軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その舞台に立つ歌姫は

重たい告白は、ざわめき呼び込む。

それは並木道の式場からみるみる波及し、首都シェルケーからウィスプウェンズ中に広がっていく。

吟遊宗主に選ばれるはずだった少女が打ち明けたのは、神聖なる舞台を冒涜する行為だ。

シータを祝福するつもりでいた民たちは、皆一様に戸惑いの表情を浮かべている。ウィスプウェンズの行く末に一抹の不安を覚えたからに他ならぬだろう。

過ちを犯した蒼花歌唱隊。その座長であるシータが吟遊宗主に選ばれることは決して歓迎できることとは言えまい。

だからといって、これ以上歌うことのできないリンファを選ぶのが正しいとも言えぬ。

どちらを選んだところで、しこりが残るだろう。

民の誰もが納得する元首はいないのだ。

先の見えない不穏なる空気が、ただただ吟遊世界に膨れ上がっていく。

訴えるようにリンファは、彼女の歌姫を見上げた。

今ならまだ間に合うかもしれない。

なにも知らなかったのだと言えば、取り返しもつく。

そんな風に思ったのやもしれぬ。

まっすぐな瞳でリンファは語りかけるが、しかしシータは彼女から視線を逸らし、俯いたままだ。

撤回するつもりはない。誤解を解くつもりもない。

自分は吟遊宗主には相応しくない。最初から、世界元首になどなりたくはないのだと彼女の全身がそう語っていた。

リンファはもう歌えない。

シータも歌うつもりはない。

だとすれば、新たな吟遊宗主に選ばれる者はいまい。

順当に考えれば、エルムがこのまま続けることになるだろう。だが彼女とて、民の信頼を得られなかったからこそ、今回の吟遊神選を開いたのだ。

その不満が再熱することは避けようもない。

ゆえに、ウィスプウェンズは揺らいでいた。世界が静かに傾いていくような、歌のない時間が長く、長く、ひたすらに長く続いた。

ふと――音が響いた。

ウィスプウェンズの住人たちは、自然とその音に耳を傾ける。

それは彼らが聞いたことのない、違う世界の音楽だった。

――この広い銀の海で、二人は巡り会った。

――人種も文化も生き方も、なにもかも違う。

――正しいのはどちら? 問いは空しくて。

――譲れない信念だけが、互いを傷つけ合う海の底で。

――変えられないと思っていたこの世界を、

――丸ごとひっくり返してやれ。

観客席で歌っているのは、式典用のローブを羽織った魔王聖歌隊の八人。

< 狂愛域(ガルド・アスク) >の光がその場を覆い尽くし、愛に溢れた彼女たちの声は、吟遊世界の秩序に従い、ウィスプウェンズ全土に響き渡る。

エレンはまっすぐリンファを見つめた。

歌って、と彼女の心が歌を通して伝わってくる。

その歌声に貫かれたように、リンファははっとする。

そうして、魔力が尽き、根源さえも痛めたその体に精一杯鞭を打ち、よろよろとその場に立ち上がった。

彼女は歌う。

傷ついた喉で、見る影もないひどく弱々しい声で。

――争いは無意味だと綺麗事は言えない。

――けれど、違う未来もあったと信じたい。

――選べなかった『もしも』が、

――二人の前に目映く輝くなら、

――過ぎた過去を幾度やり直してでも、

――今すぐつかみ取ってやれ。

エレンがリンファに教えた魔王賛美歌第十番『ともに』。

痛みに耐えながら歌うその歌は、最早、式場の観客席にすら届くことはない。

それでも、隣の舞台には――

シータの耳には確かに聞こえていた。

ひどく小さく、掠れたその歌は、けれども先程以上に胸を打つ。命を削り、鬼気迫るリンファは、今にも燃え尽きる彗星のように輝いていた。

それが本当の意味でわかったのは、シータだけだったのかもしれない。

だから、彼女もともに歌う。

エレンからもらった楽譜に載せられた、遠い世界の歌を。

――ともに隣を歩きたかった。

――ともに勝利を笑いたかった。

