桶の湯を使って身体を洗うのだ。終わったら、出る。

初めて利用した時は、これだけ!? と思った……。

ただ、湯はたくさんあって贅沢に使えるので気持ちよさは半端ない。

しかし、日本人であった俺には物足りないのだ。

風呂……早く風呂つきの家が欲しい!

家に風呂があれば、浴槽を運び入れて、湯をわかして溜めてドボーンと浸かれるんだ……。

そんなことを考えながら、ゆっくりと身体を洗う。

石鹸、いい匂いだよなぁ。

最高。

この石鹸の匂いが好きになるなんて……。

人よりも頻繁に通い、かつ長く部屋を使うので、受付にいつも座っているアキナさんに覚えられた。彼女はこの浴場の支配人だ。

出る時に彼女から水の入った杯を受け取り、飲んで後にするのが風呂の最後にすることである。

「またおいでね」

「また来るよ!」

気持ちいい。

最高……と、あいつを待たないと……いた。

公衆浴場の外、屋台の串焼きを眺めながら待っていた。

エルフのイメージが……野菜や木の実、キノコを食べて暮らしているという設定は誰が作ったんだ? 肉も魚も酒もけっこうガッツリ食べてるぜ? にしては細身……。

耳をフードで隠しているが、見た目は恐ろしいほどの美少女が公衆浴場の前に立っていて、串焼きの屋台をガン見しているので利用客や通行人たちがざわついている……。

とにかく、声をかけよう……。

「イングリッド」

「おお、お前は長いな?」

「好きなんだ、風呂」

「珍しいな。おい、これを食べないか?」

やはり、食べたくて見ていたのだ……。

串焼きは数種類あって、魚、牛肉、豚肉、キノコなどなど。

「二本ずつ、魚、野菜と豚とキノコの四種類」

「はぁい! ありがとうございまぁす!」

元気に返事をされた。

家までの帰路で、雑貨屋で飲み水を買い帰宅する。

井戸の水は、沸騰させないと飲むのがこわい。だから面倒なので買うようにしている。

「お前、水をもて」

「串焼きを持とうか?」

「途中でこっそり食べそうだから駄目だ」

「水を持つ」

イングリッドに水を持たせ、家へと入って食卓に串焼きを並べた。そして杯をふたつ置き……昨日つかったままだけど、まぁ水だからいいか……杯を置いて食卓につく。借家にはもともと卓と四脚の椅子があったので、まさかの一時同居人ができたが助かっていた。

豚の串焼き、うっま!

塩がいいんだなぁ……これ、岩塩じゃないな? 塩に香辛料……美味い!

「ハグハグ……エリオット、お前、なにか質問したそうだったな? いいぞ」

「昼間か? 気付いていたのか……」

「当たり前だ」

「准教授の質問にちょっと関わってくることところではあるが……」

昼間、出発日……十二月十五日の朝六時にキャンパス正門に集合と決まり、それぞれに準備をするが食料や水は大学側が用意をしてくれることになっている。また、森の巨大な穴の底である三層に調査隊の拠点を設営することも決まった。

その際に、イングリッドによって四層より下は、テンペストの魂に呼び寄せられた魔族がうろついていると話した。だから彼女は俺を誘ったのかと理解できる。

その後、准教授がイングリッドを捕まえて……俺もつき合ったので俺たちだけ帰る時間帯が夕刻になった。

質問攻めは嫌がるだろうと思い、俺の質問は別の日にと思っていたが、訊いてもいいというので尋ねることにする。

いろいろと訊きたいことがあった。

「まず、ヌリの奥さん、オメガとは知り合いか?」

「知っている。王国の戦士の家系だ」

「あんたは姫様? なのか?」

「イシュクロン王国を知っているか?」

知っている。中央大陸にある亜人種たちの国だ。亜人種、エルフ、ドワーフ、ホビット、ケンタウルス、ゴブリンなどなどの国で、統治種族はエルフとドワーフだが、現在はエルフが王位にある。

「七氏族のうち、ヴァス族から王が出ているが、なにかあった時の王位継承権は各氏族にもある。わたしは王位継承権十位だ」

「単独でウロウロしていいのか?」

「お前たちの王や王族がおかしいのだ。一人でなんでもできて初めて一人前なのだ」

エルフに生まれなくてよかったと思う。

俺はキノコの串焼きを頬張り、香りと旨味が凝縮された逸品に目を丸くした。

俺の反応をみて、イングリッドがキノコの串焼きをつかみ、食べる。

「モグモグモグモグ……」

口の動きが高速だ……。

「……おいしい! こんな美味しいキノコ、初めてだ!」

意外なことがここ数日でたくさんおきる……。

エルフが食べている森のキノコよりも、人間が屋台で買ったキノコのほうが美味しいなんて……。

味付けか?

