軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

師と弟子

二日後。

転生世界ミリティア――

ミッドヘイズ上空に、ハリネズミのような巨大な船が浮かんでいた。バーディルーアの工房船だ。

その船はゆっくりと高度を下げ、デルゾゲードの真上で滞空した。煙突から、五つの人影が飛び出してきたかと思うと、魔王学院の裏門に降り立つ。

ベラミーと老鍛冶師たちである。

ずらりと並んだ銅の水車と風車を興味深そうに眺めながら、彼女らはその道を歩いていく。

「ばぁばっ……」

奥の方から、楽しげな声が響いた。

ゼシアとエンネスオーネが勢いよく走ってくる。二人は満面の笑みを浮かべ、ベラミーに飛びついた。

「おー、よしよし。今日も元気がいいねぇ」

エンスオーネを片手で抱え、ベラミーは足下にしがみついたゼシアの頭を撫でる。

「元気は……任せる……です……!」

「ねー」

ゼシアが背を反り返すように胸を張り、エンネスオーネが頭の翼をぱたぱたと動かす。

無邪気な笑みにつられるように、自然とベラミーも笑顔になった。

「エレオノールはどうしたのさ?」

「ママは……ごちそう、作ってます……!」

ゼシアが両拳を握ると、エンネスオーネが指を立てた。

「アップルパイだよー」

「ばぁばに……食べてもらう……です……!」

「こーら」

窘めるような声が響く。

転移してきたエレオノールが、頬を膨らまして、そこに仁王立ちしていた。

「嘘ついて、アップルパイを作らせようとしてもだめだぞ」

ゼシアとエレオノールは、横目で互いをチラりと見た。

「バレ……ました……」

「バレちゃったねー……」

エレオノールが悪戯っ子だなぁ、といった表情を浮かべた後、ベラミーに視線をやった。

「ようこそ、ミリティアへ。ここが魔王学院デルゾゲード。次代の魔皇を育てる学院だぞ。あ、魔皇っていっても、字が違って、元首のことじゃないんだけど。ミリティア世界の住人には、まだ元首のことがあんまり浸透してないから」

「よくまあ、それで平和に回ってるもんだねぇ」

呆れ半分、感心半分にベラミーが言う。

「ボクたちはボクたちの世界が普通だから、あんまり不思議はないんだけど」

ベラミーが抱きかかえているエンネスオーネをエレオノールが受け取り、踵を返す。

歩き出した彼女の横に、ベラミーは並んだ。

「元首アノスに話をつけてくれて助かったよ」

「え?」

「昨日の今日さ。ミリティアに来たいって言ったって、いい顔はしなかっただろう?」

「あー、全然だぞっ。アノス君、そういうの気にしないから」

のほほんと笑うエレオノールの隣で、ゼシアが「魔王……です……」と口にし、得意気な表情を浮かべている。

「敵対した世界の元首が来るのに、気にしないってことがあるかい?」

くすくすっとエレオノールが笑う

「そういう人なんだぞ、ボクたちの魔王様は。ハイフォリアの人にも声をかけたみたいだし」

ベラミーは怪訝そうに見返す。

「……オルドフの転生は、ハイフォリアの許可をとってないんじゃなかったかい?」

「バルツァロンド君がさらってきたって聞いたぞ」

それを聞き、ますます呆れたようにベラミーはため息をつく。

「だったら、わざわざ火種を作るようなもんじゃないか。ハイフォリアはミリティアの転生には懐疑的な立場さ。火露を奪う行為だってね。それを先王でやられちゃあ、見過ごせるものも見過ごせなくなるさ」

