軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王列車

静寂が、教室中を覆っていた。

別の世界が存在する、と耳にした生徒たちの心中はいかばかりか。

少なくとも、楽観している様子はなく、彼らは皆この大世界教練が平素の授業とはまるで異なることに気がついたようだ。

「……べ、別の世界って、先生、この世界みたいに、空があって、海があって、人や神族が住んでいる世界が他にもあるってことですか?」

ナーヤが問う。

「いやいや、どんな世界があるかはわからないぞ、居残り。胸が躍らないかね? 未知、未踏、未体験の世界が、この世界の外に広がっているかもしれないのだっ! 神族に埋め込まれた歯車、適合者、不適合者、世界の進化、火露の行方、エクエスの残した謎の答えが、恐らく、いいやきっとそこにあるっ!!」

カカカカ、カーカッカッカと熾死王は両手を広げ、盛大に笑った。

「ああ、臭う、臭うぞ。かつてないほどの危険な臭いが」

口が裂けんばかりに唇を吊り上げ、熾死王は俺に視線を向けた。

「魔王の敵の臭いがする」

「まだそうと決まったわけではない」

俺が言うと、教室内に漂っていた緊張が僅かに和らぐ。

「その通り。だからこそ、これから確かめるのではないか。この世界の外に、いったいなにがあるのかを」

「……普通の方法じゃ行けないはずだよね?」

レイが言った。

「世界の外とは言うけれど、少なくともこの世界の外側なんていうものは、誰も見たことがない。異空間や異界にしたって、結局はこの世界の内側にあるもののはずだよ」

「ということだが、創造神? この世界の果てがどうなっているのか、直々に説明してくれるかね?」

「わかった」

ミーシャが立ち上がり、前へ歩いていきながら、黒板に魔力を送る。

「空の上と地底の下には、黒穹が広がっている」

黒板に描かれたミリティアの世界の周囲に、黒い空――黒穹がつけ加えられた。

「この大地から遠ざかるほど、黒穹は引き延ばされていき、なにもない無に近づく。それは無限に近い空、神界があるのはここ」

黒穹に『神々の蒼穹』が描き足される。

「どこまでも引き延ばされる黒穹に終わりはない」

「黒穹が引き延ばされる速度よりも、速く飛べばどうかね?」

「空から上へ飛んだときは、地底の下から出てくる」

「つまり、この世界の空間は一律ではなく歪みがある。まっすぐ上へ飛んだはずが自然と方向が変わり、世界をぐるりと回って下から出てくる。言わば、世界は秩序により 球(きゅう) をなしているわけだな」

エールドメードが黒板の図に描き加え、世界を球体とした。

「この球の外に、オレたちの世界とは異なる秩序がまた違う球を作っていると考えられる。それが別世界ではないか?」

「レイの言う通り。普通の方法では、球の外には行けない」

「そこで、コレの出番だ」

エールドメードが、カボチャの犬車の車輪を杖で叩く。

「なにかわかるかね?」

ぱちぱち、とミーシャは瞬きをする。

「エクエスの車輪」

「正解だ。別の世界にいる何者かが、エクエスと<運命の歯車>をこの世界へ送り込んできたと仮定する。ならば、この車輪には世界を越え、別の世界に行く力が備わっているのではないかと思ったのだが」

エールドメードが首を左右に振りながら言う。

「いやいや、失敗、失敗、もう一つオマケに大失敗だ! 登校がてら試しに黒穹を散歩してきたが、車輪を回すだけでは世界の外側へ行くことができなかった」

「うーん、本当に世界の外側なんてあるのかしら?」

言いながら、サーシャが首を捻った。

「あると信じて知恵を絞りたまえ、破壊神。エクエスを使い、どうやって世界を渡るか。それが可能だと証明できれば、少なくともアレが外から来たものだということがはっきりする」

