作品タイトル不明
私の気持ち
パブロヘタラ宮殿。最下層。
災人イザークの首が転がっている。その少し離れた場所で、エールドメードとナーヤ、ガーガリとカルラが向かい合い、戦闘を始めようとしていた。
絡繰神に災人イザークの首を写し取らせるのがガーガリの目的であり、それをエールドメードは阻止しようとしている。
どちらも狙いは、彼が有している< 深魔(アギド) >の一部だ。
「あらあら」
その場に降りてきたのは車椅子に乗った少女、ナーガである。
「ずいぶん、手酷くやられたものね。私たちが来なかったら、さすがの災人さんも死んでたんじゃないかしら?」
続いて、災人の体を持ったボボンガとコーストリアが降りてくる。
「かもな」
イザークはそう言って、ふわりと浮かび上がると胴体の上に乗る。
回復魔法を使わずとも、その首は瞬く間にくっついた。
「で、次はどうするの?」
「転生世界ミリティアを攻める」
ガハハ、と血気盛んに笑ったのはボボンガである。
「それは腕が鳴るな」
「正気? アノスの世界に乗り込んで無事に帰って来られると思ってるのかしら?」
反論するようにナーガは問う。
「優しさと微笑みを呼び寄せる<絶渦>が、この海を丸ごと飲み込む。傑作じゃねえの。特等席で見てえだろ」
イザークは獣じみた笑みを覗かせる。
はあ、とナーガは溜息をついた。
「第一魔王さんは強いし、災淵世界にとやかく言うことはないから、同盟を承諾したけれどね。銀水聖海を滅ぼしたら、私たちだって共倒れじゃないかしら?」
「銀水聖海が滅びたらそれで終わりだと思ってんのか?」
「だって、<絶渦>は全てを飲み込むんでしょ?」
「は」
と、イザークは笑い飛ばす。
「終わんねえよ。つまんねえ秩序や、道徳やらがぶっ壊れて、滅びた後の海になるだけだ。取り繕った体面で生きてる奴らがごまんといる今より、よっぽどマシだ」
そうかしら、というようにナーガは首を捻る。
「アーツェノンの滅びの獅子だってだけで、疎まれる方がいいってんなら好きにしな」
「もうちょっと穏便な方法があれば良かったわ」
「ねえよ。結局、どっちが生き残んのかって話だろ」
「 己(おれ) たち獣の渇望と本能が勝つか、奴らの道徳と理性が勝つかということだな。なあ、目にものを見せてやろうぞ、姉弟」
そうボボンガが言い、諦めたようにナーガは手を振った。
「はいはい。もうそれでいいわ」
ナーガとボボンガ、災人イザークがふわりと浮かび上がり、上昇していく。
パブロヘタラ宮殿を離脱し、ミリティア世界を目指すのだろう。
ふと気がついたようにナーガが後ろを振り返った。
「コーストリア、なにをしているの?」
彼女は床に足をつけたまま、うつむいている。
「コーストリア?」
「……行きたくない」
ぽつり、と彼女は言った。
「ちょっと。こんなときにまで気分屋はやめてちょうだい。そこら中に不可侵領海クラスが溢れてるんだから、やる気をなくしたら、死ぬだけじゃ済まないわよ」
「……そうじゃない」
うつむいたまま、彼女は言う。
「そうじゃないって、じゃ、なに?」
黙り込み、彼女は答えない。
「コーストリア!」
「 放(ほ) っときな」
イザークが言う。
「だけど」
「気分じゃねんだろ。好きにすりゃあいい」
そう言って、災人はそのまま上昇していく。
ナーガは逡巡したが、やがて魔法陣から一つの人形を取り出した。
「あなたの人形は私が持ってるから、危なくなったら、< 災禍相似入替(バシュッツ) >を使いなさい」
そう言い残し、彼女もまたイザークたちを追って上昇し始める。
「……め……」
コーストリアの口から、微かに声が漏れる。
「……だめっ……!!」
彼女が手に取ったのは赤い爪。
それが 獅(し) 子(し) 傘(さん) 爪(そう) ヴェガルヴに変化すると、コーストリアは頭上に向かって撃ち出した。
勢いよく回転する 傘(かさ) 爪(づめ) が、ナーガの背後から襲い掛かる。
寸前で気がついた彼女はそれを回避する。獅子傘爪はそのまま災人に迫るが、彼はそれを容易く爪で弾き飛ばした。
