軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

和解交渉

翌日。

宿舎の大広間へ、オットルルーとバルツァロンド、そして災淵世界イーヴェゼイノの二人がやってきた。

一人は隻腕の男。

ミリティア世界を訪れ、母さんを襲った奴だ。

そして、もう一人は両足が義足の女である。

黒い車椅子に乗っている。材質は主に木のようだが、普通のものではない。本人の魔力を使わずに動いているところを見ると、魔法具だろう。

髪は短く、大人びた顔立ちだ。

耳にピアスをつけている。

「初めまして、我らが兄妹」

車椅子の女が言う。

オットルルーはいつも通り、事務的な表情を浮かべている。

バルツァロンドは唇を引き結び、やはり黙っていた。

「まあ、座れ」

指を弾き、用意した椅子を一つ、魔法で消す。

そこへ車椅子の女が移動し、もう一つの椅子に隻腕の男が座った。

「ルツェンドフォルトの殿下までいるとは思わなかったわね」

部屋の隅、椅子に座り、腕を組んでいるパリントンに、車椅子の女が視線を向ける。

彼は軽く顔を上げたが、特になにも言わずにまた俯いた。

「うちの客だ。なにか問題か?」

「いいえ」

オットルルーとバルツァロンドは、俺たちの間に立った。

「挨拶が遅れたわね。あたしはナーガ・アーツェノン。災淵世界イーヴェゼイノの元首代理ね」

災淵世界の元首及び主神である災人イザークは眠り続けている。

バルツァロンドとパリントンの話では、実質的にイーヴェゼイノを任されているのは、元首代理のナーガだ。

幻獣機関所長のドミニクは表へ出てくることはないため、彼女がどこまで実権を握っているかは定かではないらしい。

「それでこっちが、ボボンガ・アーツェノン」

隻腕の男が、幽鬼のような顔で不気味に笑いかけてきた。

「また会ったなぁ、兄弟」

「まずコーストリアの件について謝るわね。ごめんなさい。あなたには手を出さないように伝えたのだけれど、あの子は渇望に流されやすくて」

申し訳なさそうにナーガは謝罪をする。

敵意は特に見られず、人が好さそうでさえあった。

「一から話せ。我が世界を訪れたのは、なにが目的だ?」

「ここであまり詳しく説明したくはないけど……」

と、一瞬、彼女はバルツァロンドを見た。

イーヴェゼイノと敵対しているハイフォリアの前では語りづらいというのはあるのだろう。

「……仕方ないわね。私たちは災禍の淵姫を探していたのね。あなたの母親よ」

災禍の淵姫については、イーヴェゼイノはこれまで詳細を伏せてきた。

ここで明かすなら、少なくとも和解の意思はあるだろう。

「どうしてかと言うと、アーツェノンの滅びの獅子は完全じゃないから」

彼女は自らの義足に触れる。

「これね」

義足に、黒き粒子がまとわりつく。

ミシミシとそれが軋んだ。

ギィン、ギギィ、と妙な耳鳴りが聞こえ、俺の根源と彼女の根源、そしてボボンガの根源が共鳴するような反応を見せている。

「生まれつき、あたしには足以外がないの。わかる?」

足がないのではなく、足以外がない、か。

ミリティア世界でボボンガと対峙した際、奴の存在しない右腕が魔力を発しているかのように感じた。それが確かならば――

「お前は、獅子の両足か?」

「そういうことね。ドミニクがアーツェノンの滅びの獅子を授肉させようとしたんだけど、完全には上手くいかなかったのね。あたしは両足しかないのに、授肉したのはそれ以外。ボボンガも同じよ。半分以上がただの幻魔族の体」

肉眼には見えぬ両足だけが、アーツェノンの滅びの獅子であり、ナーガの本体。

それ以外の体は、幻魔族のものであり、滅びの獅子ではない。

「だから、ちゃんと生まれるためには、災禍の淵姫が必要なわけね。それで、彼女がミリティア世界で生きているのがようやくわかって、ボボンガとコーストリアに捜してくるように命令したの」

バルツァロンドがなにかに気がついたような表情を浮かべる。

「どうした? 言いたいことがありそうだな」

「……パブロヘタラは、海域内の治安を守っている。特に泡沫世界や浅層世界に無断で入ろうとすることは、侵略行為と見なしている。未加盟のミリティア世界もパブロヘタラの海域内にあったため守護の対象だった」

