軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

裏切り

「ふむ。つまり、こういうことか、メルヘイス」

現れた老人に俺は言った。

「レイに契約の魔剣を刺したのも、この魔剣大会も、すべてお前の企みだった。お前が統一派なのは、単純に皇族派とのパワーバランスをとっていたにすぎない。皇族派が大きくなりすぎれば、昨日のエミリアのように暴走する者が多く出てくるからだ」

メルヘイスは慇懃な態度でうなずく。

「左様でございます」

「お前の根源は乗っ取られていない。誰の命令だ? それとも、お前自身の意志か?」

メルヘイスは答えない。

彼は俺の記憶を持っていなかった。だからこそ、俺を裏切ることが容易かったのか?

それとも、すべてを承知の上で、記憶があることを隠したのか?

あるいはそのどちらでもないのか?

「統一派のトップは正体不明の魔族だそうだな。そいつがアヴォス・ディルヘヴィアか?」

「申し上げるとお思いですか?」

まあ、そうだろうな。

「いいだろう。力尽くで吐かせてやる」

「残念ながら、それは不可能でございますよ、アノス様」

「ほう。大きく出たものだ。< 次元牢獄(アゼイシス) >に閉じ込めた程度で、俺に勝てるつもりか?」

「いいえ。もうすでに勝っております。あなた様が魔剣大会などという戯れに興じている間に勝敗は決しました。勝負はすでに始まっていたのですよ。一時の感傷に身を任せ、それに気がつかなかったのが、あなた様の敗因でございます」

メルヘイスが魔法陣を描く。

その中に手を突っ込み、取り出したのは 王笏(おうしゃく) だ。

魔王学院で保管していたはずだが、七魔皇老なら手に入れるのは造作もないだろう。

「イニーティオで切断された左腕はそうそう治癒することはできません」

メルヘイスの言うことは事実だ。

イニーティオは魔法術式を斬り裂く魔剣だ。

回復魔法をかけようとしても、しばらくはその効果が残り、術式が破壊されてしまう。

時間をかければ左腕も治せるだろうが、それを黙って待っているほど奴も間抜けではあるまい。

わざわざ俺の腕が切断されたこのタイミングで姿を現したのだからな。

「その上、<吸魔の円環>に魔力を吸われ続けたあなた様の魔力は今や半分以下になっております。この< 次元牢獄(アゼイシス) >の中では配下の助けも期待できません」

俺の左右に、魔力の粒子が集う。

それは魔法の門を形作り、そこに二人の男が現れた。

七魔皇老ガイオス・アンゼムとイドル・アンゼオだ。

「フーム。どうやら借りを返すときが来たようだな」

ガイオスが極大魔剣グラジェシオンを担ぐ。

「腐っても、始祖だ、ガイオス。油断するなよ」

イドルが炎の魔剣ゼスと氷の魔剣イデスを両手に握る。

どの魔剣も大魔剣教練で俺とレイが破壊してやったが、修理することができたようだな。

「おわかりになりましたでしょうか? 七魔皇老相手に三対一でございます。いくらあなた様でも、この状況で勝ち目はありますまい」

メルヘイスの言葉を、俺は鼻で笑い飛ばす。

「ふ。くくく。三対一か。メルヘイス、お前は数も数えられないのか?」

「なにをおっしゃって――」

ズガンッと極大魔剣グラジェシオンがガイオスの手から離れ、地面に突き刺さる。

ガイオスの巨躯がその場に崩れ落ちた。

「……ガイオス?」

次いで、イドルの首がボトリ、と落ちる。

「……こ、これは……!?」

閃光のように刃が走る。

メルヘイスは魔法の門を展開し、その中に身を消した。

刃が空を切ると、その後方にメルヘイスは転移していた。

「さすがに一度に三人は斬れないよね」

声の方向に、メルヘイスは視線を向ける。

金剛鉄の剣を手にしたレイがいた。

「レイ・グランズドリィ……死んだはずでは……」

「決勝戦で俺に敗れれば、レイは死ぬ。食い込んだ契約の魔剣が更に深く根源を抉るようになっていたのだろうな。そうなれば、蘇生もできない。だが、それはレイの体内に契約の魔剣が刺さっていればの話だ」