くるくると回転しながら宙を舞う獅子傘爪を、急上昇してきたコーストリアがつかみ、イザークたちと正対した。
「コーストリア。別においていこうとしたわけじゃないでしょ。あなたが動こうとしないから」
いつもの癇癪だと判断したナーガが、呆れたようにそう宥めようとする。
「……みたい……」
震える手をぐっと握りしめ、コーストリアは言う。
「馬鹿みたい。ミリティア世界に<絶渦>を作るなんて」
「……今更なに言ってるの?」
怪訝な表情でナーガは聞く。
「ムカつく奴は多いけど、銀水聖海ごと壊しちゃえなんて、馬鹿みたい。それじゃ、私がムカつく奴から逃げたみたい」
「アノスになにか言われたの?」
冷静な瞳で妹を見つめながら、ナーガはそう尋ねた。
「なんで……」
「あなたが二律僭主に執着してたのは知ってるもの。だけど、結局、アノスはあなたを利用していただけでしょ」
コーストリアの心を見透かすように彼女は言う。
「コーストリアは昔っからそう。どうせあなたのものになんかなりっこないのに執着して、彼のためになにかする方がよっぽど馬鹿みたいじゃないかしら?」
「うる……!!」
うるさい、と半ば口を突いた言葉を、しかしコーストリアは飲み込んだ。
義眼(め) を開いて、彼女は言い直した。
「関係ない」
それが意外な反論だったか、ナーガは虚を突かれたように目を丸くする。
「あんなムカつく奴、別にいらない。私は……」
きゅっと唇を噛み締め、彼女は繰り返す。
「私は……」
激情を奥歯で噛み殺すようにしながら、コーストリアは言った。
「私はただ、なにかにムカつきながら生きていくのが嫌になっただけ!!」
「我儘はそれぐらいに――」
「おい」
ナーガの言葉の途中で、口を挟んだのはイザークである。
「御託はいいだろ。やるんなら、来いよ」
イザークの全身から魔力が放出し、夥しいほどの冷気がその一帯に溢れかえった。
アーツェノンの滅びの獅子である三人が、なお底冷えするほどの寒さである。
「しょうがないわね……」
小さく呟き、ナーガは車椅子から飛び出した。
「ボボンガ、コーストリアを殺すわよ。後で蘇生すればいいわっ」
「まったく。我が姉弟ながら、呆れたものだ」
災人に戦わせては、コーストリアが滅ぼされてもおかしくはない。そう判断した二人は、その前に自分
たちの手で面倒を片付けようと、一気に詰め寄った。
ボボンガに黒き粒子が集い、異様に長い右腕が現れた。滅びの獅子の右腕だ。その爪に夥しい魔力が集中し、魔法陣が描かれる。
「< 獅子災淵追滅壊黒球(ベセラ・エヌド・アンガッセ) >」
それと同時にナーガは義足を外す。代わりに黒き粒子がそこに集い、脚を象る。滅びの獅子の両脚である。足先で描かれた魔法陣から黒い水が溢れ出し、それを彼女は蹴り抜いた。
「< 獅子災淵滅水衝黒渦(アッロ・レーネ・アロボロス) >」
両名の滅びの獅子による、二つの滅びの魔法。
黒渦と黒球が左右から容赦なくコーストリアに襲い掛かった。彼女を圧し潰すように滅びと滅びが衝突し、そして漆黒の大爆発が巻き起こった。
同じアーツェノンの滅びの獅子だ。コーストリアもボボンガもナーガも、そこまで大きな力の差があるわけではない。二人がかりで滅びの魔法をぶつけられては、ひとたまりもない。
本来であれば――
「……ん……だ……と……?」
コーストリアの手で胸を貫かれているボボンガが、驚愕したように目を丸くする。
彼女は反対の手でナーガの腹部を貫いていた。
その全身には黒き粒子を纏い、指先には漆黒の爪がある。
ボボンガの右腕に似ており、ナーガの両脚に似ている。
「あなた……いつ……それを……」
ナーガの視線が、コーストリアの背後に浮いている六本の筒に向けられる。< 填魔弾倉(てんまだんそう) >だ。
魔弾世界の主神が有していたその権能により、彼女は足りない滅びの獅子の力を埋めたのだ。
コーストリアが両腕を抜き、ボボンガとナーガは落下していった。滅びの獅子の爪は二人の根源を貫いた。下手に動けば、傷ついた根源が崩壊するだろう。
