軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

庭園劇場

吟遊世界ウィスプウェンズ。王宮。

天窓から日が差し込み、大きな舞台を照らしている。

その周囲には、椅子がずらりと並べられ、階段状にどこまでも続いていた。

まるで劇場のような場所である。

ウィスプウェンズの元首、吟遊宗主エルムは舞台へ向かって歩いていく。

彼女に案内され、熾死王はその後へ続く。魔王学院の生徒やファンユニオンの少女たちが不思議そうに観客席を見渡していた。

「何人ぐらい入るのかな?」

「デルゾゲードの闘技場より広いよね」

エレンとジェシカが言葉を交わす。

「なにをする場所だろうか?」

アルカナがぽつりと呟く。

「やっぱり、演奏会とかじゃない? こんなにおっきい舞台だし」

「でも、王宮の中心に劇場があるって変わってるよね」

「そこはほら、吟遊世界っていうぐらいだから」

ファンユニオンの少女たちが話していると、吟遊宗主エルムが振り向いた。

「その通りです。この 庭園劇場(ていえんげきじょう) はウィスプウェンズの象徴。あの舞台は他世界における玉座なのですよ」

荘厳な舞台を手で指し示しながら、エルムがそう説明してくれる。

「じゃ、吟遊宗主様はあそこでお歌を歌われるんですか?」

エレンが尋ねると、吟遊宗主は品よくうなずく。

「ええ。毎日欠かさず」

「毎日!」

「すごいっ。元首様なのにっ」

ファンユニオンの反応を見て、エルムが柔らかく笑う。

「元首だからですよ」

「え?」

意味が理解できなかったか、エレンはきょとんとした。

「吟遊宗主が欠かさずこの舞台で歌い上げるのは、 神詩(かみうた) ロドウェル。ロドウェルとは、この吟遊世界ウィスプウェンズの主神を指します」

ファンユニオンたちがあっと驚いたように目を丸くする。

「歌が主神なんですかっ?」

エルムは笑顔でそれを肯定する。

「意識や実体のない主神は銀水聖海では珍しいみたいですね。ロドウェルは他の世界の主神と違い、言葉を発することがありません。しかし、吟遊宗主が歌うその歌は人々の心やこの世界に響き渡り、様々な奇跡を起こします。そうして、わたしたちを素敵な桃源郷へと導いてくださるのですよ」

それを聞き、ファンユニオンの少女たちは皆感心したような表情を浮かべている。

「歌が奇跡を起こすって、とても素敵な世界ですねっ」

瞳を輝かせ、エレンが言った。

「ありがとうございます。他の世界の方には少し受け入れづらいみたいですので、そう言ってくださると嬉しいです」

「受け入れづらいって、どうしてですか?」

素朴な疑問といった風に彼女は尋ねた。

「神詩ロドウェルにより、ウィスプウェンズでは様々な奇跡が起こります。枯れない桃の木や、遠くまで響き渡る歌、長く降り注ぐ明るい日差し。その奇跡の変化を観察し、その意味を汲み取るのが吟遊宗主の役割です」

透き通るほど綺麗な声で、エルムは自らの世界を語る。

「外から客人を迎えたとき、雨が三日降り注いだ。ウィスプウェンズが泣いていると配慮し、その方々を追い出すことがあります。わたしたちにとっては主神のお示しになったこと、しかし他の世界の方々にはそれがただの理不尽と映ることも少なくありません」

「ウィスプウェンズの文化を理解できなければ、雨一つのことでと思うのは無理もないがね」

エールドメードが言う。

「いやいや、今日も話し合いで雲行きが怪しくならないことを祈りたいものだ」

ほんの少し困ったようにエルムは笑う。

「雨が降るのが一概に悪いわけではありません。慈雨のように、優しい雨もあります。楽しい雨もあります。けれども、わたしたちの雨に対する想いと、他の世界の方々の想いはあまりにかけ離れています。言葉を尽くしても、なかなか受け入れられないことも多いのです」

