軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ 両家顔合わせ

その夜――

二律僭主の扮装を解き、俺はパブロヘタラ宮殿に戻ってきた。

その足で中庭に移動すれば、購買食堂『大海原の風』で待っていたのは、きっちりと正装した父さんと母さんであった。

屋台のテーブルには、白いテーブルクロスがかけられ、燭台や花瓶などが置かれている。

料理の準備は万全のようでパンの焼けた香ばしい匂いが漂っていた。

「その格好は?」

「そりゃ、ミーシャちゃんとサーシャちゃんのお母様に会うんだから、失礼のないようにしないとな」

そう父さんが言った。

「そういえば、聞き忘れちゃってたけど、お母様のお名前は?」

母さんが聞いてくる。

「エレネシアだ」

「……エレネシアって、確か魔弾世界の……?」

父さんと母さんもしばらくパブロヘタラで過ごしている。熾死王がバラまいている魔王新聞にも目を通しており、銀水聖海の知識はそれなり持っている。

「創造神だ。あの世界には今、主神と元首はいないが、他の世界に対しては彼女がその代わりを務めることになるだろう」

俺が説明すると、

「そ、創造神……」

ごくりと父さんが唾を飲み込む。

「じゃ、サーシャちゃんとミーシャちゃんは、魔弾世界の……」

母さんは緊張の面持ちで、父さんの方を向く。

「神様の家のところのお姫様的な……?」

恐る恐るといった調子で父さんが言う。

多少の誤解と混乱が見られるようだ。

「神族に姫という概念はない。ミーシャもサーシャも、俺たちと同じミリティア世界の住人だ」

「なっ! ということは……!?」

今度はなにを考えたのか、父さんが衝撃を受けたようにあんぐりと口を開いている。

「アノス」

背中から声をかけられる。

振り向けば、やってきたのは創造神エレネシアとミーシャ、サーシャだった。

「よくぞ来た」

俺はそう言って、父さんと母さんを手で指し示し、紹介した。

「我が父グスタと母イザベラだ」

「私は魔弾世界の創造神エレネシア。どうぞお見知りおきを」

父さんはビシッと気をつけをして、勢いよく頭を下げた。

「ち、父ですっ! ふつつかものですが、末永くよろしくお願いしますっ!」

父よ。嫁にいくのか?

だが、すぐにフォローをするように母さんがにっこりと笑った。

「エレネシアさん、どうぞ座ってください。ミーシャちゃんもサーシャちゃんも。美味しいパンを焼いたの。みんなで一緒に食べましょう」

「はいっ!」

と、なぜか父さんが返事をしている。

どうやら、いつになく緊張しているようだ。

「父さん。堅くならなくても大丈夫だぞ」

すると、父さんは俺と肩を組んで、小声で耳打ちした。

「心配するな、アノス。父さんしっかりやるからな。こう見えて、父さんは百戦錬磨なんだ」

まるで歴戦の傭兵の如く、父さんはキザに言った。

「両家顔合わせって奴はな」

それが百戦錬磨では、むしろ問題がありそうだ。

セリス・ヴォルディゴードのこんな姿は、エレネシアも見たことがなかっただろう。

彼女の方に視線を向ければ、

「ふふっ」

ふんわりと笑っていた。

「よかった。あなたの戦いが報われて」

彼女は言った。

「グスタ。今日はあなたに返したいものがあってきた」

すると、父さんの表情が引き締まる。

「身に覚えはないと思うけれど」

エレネシアは自らの胸に手をかざした。

彼女の根源の内部から、紫電が走り、丸い塊が現れた。

それは凝縮された雷の 魔法珠(まほうじゅ) ――< 滅紫(めっし) の 雷眼(らいがん) >である。

「受け取ってほしい」

父さんがその魔法珠に目を向けた。

すると、魔法珠が淡い紫色に光り輝く。それと共鳴するように、父さんの根源が光を放ち、そしてその目に紫電が走った。

魔眼を持たぬはずの父さんの目が、滅紫に染まっていく。

父さんはすっと手を前に出し、

「今はまだそのときじゃない」

達観した表情でそう言った。

まるで父、セリス・ヴォルディゴードのように。

「……どういうこと?」

「息子のためだ」

父さんは言う。

エレネシア世界の父は、完全な転生はできず、力と記憶が失われることがわかっていた。

だからこそ、それを転生前に信頼できるものに預けたのだ。

つまり、今の父さんには、前世の記憶が……?

「……あなたが最後のヴォルディゴードではなくなったことに、関係が?」

エレネシアははっとしながら、そう尋ねた。

神妙な顔で、父さんはうなずく。

「息子を最後のヴォルディゴードにしないためだ」

エレネシア世界で、父セリスは最後のヴォルディゴードと呼ばれていた。

連綿と受け継がれてきたこの血統と、そして滅びの根源に関わることか?

