軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

宿りし精霊

パブロヘタラ宮殿の通路へ俺は転移する。

真白な視界が色を取り戻せば、前方に狩猟義塾院の制服を纏った男――バルツァロンドが立っていた。

待っていたと言わんばかりに、彼は俺に訴えるような視線を向けている。

「……災人はなんと言っていたか?」

「三日以内にオルドフをイーヴェゼイノへ連れてこい、だそうだ」

バルツァロンドは神妙な表情で俯く。

「レブラハルドに要求を呑むつもりはないようだ。ハイフォリアを狩り場にして奴を誘い込み、仕留めるらしい」

「……狩猟貴族としては当然の行いだ。獣の言葉に耳を傾けるなどありはしない……」

「歯切れが悪いな」

そう指摘してやれば、バルツァロンドは一瞬言葉に詰まった。

「オルドフと災人の誓いに関係があることか?」

バルツァロンドは、眉をピクリと動かす。

「……災人の目的は、先王との誓いにあるのか……?」

笑みを浮かべて肯定を示す。

「お前の考えを当てて見せようか」

言いながら俺は歩き出し、バルツァロンドの横を通り過ぎる。意を決したように彼は振り向き、俺の後ろへ続いた。

「先王オルドフは災人イザークと誓いを交わし、それによりあの不可侵領海は眠りについた。オルドフはハイフォリアに災人を匿っていた。彼の正道、交わした誓いがあったがゆえに、災人を滅ぼすことはできなかったのだ」