「カカカ、それでウィスプウェンズはパブロヘタラに加盟していないというわけだ」

「そうですね。パブロヘタラだけではありません。どの世界とも、今は極力交流を断っているところです」

すると、不思議そうな顔でエレンで訊いた。

「それじゃ、どうしてあたしたちを王宮に迎え入れてくれたんですか?」

「風が踊ったのですよ。熱い風が、弾むようなリズムで。それはわたしが知らない、初めての風でした」

再びきょとんとしたエレンに、エルムはにっこりと微笑んだ。

「ね。よくわからないでしょう?」

「あ、でも、あたしたちの世界でも似たようなことってありますっ!」

「そんなのあったっけ?」

「ほら、あれ。雨が降ったら、アノス様が世界のことを思って泣いているんだって思うじゃん。アノス様は泣かないから、代わりに雨が降るんだって」

「「「あるあるーっ!」」」

声を揃え、ファンユニオンの少女たちは力一杯同意した。

「暖かい風が吹いたら、アノス様がみんなを優しく撫でててくれてるんだって思ったり!」

「地震が起きたら、アノス様がみんなにゆりかご気分を味わわせてくれてるんだって思ったり!」

「あと雷っ! 雷一番すごいよねっ!」

「わかるわかる!」

「絶対どこかで誰かがアノス様の恋に落ちたよねっ!!」

きゃーーーーーーと一気に盛り上がった少女たちを横目に、アルカナがぽつりと呟いた。

「それは妄想ではないだろうか?」

「カナっちにはまだ早かったかな」

「転生世界ミリティアには、どんな限定秩序もあるんだからっ」

「今のはアノス様属性の限定秩序っ!」

そうだろうか、とアルカナは訝しげな表情だ。

「まあ、カナッちはまつろわないから!」

「なんでもまつろわないせいにするのはどうかと思う」

アルカナが控え目につっこむ。

エレンが視線を向けると、エルムが呆気にとられていた。

「あ、す、すみません。アノス様っていうのはあたしたちの世界の元首で、元首って言っても他の世界とはちょっと違うんですけど、主神もいませんし」

説明すると、吟遊宗主は驚いたような素振りを見せた。

「主神がいない……?」

「はい。そうなんです。でも、アノス様がぐいぐい引っ張っていってくれてて、みんなで力を合わせて頑張ってるので、大丈夫なんです」

「そうでしたか」

これまでよりも更にエルムは表情を柔らかくしていた。

「もしかすると、転生世界ミリティアはウィスプウェンズに似ているところがあるのかもしれませんね」

「ところで」

タン、とエールドメードが杖をつく。

「そろそろ、アレについて訊いておくべきではないか? ん?」

と、彼はエレンを見た。

「え、えっと、エールドメード先生が訊くんじゃ……?」

「いやいや、オマエたちの方が話が弾みそうではないか。なにせ、オレは歌など歌ったこともないのでね」

ついさっきノリノリで歌ってたじゃん、と言いたげな視線が四方八方から熾死王の体に突き刺さった。

「アレというのは……?」

と、エルムが不思議そうに訊いてくる。

エレンは姿勢を正して、やるしかないといった風に覚悟を決めた。

「……えっと、あの、吟遊宗主様は聖剣世界ハイフォリアの先王オルドフとは親しかったんですよね?」

「ええ、古い友人です」

「実は魔弾世界エレネシアが、銀滅魔法を隠しているのがわかったんです。先王オルドフはそれを突き止めたんですが、大提督に撃たれてしまって。吟遊宗主様に力を借りるようにって< 聖遺言(バセラム) >を遺して……」

「オルドフが……そうですか……」

そう口にすると、しばし彼女は悼むように黙祷する。

僅かな時間の静寂、それはエルムの悲しみを伝えるには十分だった。

「すみません。もう大丈夫です」

古い友人が滅んだのだ。平静ではいられぬだろう。それでも、彼女は元首として気丈に振る舞っている。

その気持ちを汲み取り、エレンは真摯に説明した。

「先王オルドフがウィスプウェンズの元首を訪ねるようにって。たぶん、銀滅魔法の対抗手段がウィスプウェンズにあると思うんです。心当たりはありませんか?」

「……それは恐らく、神詩ロドウェルのことでしょう」

さして迷うことなく、エルムは答えた。

「ロドウェルの歌で銀滅魔法を防げるってことですか?」

「ロドウェルの第八編以降にそういう奇跡の歌があると言い伝えられていますが、詳しくはわたしも調べたことがありません。ロドウェルの八編以降は、この王宮の地下にある石版に刻まれているのですが……」

「なにか、問題がありますか?」

「そこには今、立ち入ることができないのです」

吟遊宗主の神妙な雰囲気に当てられ、訊いていいものなのか、とエレンは言葉を詰まらせた。

「なぜかね?」

と、代わりにエールドメードが尋ねる。

「石版の間の扉が開くのは、ウィスプウェンズが外の世界と関わりをもとうとするときのみなのです」

吟遊宗主はそう答えた。

「かつてウィスプウェンズは他の世界と交流を持ち、そして戦火に巻き込まれたことがあります。その過ちを繰り返さぬよう、わたしは外の世界と関わるべきではないと決断を下したのです。長い間、それで平穏は保たれてきました」

「……力を、貸してもらうことはできませんか?」

切実に、エレンは訴える。

「銀滅魔法が撃たれたら、たくさんの人が死ぬかもしれません。あたしたちはそれを止めたいだけなんですっ」

「……お気持ちはわかります。先代の吟遊宗主も、わたしたちの歌が誰かの助けになるならと手を差し伸べました。けれども、彼女は帰らぬ人となりました」

悲しげにエルムは言った。

「それがわたしの祖母です」

ファンユニオンの少女たちは目を伏せる。

アルカナも重たい表情をしたまま、口を開くことはない。

それ以上は、誰もエルムに頼み込むことができないでいた。

ウィスプウェンズを再び戦火に巻き込むことになるかもしれない。そんな考えが彼女たちの頭をよぎったのだろう。

「ですが――」

と、口火を切ったのは、吟遊宗主の方だった。

「近い内にわたしの決断が覆されるかもしれません」

「え?」

と、エレンが顔を上げる。

吟遊宗主は丁寧な口調で説明した。

「まもなく、わたしは退位するのです。ウィスプウェンズは今、新たな元首を選ぶ 吟遊神選(ぎんゆうしんせん) の真っ最中です。もしかすると、新たな吟遊宗主はわたしのような穏健派ではなく、この大きな銀海にロドウェルを広めようとするかもしれません」