軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

銀城世界に翼舞う

俺の手を取り、ファリスはゆっくりと身を起こす。

憑きものが落ちたような顔をしていた彼は、すぐにその表情を引き締めた。

「陛下。不動王は――」

そのとき、ガタガタと飛空城艦が揺れ始めた。

すでに< 微笑みは世界(エイン・エイアール) を照らして(・ナヴェルヴァ) >の照射は止んでいる。ゼリドヘヴヌスといえど、さすがにここまで壊れれば艦体も限界か。

いや、違うな。

ゼリドヘヴヌスが、なにかに上から押さえつけられている。

魔眼(め) に映るのは強大な魔力、神の権能だ。

「――ものじゃ…………」

不気味な声が響く。

その方向へ振り返り、城に空いた穴から頭上を見上げた。

「……妾のものじゃ…………」

そこに浮かんでいたのは、王虎メイティレンの首だ。

「やらぬ、やらぬ、 主(ぬし) にはやらぬ。それは妾のものぞ。ファリスは、バランディアスを導く翼。我が理想の城を築く銀城創手じゃ……!!」

すぐにアルカナから< 思念通信(リークス) >が届く。

『<背理の六花>で封じきれない。王虎は命を燃やしているのだろう』

灯滅せんとして光を増し、その光をもちて灯滅を克す。

滅びに近づく王虎の根源は、神族の弱点である<背理の六花>さえも凌駕しようとしている。

さすがに深層世界の神ともなれば、完全に無力化はできぬか。

『ゼリドヘヴヌスッ!! 聞こえるかっ……!?』

今度はザイモンからの< 思念通信(リークス) >だ。切迫した声が、ゼリドヘヴヌス中に響き渡った。

『今すぐ船を捨てて脱出しろっ!! メイティレン様は神の 咆吼(ほうこう) を使うつもりぞっ!』

即座に乗員たちが反応し、< 転移(ガトム) >の魔法陣を描く。

しかし、彼らが転移するより先に、銀の爪痕が現れ、術式が砕け散った。

「な……!? なぜ……!?」

「……< 転移(ガトム) >の因果が支配されて……これはメイティレン様の権能では……」

「馬鹿な、どうして我々までっ……!?」

「メイティレン様っ! これはいったい、どういうおつもりでっ!?」

頭上に浮かぶ王虎の首が、ニタァと笑った。

「逃がしはせん、逃がしは。砂粒一つ抜ける隙間を作れば、そこな不適合者につけこまれるからのう」

ゼリドヘヴヌスの遙か下方、<因果の長城>に圧し潰されているメイティレンの体が銀色に瞬く。

それに呼応するように、積み重なった銀城が再び光を取り戻した。

『メイティレン様っ!! それをここでつかえば、第二バランディアスがただではすまんっ! 自らの世界を滅ぼされるおつもりかっ!』

「一つの銀泡と引き換えに、ファリスが手に入るなら安いものぞ。誰にも渡さん。誰にものう。主は妾のものじゃ、ファリス。永遠に」

王虎の首から、妄執に満ちた言葉がこぼれ落ちる。