――正しき道を歩いてきたのに、

――辿り着いた場所は間違いだらけで、

――見えなかったもう一つの道があるなら、

――どれほどの罰がこの身を焼こうとも、

――笑い合いながらともに歩いていく。

上手(かみて) と 下手(しもて) 、笑い合いながら、リンファとシータは互いのもとへ近づいていく。

二人の間は、王宮へ続く長い道に隔てられていて、どこまで寄り添おうとしても、それ以上は交わらないはずだった。

しかし――

リンファもシータも迷いなく、そこへ足を踏み出した。

新たな吟遊宗主を選ぶための最終神選。二人は同時にその神聖なる舞台から下りて、道の中央へと歩み寄る。

ふいにリンファの歌が止まった。

彼女は口元を手で押さえ、体をぐらつかせた。そのまま倒れるというところで、細い指先がそっと肩を支えた。

シータだ。

彼女は微笑みかけ、そして、< 合声拡唱法(ラナ・シーア) >の魔法を使う。

ウィスプウェンズ序列一位の吟遊詩人。その魔力は凄まじく、二人で合わせた歌声は軽々と世界に響き渡った。

なによりも力強く、なによりも情熱的に、そしてなによりもキラキラと輝く歌。それはこの世界のどこかにいる主神に向けられていた。

神詩ロドウェルへ。

シータはリンファの体を支え、リンファはシータの心を支える。

これが、自分たちの選んだ答えだと。

これが、ウィスプウェンズの進むべき道だと。

天上の神へと、二人は挑むように堂々と歌い上げる。

そのとき、風が吹いた。

熱い風が大気をかき混ぜ、並木道一帯の桃の花びらが一斉に空へと舞い上がっていく。

目映い光がさした。

それはリンファとシータに降り注ぎ、そして二人の道を照らしている。

王宮へと続く道を。

二人は顔を見合わせ、うなずき合う。

「大丈夫?」

「だめでも、いくしかないじゃん」

手をつないで、シータとリンファはその道を駆け上がっていく。

目映い光が降り注ぎ、花びらが無数に舞い散る中、二人は懸命に走った。

そうして、辿り着いたのは庭園劇場。

沢山の観客たちが、シータとリンファを畏敬の念で見守っている。

なぜなら、それは、ウィスプウェンズでは起こるはずのない出来事だったからだろう。

舞台の上には、現吟遊宗主のエルムが立っている。

彼女は歩いてきた二人を見つめ、柔らかく笑った。

ようやく肩の荷が下りた。そう言っているかのようだった。

エルムは静かに舞台を下りる。

そして、脇に移動し、シータとリンファに道を譲るように頭を下げた。

二人はそのまま庭園劇場の舞台に上がる。

「一緒に歌おう」

「みんなで一緒に」

そう声をかけて、二人の歌姫は歌を歌った。

それは新たなウィスプウェンズの始まりを告げる歌だ――

――この広い銀の海で、二人は巡り会った。

――人種も文化も生き方も、なにもかも違う。

――正しいのはどちら? 問いは空しくて。

――譲れない信念だけが、互いを傷つけ合う海の底で。

――変えられないと思っていたこの世界を、

――丸ごとひっくり返してやれ。

――争いは無意味だと綺麗事は言えない。

――けれど、違う未来もあったと信じたい。

――選べなかった『もしも』が、

――二人の前に目映く輝くなら、

――過ぎた過去を幾度やり直してでも、

――今すぐつかみ取ってやれ。

――ともに隣を歩きたかった。

――ともに勝利を笑いたかった。

――正しき道を歩いてきたのに、

――辿り着いた場所は間違いだらけで、

――見えなかったもう一つの道があるなら、

――どれほどの罰がこの身を焼こうとも、

――笑い合いながらともに歩いていく。

あの約束の日から、一一年。

ずっと追いかけてきたリンファ。

ずっと待っていたシータ。

二人が願った夢の舞台。

選ばれるのは、一人だけ。

そのはずだった。

けれども、二人はその歌で未来を変えた。

ここに吟遊世界ウィスプウェンズの新たな元首、二人の吟遊宗主が誕生したのだった。