サーシャは俯き、頭を悩ませる。

「どうだ、オマエら? 思いつきで構わないぞ。片っ端から試してみようではないか」

エールドメードはまた生徒を当てようとしているのか、吟味するように彼らに視線を向けている。

そのとき、勢いよくドアが開いた。

「あー、大遅刻だぞっ!」

しまったというような表情で、声を上げたのは長い黒髪の少女、エレオノールである。

纏っているのは勇者学院の緋色の制服だ。

「……寝坊……しました……ごめんなさい……」

エレオノールの背中に隠れながら、ひょっこりとゼシアが顔を出す。

「カカカ、ちょうどいいではないか。この球の外へ行く方法を考えたまえ」

「わーおっ。いきなりわけのわからない問題を出されちゃったぞ……!」

エレオノールが黒板を見て、ちんぷんかんぷんといった風に首を捻った。

「エル先生……」

舌っ足らずな口調で、ゼシアが怖ず怖ずと言う。

「……自己紹介は……いいですか……?」

「ああ、そうだったそうだった。やりたまえ」

ゼシアはぱっと顔を輝かせ、後ろを振り向いた。

「エンネ……自己紹介……です……お姉ちゃんが……ついてます」

すると、教室へもう一人の小さな女の子が入ってきた。

ゼシアやエレオノールと同じく勇者学院の制服を身につけており、頭にふさふさの翼がついている。

エンネスオーネだ。

一緒に学院へ通いたいというゼシアの希望により、本日より魔王学院で学ぶことになった。

所属はエレオノールたちと同じく勇者学院であり、書面の上では学院交流生だ。

「……えと。知ってる人もいるけど、初めまして。今日から、一緒にお勉強するエンネスオーネだよっ。よろしく」

「……エンネは、ゼシアの妹……です……みんな、仲良く、お願い……します……」

ゼシアは姉らしくぺこりと頭を下げる。

一緒にエンネスオーネもお辞儀をした。

ぱちぱちと生徒たちから拍手が溢れる。

エンネスオーネはどうしていいかわからず、頭の翼をきゅっと固くしている。

ふむ。少々緊張しているようだな。

知らぬ顔ではないとはいえ、今日から学院に通い始めることもある。

最初が肝要だ。

クラスに溶け込めるよう、一つ場を設けるか。

「――じゃ、これは? なんで球になってるんだ?」

「秩序を図解した」

エレオノールがこそこそとミーシャに黒板に描かれた図の説明を聞いていた。

「そっかそっか。んー、大体わかったぞっ! わかったけど、これ、外に行くのは無理じゃないかな? だって、世界の果てがこういう風にぐるぐる回るようになってるんだよね?」

