軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

握手

パリントンの根源が、目の前を漂う。

< 蘇生(インガル) >を使う気配はない。使えないのだ。

<赤糸の偶人>と結びつけるため、奴の根源は本来の体の記憶が上書きされている。

蘇生に必要な体とのつながりが根源に刻まれていない以上、< 蘇生(インガル) >は正常に働かない。

放っておけばこのまま消えるだろうが、まだ死んでもらうわけにはいかぬ。

「ミーシャ」

こくりとうなずき、彼女は言った。

「赤いわら人形」

< 源創(げんそう) の神眼>が、その場に赤色のわら人形を創り出す。

ぱちぱちとミーシャは瞬きを二回する。

すると、<偶人>から<赤糸>が一本解け、その赤いわら人形にくくりつけられる。

反対側は、澱んだ水の玉――パリントンの根源に結びついた。

<偶人>の深淵を覗き、それを模した器を創ったのだ。

もっとも、魔力の波長などは似ているが、わら人形は人体の力を一切持たぬ。

< 思念通信(リークス) >で喋るのが精一杯といったところだ。

「お似合いだな、パリントン」

そう言ってやれば、赤いわら人形から屈辱に染まった声が返ってきた。

『……貴……様……なにをするつもりであるか……?』

「無論、償いをしてもらうつもりだ。フォールフォーラルを滅ぼした証言もしてもらわねばならぬしな」

『なん――』

赤いわら人形をわしづかみし、喋れぬように反魔法で覆った。

「さて」

落ちているパリントンの右腕に視線をやる。

その掌は< 掌握魔手(レイオン) >の効果がかろうじて続いており、< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >をつかんでいる。