それはまた勝手なことだな。

「だが、逆に聖上六学院ならば、パブロヘタラの校章をつけてさえいれば、浅層世界へ許可なく自由に出入りすることができる」

どうりで、皆、ご丁寧に身分がわかる制服で訪れたわけだ。

「ミリティア世界へ穏便に入るために、イーヴェゼイノはわざわざパブロヘタラに加盟したというわけか」

ナーガに視線を向ければ、彼女は笑顔で応じた。

「それだけとは言わないけれど、そう思ってくれてもいいわね。でも、一番は、いい加減狩人さんに追われるのは飽きたってことよ」

ナーガはバルツァロンドへ言う。

どこまで本気か知らぬが、少なくともバルツァロンドは信じる気もないようで、厳しい表情を崩すことはなかった。

「獣の言葉に、耳を傾けるなどありはしない」

状況が許せば、今にも狩ると言わんばかりの 魔眼(め) で彼はナーガを射抜く。

「狩人さんは相変わらずね。獣はね、自由が欲しいものよ」

そう言って、ナーガは俺に視線を戻す。

「それで、続きだけど、目的は災禍の淵姫を手に入れることだったのね。そうしたら、二人はそこで信じられないものを見つけたわ。アノス・ヴォルディゴード。あたしたちの兄妹を」

まるで俺を歓迎するようにナーガは微笑んだ。

「災禍の淵姫が産んだアノスは、あたしたちよりも正しく授肉することができている。でも、あなたもまだ完全体じゃないわよ。五体満足に見えるけど、滅びの獅子として肝心なものが欠けている。今なら、そうね……あたしよりちょっと強いくらいかしら? わからないけど」

「ほう」

「気になる?」

「そこそこな」

ふふっ、とナーガは笑い、魔法陣を描く。

現れたのは赤い爪だ。

「これ、アノスは出せないわよね? あっちに力を忘れてきたのよ」

俺は魔法陣を描き、ボボンガから奪った赤い爪を出した。

「アーツェノンの爪と言ったか。名前から察するに、滅びの獅子の爪か?」

「そう。これを使って、アーツェノンの滅びの獅子は二度生まれるのね。母を一人占めするつもりかってボボンガが言ったでしょ」

爪を使い、二度生まれる?

「ろくな意味ではなさそうだが?」

「獅子の母のお腹をこの爪で裂いて、今度は逆に胎内から<渇望の災淵>に戻るのね。あっちに残してきた体を取り戻し、授肉させるために。そうしたら、あたしたちは完全体になれる。アノスもあっちに爪を残してきているはずだわ」

ろくでもない話だ。

「母はどうなる?」

「死ぬと思うわよ。でも、関係ない」

俺が魔眼を光らせれば、ナーガは言った。

「それが、ドミニク・アーツェノンっていう男。あたしも、あなたも、あの人にとってはただの実験幻獣にすぎないのよ」

本意ではなかったと言いたいわけか。

嘘でなければいいがな。

「母さんを狙ったのはドミニクの命令か?」

「そう。あたしたちには鎖と首輪がついている。渇望を支配されているのね。言えないことはあるし、逆らえないこともある。特に破壊衝動。だから、コーストリアはアノスを壊したくて仕方がない」

俺を壊すという渇望を植えつけられているということか。

難儀なことだな。

「でも、ドミニクにも誤算があってね。今、こうしてあたしが喋っているように鎖は完全に機能していない。あたしたちが完全なアーツェノンの滅びの獅子じゃない分、その鎖も完全には働かなかった」

ありえぬ話ではない。

「ドミニクは、アーツェノンの滅びの獅子を研究するために、完全体を生もうとしている。間違いないな?」

「そうね」

「お前たちはどうしたい?」

俺の問いに、ナーガは答えた。

「ドミニクを殺して、自由になりたい。アノスが現れたおかげで、あの人はますます研究塔に閉じこもって、ずっと<渇望の災淵>の深淵を覗いている。研究に没頭して、気が逸れているのね。だから、機会が巡って来れば、必ず殺れるわ」

「法廷会議中に母さんを襲ったのは誰だ?」

「聞いてないけど……ドミニクの仕業に違いないわね……」

「ドミニクはアーツェノンの滅びの獅子ではないはずだ。俺の< 理滅剣(ヴェヌズドノア) >をなぜ使えた?」

「彼はアーツェノンの滅びの獅子の力を、<渇望の災淵>から引き出すことができるのね……あなたの元となった渇望も、そこにある。あたしたちの元となった渇望も。ドミニクは、あたしたちの魔法なら、なんでも使えるわ」

ふむ。本当になんでもかは疑わしいものだが、事実ならば、< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >も使えるだろう。

奴がフォールフォーラルを滅ぼしたのやもしれぬ。

「ドミニクは今、<渇望の災淵>でなにか新しいことを始めたわ。それがあなたの母親に悪影響を与えていると思うけれど……?」

「ああ。早急に懐胎の鳳凰を滅ぼす予定だ」

すると、ナーガは切実そうな表情を浮かべ、言った。

「……お願い、今は動かないで。必ず、機会は巡ってくる。彼が研究に没頭すればするほど、首輪が緩む。二週間、それだけ待ってくれないかしら……? 必ずドミニクを殺してみせる」

