軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生者

「あ……ご、ごめんねっ」

突然、エレオノールが申し訳なさそうに頭を下げた。

「なんの話だ?」

尋ねると、彼女は疑問を顔に浮かべた。

「あれ? 暴虐の魔王の名前は、恐れ多くて口にしちゃいけないんじゃなかった……?」

「ああ」

そのことか。

これまで交流がなかったというのに魔族側の情報はそれなりに持っているようだな。

誰がどこで調べたのか?

なんのために?

「えーと、じゃ、やっぱり、他の人に名前を呼ばれるのもいい気がしないよね?」

「俺は気にしないが?」

サーシャを見る。

「わたしも気にしないけど、学院交流のときは言わない方がいいと思うわ。皇族派に目をつけられたら、面倒くさいもの」

すると、エレオノールはほっと息を吐いた。

「よかったぁ、二人が気にしない人で。大問題になるから絶対に口にしないようにって授業で言われたんだけど、魔族って言っても色々なんだ?」

「まあな」

そこまで警告されておきながら、こうもあっさり口にするとは、なかなかどうして緩い性格をしているようだな。

「でも、ごめんね。うっかりしてたぞ」

失敗したというように、エレオノールは軽く舌を出す。

「あ、待った」

唐突に彼女は立ち止まった。

「ごめんね、行き過ぎちゃったぞ。この部屋が目的地なんだ」

踵を返し、エレオノールは通りすぎた部屋のドアを開けた。

中は吹き抜けになった円形の空間だ。

一階から最上階まで階段が続いているのが見えるが、広大な室内全てに所狭しと本棚が並べられ、見渡す限り書物で埋め尽くされている

「勇者学院の誇る、魔法図書館だぞ。魔法に関する書物がアゼシオン中から集められてくるんだ。ここで調べられない伝承は、ディルヘイドとか他の国に行くしかないかな」

エレオノールは勝手知ったるとばかりに図書館の中を歩いていき、ある棚の前に辿り着いた。

「勇者の伝承なら、この辺りの書物に載ってるかな。どの勇者の伝承を知りたいの?」

「カノンだ」

「わお。やっぱり、勇者カノンはディルヘイドでも知名度が高いんだ!」

しかし、遊んでいるわけでもないのに、楽しそうだな。

「暴虐の魔王を倒したからかな?」

それを聞き、サーシャが視線を険しくした。

「あ……ご、ごめんね。今のは忘れて欲しいぞ……」

申し訳なさそうにエレオノールが言う。

「どういうことかしら? 勇者カノンが暴虐の魔王を倒したっていうの?」

サーシャがエレオノールに一歩詰め寄る。

少し前までの彼女なら、<破滅の魔眼>をあらわにしていたところだろう。

「ごめんね……」

「ごめんねじゃなくて、どういうことか訊いてるの。勇者カノンが暴虐の魔王を倒したっていう伝承があるわけ?」

申し訳なさそうにエレオノールがうなずく。

「壁は誰が作ったのよ?」

「……えーと、壁?」

「< 四界牆壁(ベノ・イエヴン) >よ。世界を四つに分けた壁」

「もしかして、< 四聖結界(アル・イエント) >のことかな?」

サーシャは訝しげな表情を浮かべる。

「< 四聖結界(アル・イエント) >……?」

「勇者カノンが暴虐の魔王を討ち取った後、残った魔族の襲撃から人間や精霊、神々を守るために生み出した結界だけど、その話じゃなかった?」

「ふざけないで」

怒りを込めたような低い声だった。

サーシャはその両眼でキッとエレオノールを睨む。

ふむ。困ったものだ。

宥めるように俺はサーシャの頭を軽く押さえつけてやる。

「ちょ……ちょっと……アノス……手っ、いきなり、なによっ?」

「そう怒るな、サーシャ。不思議なことなどあるまい」

そう言うと、若干ふてくされたように彼女はそっぽを向く。

「……だって、あなたが命懸けで作った壁なのに……」

小声で、俺にだけ聞こえるように、サーシャは呟いた。

「気持ちは嬉しいがな。だが、人間というのは歴史を都合のいいように修正する生き物だ。いちいち真面目に取り合っていては身がもたんぞ」

「……あなたがそれでいいなら、いいけど……。手……放してよ……」

言われた通り、すっと手を放すと、「あ」とサーシャが言葉を漏らす。

どうかしたのかと視線を向ける。

「……なんでもないわ……」

と、彼女は俯いた。

「ごめんね」

もう一度、エレオノールは謝った。

「今のも口止めされていたのか?」

こくり、と彼女はうなずく。

「ディルヘイドの歴史だと、どうなってるのかな?」

「暴虐の魔王が、勇者、大精霊、創造神をデルゾゲードに集め、全員の魔力を合わせて世界を四つに分ける壁を作った。膨大な魔力に耐えきれず魔王はその器を失い、二千年後、つまりこの時代に転生した」

