軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遺された意志

牙獣世界の空が激しく明滅する。

黒き炎と紫の炎が唸りを上げ、上下から衝突した。

激しい火花が散り、炎と炎が渦を巻く。

第十魔王と二律僭主、深層世界において強者とされる二人の激突にビリビリと空が震えていた。

その光景をレイたちは聖船エルトフェウスから見ていた。

「バルツァロンド」

「わかっている……!」

レイが指示を出すより早く、バルツァロンドは弓に四本の矢を番えた。

即座に放たれた四本の矢は弧を描きながら、落下した飛空城艦ゼリドヘブヌスの周囲をぐるりと回る。

矢の後ろには魔力の糸がついており、それがゼリドヘブヌスに巻きついた。

「つかんだ」

バルツァロンドは魔力の糸の反対側を聖船エルトフェウスにくくりつける。

「上昇だ」

レブラハルドの合図で舵が切られ、聖船エルトフェウスは船首を上へ向けた。

船体がぐんと上昇していく。

巻きついた魔力の糸がピンと張られ、ゼリドヘブヌスがふわりと持ち上がった。

『パブロヘタラ全学院に告ぐ。深層十二界と交戦状態に陥った。撤退だ。ただちに安全圏まで離脱せよ』

レブラハルドが深層十二界に訪れているパブロヘタラ全学院に界間通信を行う。

『あいよ。まったく、呪歌世界はなにを考えてるんだろうねぇ』

すぐさまベラミーから返事が返ってくる。

ゼリドヘブヌスが魔王から逃げる途中で、近くの銀泡にいた者たちには界間通信が届けられていたのだろう。撤退の準備はしてあったようだ。

他の船からも次々と了解の声が上がった。

『ゼリドヘブヌス、飛空能力を回復しました。感謝します』

ファリスから< 思念通信(リークス) >が届く。

銀水聖海の魔王たちによる攻撃を受け続けたため、すぐには回復できなかったが、どうにか< 創造芸術建築(アストラステラ) >を使い、彼はゼリドヘブヌスの翼を創り直した。

バルツァロンドは魔力の糸を切ると、ゼリドヘブヌスは自力で飛行し、エルトフェウスに並ぶ。

魔王列車と銀水船ネフェウス、遅れて魔導気球が合流した。

『カカカカ、来て早々に逃げ出すことになるとは、オレ好みの展開になってきたではないか!』

魔導気球から、エールドメードの< 思念通信(リークス) >が届く。

『ねえねえ、 呪弦船(じゅげんせん) はどうしたんだ? 呪歌王は置いてきちゃった?』

エレオノールが言う。

『ゼリドへヴヌスに乗っている。呪歌王と第七魔王は相打ちよ。あちらは滅びたが、呪歌王も瀕死だ。呪弦船も破壊された』

冥王はそう答えた。

呪弦船を動かしていた呪歌王の配下たちも、今はゼリドへヴヌスに乗っているのだろう。

不遜な態度を示すだけあって、呪歌王ボイズの実力は相当なものだ。それでも、さすがに第七魔王ジョズを滅ぼすのに、無傷とは行かなかった。

もっとも、魔王を滅ぼすのが目的ではないがな。

『父上。呪歌王の処遇はいかように。このような無法を許して、パブロヘタラの理念が成り立つのですか!』

銀水船から鋭い声が響いた。フレアドール子爵だ。

『勿論、呪歌王の行動は問題だと思うよ。しかし、彼の処遇はひとまず後回しだ。まずはこの領海を離脱しなければいけない。わかるね?』

レブラハルドはがそう答えると、

『……わかっています』

フレアドールからは不満そうな声が帰ってきた。

とはいえ、彼女もそれ以上追及するつもりはないようだ。

『<淵>の調査結果を聞こう。牙獣世界の< 絶望(ぜつぼう) の 獣淵(じゅうえん) >は不安定な状態だった。まだ深刻とは言えないが、確かに<絶渦>に吸い寄せられているようだ』