「あんたらエルフの味付けは何でするんだ?」

「味付け? 焼いて食べたり煮て食べたり……いろんな食材を一緒に煮る時もあるなぁ」

素材そのままの味……謎が解けた。

彼女がこのキノコを美味しいと思うのは、塩だ。

塩、偉大だ。

俺は質問に戻る。

「竜と神は昔、戦っていたのは本当なのだろうか?」

「ああ……この世界の起源に関して知りたいのか?」

「そうだ」

「お前、意外といっては悪いが頭をちゃんと使う奴だよな?」

「……」

お前よりは計画的だという自信がある。

「ただ、エリオットの質問には答えられないんだ」

「どうして?」

「戦争の元になる」

「……」

「お前たちよりも寿命が長いわたしたちは、よく覚えている。この世界の起源に関する情報というのは、信仰や文化や国境形成などに大きく関わるし、現在の民族分布にも関係するから、これを人間に教えた結果、争いが起きた……あの土地を返せ、自分たちはお前たちに虐げられていたから仕返しをする、自分たちのほうが優れている、などなど……人間というやつは本当に馬鹿……エリオットはまだ賢いほうだと思う――」

フォローしてくれた……。

「――が、多くの人間は本当に馬鹿で、争いが大好きだ。それに嫉妬深い。あいつらが豊かなのは許せん! みたいなせいでイシュクロン王国はゴート共和国に侵略されているしな……」

「わかった。諦める」

「素直だな?」

「無理に教わるもんでもないだろう。それより、お前、魚の串焼きを二本とも食べてるじゃないか!」

「……こうやってすぐに人間は妬むんだ」

「いや! これはイングリッドが悪いぞ。返還を要求する」

「胃の中だ」

「ではその豚肉を寄越せ」

「拒否する」

「俺の金で買ったものを分け与えているんだぞ、こっちは」

「仲間だろ? わたしたちは仲間じゃないか、エリオット」

「こういう時だけ……」

ともかく、我が家が賑やかになったのは間違いない……。

-Elliott-

十二月十五日。

朝。

ミラーノ大学のグーリットキャンパスに集まった俺たちは、准教授の「出発します」という声で歩きだした。

荷馬車には拠点設営に必要な道具が満載で、食料もたっぷりと用意されている。

真冬に調査を行うことに大学の上層部は反対したらしいが、バーキン准教授は春まで待てないと言って強行したのである。ただ、それでも予算をひっぱってくるので有能な人なんだろうと想像がついた。

イングリッドは家からキャンパスに向かう途中、労働者向けに早朝からやっている屋台で売っていたパンを俺に買わせて、それを食べながら歩いている。

エルフのイメージを破壊しまくるお姫様だ……。

オメガに、彼女のことを尋ねた。

「実際、王国ではすごいエルフなのか?」

「お会いすることがあるとは思いませんでした……魔法の使い手としてわたしなんて足元にも及ばない御方です。それにとても貴重な力をそなえておられます」

「貴重な力?」

「ええ、怪我を回復させる魔法」

すごい!

いや、それもそうか。

一人で長旅をしていたんだ。

怪我のひとつやふたつ、したらもう駄目だから……体調不良も治してくれる力ならよかったのに……。

そのお姫様は、焼き立てのパンの美味さに上機嫌で歩いた。

そして昼前には、墳墓の入り口へと到着する。

「ああ、ここにこういう入り口を作っていたのか……本当はこっちだ」

彼女の手招きに、斥候のアブダルがついていき、俺たちは待機した。

カインが声をかけてくる。

「クリムゾンディブロ、光栄だ」

「こちらこそ、よろしく。あんたのほうが年上だし経験はあると思う。いろいろと教えてほしい」

「すべき時はぜひ。こいつは幼馴染で――」

イサクを呼んだカイン。

情報交換をおこなう。

半島の北では、北方騎士団がついにバルディア王国へ本格的な援軍を派兵することになったそうだ。そしてデーン王国も対帝国へ舵をきろうとしていると聞いた。

しばらくして、イングリッドとイサクが戻ってきた。

斥候が残念そうな表情で言った。

「階段はあるが、荷物を抱えては無理だ。調査目的なので地下から行こう。ただ、なにかあった時は階段から撤退できる」

こうして、俺たちはその日の夕刻には三層に入り、湖の中心に浮かぶ島に拠点設営をおこなった。

アタックは、明日からだ。