軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

呪歌

第四ハイフォリア。

転生世界ミリティアを後にした俺たちは、パブロヘタラを訪れていた。

六学院法廷会議に出席するためだ。

とはいえ、まだ定刻ではない。

深層講堂の教壇ではエレンたちファンユニオンが神詩ロドウェルを歌っている。

銀滅魔法の対策として、各世界の住人たちにそれを教えているところだった。

「っていう感じで」

歌い終えたエレンが、ロドウェルの解説を行っている。

「ちゃんと歌えると、この 吟遊桃(ぎんゆうもも) の枝に花が咲くの」

エレンが手にしている桃の枝には鮮やかな花が咲いている。

神詩ロドウェルの練習用に吟遊世界ウィスプウェンズから提供されているものだ。

「でも、上手く歌えないと」

あー♪ とエレンがわざと神詩ロドウェルの音を外して歌う。

すると、桃の枝の花はみるみる萎んでいき、また元のつぼみに戻ってしまった。

「こうなっちゃう。それじゃ、もう一回やってみよー」

エレンの合図に合わせて、パブロヘタラの者たちは皆一斉に歌い始める。

しかし、彼らが手にしている吟遊桃の枝は一向に花を咲かせる気配はない。

「はいっ、一回止めて」

エレンが言うと、歌が止んだ。

「ドネルドさん、声が出ていませんよっ」

「む」

指摘されたのは思念世界ライニーエリオンが元首、ドネルド・ヘブニッチである。

彼は渋い表情で唇を真一文字に引き結んだ。

「しかし、我が世界は思念の秩序にて動くもの。声を発するのはあまり得意とは言えず」

「大丈夫ですっ。声を出すコツをつかめば簡単ですからっ」

エレンは笑顔でそう言った。

「コツ、か。してそれは、いかに?」

ドネルドは聞く。

すると、エレンはさもこの世の真理かのように言い放った。

「声はね、出せば出るんですよっ!」

「……出せば……出る……?」

困惑したように、ドネルドは呟く。

エレンは笑顔で大きくうなずいた。

「いきますよ。はいっ、あーっ!」

「……え、あ、いや、しかし……」

「あーっ!」

ずいと詰めより、エレンは大きく声を上げる。それは自分の声に負けないぐらいの声を出せと言っているかのようだ。

その押しの強さに引きずられるようにドネルドは口を開けた。

「あーっ!」

エレンの声につられて、ドネルドは声を出す。

「もっともっと! 全然、聞こえませんよ。お腹に力を入れて、喉を開いて、あーっ!」

「あーっ!」

腹筋を使い、ドネルドが声を上げる。

「まだ小さいですっ。それじゃ、ロドウェルは歌えませんよ。今、どこに歌ってるんですかっ?」

「ど、どこ……? いや、それは……勿論、この深層講堂中に響くように」

「もっと遠く、パブロヘタラを超えて、第四ハイフォリアを超えて、ドネルドさんの思念世界めがけて歌

ってくださいっ。さん、はいっ!」

「あ、あーーーーーーーっっっっ!!!!」

最早やけくそとばかりにドネルドは叫んだ。

顔を真っ赤にし、大口を開けて、思念世界の元首は恥も外聞も捨てて、ひたすら大きな声を出すことに必死になった。

「はい、オッケー」

そう言われ、ドネルドはほっとしたように表情を綻ばせた。

「でも、今は声を息だけで出してますよね? ロドウェルは 魔法歌(まほうか) だから、息と一緒に魔力を吐かないといけないんですよ」

理解の範疇を超えたといったようにドネルドは眉根を寄せた。

「それは先程やっていたが、魔力を吐く分、どうしても息が細くなり、声が小さく。それに音程という概念が我が世界には乏しく、どの順番でやればいいのか」

「順番はありません。ぜんぶ! ぜーんぶやるんですよっ。同時にぜんぶ」

大きく手を広げて、エレンは満面の笑みで言う。

「む、むう……」

考え込むようにドネルドは腕組みをした。

「難しいですか?」

「いや、だが、やらねばならぬ。やらねばならぬのだが……」

「そんなやたら難しい歌やめちまえばいいんじゃないか」

まるで挑発するような声が響く。

エレンたちが振り向くと、そこに背の高い男が立っていた。

切れ長の瞳で、端正な顔立ちをしている。真っ白な外套を羽織っており、両手の指全てにゴツい指輪を

つけていた。

見覚えのない顔だ。

「歌っていうのは万人が歌えなきゃ意味がないだろ」

「え、っと……確かに神詩ロドウェルはすごく難しい歌ですけど、でもこれは銀滅魔法を防ぐためですから」