そうレブラハルドが言うと、

『鬼刃世界の<斬刃鬼淵>も<絶渦>に吸い寄せられていたねぇ。だけど、こっちはもう少し良くない状態だよ。<淵>の一割が欠けていた』

ベラミーがそう報告する。

『擬態世界の< 虚構淵擬(きょこうえんぎ) >はオレたちが調べたところは異常がなかったが?』

エールドメードが隣にいる教育神ガーガリを見る。

『かなり深刻な状態だった。我々は裏側を調べたが、その大半が<淵>としての力を奪われていた。三割、いや四割が<絶渦>に奪われつつあるのかもしれない』

『四割……!?』

バルツァロンドが驚いたように声を上げる。

『それは……まずいのではないか……?』

『話に聞くところ、<淵>と<淵>が交われば<渦>になる。しかし、すでに一度<渦>になったものが<絶渦>だ。だとすれば、<淵>を全て吸い寄せずとも、再び渦動を始めるかもしれない』

ガーガリはそう述べた。

教育世界の主神だけあって、<淵>と<絶渦>の理解は早い。

『大魔王がいる限り、すぐにという話ではないはずだけどね』

そうレイが言った。

大魔王ジニアは深淵魔法で<絶渦>と綱引きをしている。< 虚構淵擬(きょこうえんぎ) >が深刻な状態にあろうとも、しばらくすればまた均衡を取り戻すだろう。

『確かに、そなたの言う通りだ。しかし、元首アノスの話では大魔王は 魔眼(め) が見えない時があるとも聞く。盲目的に大魔王に頼るのも危険がある』

レブラハルドが危惧していることもわからぬではない。

いずれにせよ、早いうちに手を打つに越したことはないのだ。

『有翼世界の<有翼の風淵>もやっぱりちょっと不安定だったぞ。でも、壊れてそうなのは一か所ぐらいだったかな』

エレオノールが言う。

『振動世界の<淵>は調べられていない。その前に第七魔王とのいざこざがあった』

端的にイージェスは経緯を説明する。

『……調べられなかった<淵>にも問題がある可能性はある。しかし、目下対処が必要なのは擬態世界だ……大魔王の寿命が近いことも影響しているのかもしれないね……』

レブラハルドは言った。

『対策を考える。船団は速力を維持しつつ、後方を警戒するように』

パブロヘタラの船団は全速力で前進していく。

やがて、深層十二界を離脱して、魔王たちの領海から十分に離れると、レブラハルドは全学院に、そして銀水学院パブロヘタラへ向けて界間通信を行った。

『オットルルー。序列一位、聖剣世界ハイフォリアの権限を用い、六学院法廷会議の緊急決議を行う』

『……なにをするのさ?』

ベラミーが問う。

一瞬の間の後、真剣な口調でレブラハルドはこう言った。

『ハイフォリアを深淵に近づける』

『それは……どういうことか?』

バルツァロンドは意味がわからないといったように、困惑の表情を浮かべている。

『正確には深層十二界よりもハイフォリアを深くする。そうすれば、全てが浅きから深きへ流れゆく銀水聖海の秩序により、深層十二界から流れてくる<淵>は願望世界へ行く前にハイフォリアを経由することになるはずだ』

『な・る・ほ・どぉ。それを途中で捕まえ、また深層十二界へ戻そうというわけか』

レブラハルドの考えを察知して、エールドメードが言う。

『そんなことが可能なのか?』

バルツァロンドが疑問を向ける。

『イーヴェゼイノの<渇望の災淵>の対抗策として、ハイフォリアには<淵>の想いを遮断する大魔法がある。<絶渦>と深層十二界の<淵>を遮断すれば、想いは自ずと元の世界に戻るはずだ』

