軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狂信と愛

赤星歌唱団拠点。第四広場。

「うりゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

吟遊神選を目前に控え、追い込みに余念がないはずのその場所からは、なぜか歌でも音楽でもなく、奇声が鳴り響いている。

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

リンファを始め、赤星歌唱団のメンバーにファンユニオンの少女たちが< 狂愛域(ガルド・アスク) >の指導をしているのだ。

「てえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!」

「違う違うっ」

ひたすら力んで声を上げるリンファに、エレンが声をかける。

「何度も言うように、この魔法に必要なのは狂信的な愛だから。リンファのはただの気合いだよ」

「うーん、狂信的って言われても、あたし別に宗教とかやってないし」

どうすればいいのか、といった風にリンファは天を仰ぐ。

「宗教は関係ないよ。あたしたちも全然宗教とかわからないし。ね」

「うん」

「じゃ、エレンたちのもっかい見せてよ」

リンファは両手を合わせ、頼み込む。

「いいよ。じゃ、ジェシカと二人で」

エレンとジェシカは向き合い、そっと目を閉じる。心を一つに重ねた次の瞬間、< 狂愛域(ガルド・アスク) >を発動した。想いが魔力に変換され、泥のような粘性を帯びた光が一気に放出されていく。

「こんな感じ。どう?」

「うーん……」

リンファは< 狂愛域(ガルド・アスク) >を見ながら首を捻る。

「エレンたちはそれ、なにを狂信してるの?」

「アノス様って言って、すっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ――」

時間が停止したと思えるほどに、エレンは溜めている。

まだ溜めている。

まだまだまだ溜めている。

リンファは訝しげな表情でマジマジと彼女を見た。

「エレン……?」

「――――っごい尊い御方がいるのっ!」

「尊い御方っていうか、もうすべてだよね。世界のすべて」

「そうそれ。それそれそれそれ!」

ジェシカの言葉にエレンは力強すぎるほど同意している。

「というか、世界のすべてでも足りないぐらいの。言うなれば、世界の中にアノス様がいるんじゃなくて、世界の外まで広がっているって感じで。だから、世界っていう物差しじゃ、アノス様を計れなくて、あたしたちはその偉大さに、ああ偉大だなぁって言うことしかできないっていうかっ! つまり、アノス様を語るには如何なる言葉も意味をなさなくて、もうほんっとアノス様っていうしかないんだよっ! わかるっ?」

「……う、うん。わからないけど、大体わかった……」

エレンの熱量に、リンファは幾分かたじろいでいる様子である。

「エレンがそんなに心酔してるなら、そのアノス様っていう人はすごい吟遊詩人になれそうだね」

「いいかもっ! アノス様の吟遊詩人、あたし、毎日観に行くっ!」

「そろそろ、かなり脱線してるわよ……」

さすがにジェシカがつっこんだ。

「と、ということで、なんでもいいんだけど、強い愛をこうぐっと抱き締める感じで、魔法を使えば発動するよっ!」

暴走をなかったことにするようにエレンがそうまくし立てる。

「リンファたちは音楽が好きなんだから、その想いをそのまま出せばいいと思うんだよね」

「そうかなぁ……?」

リンファはうーん、と考え込んでいる。

「あたしたちは音楽が好きだし、歌への情熱だって誰にも負けない。負けないけど……エレンが言うような感じとはちょっと違うんだよね。もっと、当たり前のことだし。ね、イリヤ」

少し離れた位置で、ノノとヒムカから< 狂愛域(ガルド・アスク) >の教えを受けていた少女がこちらを振り向く。

「そうですね。狂信的というと、少し違うのかもしれません。ウィスプウェンズの誰もが歌を歌い、音楽を奏でます。それはもう私たちの生活の一部であり、半身なのだと思います」