「オードゥスの< 填魔弾倉(てんまだんそう) >か」
魔眼を光らせ、イザークが言う。
「面白え。滅びの獅子の完全体を拝んだのは初めてだ」
力比べがしたいとばかりに災人イザークは獰猛に笑う。
「ねえ」
コーストリアはイザークを見下ろす。
「ミリティア世界は諦めて」
「<填魔弾倉>で、気まで大きくなったのかよ。足りねえ頭でよく考えな。頼んだら、誰でも言うことを聞くようなお優しい世界なのかってな」
「ムカつく!」
牙を剝き出しにし、コーストリアはイザークに飛び掛かった。
長く伸びた 獅(し) 子(し) 黒(こく) 爪(そう) アンゲルヴを、その顔面めがけて振り下ろす。
災人は蒼き爪にて、コーストアの黒爪を受け止めた。
黒き粒子と蒼き冷気が衝突し、バチバチと激しい火花が散る。
「君はなんでそんなに銀水聖海を滅ぼしたいのっ!? いつも好き勝手ばっかりしてるくせに、この海のなにがそんなに不満なのっ!?」
「気に入らねえ奴をぶん殴んのに理由がいんのか?」
コーストリアの爪とイザークの爪が幾度となく衝突し、空が割れるような轟音が鳴り響く。
「銀水聖海が気に入らねえ。どいつもこいつも、同じ穴の狢のくせに、自分だけは違うって面してやがる。その顔面をぶん殴って、見分けをつかなくしてやりてえ」
コーストリアが突き出した黒爪を首をひねって避けて、間合いを詰めたイザークは彼女の腹部に蒼き爪を突き刺した。
皮膚を破り、血が溢れ、肉を裂いたが、骨で止まった。
滅びの獅子の頑強な体が、災人の爪をもってして根源にまで届かせないのだ。
「てめえだってそうしてきただろ」
「私は……!」
災人の腹に足を押し当て、コーストリアは思い切り蹴った。
僅かに災人は弾き飛ばされ、爪が腹から抜ける。瞬く間にその傷は治癒していく。
「ただの八つ当たり! 八つ当たりをしてきただけっ! ずっと……ずっとそうだった!」
滅びの獅子の足先で、コーストリアは魔法陣を描く。溢れ出した黒き水を、軸足を入れ替え、勢いよく蹴りぬいた。
< 獅子災淵滅水衝黒渦(アッロ・レーネ・アロボロス) >。
怒涛の如く迫った黒渦が災人を飲み込もうとするも、彼はその災爪を一振りした。
「ジイヤアアアアアアアァァァ!!!」
獣の咆哮とともに繰り出された界殺災爪ジズエンズベイズが迫りくる滅びの渦を、ズタズタに引き裂いた。
「じゃ、今、てめえはなにがしたいんだ?」
底冷えするほどの冷気を放ちながら、イザークはそうコーストリアに問いかける。
「うるさいっ! わかんないっ!!」
二つの黒爪から、コーストリアは二つの魔法陣を描く。放たれたのは< 獅子災淵追滅壊黒球(ベセラ・エヌド・アンガッセ) >だ。
どこまでも獲物を追う滅びの黒球が、イザークを左右から挟み撃ちにする。
だが、彼は避けようともせず、界殺災爪ジズエンズベイズにて、二つの黒球を引き裂いた。
「わかんねえもんに、命をかけんのか?」
コーストリアが再び描こうとした魔法陣を、イザークが災爪で引き裂く。
後退した彼女を追い詰め、その胸に奴は災爪を突き刺した。
「あ……がっ……!!」
先ほどまでの爪とは違う。界殺災爪ジズエンズベイズは骨をも貫き、彼女の根源に食い込んでいる。
「……じゃ、君は知ってるの……?」
「あ?」
根源から黒緑の血を溢れさせ、コーストリアは災爪にかろうじて抵抗する。
イザークの腕を両手でつかみ、彼女は叫ぶ。
「ざまあみろより、上の気持ち!!」
二人を取り囲むように描かれたのは多重魔法陣。
終末の火がそこに溢れ出た。
周囲に出現していたのは八つの眼球。滅びの獅子の魔眼である。
至近距離からイザークとコーストリアの両者に向けて、< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >が放たれた。
終末の火が大爆発を引き起こし、吹き飛んだ両者は、イザークが天井に、コーストリアが床に激突する。
「ち」
