軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魂の絵

転生世界ミリティア領海。

飛空城艦ゼリドヘヴヌスが舞うように飛び、砲弾の雨をかいくぐる。

弾丸よりも速く、筆を走らせたように変幻自在の動きを見せるゼリドヘブヌスだが、王虎メイティレンには近づくことすらできていない。

その船を包囲するように、長城が築かれているのだ。城の砲門から放たれる無数の砲弾が、ゼリドヘヴヌスの動きを完全に制限していた。

どのぐらい飛び続けたか。突破の機会をうかがっていたゼリドヘブヌスの翼に一発の砲弾が着弾した。

「< 創造芸術建築(アストラステラ) >」

すぐさま、ファリスは飛空城艦の翼を修復しようとする。

だが――

「……ゼリドヘブヌスが、創り直せない……?」

ファリスの発想力と< 創造芸術建築(アストラステラ) >により、創造し続けられるはずの翼は、しかし穴を空けられたままだった。

王虎メイティレンは芸術を解さない。ゆえに< 創造芸術建築(アストラステラ) >の因果に干渉することができず、ファリスはいわば天敵だったはずだ。

「この城には、< 深魔(アギド) >の力を 使(つこ) うておる。美しいツバメを閉じ込めるための籠、< 伏籠(ふせご) の長城>じゃ。主はもはや、逃げられはせん」

< 伏籠(ふせご) の長城>から、再び雨あられの如く砲弾が放たれる。

「美しくあれ」

四方八方から押し寄せるその弾幕を、ゼリドヘブヌスは再びくぐりぬけるため、舞うように飛んだ。

だが、先程までより遅い。

翼に食い込んだ砲弾には少ないながらも< 深魔(アギド) >の力が宿っている。

それが確実に飛空城艦を蝕み、本来の力を出させないのだ。

二発、三発と、続けてゼリドヘヴヌスの城壁に砲弾が当たった。

更に船の速度ががくんと落ちる。

「もう潮時じゃ。のう、ファリス」

王虎メイティレンは、ニタリと笑い、砲撃を止めた。

「このまま、妾の籠の中におるがよい。そうすれば、転生世界ミリティアは見逃してやろう。なんなら、第一魔王の一派も妾が片づけてやってもよいわ」

「……あなたを救ったのは、第一魔王アムルでしょう……?」

そうファリスが問う。

「主を手に入れるためなら、恩人に仇なすなどわけもないわ。そもそも、あやつは銀水聖海を滅ぼそうとする壊滅の暴君、妾が支配する海を壊されては敵わんしのう」

元より裏切るつもりだったと言わんばかりである。

「待遇は保証しようぞ。絵を描きたくば好きにするがよい。無理に戦えとも言わぬ。ただ妾のそばにいればそれでよい。このまま、撃ち落されるのを待つのに比べれば、破格であろう」

「……確かに、そうかもしれませんね」

「ならば――」

「しかし、籠の中にいる美しきツバメを見たならば、魔王陛下はこうおっしゃるでしょう」

静かに目を閉じて、ファリスは言った。

「鳥は空を飛ぶものだ、と」

ファリスは影珠を取り出し、自らの魔筆で触れた。

まるで影を絵具代わりにするように、彼は魔法陣を描く。

< 創造芸術建築(アストラステラ) >だ。影がゼリドヘヴヌスを覆い、< 深魔(アギド) >の力を打ち破って、その飛空城艦を新しく創り直した。

影の翼を構築したゼリドヘヴヌスが勢いよく上昇し、< 伏籠(ふせご) の長城>を突破しようとする。

「なぜじゃ、ファリス!」

王虎メイティレンも上昇し、< 伏籠(ふせご) の長城>から砲弾の雨を降らせる。

どれだけ、ゼリドヘヴヌスが速く、自由自在に飛び回ろうとも、避けることはできないほど、膨大な数の砲弾が降り注ぐ。

纏った影を削られながら、ゼリドヘヴヌスは砲弾の雨を突っ切っていく。

「妾とあの男と、なにが違うと言うのじゃっ!? あの男とて、主を戦場に立たせておるではないかっ!!」

「あなたは自らの城に絵画を飾りたがるでしょう。しかし、陛下にとってはこの海の全てがキャンバスなのでございます」

< 伏籠(ふせご) の長城>から降り注ぐ砲弾に、ゼリドヘヴヌスは破壊されていく。

しかし、上昇は止まらない。ボロボロの翼は、それでも気高く、美しく、籠の外に向かって飛び立とうとする。

「ゆえに、筆もなく、絵具もなく、それでも私は絵を描くことができるのです。魔王陛下にお見せする、我が魂の絵を!」

「妾が劣っているというかぁぁぁっ!!!」

メイティレンの激昂に呼応するように、ひと際巨大な砲弾が撃ち放たれ、ゼリドヘヴヌスに直撃した。

< 深魔(アギド) >の力が荒れ狂い、影の翼がぽっきりと折れた。

がくんと失速したゼリドヘヴヌスに、とどめとばかりに無数の砲弾が撃ち放たれる。

ブリッジからその光景を見つめ、ファリスは言った。

「……キャンバスが、足りませんか……」

直後、領海に大爆発が巻き起こり、城壁という城壁が弾け飛んだ。

ゆらゆらと爆煙が立ち上る中、ファリスは目を見張った。

今の砲撃でゼリドヘヴヌスを破壊できないはずがない。しかし、その飛空城艦にはまだ翼が残っていた。

放たれた砲弾は全て、ゼリドヘヴヌスの先方で爆発しているのだ。

『こちらは銀城世界バランディアス』

< 思念通信(リークス) >が届いた。

爆煙の隙間から見えてきたのは、バランディアスの飛空城艦カムラヒである。

『俺はバランディアスの元首、 斬(ざん) 城(じよう) 太(たい) 平(へい) のザイモン・エパラ。銀水聖海の太平のため、我が世界の恩義のため、我らはミリティア世界に味方する!』