メルヘイスは、はっと気がついたように言った。

「……レイ・グランズドリィの心臓に剣を刺したと見せかけて、体内に刺さっていた契約の魔剣を破壊したとおっしゃるのですか……?」

「なにか仕掛けてくると思ったからな。やるのなら、俺が気を抜いた一瞬を狙うだろう。つまり、決着の瞬間だ。< 次元牢獄(アゼイシス) >に飲み込み、まんまと俺をハメたと思ったとき、お前はレイから 魔眼(め) を離した。その隙を、逆に突かせてもらったというわけだ」

メルヘイスは険しい表情で、俺とレイを睨む。

「自分が一方的に俺を観察しているつもりでいたか、メルヘイス?」

「示し合わせているような素振りはなかったはずでございます……。レイ・グランズドリィは確かに本気であなた様と戦っていました」

「確かに本気だったよ」

レイが言う。

「僕は本気でアノスと戦い、そして彼を守ろうと思った。<吸魔の円環>を破壊し、母を失う覚悟も決めた。最後に自分の剣を思いきり彼にぶつけたいと思ったのも嘘じゃない」

「ならば、なぜ、わしが 魔眼(め) を離した一瞬の隙に、契約の魔剣を破壊させるようなことができたのですか?」

「……示し合わせてはいないんだよ。全力でぶつかっても、彼はきっとすべてを超越するだろうと思った。そして、実際にそうしてのけたみたいだね」

「な…………」

レイの言葉に、メルヘイスが絶句する。

「どうやら計算違いだったようだな。あれだけのハンデがあれば、自分の身を守り、<吸魔の円環>を守り、レイを倒すのが精一杯とでも思ったか?」

メルヘイスは答えず、ただ静かに睨み返してくる。

「だが、別段大したことでもあるまい。俺はレイの全力を受けとめてやった。そして、同時に舞台の外ではお前とも戦っていた。その二つの勝負に勝っただけのことだ」

メルヘイスはまさか、といった表情を浮かべた。

「俺が戯れに興じて気づかなかった、と言ったな、メルヘイス」

余裕の表情を向け、その七魔皇老に言った。

「お前如きの些末な計略で、俺が慌てて戯れをやめる必要があるとでも思ったか? レイとの勝負の邪魔はさせぬ。シーラもレイも殺させはせぬ。お前の企てなど俺にとっては取るに足らぬ。それだけのことだ」

