軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

円卓の議場

ガイラディーテ、勇議会宮殿。

かつてのガイラディーテ王が住んでいた王宮を解体し、その跡地に建てられた議員たちの話し合いの場である。

この宮殿に設けられた円卓の議場にて、様々な議論が行われ、アゼシオンの方針や方策が取り決められる。現ガイラディーテの政治の中枢だ。

しかし、新たな政治の仕組みである議会制への移行は未だ半ばであり、その本丸である勇議会も十全に機能してはいなかった。

「――ですからっ、何度も申し上げているようにっ」

円卓の議場にて、エミリアは語調を激しくし、議員たちに訴える。

「< 聖刻十八星(レイアカネッツ) >では<破滅の太陽>を封じられませんっ。勇者学院の人員と貴重な聖水を悪戯に消耗するだけですっ!」

彼女は< 聖刻十八星(レイアカネッツ) >と<破滅の太陽>サージエルドナーヴェについて、懇切丁寧に説明をした。しかし、アゼシオンの意思決定を担う議員たちは、<破滅の太陽>を封殺するという方針を改めようとしないのだ。

「これは、わたしだけではなく、勇者学院一同、また魔王学院のエールドメード先生や暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードも同じ見解です」

エミリアの言葉に、議員たちは思い思いの顔で、皆考え込んでいる。

「しかしねえ、エミリア学院長」

議員の一人、シヴァルが言った。

アゼシオン連合国の一つ、ルグランを治める王だ。

いかにも腹に一物あるといった顔つきである。

「<破滅の太陽>が我々の手に余るほどの大魔法だというのはわかった。だからといって、アゼシオンを担う我らがなんの対策もせず、あれを放っておいても構わないというのかね?」

「<破滅の太陽>への対処は、すでにディルヘイドが進めています。アゼシオンの英雄、勇者カノンが先頭に立つのです。なんの不安があるというんですか?」

シヴァルがため息をつく。

わかっていないという風に首を振るが、しかし、明確に反論しようともしなかった。

「ルグラン王。なにかおっしゃりたいことがあるなら――」

「かつての英雄――」

別の声がエミリアに向けられる。

「そう、かつての英雄、とおっしゃりたいのではないのかな、ルグラン王は」

そう口にしたのは、ポルトスを治める王、エンリケだ。

「確かに勇者カノンは、神話の時代の英雄。民衆の信頼も厚い。しかし、我々は古いアゼシオンから脱却するために、この勇議会を立ち上げた。王の身分を捨てようとも国のため、あらゆる特権を廃止するために、ここにいるのだ。平等な社会を築くために」

理路整然とエンリケは言う。

「平等、公平の象徴たる勇議会が、かつての英雄だからと特別視するのはどうかと」

「力があると言っているんです。特別に扱えとは一言も言ってはいません。勇者カノンをもって、国に迫る脅威を打つ。それ以外の思惑はありません」

毅然とエミリアが言葉を放つと、もう一人の王、ネブラヒリエを治めるカテナスが言った。

「確か、勇者カノンは、レイ・グランズドリィを名乗り、魔王学院に通っているとか? 行く行くはディルヘイドのいずこかを治める魔皇になるのでしょうね?」

「今、それがなんの関係があるって言うんですか?」

エミリアが問うと、ネブラヒリエ王カテナスは穏やかに微笑む。

「聡明なエミリア学院長ならおわかりなのでは? この<破滅の太陽>撃滅作戦を勇者カノンに一任すれば、ディルヘイドに借りを作ることになります」

「ふーむ。そうすると後がいささか厄介ではあるな」

示し合わせたようにルグラン王シヴァルが言う。

「なにが厄介だと言うんですか?」

「まあまあ、エミリア学院長。気持ちはわかるが、そう熱くならずに」

諫めるようにポルトス王エンリケが言った。

「わかっていませんよ。後があると信じて疑わないあなたたちに、わたしのなにがわかるって言うんですか。今、ここで、どんな手段を講じてでも、あの<破滅の太陽>を堕とさなければ、アゼシオンは地図から消えるかもしれないんですよ!」