「それは?」

真剣な面持ちで、エレネシアは問う。

「確かに、娘二人を一緒にもらっていくという男を、親として認めるわけにはいかない気持ちはよくわかる」

流れが変わった。

「そこでアノスは考えた。娘二人をもらうのは無理だから、自分が婿に行けばいいんじゃないかと!」

「アノスちゃんって、優しいから!」

母さんの援護射撃が入った。

「だが、親としてはそういう問題じゃない! 娘二人を一緒にもらおうなんていう婿は願い下げ! だから、今日、返しにきた! 慰謝料代わりに、その宝石を持って! そういうことでしょう、エレネシアさんっ!」

完全に父さんだ。

父セリス・ヴォルディゴードの記憶は微塵もないと断言できる。

「グスタ。どうか聞いてほしい。あなたは誤解をしている」

「いいや!」

エレネシアはそう言ったが、負けじと父さんも言った。

「確かに俺は勘違いしやすいタチだし、お世辞にも出来がいいとは言えないかもしれない! だけど、これだけは、アノスのことだけはよくわかっているつもりですっ!」

止まらない暴走列車のような勢いで父さんがまくしたてる。

「こいつはびっくりすることをする奴ですが、いつも本気なんですっ! いつだって本気で、娘さん二人と向き合ってきました! アノスはいつだって公平に、サーシャちゃんとミーシャちゃんと接して、いつも口癖のように言ってました!」

父さんは切実な表情で、真剣極まりない顔で、真摯な思いの丈を吐き出した。

「『二股だからといって、純愛でないと思ったか?』って……!」

言っておらぬ。

「そういうやつなんですっ! 嘘のつけないまっすぐな奴で、でも、どんなに不可能だって思えることも、最後は必ずやり遂げるんです。ミリティア世界を救ったのもこいつで、今回の< 銀界魔弾(ゾネイド) >のこともそう。何度も奇跡を起こして……だから、きっと……!」

父さんは勢いよく頭を下げる。

「お願いしますっ、エレネシアさん! 今すぐ認めてくださいとは言いません。こいつにチャンスをあげてくださいっ! もう少しだけ、こいつの頑張りを見てやってください! お願いしますっ!」

エレネシアは父さんの勢いに圧倒され、半ば呆然としている。

「……なにが魔弾で、なにが満月なのか。それは人によって変わるもの」

沈黙の後、エレネシアはそう切り出した。

「なにが純愛で、なにが二股なのか。それは誰にもわからない」

「さすがにわかるでしょ……」

「お母さん……」

サーシャとミーシャが、過酷な日々を経て達観しすぎた母の考えにぽつりと呟く。

第二魔王ムトーは彼女にとって理解しがたい価値観を持っていた。

だからこそ、わけのわからぬ父さんの主張にもついていくことができるのだ。

「この子たちは元々一人なのだから、片方だけでは純愛には足りないと思ったのかもしれない」

「それじゃっ……」

期待に満ちた眼差しで父さんはエレネシアを見た。

「あなたは覚えていないと思うけれど、かつてエレネシア世界でわたしたちはともに戦った。これはそのとき、あなたから預かったもの。返すあてのなかったはずの――わたしたちの絆の証明」

魔法珠をエレネシアはそっと父さんに手渡した。

「あなたの戦いが、今、このときの幸せに移り変わったことを誇りに思う。そして――」

エレネシアは母さんを見た。

「あなたの献身がここに実ったことを誇りに思う」

母さんはきょとんとした顔で彼女を見返した。

「不思議ね。前にどこかで会ったような気がするわ、エレネシアちゃんとは、あ……」

恥ずかしそうに母さんは手を振った。

「ご、ごめんなさい……!」

「いいえ。そう呼んでくれて構わない」

「ほんとっ?」

エレネシアは静かにうなずく。

ぱっと表情を輝かせ、母さんは言った。

「よかったぁ。アノスちゃんはすぐ大きくなっちゃったから機会がなかったんだけど、わたし、ママ友が欲しかったの!」

「私の娘たちも、転生した今は十五歳、赤子のようなもの」

そうエレネシアが口にすれば、

「そりゃ神族としてはそうでしょうけど……」

「お母さん……」

サーシャとミーシャがまたしてもぽつりと呟いている。

「というか、その 魔法珠(まほうじゅ) って、お父様の前世の前世……? の記憶が残ってるはずよね? なにも思い出さないのかしら?」

サーシャがそう言って、父さんを見る。

「…………思い……出した……!」

父さんは魔法珠をぐっと握る。

バチバチと紫電が溢れだしていた。

「父さんも、パパ友が欲しかったんだ……っ!」

「だめみたいね……」

サーシャがぼやくように言う。

「力を完全に失うのは父も想定外だっただろうからな。まあ、なにかの条件でその魔眼が今の体と馴染むかもしれぬ」

第二魔王ムトーが自らの根源に魔法を施したように、父セリス・ヴォルディゴードもなにかしらのきっかけで発動する魔法を遺していてもおかしくはない。

父は可能性を具現化する魔法を操ったのだ。ムトーより、多くの可能性に備えることができたはずだ。

「焦ることはない。食事にしよう」

「ん」

俺たちはテーブルにつき、母さんと父さんの焼いたパンや料理を食べた。

セリス・ヴォルディゴードとして、エレネシアと盟約を交わし、平和のために戦った父さん。

ルナ・アーツェノンとして、エレネシア世界を訪れ、彼を支えた母さん。

二人の行く末を世界の終わりまで見届けた創造神エレネシア。

積もる話はあったはずだが、今、その記憶が二人にはない。

けれども、

「エレネシアさんって、ご趣味は?」

「……世界観察……」

「ふふふっ、素敵ね。どこが見どころなのっ?」

「魔弾世界は、雨が決まった時刻に降る。でも、実はほんの数秒ズレるときがある。その数秒に雨の個性が出る」

「わかるっ! アノスちゃんもね――」

けれども――今、とりとめのない話に花を咲かせる三人の姿は、決して訪れるはずのない日を夢見て戦ったかつての彼らが、確かに勝ち取ったものだった。