腕に残った魔力が尽きれば終末の火が解き放たれるだろう。

万雷剣を魔法陣の中へ収納して、< 掌握魔手(レイオン) >の右手で終末の火を拾い上げる。

これで三度増幅された。

迂闊に放ってよい威力ではない。

「<渇望の災淵>にでも捨ててくるか」

「ハイフォリアの船団が着水した」

ミーシャが淡々と言う。

二律僭主が相手とはいえ、さすがにいつまでも静観していられぬか。

動いた以上、レブラハルド率いる狩猟貴族らは、すぐに<渇望の災淵>を漂っている樹海船に向かうだろう。

不用意に乗り込んでくるとは思えぬが、アイオネイリアに誰も乗っていないのが知れるのは時間の問題か。

アイオネイリアを脱出させるのは容易いが、乗船してしまえば、今度はイーヴェゼイノに俺がいないことが明らかになる。

自ずと俺が二律僭主だったことに気がつかれるだろう。

序列戦が終わった以上、魔王列車にいる俺の人形で誤魔化し切れるとも思えぬ。

「二律僭主」

そう俺を呼ぶ声がした。

振り向けば、そこに音もなく現れたのは闇を纏った全身鎧。

暗殺偶人――ルツェンドフォルトの軍師レコルだ。

そういえば、こいつも残っていたな。

「パリントンの腹心だったな。主君を返してもらいに来たか?」

赤いわら人形を、レコルに見せる。

「必要ない。わたしの目的はそちらだ」

レコルが指さしたのは、顔のない魔法人形<赤糸の偶人>だ。

「ほう。元首を守るつもりはないと?」

「 卿(けい) に問うが」

泰然とした口調で、レコルは言う。

「姉の尻ばかりを追いかける元首が、小世界を治めるに相応しい器か?」

なるほど。

確かに、パリントンの行動が傀儡世界の総意とは思えぬ。

「答えるまでもあるまい」

俺の言葉を受け、レコルは静かに切り出した。

「一つ、取引をしたいが、どうか?」

「言ってみよ」

レコルは俺の後ろにある魔法人形を指さした。

「その<赤糸の偶人>を返すならば、わたしが二律僭主になりきり、樹海船アイオネイリアをイーヴェゼイノから出航させよう」

どこで見ていたか知らぬが、俺が二律僭主を演じていたのはわかっているようだな。

まあ、バレたならば仕方あるまい。

「ルツェンドフォルトの元首になるのが目的か?」

「今、断言できるのは一つだけ。パリントンが敗れた際には、<赤糸の偶人>を回収してくるよう、傀儡皇に言われていることだ」

主神の命令か。

傀儡皇ベズとやらは、パリントンにはさほど執着していないようだな。

主神と違い、元首は代わりが利く。

すでに、奴以上の元首候補を見つけているのやもしれぬ。

「<赤糸の偶人>なくば、 傀儡(かいらい) 世界の王位は空席となる。ルツェンドフォルトは統一されず、内戦が起こるだろう。傀儡皇はそれを憂慮している」

<赤糸の偶人>は主神の権能だ。

元首を生むための赤い糸は、さすがに二つと作れぬか。

いたずらに奪い、傀儡世界の住人を苦しめてもなんの益もない。

「傀儡世界に恨みはない。お前が樹海船を持っていってくれるなら、断る理由もないが、あれをどうやって動かすつもりだ?」

すると、奴は右手を差し出し、握手を要求した。

俺の右手は今、< 掌握魔手(レイオン) >で終末の火をつかんでいる。

握手をすればどうなるか、それがわからぬ馬鹿でもあるまい。

「面白い」

俺が右手を差し出せば、迷いなくレコルはそれを握った。

奴の魔力に干渉され、< 掌握魔手(レイオン) >が乱れ始める。

三度増幅された< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >がたちまち暴走し、黒い火花が周囲に舞う。

床という床がミシミシと亀裂が入り、瞬く間に黒き灰へと変わっていく。

終末の火が大きく燃え上がろうとしたその瞬間、レコルは更に俺の右手を強く握った。

刹那、奴の手が紅蓮に染まる。

いかなる魔法か、それは馬鹿げたほどの高熱で、終末の火を余さず滅ぼしてのけた。

「ふむ。任せても問題なさそうだな」

「<赤糸の偶人>は預けておく。再会はパブロヘタラで」

奴の体から闇が溢れた次の瞬間、暗殺偶人に相応しく、その姿が忽然と消えた。

俺がイーヴェゼイノを無事に出た後に、樹海船と<赤糸の偶人>を交換するということだろう。

「お…………」

僅かに声が漏れた。

父さんだ。

「どうした?」

「……アノ……ス………………」

声と同時、ふっと緊張の糸が切れたかのように、父さんは脱力する。

崩れ落ちそうになったその体を片手で支えてやった。

気を失ったようだ。

「お母さんも」

ミーシャが気を失った母さんを受け止めていた。

その神眼は、母さんの深淵を覗いている。

「容態は安定してる」

母さんがパリントンへ放った言葉は、ルナの記憶がなければ出てこぬだろう。

だが、母さんは同時にイザベラの記憶も持っていた。

<記憶石>による上書きはできなかったのだ。

多少の影響は残るやもしれぬが、確かめるのは目覚めてからだな。

父さんも、セリスの記憶を思い出したようにも見えたが、どうだろうな?