俺の言葉をエレオノールはぽかんとした表情で聞いている。

「信じられなくとも構わないぞ。お前たちは生まれてからずっと勇者が魔王を倒したと聞かされ続けてきたのだからな」

そう口にすると、エレオノールは戸惑いながらも、うなずこうとする。

「騙されてはなりませんよ、エレオノール」

冷たく、鋭い声が飛んできた。

視線を向ければ、エレオノールと同じく緋色の制服を纏った男が、机に向かい、本を開いていた。

蒼髪で、かけた眼鏡の奥からは氷のように冷たい瞳が覗いている。

「さも正当そうな言葉を巧みに操り、人間を惑わすのが魔族の手口です」

ふむ。エレオノールと違い、敵意を剥き出しといった風だな。

勇者学院といっても、様々な生徒がいるものだ。

「そもそも」

パタン、と本を閉じて、男は立ち上がる。

そして、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。

「暴虐の限りを尽くした魔王が、なぜ命を捨ててまで人間を守る壁を作る必要があるというのでしょうか。まったく道理に適わない。先祖を崇めるがあまり、その敗北を認められず、まともな思考さえできなくなってしまうというのは、愚かとしか言いようがありません」

男は立ち止まり、俺の方を向いた。

「そうは思いませんか、魔王学院からの客人」

「ふむ。まったく同意見だ、人間。ならば、そのまともな思考とやらで、お前も考えてみるがいい。世界を四つに分けた壁、< 四聖結界(アル・イエント) >だったか? あれだけの規模、あれだけの年月を維持できる魔法障壁が、果たして人間如きの魔力で作れるものか?」

男は眼鏡に人差し指をあて、こともなげに言った。

「不可能です。しかし、不可能であるという事実こそが勇者の仕業であることを物語っています。あなた方、魔族が納得できないのも無理はないでしょうね。勇者の想いが、我々人間の平和を願う心が、奇跡を起こしたというのは」

「ふ、くくく」

腹の底から笑いが漏れる。

「くははははは、言うに事を欠いて奇跡とはな。まったく今も昔も呆れたことを言うものだ、人間というのは。忠告しておくぞ、ただ願えば叶うなどという都合の良い奇跡などこの世にはない」

「あなたに理解してもらおうとは思いませんね」

突き放すように男は言う。

「気をつけることだ。神々に騙されぬようにな」

男はなにを言っているのか、といった反応を見せる。

「ところで、お前は転生者か?」

冷たい表情を崩さず、男は言った。

「勇者学院序列第二位。選抜クラス『ジェルガカノン』所属、勇者カノンの第一根源の転生者、聖水の守護騎士レドリアーノ・カノン・アゼスチェン」

勇者カノンの第一根源の転生者か。

「ふむ。そうは思えぬな」

レドリア―ノが表情を険しくする。

「なんの話でしょうか?」

「お前がカノンの生まれ変わりとは思えぬと言ったのだ。あるいは、七つの根源の内、六つは外れということか」

カノンの七つの根源は、元々は他から寄せ集めてきたものだ。

本来のカノンの根源は一つ。

転生の際に残りの六つについては、カノンという存在を完全に受け継げず、変質してしまったとしても不思議はあるまい。

「……撤回なさるとよろしいですよ」

「なにをだ?」

「わたしが勇者カノンではないという発言を、です。あなたはご存知ないかもしれませんが、伝説の勇者の根源を受け継ぐというのは、我々人間にとって誇り高いことなのです。それを悪し様に否定されて、黙っていられる者ばかりではありませんから」