要は深層十二界と深淵世界の間に入り、ハイフォリアが防波堤になるということだろう。

大魔王の深淵魔法が効いている今の状態ならば、それもある程度は効果があるとレブラハルドは考えたのだ。

『どうやってハイフォリアを深淵に近づけるんだい?』

レイが問うと、

『パブロヘタラの保有している火露、またパブロヘタラに所属している各世界の火露を一時的に聖剣世界ハイフォリアに移動させれば、可能だよ』

レブラハルドはそう答えた。

パブロヘタラにはいくつもの深層世界が加盟している。ハイフォリア自体もかなりの深さを持った深層世界だ。

確かにパブロヘタラの力を結集すれば、不可能な話ではあるまい。

『緊急決議なら通るは通るだろうけどねぇ。後で揉めそうな気しかしないよ……』

気が重いといった風にベラミーが言う。

火露は全ての小世界にとって重要なものだ。それを一時的にとはいえ、一つの世界に集めるのだから、後々問題になるのは必至だろう。

パブロヘタラ内での面倒事は避けられまい。

『揉め事は話し合えばそれで済む。<絶渦>が渦動してしまえば、次に止められる保証はないよ』

<絶渦>を止めることができたのは、今わかっている限りでは大魔王ジニアの深淵魔法だけだ。

万が一、その力が及ばないとなれば、次に止める方法を見つけねばならぬ。とはいえ、すぐに見つかる保証はない。

ならば、パブロヘタラ内での揉め事など取るに足らぬだろう。そうレブラハルドは判断したのだ。

『ま、あたしは賛成さ。<絶渦>の渦動だけは二度とご免だからね』

『教育世界も同意しよう』

ベラミーとガーガリがレブラハルドの案に賛成を示す。

すると、界間通信からオットルルーの声が聞こえてきた。

『聖上六学院の半数による賛成を認め、緊急決議を可決します。パブロヘタラの保有する全火露及び、序列七位以下の小世界の火露を聖剣世界ハイフォリアへ一時的に移動します』

『各学院は自らの世界に戻り、魔王の襲撃に備えるように。いかに元首アノスとはいえ、今回ばかりは相手が悪い。奴らはパブロヘタラを標的に定めるだろう』

レブラハルドがそう口にすると、各船はそれぞれの世界へ向けて舵を切った。

レブラハルドが乗る聖船エルトフェウスとフレアドールが乗る銀水船ネフェウスは全速力で銀海を飛び抜け、聖剣世界ハイフォリアに戻ってきた。

船は虹水湖の真上で停止する。

レブラハルドとバルツァロンドは船から降りて、虹水湖の水面に着地した。

遅れて、レイもそこに降り立つ。

「火露の移動が完了するまで、まだ時間がかかる。そなたたちはしばらく休んでいて構わない。天主への報告と魔王への備えはフレアドールがしてくれる」

レブラハルドはそう口にして、水面に手をかざす。

静かにその体が水中に沈んでいった。

虹水湖はさほど深くはない。レブラハルドが湖の中心辺りにまで到達すると、虹の光がそこに集った。

光はレブラハルドの周囲に魔法陣を描いていく。<淵>を遮断する大魔法なのか、彼はそこに魔力を集中し続けている。

「レイ。ミリティアに戻らなくてよかったのか?」

心配そうにバルツァロンドが聞く。

「アノスがこっちを手伝うように言ったからね。ハイフォリアが一番危ないって思ったんじゃないかな」

柔らかくレイは言った後、レブラハルドの様子を窺った。

レブラハルドを手伝え、とわざわざ俺が口にしたことに彼は疑問を覚えただろう。

それが探れ、という意味だと気がつき、レイはミリティアには戻らず、ハイフォリアまでついてきたのだ。

「……なにか言ったかい?」

「……いいや」

レイが聞くと、不思議そうにバルツァロンドは答えた。

『………て……いた』

再びレイは声を聞いた。

彼はそれとなくバルツァロンドから離れ、虹水湖の端の方へ水面を歩いていく。

そうして、水に触れ、静かに潜った。

虹の光が反射する水中を、レイは水底まで泳いでいく。

その耳には、遠い声が聞こえていた。

知っているような、

懐かしいような、

そんな声に誘われてレイは水底に足をついた。

近くには岩がいくつも転がっている。その中の一つに違和感を覚え、彼はそっと触れた。

「……冷たい」

なぜかその岩は、湖の水よりも遙かに冷たかった。

レイは魔法陣から一意剣シグシェスタを引き抜き、その岩の表面を斬り裂いた。

バラバラと岩の破片が水流に流されていく。

中身は氷だった。

その氷の中にある物体が見える。

ハインリエル勲章である。

レイは手を伸ばし、氷越しに勲章に触れる。

『待っていた』

声が響いた。

見覚えのある魔力とともに、< 聖遺言(バセラム) >が彼にその声を届けたのだ。

『君を待っていた。私はレブラハルド・ハインリエル。どうか、落ち着いて聞いてほしい』

それを聞き、レイは目を丸くしていた。

生きているはずのレブラハルドが、死んでいなければ使えないはずの< 聖遺言(バセラム) >で、語りかけてきたのだ。

『君は、私だ』

遠い過去に、遺された記憶がレイの脳裏を通り過ぎていく――