「確か、バルツァロンド君もそんなこと言ってたぞ」

「じゃ、なんだってそんなことしたのさ? 黙ってりゃ、まだ落としどころも見つかっただろうに。正式に通達されたんじゃ、レブラハルド君でも抑えられやしないよ」

「んー、ボクは難しいことはわからないけど、アノス君が言うには、ハイフォリアには転生の文化がないから、死に目に会いたい人はいるだろうって」

面を食らったように、ベラミーが目を丸くする。

「あんたとこの元首は、つくづく算盤を弾くのが苦手みたいだねぇ」

「そこが良いところなんだぞ」

ピッとエレオノールが人差し指を立てる。

思わずといったようにベラミーは笑った。

「まぁ、そうかもしれないねぇ」

地下へ続く水路が見え、エレオノールたちは< 飛行(フレス) >で浮かび上がる。そのまま水路の上を飛んでいった。

しばらくして、辿り着いたのはデルゾゲードの最深部だ。

彼女らの姿が、俺の肉眼にも見えてきた。

「元首アノス」

着地すると、ベラミーは俺のもとへ来た。

「急な申し出ですまないねぇ」

「なに、オルドフを連れ去ったのはこちらの方だ。本来ならば、ハイフォリアで看取ることができたであろう」

そう言って、俺は踵を返す。

「ミリティアの秩序じゃ、そのままの人格で転生するってんだろう?」

「オルドフの容態では、いつどこで生まれるか、どこまで記憶を引き継げるかもわからぬ。バーディルーアの文化で言えば、ただ死ぬのと変わらぬだろう」

「さあてねぇ」

後頭部に手をやりながら、ベラミーが僅かに天井に視線を向けた。

「銀海にゃ、やるせないことがごまんとある。たまには、都合の良い夢にすがりたくもなるもんさ」

彼女はそう言った後、また前を向いて軽く手を振った。

「ただの独り言さ。忘れとくれ」

ベラミーは俺とは違い、強権を振るう為政者ではない。公では民意に背く発言も、そうはできぬだろう。

迂闊に本音など漏らしていれば、誰に足をすくわれるやもわからぬ。

この独り言はミリティアへの義理と、そして信頼の証だろう。

先の戦いは、ベラミーが予想したよりも、遥かにバーディルーアの被害が少なかったということだ。

無論、エレオノールの功績も大きい。

「なかなか気苦労が絶えぬようだな、バーディルーアは」

「悪いことばかりじゃないさ。なにせ頭と胃を痛めてさえいりゃ、災淵世界の一部を切り離すなんて無茶な真似をする必要がないんだからねぇ」

ベラミーがニヤリと笑みを向けてくる。

くくっ、と俺は笑声をこぼした。

「違いない」

「それはそうと、あんたが言った通り、ボボンガとコーストリアはパブロヘタラに預けたよ。オットルルーに引き渡してね。まあ、そのうちナーガ辺りが接触してくるだろうから、そこで正式に交渉することになるだろうねぇ」