創星エリアルにて一気に記憶が頭に流し込まれたため、一時的に混乱しただけとも考えられる。

どちらにせよ、母さんほどは心配あるまい。

「帰るか」

ミーシャに声をかける。

だが、彼女はなにかに気がついたように、別方向へ 神眼(め) を向けた。

彼女の視線を追う。

その先には、災人イザークの眠る氷柱があった。

「目を覚ます」

ミーシャが言った瞬間、ピシィ、となにかを引き裂いたような音が聞こえた。

その氷に、大きな亀裂が入ったのだ。

冷気が周囲へ溢れ出し、室内に充満していく。

だが、そこまでだ。

少々待ってはみたものの、それ以上はなにも起こらない。

ミーシャに視線を向けると、彼女はぱちぱちと瞬きをした。

「……二度寝した……?」

「ずいぶんと寝起きが悪いことだ」

とはいえ、起きぬなら起きぬで、その方が面倒がなくてよい。

俺は<赤糸の偶人>を< 飛行(フレス) >で浮かび上がらせ、< 転移(ガトム) >の魔法を使う。

幻獣塔の入り口は開いており、ドミニクも雷貝竜も死んだため、転移を阻害する反魔法はもうない。

視界が一瞬真っ白に染まり、やってきたのは魔王列車の機関室だ。

「……あれ? アノス?」

驚いたようにサーシャがこちらへ駆け寄ってくる。

「ご苦労だったな。こちらは概ね解決した」

ミーシャが創造したベッドに、父さんと母さんを寝かせる。

<赤糸の偶人>を床に下ろした。

「それはいいんだけど、アノスがここに来たってことは、じゃ、あれは誰が動かしてるの?」

魔王列車は現在、<渇望の災淵>上空をゆっくりと旋回している。

下方に見えるのは、レブラハルドが率いるハイフォリアの船団。

それからナーガ、ボボンガ、コーストリアだ。

<渇望の災淵>に大きな水の柱が立ち上る。

巨大な樹海船アイオネイリアがゆっくりと浮上してきたかと思えば、離水して、急上昇した。

数十隻の銀水船はその動きを注視しながら、一カ所だけ道を空けた。

二律僭主が出ていこうとするなら、邪魔をして、余計な損害を出すつもりはないのだろう。

黒窮へ向け、アイオネイリアはぐんぐん上昇を続ける。

一定の距離を保ちつつ、ハイフォリアの船団がそれを追いかけた。

「ルツェンドフォルトの軍師だ。なかなかどうして、銀海は広い。恐らくは、不可侵領海と比べても遜色あるまい」

イーヴェゼイノの者たちも、本気で追おうとはせず、樹海船が銀泡の外へ出て行くのを見守っている。

ただ一人だけ、樹海船に近づこうとしている少女がいた。

「待って」

コーストリアだ。

彼女は黒き粒子を全身に纏わせながら、凄まじい速度で飛ぶ樹海船に追いすがる。

「ねえっ。待って! 聞こえてるでしょっ? 待たないと撃つから」

獅子傘爪ヴェガルヴの先端を、彼女は樹海船へ向けた。

「はいはい、そこまでね、コーストリア」

コーストリアの前に回り込んだナーガが、ヴェガルヴを足先で押さえる。

「どいて」

「聞き分けてちょうだい。感情に任せて手を出せる相手ではないの」

「別に喧嘩するなんて言ってないっ。ちょっと挨拶するだけ。どいて」

コーストリアは傘爪でナーガの足を弾く。

「ボボンガ」

「おう」

後ろから飛んできたボボンガが、獅子の右腕でコーストリアを羽交い締めにした。

「そのぐらいにしておけ、姉弟」

「離して。馬鹿力っ! 序列戦じゃ足止め一つできなかったくせに、味方の邪魔するのだけは一人前ね。馬鹿、無能っ、死んじゃえっ」

ジタバタとコーストリアが暴れるが、その隙に樹海船は速度を増し、黒窮から銀泡の外まで飛び去って行った。

『二律僭主のイーヴェゼイノ離脱を確認しました。ご協力感謝します』

オットルルーから< 思念通信(リークス) >が響く。

『元首アノス、元首代理ナーガは、聖船エルトフェウスへ下りてください。元首レブラハルドより、お話があります』

さて、法に厳格なあの男がどう出るのやら?

ナーガの思惑も気になるところだな。

パリントンと手を結んでいたのは確かだが、奴に心から服従していたわけでもあるまい。

「母さんを任せる」

俺が言うと、ミーシャがこくりとうなずいた。

「まさか、あの大船団と戦うことにならないわよね?」

サーシャがじとっと俺を睨む。

「準備はしておけ」

機関室の扉を開け、俺は眼下に見える巨大な箱船、聖船エルトフェウスへ飛び降りた。