軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

赤星歌唱団

それは奇妙な歌だった。

メロディにもフレーズにも変化はなく、ただ「迷子じゃん♪」を延々と繰り返しているだけだ。

決して上手いとは言えず、時折リズムさえでたらめになる。

にもかかわらず、彼女の熱が伝わってくる。

一言、一言、熱く、強く、感情を乗せた波がエレンにぶつけられ、その心を揺さぶった。

迷子になってしまったリンファの想い。困っているのに、どこか楽しげで、ひどく前向きで、なによりもどっちへ進めばいいんだという切実な悩みに満ちている。

リンファの考えが手に取るようにわかる気がしたのか、エレンは心底おかしそうに笑った。

すると、リンファが振り向き、彼女を指さす。

「迷子じゃん♪」

と誘うように、歌が響く。

リンファの意図を察し、エレンは「迷子じゃん♪」と歌を返した。

剥き出しの感情をぶつけてくるリンファの歌に合わせて、エレンも思いっきり迷子の気持ちを歌い上げる。

知らない世界で迷子になってしまい、もう歌うしかないといったコミカルな感情が音に

乗り、彼方まで響き渡った。

にんまりと楽しそうにリンファは笑い、歌にますます熱が帯びる。対抗するようにエレンも歌い、その場は熱狂に包まれていく。

迷子じゃん、とひたすらに迷子の二人は歌い上げる。ひどく愉快で、とても楽しげで、しかし困り果てた様子が如実に伝わってきた。

「エレン」

ひとしきり歌い終わった後、リンファが笑いかけてきて、片手を上げる。促されるようにエレンが手を上げれば、彼女はバチンッとハイタッチをした。

「いいね。最高じゃん」

すると、嬉しそうにエレンも表情を綻ばせる。

「リンファもすごいっ。こんな歌初めて聞いたっ」

「ありがと。吟遊神選、負けないから」

「え?」

エレンは疑問の表情を彼女に向けた。

「え、じゃなくて、エレンも出るでしょ。そんだけ歌えるんだから」

「あ、う、うぅん。あたしはあの、ウィスプウェンズの住人じゃなくて、転生世界ミリティアから来たから」

驚いたようにリンファは口を大きく開けた。

「……マジでっ!?」

「うん、マジマジ」

興味津々といった風にリンファはエレンの周囲をぐるりと周り、その体を見回していく。

「今でもウィスプウェンズに他の世界からお客さんが来るんだ。あたし、初めて会ったよ」

吟遊宗主エルムは、ウィスプウェンズは他の世界と交流を持たないと言っていた。銀泡の中に入るのに歌が必要だったが、殆どの者はあそこで阻まれるのだろう。ゆえに、外の世界の住人と会ったことがない者が多いのだ。

「リンファは吟遊神選出るんだ?」

「もち。あたし、吟遊宗主になるから」

あまりに自信たっぷりにリンファが言うので、思わずエレンは笑った。

「あー、笑うのひどいじゃん」

「ち、違うよっ。だって、リンファがもう決まってるみたいに言うから」

そうエレンが言うと、彼女は得意気な表情を向けてきた。

「どうして吟遊宗主になりたいの?」

「世界征服」

「はいっ?」

エレンがきょとんとすると、リンファはにんまりと笑みを覗かせた。

「世界征服するんじゃん。あたしの歌で」

思いも寄らない回答にエレンが呆気にとられていると、今度はリンファが訊いてきた。

「エレンはなにしに来たの?」

「えっとね、吟遊宗主様に力を借りに来たんだ」

「エルム様の? どして?」

「細かく説明すると長くなっちゃうんだけど……」

と、前置きして、エレンは銀滅魔法のことや、その対抗手段である神詩ロンドウェルのことを簡単に説明した。

「へー、そうなんだ。それで吟遊神選の候補者たちを探してる途中ってことか」

「うん」

「じゃ、ちょうどよかったじゃん」

なにが、とエレンが尋ねようとしたちょうどそのとき、遠くから声が聞こえた。「リンファ~」と。見れば、リンファとよく似た外套を着た女の子四人が走ってきている。それぞれ、手にバイオリン、ビオラ、ハープ、フルートを持っている。