ゼリドヘヴヌスの盾となったのは、飛空城艦カムラヒ一四隻だった。

『ファリス。俺たちが道を開く。お前は後からついてこいっ!』

「雑魚どもが。今更そんな城でなにができるっ!?」

メイティレンが 顎(あぎど) を開き、魔法陣を描く。

それに連動して、< 伏籠(ふせご) の長城>の砲門という砲門が開き、一斉に砲弾が発射された。

まるで紙細工のように、飛空城艦カムラヒの城壁が破壊されていく。

同じ深層世界といえども、< 深魔(アギド) >の力を得たメイティレンとザイモンたちでは力の差が大きすぎるのだ。

「ザイモン……! 退いてくださいっ! このままではあなたたちまでっ……!」

『いいや、退かんっ!!』

ザイモンははっきりとそう断言した。

『絵描きに戦わせて逃げだすような腑抜けは、バランディアスの城主には一人もおらんのだっ!!!』

かつて、創術家であるファリスを担ぎ上げ、剣を持たせようとしたザイモン。その借りを返すために、力不足と知りながらも、覚悟を決めてここまでやってきたのだ。

『行くぞぉぉっ!! バランディアスを蝕み続けた元凶を、今度こそ我らの剣で斬り伏せ、翼を解放せよっ!!』

『『『承知!!!』』』

城主たちは怒号を上げ、< 伏籠(ふせご) の長城>に迫っていく。

降り注ぐ砲弾の前に、飛空城艦カムラヒは一隻、また一隻と落ちていく。

そして、あと一歩というところで、最後のカムラヒが破壊された。

「終わりじゃ」

ニタリ、とメイティレンが笑う。

その目の端に、小さな人影を捉えた。

ザイモンだ。

飛空城艦カムラヒが破壊される一瞬前に彼は離脱し、そのまま生身で< 伏籠(ふせご) の長城>に突っ込んだ。

「なにっ……!?」

「 牙(が) 城(じよう) 双(そう) 剣(けん) 、秘奥が参――」

大小二本の剣を構え、ザイモンは眼光を鋭くした。

「< 牙牙両断(ががりょうだん) >!!!」

振り下ろされると同時に、振り上げられた双剣は、猛獣が獲物に食らいつくが如く、長城に食い込み、そして斬り裂いた。

巨大な< 伏籠(ふせご) の長城>にとってはほんの一角、しかし、僅かに隙間が生まれた。

「ファリスッ!!」

『感謝します、ザイモン』

城が修復するより早く、そして速く、飛空城艦ゼリドヘヴヌスは< 伏籠(ふせご) の長城>を突破した。

その翼はまっすぐ、王虎メイティレンに迫る。

「逃がさんっ!!」

銀の爪を光らせ、王虎メイティレンはゼリドヘヴヌスに突っ込んだ。

いとも容易く城壁を斬り裂き、ブリッジまで全てを破壊しながら突き進むと、そこにいたファリスの胸に、その牙を勢いよく突き立てた。

「これで……今度こそ、 主(ぬし) は……」

「ええ、そうですね、メイティレン様」

ファリスの魔筆が、メイティレンの体に魔法陣を描く。

「お望み通り、あなたに差し上げましょう。私の描く、この翼を」

その魔法陣が光り輝いた。

どくん、と王虎の心臓の音がひと際大きく鳴り響いた。

「……なん、じゃ……?」

メイティレンの体から、体毛が抜けて落ちていく。

爪がボロボロと崩れ、牙が欠けた。

「なんじゃ、これは……? 妾が……妾の体が……妾の因果が……狂っておる……!!」

描かれた魔法陣は、< 創造芸術建築(アストラステラ) >である。

本来、生物を創り返ることができぬ魔法だが、王虎メイティレンは別である。

彼女は銀城世界バランディアスの元主神。その秩序は築城に類しており、言わば生物の形をした城に等しい。

ゆえに< 創造芸術建築(アストラステラ) >によって、その根源が創り返られてしまうのだ。

「やめろ……ファリス……やめてくれ……わかった。もうせん。もう主のことは諦める……! 妾は、こんなところで、死にとうない……のう、ファリス……後生じゃ!」

「メイティレン様。戦いでしたら、私はいくらでも降伏を受け入れます」

「ならば!」

「しかし――」

命乞いをする王虎メイティレンに、悲しげな顔でファリスは告げる。

「我が魂にかけて、描きかけの絵を途中で放り出すことだけはございません」

「馬鹿――な……ぁ……」

強制的に声が途切れ、王虎メイティレンの姿が変化する。

それは細く長い木――ファシマの木であった。その葉には、黒い球、< 深魔(アギド) >の一部が宿っている。

「魔王陛下……」

ファリスはがっくりとその場に膝を落とす。メイティレンの牙が突き刺さった胸からは止まることなく血が溢れ続けている。

それでも、満ち足りた表情でファリスは言った。

「……明日は、もっと良い絵が描けそうです……」

瞬間、彼の体にヒビが入り、そして粉々に砕け散る。

影珠に残った僅かな魔力が目映い光を放ち、そこに影の魔法陣を残したのだった。