軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二魔王ムトー

空からは海に生えた林が見えた。マングローブである。

第二魔王ムトーは、エレネシアを片手で抱えながら飛んでいた。

「あそこがオレのねぐらだ」

マングローブの木の上にほったて小屋が建てられているのが見える。雑に木を組み合わせただけのもので、天気が崩れれば雨漏りしそうだった。

ムトーはその小屋の前に降り立ち、エレネシアを下ろした。

「自由にしてていいよ」

彼はそう口にすると、片手を軽く振った。

エレネシアの神眼に映ったのは、振り終えた後の黒い短剣だ。それが彼女にかけられた手枷を真っ二つに切断していた。

神魔射手オードゥスにかけられた拘束魔法だ。本来、そう簡単に切断できる代物ではない。

エレネシアは驚嘆したようにムトーを見た。

彼はなんでもないことのように背を向けると、木にかけられたハンモックの上に寝転がった。

しばらくすると、寝息が聞こえてきた。

エレネシアがその神眼で深淵を覗くも、本当に寝入ってしまっているようだった。

不可解に思いながらも、彼女はムトーを起こさないように気をつけながら< 飛行(フレス) >で飛び上がり、その場を離れた。

追ってくるかとエレネシアは警戒したが、ムトーが起きる気配はない。

しばらく空を飛び続け、安全圏まで離れたところで着地した。彼女はほっと胸を撫で下ろす。

「言い忘れたんだけど、自由にしていいのは逃げること以外の話だからね」

聞こえるはずのないムトーの声を耳にし、エレネシアは振り返った。

次の瞬間、彼女はマングローブの木の上にいた。

ほったて小屋がある。ムトーのねぐらだ。

突然の出来事にエレネシアはなにが起きたのかさえわからなかった。

「……なにをしたの?」

「なにって」

ムトーは不思議そうな顔をする。

説明するまでもないと言いたげであった。

「君が逃げたから、追いかけて連れ戻した」

安全圏まで逃げたと思っていたエレネシアを一瞬で捕捉し、追いつき、抱えてここまで運んだのだ。

あまりにも、力の次元が違いすぎる。

だからこそ、彼は人質であるエレネシアを放って眠りについたのだろう。

彼は再びハンモックの上で寝ようとする。

「第二魔王ムトー」

エレネシアの呼びかけに、彼は振り向いた。

「あなたが何者なのか、なぜオードゥスと敵対しているかは知らない。けれど、はっきりしているのは、わたしに人質の価値はないということ。この身は< 鹵獲魔弾(ろかくまだん) >にて猶予を得ているだけ。神魔射手オードゥスはいつでもその延命を打ち切り、わたしを新生することができるはず」

