軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖王の悲哀

奇妙な空気がその場に立ちこめていた。

バルツァロンドを除く、五聖爵の誰もがつい今し方発せられた聖王の言葉を理解できない、そんな表情を浮かべている。

祝聖天主エイフェでさえも、驚きを隠せぬ様子だ。

そんな中、当の聖王レブラハルドが静かに語り始めた。

「私はかつてエヴァンスマナの剣身を失った。そして、その理由の一切を誰に打ち明けることもなかった。たとえ法に背こうとも、それが正しいことであると信じていたからだ。私の従者たちも、それに賛同してくれた」

未だ困惑を残しつつも、五聖爵は元首の言葉に耳を傾ける。

「もちろん、私たちに反駁する者たちもいた。彼らはエヴァンスマナを毀損した私への報復のため、かつてのレブラハルド隊、私の従者たちを全員殺した」

それは以前にエイフェが語っていたことだ。

犯人一味の極刑を望む者は多かったが、それをレブラハルドが諫めた。彼は変わり、法を正義と信じるようになった――

だが、ここで疑問が生じる。

バルツァロンドの疑念が確かならば、レブラハルドはこのタイミングで文字通り、別人に変わったはずだ。

「それは、真実ではない」

レブラハルドの言葉に、エイフェは僅かに目を丸くする。

「それはどういう意味かな?」

「我が従者、レブラハルド隊は私がこの手で殺した」

静寂がこの場を貫く。

息苦しいまでの緊迫感が、その場にいる全員の体に重くのしかかっていた。

ただ一人、バルツァロンドだけが気を吐くように声を上げた。

「我が兄レブラハルドを殺害し、そして成り代わったのか、偽者め」

「……偽者か。ある意味、そうなのかもしれないね」

レイが違和感を覚えたような表情を浮かべる。

「レブラハルド。なぜ、そのようなことを?」

静かにエイフェが問う。

「…………私の従者たちは言ったのだ。エヴァンスマナにまつわるすべてを、自ら打ち明けるべきと……」

レブラハルドは沈痛の表情で、そう言葉を絞り出した。

「それは良心に反する。私は彼らを説得しようとした。だが、同意は得られず、口論が続いた。ある日、彼らはすべてを民に暴露すると言った。さもなくば、自らの口で打ち明けるように、と」

小さくレブラハルドは息を漏らす。

「気がつけば、私の手には血に染まった聖剣があり、傍らに彼らの亡骸があった」

「同胞を殺してまで、守らなければならない正義だったと?」

悲しそうな顔でエイフェは訊いた。

「そんな正義はありはしないよ」

「ではなぜ?」

しばしの沈黙、それから聖王は答えた。

「……わからない。覚えていないのだ。あの夜のことは。私は錯乱し、正義を失い、己の欲望に支配され、彼らを殺した。そうとしか考えられない」

淡々とした口調でレブラハルドは言う。

「打ち明ければ、聖剣世界は終わりだと、そう思った。正しき道を指し示すはずの聖王が、我が身可愛さに己の従者を殺したのだから。ゆえに、これまでずっと隠してきたのだ」

レブラハルドは目を伏せる。

「それが決して犯してはならない過ちであるとも知らずに」

自らを罰するように言った後、聖王はゆっくりとバルツァロンドを見た。

「従者殺しを隠す代わりに、私は完璧なる聖王であろうとした。法を守るべきだと思った。それこそが、私に残された唯一の正義だと信じたのだ。けれども、それはただ私が過去の過ちから目を背けたいだけだったのだろうね」

法を遵守していれば、エヴァンスマナの顛末を隠す必要はなかった。

従者を殺す必要もまたなかったわけだ。

「私はどこか進むべき道に違和感を覚えながらも、目を背け続けてきた。そして、ある日気がついた。霊神人剣を抜くことができなくなっていることに。それは、疑いようもなく、私が道を誤った証明だった」

レブラハルドは再び霊神人剣の柄に触れる。

「けれども、もう後戻りはできなかったんだよ。一度自分を騙した男は、何度も自分を騙すことになる。バルツァロンド、一度折れてしまえば、正義の剣は二度と元に戻ることはない。いっそ、本当に偽者ならばどれほどよかったことだろうね」