「歌った甲斐があったじゃん」

歌声に聴いて、自分を捜しにきてもらう目的だったのだろう。リンファはそう口にして、駆けてくる少女たちに手を振った。

彼女たちはすぐにリンファのもとまでやってきた。

「探しましたよ。迷子になるんだから、はぐれないようにと何度も口を酸っぱくして言っているでしょう」

バイオリンを持った少女が開口一番、そう苦言を呈す。

「ごめんごめん。今日はいけると思ったんだけどさ」

「毎日迷って、どうして今日だけいけるのかわかりませんね」

ぴしゃりと言われるも、リンファは特に気にした素振りもなく笑っている。すると、バイオリンの少女はエレンに気がついた。

「こちらの方は?」

「エレン。あたしの友達」

「友達っ?」

びっくりしたようにエレンが聞き返す。

しかし、あっけらかんとリンファは言った。

「一緒に歌ったじゃん」

「まったくもう、あなたは……」

バイオリンの少女がため息交じりに言う。

「すみません、リンファがご迷惑をおかけしたみたいで。悪気はないんですが、少し人との距離感を計るのが苦手なところがあって」

「それだと、あたしが空気読めないみたいじゃん」

「ですから、そう言っているのです」

すげなく言われ、リンファは唇を尖らせる。

「あ、あのっ……確かに会ったのは今日が初めてですけど、リンファの歌はすごいって思ったし、一緒に歌えて楽しかったし、だからちゃんと友達ですっ」

意外そうにバイオリンの少女はエレンを見る。隣で「ほら、言ったじゃん」とリンファは得意気な様子だった。

「リンファと仲良くしてくださってありがとうございます」

バイオリンの少女は言う。

「わたしはリンファと同じ赤星歌唱団の一員、イリヤです」

「ナオです」

「ソナタですっ!」

「ミレイです」

ビオラ、ハープ、フルートを持った少女たちがぺこりと頭を下げる。

「エレンです。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

イリヤとエレンは握手を交わす。

続いて、ナオ、ソナタ、ミレイとも握手をした。

「エレンは外の世界から来たんだよ。銀滅魔法を隠してた小世界があるから、次期吟遊宗主の力を借りたいんだって」

先程エレンから聞いたことをリンファが簡単に説明する。

「ちょうどいいじゃん。手伝ってあげようよ」

「リンファ。物事には順序というものがあるでしょう。まだ吟遊宗主になったわけでもないのに……」

「なるよ」

リンファははっきりと言い切った。

「あたしはずっと本気だよ。吟遊宗主になれなかったときのことなんて考えてない」

彼女はまっすぐイリヤの目を見つめている。

「イリヤは違うの?」

困ったように、イリヤはため息をつく。

「もちろん、わたしもそうです。そうですけど、人前でそんなことを言っては、変に思われますから」

「そうなの?」

と、リンファは軽い調子エレンに訊く。

「う、うぅん。あたしは、すごいと思う」

「ほら、大丈夫じゃん」

少年のような笑みを浮かべるリンファを見て、「……そうですね」とイリヤは半ば呆れた様子で返事をした。

「あの、ちょうどいいっていうのは……?」

先程から気になっていたであろうことを、エレンがここぞとばかりに質問した。

「赤星歌唱団は、歌による自由と平等、それから和平を目指してるんだ。だから、銀滅魔法なんて当然だめでしょ」

銀泡を滅ぼすほどの大魔法に対して、リンファはまるで路上にゴミを捨てるなというぐらいの気軽さで言った。

「リンファたちは、吟遊派ってこと?」

「吟遊派? 違う違う」

「あれ? でも、外の世界と交流を持つのは吟遊派じゃ……? 穏健派だと、手伝えないよね?」

「赤星歌唱団はどっちでもないよ。穏健派も吟遊派もつまんないことばっかり言ってるじゃん。あたしはもっと根本からウィスプウェンズを変えたいんだ。もっと自由で、もっと平等に。みんなが楽しく歌えるように」

エレンは疑問の表情を浮かべる。

今日、ウィスプウェンズへ来たばかりの彼女には、リンファの言葉の意味がよくわからなかった。

それでも、彼女の熱量が並々ならぬものであることはわかる。リンファは目的のために、一意専心の努力を重ねここまで来たに違いない。そうエレンは思ったことだろう。

なぜなら、たった今それを口にしたリンファの眼差しは、かつて統一派に所属していたエレンたちとよく似ていたからだ。

「リンファ。それ、もっと詳しく訊いてもいい?」

「興味あるの?」

大きくエレンはうなずいた。

その真剣な眼差しを見て、リンファは表情を柔らかくした。

彼女もまたエレンに自分と似たようなものを感じていたのかもしれない。

「あたしの幼馴染みに、シータっていう歌の上手な子がいてね。昔、約束したんだ。大きくなったら吟遊詩人になって、一緒に旅をしながら、色んな街で歌おうって」

静かに、彼女は語り始めた。

「だけど、今この世界じゃ、その約束は絶対に果たせなかった」