「……なぜ、それを……?」

俺の隣で歩を進ませながら、バルツァロンドは目を丸くする。

「オルドフと災人の誓いは、聖王レブラハルドに引き継がれたはずだ。にもかかわらず、なぜレブラハルドは、災人イザークをただ狩ろうとするのか」

バルツァロンドは歯を噛みしめ、思い詰めた表情で床を見つめる。

「オルドフの誓いを、レブラハルドは無視しようとしているのではないか」

バルツァロンドはそう疑念に駆られたに違いない。

「……そんなはずはない……」

自らに言い聞かせるような言葉だ。

「誓いの内容を知るのは、先王オルドフか、現聖王のみ。兄は私と違い聡明だ。なにか考えがあるのだろう」

「おまえの兄は、変わってしまったのではなかったか?」

「それは……」

言葉を探すようにしながら、バルツァロンドが答える。

「……それでも、先王との……父の夢を継ぐと言ったあの言葉に、反するなどありえはしない……」

変わってしまったと言いながらも、根底にあった信頼は切れていないのだろう。

レブラハルドの根っこだけは変わっていないと信じたいのやもしれぬ。

「だが、不安なのだろう?」

「…………」

「災人がなんと言ったかを、レブラハルドではなく俺に尋ねたのがいい証拠だ」

肯定を示すように、バルツァロンドは黙り込む。

「ちょうど俺も誓いの内容を知りたかったところだ。確かめに行くか?」

「……問いただそうと、兄が口を割ることはないだろう」

そうだろうな。

「当人に聞けばよい。オルドフがどの辺りの釣り場を巡っているなど話に聞かなかったか?」

「……現聖王が即位して以来、私は先王に会っていない……パブロヘタラでの序列戦や折衝が私の役目だ。ハイフォリアに戻ることは滅多になかった」

オルドフも滅多に帰って来なかったため、会う機会がなかったわけか。

「即位してまもないわけでもあるまい。その間、一度もか?」

「父の配慮だ。伯爵として私は聖王に命じられた役目を全うしていた。いちいち先王が会いに来ては、七光りだと言われよう」

ふむ。まあ、あり得ぬことでもないか。

相当な年数父親と会っていないことになるが、ハイフォリアの文化はわからぬ。バルツァロンドが変に思わぬのなら、さほど不自然でもないのだろう。

「オルドフの居場所は、本当にハイフォリアでもつかめぬのか?」

「退位した先王の自由を奪うことはしない」

「災人がオルドフに会いに来ることを、レブラハルドは知っていたやもしれぬ。ならば、身の安全のため、密かに連絡がつくようにしておいても不思議はあるまい」

険しい表情でバルツァロンドは考え込む。

「……もし、父の情報を隠し持っているとすれば、ハイフォリア本国だろう……五聖爵最高位、ガルンゼスト 叡爵(えいしゃく) が握っているはず……いや」

思い直したように彼は顔を上げた。

「しかし万一父と会えたところで、誓いの内容を他者に漏らすとは……」

「詳細を聞けるに越したことはないがな。レブラハルドのしていることが誓いに合致しているか確かめるだけでもよい」

それに災人が目覚めた今の状況ならば、ある程度は聞き出すことができるかもしれぬ。

「……確かに……その価値はある……」

「決まりだな。そういえば、お前に聞こうと思っていたのだが、レイが霊神人剣から声が聞こえると――」

血相を変え、バルツァロンドが俺を振り向いた。

「 天命霊王(てんめいれいおう) ディオナテクがかっ……!!?」

ただ事ではないというのが、彼の様子から如実に伝わってくる。

「詳しくはわからぬ。なにか問題か?」

「レイはどこにいるのだ?」

「今頃は庭園だろうな」

「急ぎ、霊神人剣を確認したい!」

そう口にするや否や、バルツァロンドは地面を蹴り、庭園へ走っていった。

「……ふむ」

俺は< 転移(ガトム) >の魔法を使う。

視界が真っ白に染まり、パブロヘタラの庭園へと転移する。

霊神人剣を手に、レイが岩に腰掛けていた。

「バルツァロンドに話を通した。どうやら、声の主は天命霊王ディオナテクという者らしいが――」

レイはこちらを振り向きもせず、無言で目の前を見据えている。

そこに魔眼を向けたが、なにも見えぬ。

だが、恐らくは、なにかがいる。

霊神人剣の声を聞いたときと同じように、恐らくレイの魔眼には――

「……たぶん……これは精霊だと思う……霊神人剣に宿った……」

「レイッ!」

バルツァロンドの声が飛んできた。

全速力で庭園へ駆けつけた彼は、黄金の柄を放り投げた。

レイがそれを片手でつかむ。

「剣身とつなげるのだ! 柄と刃が一体になれば、天命霊王にも力が戻るっ!」

バルツァロンドに言われるがままに、レイはエヴァンスマナから仮の柄を外す。

すると、共鳴するかのように、受け取った黄金の柄に魔法陣が描かれていく。

磁石が引き合うが如く、そこへエヴァンスマナの剣身を差し込めば、目映いばかりの光が庭園を満たす。

俺とレイ、そしてバルツァロンドは、その光の空間へ隔離された。

「……助……けて……」

目の前に浮かび上がったのは、煌びやかな王の装束を纏った女性である。

口には枷のようなものをつけており、右手に筆を、左手には短冊状の細長い木の板――木簡を持っている。

木簡には今し方、天命霊王が口にした『助けて』という言葉が書かれていた。

「天命霊王ディオナテクに願い奉る!」

バルツァロンドが、その精霊に言った。

「汝が宿りし剣の使い手に、その天命を与えたまえ」

すると、天命霊王は筆を動かし、木簡に続きを書く。

声が響いた。

口枷をしているはずの彼女から、静謐な声が。

「……助けて……あげて……」

その言葉は、霊神人剣を持つレイへ向けられている。

彼はまっすぐ問うた。

「誰を助ければいいんだい?」

「…………」

天命霊王は筆を動かしている。

しかし、木簡に続きが書かれることはなく、声も聞こえなかった。

ふっと光が消えていき、周囲は元の庭園に戻った。

天命霊王ディオナテクの姿も消えている。

レイに視線をやると、彼は首を横に振った。

「……僕にも見えなくなった。声も聞こえない……」

「霊神人剣が錆びているからだ」

バルツァロンドが言う。

「宿りし精霊も、聖剣が錆びればその力を十全に使うことができない」

「……錆びている?」

レイは霊神人剣の剣身に視線をやる。

刀身は鋭く研ぎ澄まされている。錆はおろか、刃こぼれ一つ起こしていない。

「そうは見えないけど……?」

「刃についてはそうだろう。しかし、霊神人剣の輝きは錆びついている。本来の聖剣が放つ光はこの程度ではないのだ」

そういえば、イーヴェゼイノ戦で、ボボンガも錆びていると言っていたか。

「天命霊王ディオナテクはその人物に相応しき天命を下す神、という伝承にて生まれた精霊。平素は霊神人剣に宿っているディオナテクが声を発するのは、使い手が大きな運命の渦中にあることを意味する」

バルツァロンドは真剣な口調でレイに語る。

「災人イザークがパブロヘタラを訪れたのとほぼ同時期ということは……レイ、貴公はこの一件に深く関わる運命を背負っているのかもしれない」

「……てっきり、霊神人剣が助けを求めてると思ったんだけどね……」

実感がないといった風にレイが微笑む。

イーヴェゼイノとハイフォリアの争いにおいて、俺たちは部外者のはずだったが、どうやら少々状況が変わってきた。

「なおさら、天命霊王の声を聞かなきゃいけないようだね。どうやったら、霊神人剣は元の輝きを取り戻せるんだい?」

「エヴァンスマナを鍛えたのは、よろず工房の魔女ベラミー・スタンダッド。彼女に聖剣を鍛え直してもらうしかない。今ならば、まだ聖上大法廷にいるはずだ」

すぐさま、バルツァロンドが走り出そうとし、

「いや」

俺の声に足を止め、また振り向いた。

「戦に備え、ベラミーも一度バーディルーアへ戻るだろう。それまで待った方がよい」

「なぜだ?」

疑問の表情を浮かべながら、バルツァロンドが問う。

「イーヴェゼイノを迎え撃とうとしている聖王が、霊神人剣を俺たちに預けたままにするとは思えぬ」

災淵世界イーヴェゼイノの戦力は災人イザークに次ぎ、ナーガ、ボボンガ、コーストリアだ。

災人イザークにどれほど効果があるものかは知らぬが、少なくともアーツェノンの滅びの獅子に対しては、切り札となる霊神人剣を使うつもりと考えて間違いあるまい。

今頃は魔王学院から剣を回収する算段をつけていると考えるのが妥当だ。

「それは、確かに」

「魔王学院は一足先にバーディルーアへ向かう。バルツァロンドがそれを追って第七エレネシアを発ったという名目にすれば、多少の自由が利くだろう」

イーヴェゼイノとの決戦に備え、五聖爵の一人であるバルツァロンドには、なんらかの命が下されるはずだ。

それを呑んでいては、オルドフに会うことはままならぬ。

かといって俺一人では、先王から信用が得られぬだろう。

ゆえに、聖王が命を下すより先に動く。

霊神人剣を回収するという名目があれば、バルツァロンドも途中で引き返せとは言われまい。

「先王の居場所については、どのように?」

「バーディルーアでレイを下ろした後に、ハイフォリアへ行く。戦力が必要な状況だ。パブロヘタラの学院同盟ならば、入界拒否はされまい」

納得がいったようにバルツァロンドはうなずく。

「承知した。元首アノス、貴公の好意に感謝する」

笑みで応じて、俺は告げる。

「行くぞ。レブラハルドが手を打つ前に第七エレネシアを出る」