軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ ~祭りの後の~

俺が描いた魔法陣の中心に、シーラの姿が現れる。

彼女はゆっくりと目を開き、心配そうに自分の顔を覗き込んでいる男を視界に捉えた。

「……レイ…………?」

「母さんっ!」

レイがシ―ラに手を伸ばし、彼女をぎゅっと抱きしめる。

「……よかった……よかった、母さん……もう、会えないかと……」

言葉は涙に変わり、レイは項垂れる。

その頭を撫でるように、シーラは優しく肩に抱いた。

「……夢……じゃないのよね……? それとも、ここは天国なのかしら?」

「無論、現世だ。お前は己の身を捨ててまで我が子を守った。見事な振る舞いだった」

「そっか」

シーラは嬉しそうに、泣き崩れているレイの頭を撫でる。

自分が生き返ったことよりも、息子を守れたことに安堵している様子だ。

「……でも、どうやって精霊病を治したんですか……? 根源が弱っていたり、なくなってしまったら、どんな魔法でも元に戻せない……ですよね?」

ミサが俺に問う。

「単純なことだ。シーラの根源の元となった噂と伝承を広めた」

「え……? でも、アノス様は今の今まで決勝戦で戦っていましたし、いつそんなことを…………?」

「ついさっきだ。優勝した気持ちを話しただろう。あれは魔法放送でディルヘイド各地に伝わっている」

「あ…………」

と、ミサが気がついたように声を上げる。

「真の名工が心を込めた鍛えた剣には、魔力とは別のなにかが宿るっていう……?」

俺はうなずく。

「それがシーラの根源を形作る噂と伝承だったというわけだ」

イニーティオを叩き斬って、魔剣大会で優勝したインパクトは大きい。心を込めて鍛えた剣には魔力とは別のなにかが宿る。にわかには信じがたいこの噂と伝承を信じる者がいたとしても、なんら不思議はない。

それによって、ほぼ消えたに等しかったシーラの根源が急速に回復した。そこまで来れば、< 蘇生(インガル) >で蘇生することは容易い。

「……そんなこと……よく気がつかれましたね……」

驚いたようにミサは言葉をこぼす。

「昨日シーラに会ったとき、容態が僅かに回復し、俺たちと話をすることができるようになった。ログノース魔法医院で管理しているはずの噂と伝承がうまく制御できていないのかとも思ったが、俺が一回戦で口にしたことが原因だったのだろう」

真の名工が心を込めた鍛えた剣には魔力とは別のなにかが宿る。クルトとの戦いの最中に俺はそう口にした。

ただのハッタリだったのだが、それを信じた者が何人かいたため、シーラの容態が僅かに回復したのだ。

「無論、それだけではまだ断定できぬがな。決勝戦の開始前に、フクロウから< 思念通信(リークス) >が届いた。<吸魔の円環>を破壊されればシーラが死に、決勝戦で勝てばレイが死ぬとな。しかし、金剛鉄の剣を破壊されて俺が負けることについてはなんの言及もなかった」

勝敗についてはどうでもいいのだろうとも思ったが、あえて逃げ道を作ったのだと考えた方がよりしっくり来る。

期せずして俺がその伝承と噂を広めてしまったのは、アヴォス・ディルヘヴィアにとっても計算外だったのだろう。

シーラの精霊病が完治してしまう可能性があった。そうなれば、奴の計画は破綻する。俺にそうとは知らせずに、金剛鉄の剣が大したものではないと観客たちに見せつけておきたかったのだ。

「決勝戦が始まった後に、シーラの容態は回復したな?」

「はい。< 根源変換(リリア) >でなんとか魔力を融通していたんですけど、やっぱり全然足りなかったんです。でも、突然、どんどん魔力が回復していって、シーラさんが歩けるようになったんです。それで一緒に魔剣大会に駆けつけたんですが……」

操られていたメルヘイスは人質に取るためにシーラを回復させたと言ったが、あれは嘘だ。

シーラが奴の思惑を外れて容態を回復させつつあることに、気がつかせないようにそう言ったのだろう。

「俺が金剛鉄の剣でイニーティオとまともに打ち合っていたため、それを見ていた観客たちの間で、シーラの噂と伝承を信じる心がどんどん大きくなったということだ」

シーラが真体に変われたのも、それがあってのことだろう。

彼女が変化した姿は、金剛鉄の剣によく似ていた。精霊の真体は噂や伝承が具象・具現化したもの。その根本は心にある。

観客たちの心には、真の名工が鍛え、魔力とは違う別のなにかが宿った剣に、明確なイメージがあった。実際に金剛鉄の剣を見ていたのだからな。それで、シーラの真体はその姿になったのだ。