舌打ちを一つして、イザークは眼下を睨む。
かろうじて危機を脱したコーストリアも、ボロボロの体に鞭を打って起き上がった。
「意味がわかんない。私に負けても、それでも満足そうな奴らが。意味がわかんなくて、ムカついて仕方ない。もっと屈服させたかった。もっと服従させたかった。私と同じ顔をさせてやりたかった!」
「やりゃあいいだろ。やりてえならな」
天井と床を、両者は互いに蹴って、一気に突っ込んだ。
黒爪と災爪が衝突し、激しい衝撃がその場に渦を巻く。
「やってやった。ムカつく奴らは全員。ざまあみろって思った。それでも、足りなかった。全然、全然足りない気がした。もっと、もっともっと上があると思った」
何度も衝突を繰り返す度に、コーストリアの黒爪が削れていく。
滅びの獅子の完全体、それでもその力は災人イザークが上だ。
「ざまあみろ。ざまあみろ。ざまあみろって!!」
滅びの獅子の眼球が災人イザークの背後に出現し、再び多重魔法陣を描く。
「 遅(おせ) え」
瞬間、くるりと反転したイザークが、八つの眼球を災爪で八つ裂きにした。
その苦痛がコーストリアを襲い、彼女は顔をしかめる。
「違うって、言ってくれた人がいた」
苦痛を堪え、彼女はそれでも前に出た。
「私だけが大切に思うものがあるって」
獅子黒爪アンゲルヴを全力で突き出した。
災人の視線がギラリと光り、その爪が振り下ろされる。
バギィッと鈍い音が鳴り響き、黒爪が根本からへし折られた。
怯むことなく、コーストリアは獅子の脚でイザークの顔を蹴り上げる。
どっと血が溢れ出た。
蹴り上げられると同時、イザークはコーストリアの脚に食らいついていた。
二本の牙が肉に食い込み、どくどくと血が滴り落ちる。
彼女はそのままもう片方の脚で、イザークの頬を蹴りつける。
グシュッと災爪がその脚を串刺しにした。
「二律僭主の言いなりになって、満足かよ? あの野郎はてめえのもんにはならねえ」
「わかんない! わかんないわかんないわかんないっ!」
爪を折られ、脚を貫かれ、眼球を八つ裂きにされながらも、なおも戦意を失わず、コーストリアは暴れるように魔力を全開にした。
「奪っても奪っても奪っても、満足なんかしたことないっ! だから、あげてみようと思っただけっ!!」
荒れ狂う魔力の渦がイザークを押しやり、コーストリアは拘束を解かれる。
「なにをだ?」
「プレゼント!!」
言いながら、コーストリアは再び真正面から突っ込んだ。
死に物狂いのその突撃を、冷めた目で見つめながら、災人は獰猛に爪を振り上げた。
一帯が凍りつくほどの冷気が噴出される。
風を切り裂くように飛び、コーストリアは初めてまぶたを開いた。
そこにあったのはいつもの義眼ではなく、黒く透き通った滅びの獅子の魔眼。
彼女が本来持つべきはずだった魔眼だ。
「 魔(ま) 影(えい) 傘(さん) 爪(そう) ジルエド」
滅びの獅子の魔眼が輝き、彼女の影が鋭利な刃を持つ日傘に変化する。それを手に、コーストリアは災人に肉薄した。
「界殺災爪ジズエンズベイズ」
魔影傘爪と界殺災爪が同時に振り下ろされ、両者が衝突する。
「シャッ!」
「捨てられたくないからっ!!!」
コーストリアとイザークを中心に魔力の暴風が巻き起こり、パブロヘタラ全体がガタガタと震え出す。
「ジャッ!!」
「押しつけてやりたいからっ!!!」
蒼き爪撃と黒き爪撃が斬り結ぶ。
空間が引き裂かれるように、深い爪痕がそこに刻まれた。
「ジアァァァシャッ!!」
「だからっ!!!」
夥しい量の血がどっと溢れ、パブロヘタラ宮殿に赤い雨が振る。
災人の両爪がコーストリアの根源を貫き、彼女の傘爪がイザークの根源を貫いていた。
一瞬の静寂。
コーストリアはその手を動かし、貫いたイザークの根源にある黒い球――< 深魔(アギド) >の一部を引き抜いた。
「助からねえぜ」
コーストリアに視線を落とし、低い声でイザークは言う。
「なんで、てめえはそんな顔してんだ?」
「え……?」
不思議そうに、コーストリアは聞き返した。