ミリティア世界で預かる手もあったが、パブロヘタラの方が脅しにはなるだろう。

ルールに厳格なオットルルーに身柄を引き渡しておけば、ナーガも迂闊には動けまい。

「ハイフォリアとは落としどころがつけられそうなのかい?」

「今日、レブラハルドが来るならな」

ベラミーが苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。

前方にはシンの姿があった。

ここに外敵はいないが、油断のない視線で周囲に気を配っている。

彼の背中から、ほんの僅かに、鋼色の髪とゴーグルが覗いているのが見えた。

ベラミーが一瞬そちらに視線を向けると、髪とゴーグルはシンの陰に隠れる。ベラミーは気がついていない様子で、レイとバルツァロンドがいる場所まで歩いていく。

「よろず工房の魔女にお話があったのでは?」

背中に隠れたシルク・ミューラーに、シンはそう語りかけた。

『……別に……アタシは、ハイフォリアの勇者オルドフを看取りに来ただけだし……』

< 思念通信(リークス) >でシルクは言う。

鉄火人は耳がいい。

自分の声がベラミーに拾われるのを避けたのだろう。

「面識がありましたか?」

シルクはばつの悪そうな顔で沈黙した。

『………………ないけど……』

言いながら、彼女はシンの背中から顔を出す。

視線の先には、ベラミーとレイ、バルツァロンドがいた。

「イザークを止めてくれて助かったよ。あんたたちが失敗してたら、ちょいとまずいことになってたからねぇ」

「災人に道を説いたのはレイだ。私はなにもしてはいない」

バルツァロンドがそう断言すると、ベラミーがレイを見た。

彼は困ったように苦笑する。

「あまり持ち上げられても困るんだけどね。猶予が一ヶ月のびただけだよ」

「あのイザークと交渉できただけ大したものさ。話なんて、聞くような輩じゃあないからねぇ」

しみじみとベラミーが言う。

「しかし、エレオノールといい、あんたといい、魔王学院は腹の据わった連中ばかりで羨ましいねぇ。うちの若いもんにも見習わせたいぐらいだよ」

シルクの耳がピクリと反応する。

シンの背中に隠れていた彼女は、ますます体を小さくした。いたたまれない表情で、シルクはじっと地面を見つめ、唇を噛む。

「バーディルーアの若き鍛冶師は、その腕前も剣を愛する心も、並外れたものだったよ」

僅かにベラミーが目を見開く。

レイの手に光が集っていた。

召喚されたのは、霊神人剣エヴァンスマナだ。

「彼女が鍛え直したこの剣がなかったら、僕たちは災人と話すことさえできなかった」

はん、とベラミーは笑う。

「まだまださ。ま、だけど」

誇らしげな表情で彼女は言う。

「今回はよくやったさ。ぎりぎり及第点ってところだよ」

シルクによって鍛え直されたその聖剣を見ながら、ベラミーはどこか嬉しそうに目を細める。

弟子の仕事に、満足がいったと言わんばかりに。

「非の打ちどころがない仕事だと思うけど?」

「そんなのは出来て当たり前さ。あの馬鹿弟子には、あたしが一から仕込んだんだ。腕だけなら、今のあたしなんか、とっくに超えてるよ」

隠れて聞き耳を立てながら、シルクは信じられないといった表情を浮かべる。

「直接そう言ってあげればいいんじゃないかい?」

「冗談じゃないよ、まったく。ただでさえ天狗になってるのに、そんなこと言ったらどうなるってんだい? 鉄火人の職人ってのはね、剣と同じさ。熱いうちに叩けば叩くほど、強くなる。あたしが若いときは、師匠に褒められたことなんかなかったね」

ベラミーがぶっきらぼうに言うのを見て、レイは苦笑する。

「鉄火人のやり方もあるとは思うけどね。彼女を一人前だと認めてるなら、少しぐらいは腹を割って話してもいいんじゃないかな?」

柔らかく言ったレイに、ベラミーは目を丸くする。

「二人とも誤解があるから、彼女はよろず工房を出ていったんだよね?」

痛いところを突かれたといったベラミー。

バルツァロンドが、隣で大きくうなずいていた。

ぎろりとベラミーが睨むと、彼はつーと視線をそらした。

はあ、と彼女はため息をつく。

「…………まあ、戻ってこいとは言ってみるさ……あの跳ねっ返りが、素直に言うことを聞くとは思えないけどねぇ……」

その言葉を聞き、ほんの僅か、シルクの肩が震えていた。

「……なにさ……今更……」

ぼそっと彼女は呟く。

微かに、口角上がっていた。

彼女の呟きに反応するように、ベラミーが不思議そうに振り向く。

あっ、と口を開け、シルクはそこから逃げ出すように出口へ向かって走り出した。

ベラミーの位置からは、水車の影になって、シルクの姿が見えない。

なにかを察しように彼女は頬を緩め、またレイに向き直る。

彼はいつも通り、爽やかな笑みをたたえていた。

「オルドフも、あんたみたいにお節介だったねぇ」

「なんの話だい?」

ベラミーは朗らかに笑う。

「あんたはいつか、とんでもない馬鹿をやらかすって話さ」