突然言われ、エレンは戸惑いながらもそう答える。

簡単な曲にするというのは純粋な歌の話ならばわからぬでもないが、ドネルドにとっては神詩ロドウェルでなければ意味がないのだ。

「別に神詩ロドウェルじゃなくても、銀滅魔法は防げるぞ」

「え?」

すっと男は息を吸い込む。そして、大きく口を開いた。

ギイイイイィィィィィィィィィィィィィンッと凡そ人が出しているとは思えない声が講堂に響き渡った。

「なにこれ……?」

「頭が割れそう……」

ファンユニオンは皆耳を押さえ、その金切り声に耐えている。

不快で、うるさく、不気味な響きだった。

「ねえ、エレン、それ……」

ノノが指をさす。

エレンが手にしていた銀遊桃の枝に花が咲いていた。

彼女は驚いたようにそれを見た

「……じゃ、この声に銀滅魔法を防ぐ効果があるってこと……?」

「そうだ。これは返し歌へブロイ。銀滅魔法の狙いを別の銀泡に逸らすことができる」

男がそう説明した。

「べ、別の銀泡にって、それじゃそっちの銀泡に銀滅魔法が当たるだけですよねっ!?」

勢いよくエレンが声を上げる。

しかし、さして気にせず男は答えた。

「泡沫世界に狙いを逸らせばいい」

「だって、それじゃ、泡沫世界の人たちが……」

エレンの反応を見て、男は首をかしげる。

「泡沫世界が滅びるだけだ。なんの問題もないだろ。それに俺の歌は、呪いの歌、 呪歌(じゅか) だ。聞く者を呪い、同じ歌を歌わせることができる。神詩ロドウェルとは違い、万人に歌える歌だ」

「だめだよっ、そんな歌っ。いくら誰でも歌えても、他の世界を犠牲にして銀滅魔法から身を守ろうとするなんて間違ってるっ!」

エレンが反駁するも、男は肩をすくめた。

「こいつらはそう思ってないみたいだが?」

と、男がドネルドを振り向く。

彼は言った。

「確かに、我が思念世界では神詩ロドウェルを習得するのは至難。返し歌へブロイの習得が容易いというなら、そちらにした方がいいだろう」

「呪歌というからにはそれなりのリスクもあるでしょうが」

水算女帝リアナプリナが、水の 算盤(そろばん) を弾く。

「それを差し引いても、銀滅魔法への対抗手段は持つべきでしょう。少なくとも、中層以下の銀泡ではそれが最善です」

「待ってくださいっ! だって、泡沫世界に狙いを逸らすんですよ。泡沫世界に銀滅魔法が当たったら……!?」

「……あなたのお気持ちもわからなくはないですが、自らの世界と泡沫世界を比べれば致し方がないことでしょう」

「そんな……でも……」

エレンが反論を続けようとすると、

「そもそも、それがこの銀水聖海の理だろ。泡沫世界なんてもんは、どうせいつか泡となって消える。守りたいなんて宣う奴はただの偽善者だ」

呪歌の男はそう言い放つ。

「とりあえず、お前とお前」

男はドネルドとリアナプリナを指さす。

「返し歌へブロイを教えてやる。しっかり聴きな」

すうっと再び彼は息を吸った。

そして――

ギイイイイィィィィィィィィィィィィィン、と金切り声が響く。

一瞬、苦痛を訴えるように二人は顔を歪めた。

呪いが形を成していくように、呪歌にともない発生した毒々しい針がリアナプリナとドネルドの耳を突き刺す――

「「「あーっっっ♪」」」

エレンたちが大きく声を発した。

同時に出現した粘性を持つ漆黒の光が呪歌の針を打ち砕き、金切り声を相殺した。

ファンユニオンの< 狂愛域(ガルド・アスク) >である。

いつの間にか、深層講堂には魔王賛美歌第六番『隣人』の音楽が流れていた。

「誰かを傷つけるための歌なんて間違ってるよ。みんなを幸せにするのが歌じゃなきゃっ」

「間違っているのはお前だよ。一度聞いたら耳から離れず、人心を惑わし、世界を変える。歌は呪いだ」

キッとエレンが睨みつけ、男は鋭い視線を返す。

「お前たちの魔王賛美歌じゃ、呪歌は消せても銀滅魔法は防げないだろ」

「それは……」

エレンが言葉に詰まる。

「なに、じきに出来るようになる」

俺がそう言ってやれば、男は横目でこちらを見た。

「呪歌を銀滅魔法の対抗策にするという話は聞いた覚えがない。お前はどこの誰だ?」

「新しくパブロヘタラに加入した」

呪歌の男は言った。

「俺は 呪歌世界(じゅかせかい) ディメディオンの元首ボイズ。どうせへブロイを使わなければ、銀滅魔法に対抗できない。遅いか早いかの違いだ」