自分がどんな顔をしているのか、自覚がなかったのだろう。
その反応を見て、「は」と災人は笑った。
「よかったな、大馬鹿野郎」
ぐらりとイザークが傾き、ゆっくりと落ちていく。
その体にヒビが入ったかと思えば、無数の氷の粒となって砕け散った。
災淵世界イーヴェゼイノの不可侵領海、災人イザークの姿は跡形もなく消え去ったのだった。
「……あたしのプレゼントが欲しくなくても……」
震える唇で、コーストリアは一人呟く。
「これだったら、受け取るしかないでしょ……」
手に入れた黒い球をコーストリアは見つめる。
そうして、ここにはいない誰かに向けて、彼女は言ったのだ。
「ざまあみろ」
キラキラと無数に舞う氷の粒が、鏡のように自らの姿を映し出していた。
彼女自身、見たことのない、満足そうな笑みを。
「ああ、そっか……」
災人と同じく、コーストリアの体にヒビが入る。
ぐらりと体が傾き、彼女は落ちていく。その最中、大切そうにコーストリアは黒い球を抱きしめた。
「私は……私が……嫌いだったんだ……」
コーストリアの全身が黒い粒子に変わり、消えていく。
災人の攻撃をまともに受けたのだ。最早、終わりを止める手段は残されていない。
彼女の唇が僅かに動く。
言葉は最早、声にはならず、虚空に呑まれた。
ただ彼女の胸に宿る 影珠(えいじゅ) を通して、想いが届けられる。
――命乞いの言葉を聞くと胸がスッとした。
――ムカつく奴をぶちのめしてやれば、皆最期になにかを言い残す。
――誰に届くわけでもないし、助けてもらえるわけもない。
――意味のわかんない言葉を聞いて。
――私はざまあみろって思ってた。
――それが強者の特権だと思った。
――どうせいつか私も、もっと強い奴に会って、惨めに殺されるのだろう。
――だから、その相手ぐらいは選ぼうと思って、まとわりついてやった。
――殺されてもいいなって思える人。どうしようもなく強いと思える人。
――二律僭主に。
――私は命乞いなんて絶対にしないから、
――最期に、ざまあみろって思って、死ぬんだって決めた。
――だけど、彼は私を殺さない。
――そうして、私になにかを伝えようとする。
――沢山の言葉で、強さなどくだらないって。
――私にはわからなかった。
――目に映るすべてにムカついてた私は、
――癇癪一つで世界を滅ぼす災厄の獣で、
――強くなれば、この海の全てが手に入るはずと信じてた。
――私に欠けていたのは滅びの獅子の体なんかじゃなくて。
――私の気持ち。
「……馬鹿みたい……遅いよ……」
――当てつけのつもりだったのに。
――今更、どうしようもなく気になってしまう。
――このプレゼントをあげたら、君はどんな顔をするの?
――君はなんて言うんだろう。
――お礼の言葉はなくても、褒められなくても、
――罵られても、呆れられてもいい。
「……最期に一言、声が聞きたい……」
――ああ、なんだ……。
――みんな、叶わないって知ってたんだ。
――それでも、もう少しだけ、あと少しだけ、続きが見たいって思ったんだ。
――みんな知ってて、
――私だけが知らなかった。
「……助け――」
――馬鹿みたい……。
――その言葉を何度も踏みにじってきたのが私、
――ムカつくだけで、みんなの続きを奪ってきたのが私、
――強いって思い込んで、
――それが強さだって思い込んで、
――目に映る全てに当たり散らしていた。
――潔く死ぬこともできない、
――どうしようもなく弱っちいのが今の私。
――遅くて、遅くて、遅すぎて、
――なにもかも、手遅れすぎて、
――奇跡なんて、起きるはずもない。
「……どうすればいいか……わかんない……誰か……」
絞り出した声とともに、零れ落ちたのは一筋の涙。
それさえ、黒い粒子に飲み込まれ、そうして跡形もなく消えていく。
「……僭主……」
と、その時、黒い粒子の中心が淡く光り輝いた。
浮かんだのは、一つの影。
影珠の力だ。
そうして、コーストリアが消え去った後、そこには影の魔法陣が残されていた。