「そっかぁ……」

今度はエレンが考え込む。

「じゃ、< 狂愛域(ガルド・アスク) >の対象をもう一回考え直した方がいいかも?」

どうしたものかとエレンは悩んでいる様子だ。

「先にご飯食べようよ。そろそろ、できるじゃん」

野営用の炊事場では火がおこされており、串に刺された肉が金網の上でジュージューと焼けている。

赤星歌唱団のナオ、ソナタ、ミレイとシア、マイア、シェリア、カーサがそれをもぐもぐと頬張りながら、楽しげに談笑しているのが見えた。

「あ! ずるい! もう食べてるっ!」

「どうりで美味しそうな匂いがすると思ったっ!」

そう言いながら、エレンたちが詰め寄っていく。

「ほら、休憩も大事だから」

「< 狂愛域(ガルド・アスク) >は心で発動するんだから、鋭気を養わないと」

マイアとシェリアがそう言い訳をする。

「エレンも食べなよ」

リンファが串焼き肉を差し出してくる。一本は自分の分を確保しており、それはすでに口の中だ。

「ありがとう」

ふーふーと息をかけて、ぱくりと串焼き肉にエレンは食いつく。途端に彼女は表情を蕩けさせた。

「なにこれっ? 美味しいっ! すっごくフルーティ!」

「でしょ。ウィスプウェンズ名物、 桃牛(ももぎゅう) だよ。桃で育つ牛だから、すっごく甘いんだよね」

リンファの説明に耳を傾けながら、エレンは桃牛の串焼きをぱくぱくと食べていく。

「で、ナオたちは上手くいってるの?」

リンファが問うと、ナオはもぐもぐと桃牛を頬張りながらピースをした。

「ナオは習得すごく早かったよね。試しに楽器への愛を対象にしてみたら、すぐできた」

マイアがそう言うと、ナオと笑い合う。

魔法を教えている内に距離が縮まったようだ。見れば他のメンバーもすっかり打ち解け、楽しそうに語り合っている。

「すごいじゃん。さすが楽器フェチ」

「エレンの言う通り、< 狂愛域(ガルド・アスク) >はナオたちにあってるよ。これが使いこなせれば、魔力を増幅できるし、リンファの負担も減ると思うし」

そうナオが言う。

「楽器愛は本番じゃ使えないけどねー」

そう言いながら、彼女は桃牛の串焼きにぱくりと食いついた。

「え?」

と、エレンが疑問が覚える。

「えーと、発動できている人に合わせるなら、少し楽になるから、一番上手く使えるナオに合わせるのは大丈夫だよ?」

「あ、そういうんじゃなくて。赤星歌唱団は、リンファのグループだから」

当たり前のことのようにナオは言った。

「リンファが自由に歌って、ナオたちがリンファに合わせる。心を魔力に変換するなら尚更だよ。リンファの好きなようにできなきゃ、赤星歌唱団の意味がない」

ソナタとミレイが同意するようにうなずいている。

「でも、それ、ほんとはあたしが一番下手だからじゃん」

「まあ、そうだけどー」

「そうだけどとか言うな」

彼女たちは声を上げて笑った。

冗談を言い合う彼女たちの間には、確かな絆が見て取れる。

リンファに最高の歌を歌わせることが、赤聖歌唱団の目的だというのは想像に難くない。

それは彼女たちがリンファの才能をなによりも信じている証明だ。だからこそ、当たり前のように献身的な振る舞いができるのだろう。

「で、リンファは< 狂愛域(ガルド・アスク) >をどうしようと思ってるの?」

ナオが訊く。

「うーん、今漠然と思いついたことがあるんだけど」

そう言いながら、リンファは辺りをキョロキョロと見回した。誰かを探しているようだ。

「あれ? イリヤは?」

「さっきまでいたはずだけど……?」

エレンが言う。

広場のどこを見ても、イリヤの姿はない。

「散歩でもしてるんじゃない? すぐ戻ってくるでしょ」

いつものことなのだろう。そうナオが口にした。

「じゃ、イリヤが戻ってきたら話すから、それまでエレンの世界の歌を教えてよ」

「あ、いいね。それ! 一緒に歌おう!」

リンファの提案にナオたちが同意する。

「いいよ。じゃ、魔王賛美歌フルコースでいくからっ」

エレンが教える歌の数々を、さすがはウィスプウェンズの住人といったところか、あっという間に覚え、リンファたちは声を揃えて歌っていく。

どこまでも愉快で、どこまでも楽しい音色と笑い声が、夜の広場に木霊する。

その歌が微かに届く路地裏に、イリヤはいた。

リンファたちが談笑している間に、彼女はそっと席を離れたのだ。

視線の先にいるのは、蒼い服を着た男たちである。

彼女たちの間には、ただならぬ空気がたちこめていた。

「――どうでしょう? 蒼花歌唱隊に入る決心はつきましたか?」

男はそう言った。

蒼花歌唱隊は序列一位であるシータのグループだ。

「我らが歌姫の声に、あなたのバイオリンが加われば、人々は天上の音楽を聴くことになるでしょう」

「正気とは思えないお誘いですね、ベルンさん」

呆れたような顔で、イリヤはそう一蹴した。

「吟遊神選までもう日もありません。付け焼き刃の伴奏が、シータのプラスになるはずもないでしょう」

「あなたならばできるでしょう、イリヤ。吟遊宗主エルムをして、腕前だけならば、歴代最高のバイオリン奏者と言わしめたあなたならば」

冷めた目でイリヤはベルンを見据えた。

「いいのですか? 世界はまだイリヤ・パッセルという才能を知らないのですよ。吟遊詩人にすらなれない女のお遊びにつき合って、その才能を腐らせるおつもりでもありますまい。あなたにはもっと上へ行く資格がある」

拳を握り、ベルンが熱弁を振るう。

「そう。次期吟遊宗主たるシータに並び立つ資格が」

「私の答えは以前と同じです。お引き取りください」

ベルンは魔眼を光らせる。

「……後悔することになりますよ?」

「カカカ、いやいや、それはそれは」

男は眉をひそめる。

暗闇から姿を現わしたのは熾死王だ。

「脅しているように聞こえてしまうな。近頃、オマエたち蒼花歌唱隊にはきな臭い噂もある。言葉には気をつけた方がいいのではないか? ん?」

「何者だ?」

タン、と杖をつき、奴はニヤリと笑みを向けた。

「正義の味方に見えるかね?」

ちっ、とベルンは舌打ちをした。

「あなたのために言ったのですよ、イリヤさん。残念です」

そう言い残し、ベルンは去っていった。