エレオノールが至極真っ当な結論に至る。

「大丈夫……です……エンネといつもやってるアレで行けます……」

ゼシアが自信たっぷりに胸を張った。

「ん? アレ? どのアレだ?」

「エンネ……やるです……」

ゼシアが得意満面で小さく前へならえのポーズをとる。その両肩にエンネスオーネがつかまった。

「……魔王列車……発進です……」

「出発進行だよぉ」

両手を小さく回転させながら、「しゅっぽしゅっぽ」と口にし、ゼシアとエンネスオーネがとことこと教室中を練り歩き始めた。

「……あー、えーっと……ゼシア、エンネちゃん。それじゃ、無理だと思うぞ」

ゼシアとエンネスオーネがしょんぼりと肩を落とす。

「だめだって……」

「……魔王列車は……どこまでも……行ける……はずです……」

教室の真ん中で、二人はずーんと落ち込んでいた。

「ふむ。その手があったか」

俺が口にすると、生徒たち全員がこちらを振り向いた。

「存外、可能性はあるやもしれぬ。やってみるか」

「正気っ!? 魔王列車をっ?」

隣から、サーシャが鋭く問う。

「くはは。あるかどうかもわからぬ世界の外へ行こうというのだ。正気など気にしていてどうする?」

「それは、そうかもしれないけど……」

俺は立ち上がり、ゆるりと歩を進める。

そうして、落ちこみ気味のゼシアとエンネスオーネの前に立った。

「俺が先頭を務めよう」

「魔王列車は……世界のお外……行けますか?」

「やってみよう」

笑ってやれば、ゼシアとエンネスオーネに笑顔が戻った。

くるりと踵を返し、俺は泰然と小さく前へならえをした。

その後ろでゼシアとエンネスオーネが同じ姿勢になる。

生徒たちは、皆、呆然とこちらを見ている。

「なにを突っ立っている? やるぞ」

「御意」

これまで講義を見守っていたシンが即座に応じた。

彼は冷たい表情を崩さぬまま、エンネスオーネの後ろについた。

「……ていうか、身長差……」

「デコボコ……?」

サーシャとミーシャが言う。

「お、おい……!」

「ああっ! 俺たちもっ!」

「ここで挽回しとかないとっ……!」

うなずき合い、黒服の生徒たちが一斉に席を立っては、シンの後ろについた。

ファンユニオンはすでに八人で列車を作っており、「アノス様に連結連結っ!」などと言いながら、その後ろにドッキングする。

サーシャがミーシャに視線を向けると、「やる?」と彼女が首を傾ける。しょうがないといった風にため息をつき、二人は魔王列車の後ろにつく。

レイやミサ、エレオノール、そして他の生徒たちも連なり、一本の長い列が出来上がった。

俺は眼光を鋭く、前方を睨む。

「魔王列車、出るぞ」

「御意。出発進行です」

小さく前へならえをした両腕を回転させながら、俺たちはゆるりと出発した。

「しゅっぽしゅっぽ」

重たい声が響き渡り、魔王列車は堂々と教室内を練り歩いていく。

「……ねえ、アノスッ? ちょっと聞きたいんだけど、こんなんでどうやって世界の外へ行くのよっ?」

「しゅっぽしゅっぽ」

「しゅっぽしゅっぽじゃないわっ!!」

「……真剣……」

俺の顔を見て、ミーシャが言う。

「ていうか、これで、世界の外へ行けるかもしれないってどういうことかしら……?」

サーシャが顔に疑問を貼りつける。

「あはは……ちょっとよくわからないですよね……でも、アノス様のことですから、なにか深い考えがあるんだとは思いますけど……?」

ミサが言い、サーシャが真剣な表情で俯く。

「……確かに、そうよね。あんなに真剣に『しゅっぽしゅっぽ』言ってるってことは、馬鹿なことをしているように見えて、これが世界の外へ行く鍵ってことね……」

「それじゃ、ボクたちも気合いを入れるぞっ!」

皆、真剣な顔つきになり「しゅっぽしゅっぽ」と声を揃える。

回転する両手は車輪の如く、連なる体は車体の如く、俺たちはさながら列車と化していた。

だが、まだだ。

「< 魔王軍(ガイズ) >」

魔法線をつなげ、より魔王列車に相応しい形をとる。

「……そっか。集団魔法だわ……。全員の魔力と魔法術式を合わせることで、世界の外へ行けるってこと……?」

「サーシャ、腕が下がっているぞ。ミーシャ、回転が遅れている。全員、俺に呼吸を合わせろ。よいか? 俺たちは列車だ。腕は車輪、ならば回転速度を一定に保て。つかず、離れず、列の間隔を揃えよ」

「「「はいっ! アノス様っ!!」」」

生徒たちは必死に呼吸を合わせ、回転速度と列の間隔を合わせていく。

机の間をレールに見立て、教室内を練り歩いていくごとに、最初はバラバラだった列車が次第に一つになっていく。

やがて心の車体は連結され、想いの車輪が勢いよく回転し始めた。

汽笛が鳴る。鳴るはずのないそれは、皆の心の声だったのやもしれぬ。

俺たちは今まさに、一台の魔王列車として走っていた。

「よし。いいぞ。その調子だ」

「……ずいぶんデリケートな術式ね……アノスが術者でも、あたしたちが合わせなきゃいけないって、いったいどれだけの大魔法を……? あ……!」

俺が足を揃えたのを見て、サーシャがはっとする。

「……止まった……?」

魔王列車が止まり、< 魔王軍(ガイズ) >の魔法線が消える。

サーシャがじっと魔眼を凝らす。

「見事だ。よくぞ列車になりきった。さすがにこればかりは俺一人の力ではできぬのでな」

「じゃ、これで……?」

「ああ」

静かに振り向き、配下の労をねぎらうように俺は言った。

「列車ごっこは終わりだ」

「世界の外側はどうしたのよっ!!?」

サーシャが興奮したように大声を上げる。

「そう急くな。これからだ。入学初日なのでな。まずはエンネスオーネがクラスに溶けこめるように取り計らった」

「そういうの、先に言ってくれるかしらっ!? てっきり、世界の外側に行く魔法を使うのかと思ったわ」

「くはは。世界の外側へ? 今の列車ごっこでか? 行けるわけないだろうに」

サーシャはなんとも言えぬ表情を浮かべた。

「……じゃ、結局、どうするのよ? また一から考えるの?」

「いいや。なかなかどうして、今のは大きなヒントになった。作ってみる価値はあるだろう」

彼女は僅かに目を丸くする。

「ええと、列車を?」

「風車と水車を使ってな」