一歩、俺は前へ足を踏み出す。

「確かに少々見誤っていたようでございますね」

ぽつり、とメルヘイスが言葉を漏らす。

「しかし、ただそれだけのこと。不測の事態が起きようとも、十分な備えをしておくのが、計略というものでございます」

メルヘイスは目の前に魔法の門を作り出す。

先程のことでもわかるように、それを使えば、この< 次元牢獄(アゼイシス) >内の空間と空間をつなげ、自由に転移することができる。

「俺から逃げられると思うか?」

「いいえ。逃げることなどいたしません。確かに少々計算違いはございました。しかし、それでもなお、わしが勝ったことにはなんら変わりがございませんので」

魔法の門がゆっくりと開く。

その中に人影があった。

レイの視線が険しくなった。

「……母さん……」

魔法の門から姿を現したのは、先程まで観客席にいたはずのシーラだった。

< 拘束魔鎖(ギジェル) >の魔法で体を拘束されている。

また精霊病が悪化したのか、意識を失っているように見えた。

「なんのために、彼女の体調を回復させ、デルゾゲードまで来てもらったとお思いでしょうか?」

メルヘイスは魔法陣を描く。

そこから数十個の赤い宝玉が現れ、浮かび上がった。

「この宝玉を一つ破壊すれば、彼女の根源の元となった噂と伝承が一つが消えます」

メルヘイスが指を弾いて、赤い宝玉の一個を破壊する。

魔眼で確認すれば、確かにシーラの魔力が弱まった。

< 条件(レント) >か。宝玉を破壊することで、< 忘却(ネリア) >の魔法が働き、シーラの噂や伝承を知る人物の記憶が消える仕組みになっているのだろう。

宝玉の数はぜんぶで四六個。

彼女の噂や伝承を知る人物の数も恐らくそのぐらいに違いない。

「おわかりいただけたでしょう。それでは、交換条件と行きましょうか?」

一瞬、レイが俺の方向をちらりと見た。

「シーラの命を助けたければ、というやつか?」

メルヘイスは慇懃にうなずく。

「左様でございます」

メルヘイスはシーラと宝玉を覆うように魔法の門を展開した。

両者が吸い込まれるように別次元へ消えていく。

「あなた様が< 契約(ゼクト) >に調印なさるのであれば、彼女を助けましょう」

俺を殺すのが難しくとも、< 契約(ゼクト) >なら、縛ることぐらいはできるだろうな。

「ふむ。では、殺すがいい」

そう口にすると、メルヘイスが面食らったような表情を浮かべる。

「……聞き違い、ですかな? 今なんと、おっしゃいました?」

「殺したければ殺せと言っている」

改めて言うと、メルヘイスは押し黙る。

俺は脅すように奴に言った。

「だが、心してやることだ。人質を殺せば、お前の身を守るものはなにもないぞ」

メルヘイスがレイに視線を向ける。

「レイ・グランズドリィ。母親を犠牲にしてもよろしいとおっしゃるのですか?」

「元々、覚悟の上だったからね。母は、僕が母のために犠牲になることを望んではいないよ」

メルヘイスはすぐに次の言葉を口にできなかった。

まさか俺たちがいとも容易く人質を無視するとは思ってもみなかったのだろう。

「……そのようなハッタリが通用するとお思いですか?」

「では、やってみることだ」

メルヘイスは黙ったまま、俺の真意を探るように視線を向けてくる。

「どうした? さっさとやれ。まさか殺せもしないのに人質をとったわけではないだろうな?」

一歩、俺は足を踏み出し、メルヘイスに右手を向ける。

そこに魔法陣を一門展開した。

「どうやら、わしが本気だということを見せなければならないようでございますね」

魔法の門から、宝玉を五つ取り出し、メルヘイスはそれを破壊した。

「さて、彼女の体はどのぐらいもつでしょうか?」

特に気にせず、俺は言ってやる。

「たった五つか?」

「……なんですと?」

「なにをそんなに恐れている? 壊すのなら手っとり早くすべて壊したらどうだ? それとも、壊した瞬間に俺に殺されるのが怖いか?」

「……後悔なさいますよ……」

メルヘイスは魔法の門から更に二○個の宝石を取り出す。

「これで半分以上でございます」

「残り二一個はどうした?」

メルヘイスは答えず、ただ俺をじっと見据える。

「メルヘイス、お前はいったい誰と戦っているつもりだ?」

殺気込めて、俺は奴を睨みつける。

「人質を取ったぐらいで、俺が言いなりになるとでも思ったか」

魔法陣に魔力を込める。黒い太陽が僅かに姿を見せる。

「気がついておらぬようだから教えてやるが、俺と向き合った時点でお前はとうに命を差し出しているのだぞ」

メルヘイスは反射的に身構え、臨戦態勢を取った。

瞬間、レイは持っていた金剛鉄の剣を奴に投擲した。

「ふっ……!」

「……くっ……無駄なことを……」

メルヘイスは難なく剣を払いのけた。

「悪あがきをなさると、本当に母親の命は――」

メルヘイスが再び俺たちに視線を向けようとして、しかし、表情を険しくした。

一瞬の隙をつき、レイはシーラが消えていった魔法の門に飛び込み、俺は宝玉を追いかけ、別の魔法の門の中へ入っていたのだ。