『……馬鹿なっ! その位置ではファリスまで巻き込まれるっ!?』

ザイモンが叫ぶ。

しかし、メイティレンは不気味に笑った。

「死すれば、不適合者との絆は断ち切れよう。そうして、ファリスの火露は、いつの日かまたバランディアスの翼となる。それまで待つわい。何千年でも、何万年でものう」

< 根源光滅爆(ガヴエル) >にも似た激しい光が、<背理の六花>をみるみる振りほどいていく。

<因果の長城>がめきめきと歪みながら、変形する。

象られたのは巨大な虎の頭であった。

ゴ、ゴゴゴゴォ、と重厚な音を立て、その 顎(あぎと) が開かれれば、命を燃やす王虎の魔力がそこへ集う。

「さあ、妾と一緒になるがよい」

王虎は言った。

「< 因果弾丸長城虎砲(へイズ・ベルムト・イエリヤーデ) >」

それは、大気を劈く王虎の咆吼。

空を撃ち抜く銀の弾痕が、その口からゼリドヘヴヌスへ向かって無数に出現した。

原因を無視し結果を強制する王虎の権能は、いかに頑丈な結界とて、撃ち抜いたという結果を強制する。

頑強さなどものともせず、万物を滅ぼし尽くすだろう。

ゼリドヘヴヌスの乗員たちは、咄嗟のことに身動きを取ることすらできなかった。

バランディアスの住人である彼らは、本能のうちに察知したのだろう。

自らの世界を司る主神、王虎メイティレンの権能。その因果の力の前には、最早、避ける術も、防ぐ術もありはしない。

すなわち、死は必至、と。

だが――

「――美しくあれ」

魔法陣から抜かれた一本の魔筆。

それを一度、宙に走らせれば、ゼリドヘヴヌスを立体魔法陣が覆っていた。

彼と< 魔王軍(ガイズ) >の魔法線をつなぎ、足りぬ魔力を補っては、二人で集団魔法を行使する。

「見せてやれ。真の翼を」

一瞬瞳を閉じて、ファリスは意識を集中する。

「< 創造芸術建築(アストラステラ) >」

空をキャンバスに、ゼリドヘヴヌスの折れた両翼が、瞬く間に描かれる。

先程より、長く、鋭く、なによりも美しく。

外壁や城門、城壁、砲門が再生された。

半壊していた飛空城艦が、その魔法により瞬く間に創造されたのだ。

刹那――

因果の咆吼、< 因果弾丸長城虎砲(へイズ・ベルムト・イエリヤーデ) >がゼリドヘヴヌスを飲み込んだ。

銀の弾痕に撃ち抜かれるが如く、ゼリドヘヴヌスは震撼し、ガラガラと崩壊していく。

魔法城壁、魔法障壁、いずれの護りも無視し、その弾痕は撃ち抜いたという結果によって、ゼリドヘヴヌスを破壊していく。

だが、崩れ落ちはせぬ。

破壊されたそばから、その翼は新しく誕生する。

それだけではない。

< 因果弾丸長城虎砲(へイズ・ベルムト・イエリヤーデ) >が、ゼリドヘヴヌスに与える損傷が明らかに小さかった。

恐らくこれは王虎の切り札。ザイモンらの慌てようからして、一瞬で< 創造芸術建築(アストラステラ) >の術式ごと壊せてもおかしくなさそうなものだが、因果の咆吼は、ゼリドヘヴヌスの根幹を撃ち抜けはしなかった。