それらをすべて総合すれば、彼女の噂と伝承は自ずと想像がつくというものである。

「ありがとう、アノス君。やっぱり、あなたはレイが言った通り、すごい人ね。もう、この子にも会えないかと思ったのに……」

レイを抱きしめながら、シーラは言う。

「……おかげで、この子が大きくなるのをまだまだ見ていられるわ……」

「なに、礼を言われるほどのことでもない。友に手を差し伸べただけのことだ」

踵を返し、俺は言う。

「じゃあな、レイ。先に行くぞ」

ああ、と涙に濡れた声でレイは返事をした。

あまり泣いている姿を見られたくもないだろうと俺はその場を後にする。

「アノスッ!」

観客席から父さんと母さん、ミーシャが下りてきた。

「お前っ、やったな、こいつっ!! それでこそ、俺の息子だっ!」

父さんがドスンッと俺の胸に拳を当てる。

「父さん」

俺は鞘に納めた金剛鉄の剣を父さんに見せた。

「これのおかげで助かった」

「ば、馬鹿言うなって。そういうことは、面と向かって言われると照れくさくなっちまうだろ……」

嬉しそうに言いながら、父さんは目尻に涙を浮かべる。

嘘ではない。

確かにこの剣にはなんの魔力もこもっておらず、魔剣大会を戦う上ではなんの役にも立たなかった。

それでも、だからこそ、シーラを救うことができた。父さんは意図したわけではなく、なにもかも期せずして起こったことだ。

だが、父さんが心を込めてこの剣を作ったから、俺は一回戦のときに、ああ言ったのだ。それが、シーラの精霊病を完治させることにつながった。

父さんが作ったこの剣が、俺に幸運を運んできたのだ。

「あなた。そろそろ行かないと、閉会式、良い席がとれなくなっちゃう。アノスちゃんも準備があるだろうし」

「あ、ああ、そうだな。じゃ、アノス」

父さんが手を上げるようにジェスチャーする。

俺が右手を上げると、その手に父さんはバシンッとハイタッチした。

「また後でな」

「アノスちゃんっ、今日は本当にお疲れ様。もーっ、本当にすごかったわっ!! こんなに小っちゃいのに魔剣大会で優勝なんて、将来はどうなっちゃうのかなぁ」

母さんが嬉しそうに言う。

「でも、沢山お怪我したよね? 大丈夫?」

心配そうに、母さんは俺の傷を見つめる。

「ああ」

大したことはないのだが、< 治癒(エント) >で傷を治しておいた。

「これで大丈夫だ」

「よかった」

母さんは俺のそばに身を寄せ、耳元でそっと囁く。

「後でレイ君のお母様にもご挨拶しておくわ」

ふむ。それはまずいな。

母さんの時空に飲み込まれれば、< 次元牢獄(アゼイシス) >とは違い、そうそう助けには行けぬ。

「今日はやめておいた方がいい」

「そう? あ、もしかして、まだ言ってないから……そっか。わかったわ!」

母さんはなにやら一人で納得している。

「またにするわね。じゃあね」

父さんと母さんは急いで閉会式の会場へ向かった。

「嬉しい?」

いつのまにか、俺の横に立っていたミーシャが言う。

「そう見えるか?」

こくり、と彼女はうなずく。

そうして、そのまっすぐな 魔眼(め) で俺の深淵を覗いてくる。

心の深くまで。

「親というのはいいものだな。かつての俺にはいなかった」

ん、とミーシャが相槌を打つ。

「いつか子供を持ったとき、俺もあんな風になれるものか」

「ええぇっ!?」

後ろから驚いたような声が聞こえた。

「なにを驚いているんだ、サーシャ」

「べ、別に驚いてなんかないわ……」

ふむ。なにを苦しい言い訳をしているのだ?

「あなたって子供が欲しいの?」

「いつかはそういうときも来るだろう」

「そ、そうなんだ。ふーん。いつかね」

七魔皇老は俺の血を受け継いでいるし、彼らの血族は全員俺の子孫ではあるのだがな。

父さんや母さん、シーラを見ていると、それだけでは親子とは言えぬ気がする。

「ふふっ」

そうミーシャが笑う。

「まあ、無理なのはわかっているがな」

すると、ミーシャはぶるぶると首を横に振った。

「アノスはきっといいお父さんになる」

「そうか?」

「そう」

今一つ、実感は湧かないがな。

「不安?」

「いや。ミーシャが言うのなら、信じよう」

後ろを振り返り、考え事をするように俯いている少女に言う。

「なにをしている、サーシャ。行くぞ」

「わ、わかってるわっ」

慌てたように走ってきて、サーシャは俺たちに並ぶ。

「そういえば、優勝したぞ」

「なに今更言ってるのよ? あなたの力なら当たり前じゃない?」

「まあ、それはそうだがな」

すると、ミーシャが言った。

「楽しかった?」

「そうだな」

さして命の危機も覚えぬ、ぬるま湯のような剣の大会。

統一派と皇族派の代理戦争。

誰も彼もがうるさく声を張り上げていた。

面倒なことばかりがおき、まるでお祭り騒ぎのような二日間だったが、それでもレイと剣を打ち合ったあの時間はなかなかに有意義だった。

終わってみれば、どこか寂しさを感じる。

なんなのだろうな、これは。

常に生死がかかっていたあの頃には、味わったことのない感覚だ。

「なかなか愉快な大会だった」

観客席にはもう殆ど人はいない。

祭りの後の静けさを感じ、まるで後ろ髪を引かれるかのように、俺はゆっくりとその場を後にしたのだった。