「お前の言っていることが本当とも限らぬ」

< 契約(ゼクト) >の魔法陣を描く。

今彼女が口にしたことに嘘偽りはない、という内容だ。

迷わずナーガは調印した。

「約束する。二週間だけ待って」

嘘ではない、か。

だが、なんだ? 妙な居心地の悪さを覚えるな。

< 契約(ゼクト) >に調印した以上は嘘ではないはずだが、しかし、少々話が上手すぎる。

まあよい。

いずれにせよ、答えは一つだ。

「断る」

ナーガが目を丸くする。

「……理由を……訊いてもいいかしら……?」

「二週間以内に容態が悪化し、死なぬとも限らぬ。今すぐドミニクのもとへ案内しろ。そいつが元凶なら、俺が片をつけてやる」

「ドミニクの一番の目的は、アノスと災禍の淵姫よ。その準備のために、<渇望の災淵>に目を向けているのね。あなたが来たら、あたしたちの計画は台無しだわ」

「闇討ちする必要などない。俺に鎖はついていないぞ」

その言葉に、しかしナーガは首を横に振った。

「言ったわよね、彼は<渇望の災淵>から、アーツェノンの滅びの獅子の力を引き出せるって。彼はあなたと、そしてあたしたち姉弟全員分の力を使うことができるの。どういうことかわかるわよね?」

俺を諭すように、ナーガは説明する。

「アノス。今のあなたよりも、確実にドミニクは強いの」

真顔で彼女は俺に訴える。

「彼を殺す手段は二つだけ。研究に没頭している隙に殺すか、それとも完全体になるかよ。完全な滅びの獅子の力には、さすがにドミニクも及ばない。逆にそうじゃなければ鎖をつけられるだけね」

「ふむ。よくわかった」

すると、ナーガは僅かに安堵した表情を浮かべる。

「それじゃ――」

「尚更お前たちには任せておけぬというわけだ」

ナーガは押し黙る。

俺は隻腕の男、ボボンガに視線を移した。

「ミリティアへ来たときは大層吠えていたが、まさか飼い犬だったとはな」

言い返してくるかと思えば、ボボンガはなにも口にせず、そっぽを向いた。

今日はずいぶんと大人しいことだな。

「首輪と鎖を見せてみろ。壊してやれば、それで文句はあるまい?」

プライドに障ったか、ボボンガは口を閉ざしたままだ。

「なんとか言ったら、どうだ?」

「…………」

「つながれている本人か、ドミニク。あるいは災禍の淵姫にしか鎖は見えないのであろう」

ずっと黙っていたパリントンがそう言った。

「<渇望の災淵>から、こやつらの根源に鎖がつながれているようである。私にも、朧気に見える程度だ」

「それが見えるのは、あなたの<赤糸>の力かしら?」

ナーガが問う。

「答える義務はないのである」

パリントンはそう答え、また黙った。

<渇望の災淵>に鎖と首輪があるのなら、ここでは壊しようもないか。

根源を滅ぼすことになるだろう。

「やはりイーヴェゼイノへ行き、ドミニクに会うしかなさそうだな」

「……残念だけど、案内はできないわね」

考えた末の結論か、ナーガがそう言った。

「あたしたちはずっとこの機会を待ってたの。鎖にもつながれず、まともに生まれてきたあなたに、あたしたちの気持ちはわからない。生んでもらったあなたに、生んでもらえなかったあたしたちの気持ちはわからない」

「好きにすればいい。俺も好きにさせてもらおう」

歯を食いしばり、ナーガは訴えるような目を向けてくる。

彼女は俺を自由にさせるわけにはいかぬ。

俺が災淵世界へ無理矢理入ろうとするなら、ドミニクを殺す計画は破綻するのだからな。

「ではこうしよう。ミリティアとイーヴェゼイノで銀水序列戦を行い、勝った方の要求を飲む。それでどうだ?」

「……なにがあろうと、あなたをイーヴェゼイノに入れるわけにはいかない……」

「ふむ。そうか」

俺はゆるりと椅子から立ち上がる。

「手間をかけさせたな、バルツァロンド、オットルルー。どうやら話は終わりだ」

扉の方へ向かえば、後ろにシンが続いた。

「……待って!」

振り向けば、ナーガは念を押すように言った。

「銀水序列戦で勝ったら、大人しくしてくれるのね?」

「勝てればな」

彼女は意を決したような表情を浮かべた。

「いいわ。序列戦で決めましょう」

交渉成立だ。オットルルーによる< 裁定契約(ジゼット) >を結び、ミリティアとイーヴェゼイノの銀水序列戦が決定した。