遠い瞳をしながら、諦観の面持ちでレブラハルドは言う。

「この世界の聖王は、正義を貫いて旅立ったのだから」

聖王はエイフェに視線を移す。

「天主。あなたは私にずっと疑念を抱いていたね」

「……ええ」

「私の過ちが、そうさせたのだろう。それでも、私には止まる手段がなかった」

「嘘だ。すべてを打ち明け、退位すればよかったはずだ」

バルツァロンドが追及する。

「もちろん、それが私にとっての正しき道だよ。それでも、ハイフォリアにとってそうとは限らない」

理解できなかったか、バルツァロンドは怪訝そうな表情を浮かべる。

「それは次の聖王をどうするのか、という話かい?」

レイが問うと、静かにレブラハルドはうなずいた。

「聖王の資格がない私に、次の聖王を選ぶことなどできないからね」

この銀水聖海において、元首不在という状況を作るわけにはいかぬ。

レブラハルドが退位するには、次の聖王を決めなければならないのだ。そして、それには現聖王の意向が大きく影響する。

そうでない方法など、恐らくなかったのだろうな。聖剣世界ハイフォリアの元首が、道を違えるようなことなど、これまで一度も。

その正しさこそが、ハイフォリアの脆さだったのだ。

「ハイフォリアを正しき道に戻す方法は一つしかない」

「聖王継承戦の申し入れかい?」

レブラハルドははっきりとうなずいた。

「私は誤った王として、見抜かれなければならなかった。それをなせる者にこそ、次の聖王を選ぶ資格がある」

レブラハルドは、バルツァロンドを見た。

「そなたの目は正しい。そなたが選んだ者は、このハイフォリアを正しく導くのだろう。これで私もようやくこの誤った道から下りられる」

「……待っていたとおっしゃるのか? 自らが聖王に相応しくないと暴く者が現れるのを」

「そなたは見事、現聖王が霊神人剣を抜けないことを見抜いた」

「あなたは聖王レブラハルドに成り代わり、ハイフォリアを陥れようとしていた賊ではないのかっ!?」

一瞬、悲しそうな目でバルツァロンドを見た後、聖王は言った。

「そうではない」

「言ったはずだ! もしも、自分が誤った道を進んでいると思ったなら、そなたの弓を向けてほしい。そうすれば、必ず立ち止まり、歩んだ道を振り返る、と。あの兄が誓いを破るわけがないっ!!」

「バルツァロンド」

聖王はまっすぐ弟を見つめる。

そうして、 祝聖礼剣(しゅくせいれいけん) エルドラムエクスを抜いた。

「私が聖王に成り代わっていたならば、重い罰は免れない。ならば、今ここで命を絶っても不思議ではない。そして、私が偉大なる兄であるならば、道を違えた責を果たさなければならない」

彼はその聖剣を逆手に持ち、自らの体へ向けた。

「どちらにしろこれで終わりだ。わかるね?」

「父上っ!!」

「陛下っ!!」

フレアドールとガルンゼストが声を上げ、魔力を発する。

しかし――

「止めるなっ!!」

飛び出そうとしたフレアドールとガルンゼストに、バルツァロンドは弓を向けた。

それと同時、レイは霊神人剣を引き抜き、エイフェの首に刃を当てていた。

「誰も動かないように」

そう告げて、五聖爵と祝聖天主を牽制する。

「兄ではない。兄のわけがないのだ。自害をするなどありはしない。黙ってみていれば、馬脚を 露(あら) わす」

ふッとレブラハルドは微笑んだ。

あたかも、この先のハイフォリアに憂いはないといったように。

迷いなく、その聖剣はレブラハルドの体を貫き、彼の根源に突き刺さる――その瞬間、蒼白き剣閃が走った。

レイの< 天牙刃断(てんがはだん) >がぎりぎりのところで聖剣を切断したのだ。あと数ミリ根源に深く刺さっていれば、レブラハルドは滅びていただろう。

がっくりと両膝をつき、レブラハルドは僅かに顔を上げた。

「よくわかったよ。君は従者たちを殺していない」

そうレイが言った。

「どう……いう…………」

レブラハルドは虫の息で、それ以上言葉を発することができない。

途中で刃を止めたとはいえ、無防備な根源に聖剣が食い込んだのだ。無事に済むものではない。

エイフェは大きく両翼を広げる。発せられた光が、レブラハルドを優しく照らす。傷ついた根源が徐々に回復していき、彼の目に光が戻った。

疑問を向けてくるレブラハルドに、レイは説明した。

「僕の仲間たちが鉄火島で、ある狩猟貴族の< 聖遺言(バセラム) >を見つけた。君の従者を殺したのは、隠者エルミデだと言っていた。本物なのか、そう名乗っているだけなのかはわからないけどね。狩猟貴族はその隠者エルミデからパブロヘタラの校章を奪っていたよ」

レブラハルドがはっと気がついたように口を開く。

「……隠者エルミデが、パブロヘタラにいると……?」

「君がそうなんじゃないかと疑っていたんだけどね。僕が止めなければ、君は死んでいた。もしかしたら、隠者エルミデは君が従者たちを殺したと思いこませたんじゃないかな?」

「……なんのために?」

「まだわからないよ。だけど、イーヴェゼイノに捕食行動をとらせたのも隠者エルミデだ。聖剣世界と災淵世界を衝突させて、なにかをしようとしているのかもしれない」

考え込むレブラハルドに、レイは手を伸ばす。

「だとすれば、君は過ちを犯したわけじゃない。正しき道に戻ることができるはずだ」

レブラハルドは僅かに目を丸くする。

「……過ちを犯していない証拠はどこにもない……」

「だったら、手伝ってくれるかい? エルミデを探すのを」

手をさしのべたまま、レイが言う。

「結論を出すのは、それからでも遅くない」

静寂がこの場に訪れる。

レイもレブラハルドも、それからバルツァロンドも、なにも言わず、ただ時が流れた。

他の五聖爵と祝聖天主エイフェは、レブラハルドが答えを出すのをただ待っている。

やがて、静かに彼は言った。

「……それは、こちらから頼もう。手を貸してくれるか、レイ」

肯定するようにレイは微笑む。

力の入らぬ体に鞭を打ち、しっかりとレブラハルドはその手を握ったのだった。