それどころか、ゼリドヘヴヌスが新しく描かれるごとに、その翼は< 因果弾丸長城虎砲(へイズ・ベルムト・イエリヤーデ) >への抵抗力を増していくのだ。

因果が積み重なる銀城世界バランディアス。

城の石垣を崩すのが容易いように、王虎には因果を崩すのは容易いことだ。

その因果を正しく認識できてさえいれば――

石を積めば、城になる。

それと同じように、メイティレンは絵の具を重ねれば絵になると思ったのだろう。

だが、魔筆を撃ち抜こうと止まらぬ。

< 創造芸術建築(アストラステラ) >には筆も絵の具も必要ない。

それは、ファリスの想像一つで描かれる絵画だ。

ゆえに崩すならば、ファリスの想像を正しく認識しなければならぬ。

それが、王虎にはできなかった。

どれだけ因果を辿ろうと、その権能がファリスの頭の中を覗き込んだとしても、奴には理解できない領域がある。

バランディアスには芸術が存在しない。

城の建て方なら百も承知だろうが、絵画の描き方は知りもしない。

機能美とはほど遠いファリスの描くその芸術的な翼が、奴にはまるで因果を無視し、飛躍しているように感じられたに違いあるまい。

どれだけ石垣を積み重ねても届かぬ高みを、勝手気ままに飛ぶが如く――

それゆえ、王虎はファリスを求め、執着したのやもしれぬな。

不完全な世界を補うために。

「……ああ……あぁ……! ファリス……その力、主が……元首になれば、妾は更に……」

「そろそろ敗北を認めるのだな。お前に残されたのは、その滅びかけの根源のみだ」

ゼリドヘヴヌスから飛び出した俺は、そびえ立つ 虎頭(ことう) の長城へ飛んでいく。

「黙れいっ!! やらん……やらんぞ……ファリス……主は、妾のもの……決して……決してぇぇぇっ……主なんぞにぃぃぃっ……くれてやるものかっ!!!」

銀の弾痕が俺の体を撃ち抜いた。

瞬間、バランディアスの空では、禍々しい日蝕が光を放つ。

「覚えておけ、メイティレン」

遙か上空から、サーシャが<終滅の神眼>を王虎の城へ向けた。

暗き光が日蝕に集う。

「過ぎた執着心は、身を滅ぼす」

「< 微笑みは世界(エイン・エイアール) を照らして(・ナヴェルヴァ) >ッッッ!!!」

王虎とその城のみを滅ぼす終滅の光が、<因果の長城>に降り注ぐ。

それでも、異様なまでの執着で、メイティレンはゼリドヘヴヌスに銀の弾痕を放ち続ける。だが最早、その因果の咆吼は彼の翼には届かない。

無数の弾痕が放たれる空をゼリドヘヴヌスはゆうゆうと飛び、終滅の光の前に<因果の長城>は黒く染められ、崩壊していく。

「……おの、れぇ…………」

宙に浮かぶ首が、悔しげに声を漏らす。

<因果の長城>は綺麗に消滅した。

今にも滅びそうな首なしの体に、王虎の首がふっと降りてきてくっついた。

「……口惜しいが、これまでかのう……。覚えておけ、ミリティア世界。覚えておけ、魔王学院の不適合者どもっ! この恨み、この怒り、決して忘れはせん。我が銀城世界は、これより主らを滅ぼすためだけの飢えた虎と化す。民が苦しもうが、世界が滅びようが、知りはせん。主らを追い、追って追って、地獄の果てまで追い回して、骨まで貪り食ってくれようぞっ……!!」

「――その負け惜しみの代わりに降伏しておけば、助かったものをな」

王虎の背後をとった俺は、奴の毛をわしづかみし、夕闇に染まったの右手で、終滅の光を握り締めていた。

サーシャが< 微笑みは世界(エイン・エイアール) を照らして(・ナヴェルヴァ) >を撃ち終えたのではない。俺が< 掌握魔手(レイオン) >でつかみとったのだ。

並の小世界ならば軽く滅ぼす威力を誇る破壊神アベルニユーの終滅の光が、更に< 掌握魔手(レイオン) >で増幅されていく。

その拳を奴の根源めがけ、俺は思いきり突き出した。

「――ま、待て、こっ、降さぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ……!!!!」

王虎の体を貫き、その根源の中心で、< 微笑みは世界(エイン・エイアール) を照らして(・ナヴェルヴァ) >が爆発した。

闇の光が、第二バランディアスを照らし、その場を暗黒が包み込む。

滅びの一切が、メイティレンの根源に集中し、散り散りに引き裂くように粉砕していく。

僅かに、闇が晴れた。

少しずつ、少しずつ、視界は明るくなっていき、やがて元の色を取り戻す。

空を禍々しく彩っていた<終滅の日蝕>は姿を消していた。

俺の足元に残されていたのは、殆ど灰になった奴の骸と、なんとか原型を保っている虎の頭蓋骨だ。

まだかろうじて生きている。

「最早、助からぬ。降伏せぬ方がバランディアスのためだ」

メイティレンの頭蓋骨へそう言い含める。

そうして、遠くで様子を窺っている奴らに視線を向けた。

「終わったぞ。バランディアスの城魔族。こちらへ来るがいい。最後の決着をつけてやろう」