誇りか。

「わからぬな。誇りたくば、自らを誇れ。先祖がどうの、伝説の勇者がどうのと、つまらぬことにこだわっても仕方あるまい」

レドリアーノはため息をつく。

「あなたのために、もう一度だけ申し上げましょう」

彼は眼鏡に指先を当て、冷たく脅すように言った。

そのときだ。

「もう遅ぇよ、レドリアーノ」

二階から声が聞こえた。

その方向に視線をやれば、外から入ってきたのか、ちょうど窓の縁に座り込んでいる者がいた。

緋色の制服を纏った赤毛の男だ。

「魔族っぽい魔力を感知したから来てみたら、やれやれ、こりゃどういうことだ?」

赤毛の男は二階から飛び降り、ちょうどレドリアーノの前に着地した。

「先に名乗らせてもらうぜ。勇者学院序列四位。選抜クラス『ジェルガカノン』所属、勇者カノンの第三根源の転生者、聖炎の破壊騎士ラオス・カノン・ジルフォーだ」

一歩、ラオスは前に出る。

「おめえの名は?」

「ふむ。お前も外れのようだな」

「なにぃ……?」

あからさまに不機嫌そうにラオスは顔をしかめた。

「今、なんつった?」

「耳が悪いようだな。お前もカノンとは思えぬと言ったのだ」

「なあ、名も知らねえ魔族さんよ」

怒気を込めて、ラオスは言葉を発する。

「おめぇのとこの親玉が、誰にやられたのか、知らねえわけじゃないんだろ?」

「粋がる理由がそれか? 偽りの歴史を信じたいのなら、勝手にしていればいいが、相手を見てものを言うことだ」

ラオスはかんに障ったような表情を浮かべた。

「なあ、今ならまだ間に合うぜ。俺も鬼じゃねえ。間違いってのは誰にでもあるもんだからよ」

威嚇するように全身から魔力を立ち上らせ、ラオスは言った。

「暴虐の魔王が勇者に倒され、壁を勇者が作ったってことを認めな。それで許してやる」

その言葉には失笑する他ない。

「へーえ。おめぇよ、さては舐めてやがるな?」

「ふむ。よくわかったな」

「……なにぃ?」

「勇者が暴虐の魔王を倒した? 見てもいないことを、よくもまあ、そこまで盲信して語れるものだ」

ラオスは俺をじっと睨む。その視線に殺気がこもった。

「いいぜ。だったら、教えてやるよ。暴虐の魔王を倒した、この勇者カノンの力をな。そうすれば、お前も納得するんだろ」

「ラオス、やめておきなさい。彼は客人です。怪我をさせると面倒なことになります」

制止するようにレドリアーノが言った。

「なあに、聖剣は抜かずにおいてやるよ。ただなぁ、向こうさんは俺たちのことをなんにも知らねえようだからよ。挨拶代わりに、かるーく勇者の力を見せてやるだけだ」

「やめなさい。こんなところで、あなたに暴れられては――」

俺は笑い、言ってやった。

「是非とも教えてもらいたいものだな。その勇者の力とやらを」

「ほらよ、こいつもやる気のようじゃねぇの」

諦めたようにレドリアーノがため息をつく。

「処分を覚悟しておきなさい」

その言葉を気にもとめず、ラオスは前に出た。

ぐっと両拳を握ると、そこに光輝く炎がまとわりつく。

「瞬きするんじゃねぇぞ。すげぇもん、見せてやるからよっ!!!」

ラオスはその場で、拳を思いきり突き出す。

聖なる炎が勢いよく俺に襲いかかった。

「ふむ、瞬きというと――」

俺は目を閉じる。

次の瞬間、聖なる炎は消滅して、ラオスは後方へ吹き飛んでいた。

本棚をいくつも薙ぎ倒しながら、壁にめり込み、奴はようやく止まった。

「こういうことか?」

「な…………が……ぁ…………なに、が…………?」

自分がなぜやられたのか、ラオスはそれさえ理解できぬ様子だ。

「……なに……しやがった…………?」

「なに、瞬きをしただけだ」

魔力が込められた瞬きの風圧により、聖なる炎は吹き消され、ラオスの反魔法をズタズタに引き裂いたのだ。

「……あり……え……ねえ……! こんな、馬鹿……な…………!」

ラオスは最早、動くことさえかなわぬ様子だ。

「歴史の教科書に書き足しておくのだな。勇者の子孫は、瞬き一つでやられた、と」