神魔射手オードゥスが、危険を冒してまでエレネシアを助けに来ることはないだろう。さらった相手が弱いのならともかく、第二魔王ムトーは底知れない力を持っている。

このまま捨ておき、エレネシアが新生したとしても、オードゥスにとってはなんの問題もない。

「ああ、そうだった」

うっかりしていた、といったような態度でムトーはエレネシアのもとまで歩いてくる。

そして、おもむろに彼女の胸を指先で貫いた。

「……え?」

次の瞬間には、ムトーはその胸から手を引き抜いており、指先で小さな魔弾をつまんでいた。

エレネシアの胸からは血の一滴すら流れていない。

「これが<鹵獲魔弾>だよ」

そう口にして、ムトーは指先で魔弾を潰した。

「根源から抜けば、たちまち滅びる」

エレネシアは自身の体を、その根源を見つめる。

しかし、特に異常はない。滅びる気配など微塵も感じなかった。

「つまり、君はこの魔弾の延命が必要のない体になったんだ」

エレネシアは目を丸くする。

「あなたは……今、なにをしたの?」

「<鹵獲魔弾>を抜いて、代わりに君の根源を癒やしたんだ。神魔射手は君を救う手立てがあると言ってなかった?」

エレネシアはうなずく。

確かに神魔射手は協力と引き換えに彼女の命を救うと交換条件を持ちかけた。

「オレにだってそれぐらいできる」

子どもが張り合うように、ムトーは笑みを見せた。

驚くべきは<鹵獲魔弾>を抜いた一瞬の間にエレネシアの根源を癒やしたことだ。

深層一二界を支配し、銀海史上初めて深淵魔法に到達した魔導の覇者、大魔王ジニア・シーヴァヘルド。その継承者候補たる魔王の力は尋常なものではない。

もっとも、この頃のエレネシアはまだ銀水聖海の魔王についてはよく知らなかった。

「……わたしを人質にしてあなたはどうする?」

「最初に神魔射手オードゥス、次に大提督ジジ・ジェーンズと戦う」

一瞬考え、エレネシアは聞いた。

「それは、彼らが悪だから?」

「強いから」

思いもよらなかった答えに、エレネシアは絶句していた。

「だけど、オレの方が強い」

「……意味がわからない」

「彼らに勝負を挑んだ。だけど、神魔射手も大提督もそれに応じない。だから、人質を取った」

当然の理屈だ、というようにムトーは言う。

「君は魔弾世界にとって重要な存在だ。銀滅魔法< 銀界魔弾(ゾネイド) >は、創造神が小型銀泡を創らなければ発射できない。彼らはリスクを冒してでも君を取り戻さざるを得ない」

「わたしが聞きたいのは、あなたがなんのために戦うのかということ」

「……なんのために?」

思いも寄らない質問だったか、ムトーはきょとんと彼女を見返した。

「強いからじゃだめ?」

「それは理由にはならないとわたしは思う」

「そこに強い奴がいたら、戦いたくなるでしょ」

そう口にしたムトーの表情は、まるで無邪気な子どものようだった。

「わたしはならない」

「君が弱いからでしょ」

「そうではない」

「創造の力があるから、君は世界を創造し、その創った世界を愛している。オレは強いから、強者と戦い、その戦いを愛している」

肩をすくめ、ムトーは言った。

「同じでしょ」

「同じではない」

エレネシアが断言すると、ムトーは不思議そうな表情をした。

「君は創造神なのに面白いな」

「なにが面白いの?」

「他の誰もそんなことは言わなかった」

「それはあなたが恐ろしいから」

ムトーはやはりピンと来ないといった表情を浮かべている。

「訳もなく戦おうとするあなたが恐ろしいから、誰もあなたに本当のことを言おうとはしないだけだと思う」

第二魔王ムトーは強い。

並の小世界なら、たとえ深層世界とて滅ぼす力をもっている。

もしもそんな存在が理由なく戦いを仕掛けてくるのだとしたら、まともに関わろうとする者は滅多にいないだろう。

口論に発展するなどまず考えられない。

だからこそ、彼は不可侵領海なのだ。

「それじゃ、君が本当のことを言うのはオレが人質を殺すことはないって思ってるから?」

「いいえ」

静謐な声でエレネシアは言う。

「あなたが可哀想だから」

哀れみの視線を向けられ、ムトーは首を捻った。

「嘘はよくない」

「嘘ではない」

と、エレネシアが口にした瞬間、第二魔王ムトーは黒い短剣を彼女の首につきつけていた。

「人質は君じゃなくてもいい。知ってて言ってる?」

「あなたは暴力でしか物事を計れないの?」

エレネシアはつきつけられた短剣にそっと触れる。

「言葉の真偽を確かめるのに剣を振るうことしかできないなら、やはりあなたは可哀想な存在だろう」

わからないといった表情でムトーはじっとエレネシアを見つめる。

「わたしを滅ぼせば答えは永遠にわからない」

「じゃ、やめとく」

あっさりとムトーは短剣を引いた。

「君の言うことはわからないけど、君にもオレのことはわからない。少なくとも、オレは可哀想じゃない」

その言葉には特に反論することなく、エレネシアはこう切り出した。

「一つ願いがある」

「なに?」

「解放してほしい。わたしはこの魔弾世界のために、答えを出さなければならない」

怪訝そうな顔でムトーは答えた。

「言われて解放するなら人質を取ると思うかい?」

「思わない。だから、お願いしている」

「オレは願いも要求も聞かない」

そう一蹴した後、ムトーは好戦的な笑みを浮かべた。

「オレに勝てたら解放しよう。一撃でも入れれば君の勝ちでいい」

「わかった」

そう口にした瞬間、マングローブの林が凍りついた。

ひらひらと舞うのは雪月花。それが白銀の氷柱へと変化し、ムトーの頭上から雨のように降り注いだ。

「はい」

ムトーが手を叩く。

すると、白銀の氷柱は一斉に砕け散り、凍りついたマングローブの林も元に戻った。

「今日はオレの勝ちだ。またいつでもきなよ」

ムトーがエレネシアの神眼を手で覆い、そっと閉ざす。いかなる魔法なのか、かくんと彼女の体がムトーの腕にもたれかかる。

エレネシアは意識を失っていた。