ルグラン王シヴァルが、唸るようなため息を吐く。

「それは何度も聞いた。あの<破滅の太陽>が魔力を隠しているために、私どもには危機が察知できないというのも理解している」

「魔力を隠しているんじゃありませんっ! 魔力が強大すぎて、感じることができないんですっ」

「細かな違いはいい。要は魔力が見えないということだ」

エミリアは開いた口が塞がらない様子だ。

魔力の隠蔽と、強大すぎて感じとれないのでは、状況がまるで違う。

後者は、感じとればそれだけで死にかねないということを意味するのだ。

「アゼシオンが地図から消えるかもしれない。それぐらいの覚悟で、我々も臨むつもりでいる」

「……それぐらいの覚悟?」

心構えの話ではないと彼女は言いたげだった。

「お言葉ですが、お三方は、あれだけ説明して、まだわからないんですか?」

「いやいや、わかっているよ。大変なことだ。そのために、勇者学院による< 聖刻十八星(レイアカネッツ) >をなんとしてでも成功させなければならない」

エミリアが奥歯をぐっと噛みしめる。

さっきから、この堂々巡りなのだ。

「なにが不服かね、エミリア学院長。魔力が見えない。アゼシオンが地図から消えるほどの大規模魔法攻撃が行われる。勇者カノンを投入し、<破滅の太陽>を打ち破る。我々も譲歩して、君の説明と作戦を受け入れた。ディルヘイドに手を出すなとは言わん。こちらの< 聖刻十八星(レイアカネッツ) >ぐらいは、飲んでくれてもいいだろう?」

「……< 聖刻十八星(レイアカネッツ) >が通用しなくてもいいってことなんですね……」

低い声で、エミリアが言う。

話が噛み合わない理由を、ようやく理解したのだろう。

つまりは身内でありながら、これまでは腹の探り合いだったわけだ。

「< 聖刻十八星(レイアカネッツ) >が<破滅の太陽>を堕とすのに貢献したって、そう民に思わせれば満足ということですか?」

「言葉がすぎるぞ、エミリア学院長」

怒りをあらわにしたようにシヴァルは言った。

「綺麗事だけでなにが救える? 張り子の虎とて必要だ。勇議会にはアゼシオンの民を守る力がない。そう思われれば、国は瓦解する」

両手を組み、静かに彼は息を吐く。

「血は混ざっていますが、あなたは純粋な人間ではないですからね」

カテナスが小さく呟く。

「ネブラヒリエ王」

シヴァルが窘めるような声を発した。

「君も言葉がすぎるのでは? 彼女は我らがアゼシオンのために尽力してくれている。立派な仲間、勇議会の一員として扱うべきだろう」

「これは失礼。申し訳ございません」

そう言って、カテナスはエミリアに頭を下げる。

彼女が口を開くまで、頭を上げようとしなかった。

「……いえ。そんなことはどうでもいいんですよ……」

「あなたが寛大な人で助かりました」

カテナスは言う。

「無論、君の立場も理解はするがね」

婉曲的な言い回しで、シヴァルがエミリアに言った。

「わたしが、魔族だから――」

「諸君」

エミリアが口を開いた瞬間、それまで議論を静観していた会長のロイドが言った。

「一旦、休議しよう。再開は一時間後に」

それを聞くと、シヴァルたちは立ち上がり、円卓の議場を出ていく。

俯き、立ちつくしたままのエミリアを心配そうに見ていた議員たちもいたが、ロイドに促され、その部屋を後にした。

「彼らの賛同を得ないことには、私とてどうにもならない」

ロイドが心苦しそうに言う。

「……わかっています……」

「君も休みなさい」

そう言い残し、ロイドは出ていった。

ルグラン王シヴァル、ポルトス王エンリケ、ネブラヒリエ王カテナス。

広大な国土を有するこの三者が王権を捨て、一議員になると確約しているからこそ、勇議会には意義があり、発言力がある。

率先して王の身分から退く者がいなければ、後が続かない。議会制への移行はただの絵空事で終わるだろう。

勇議会は、腐敗したガイラディーテの政治を見かねて、決起した。

シヴァルも、エンリケも、カテナスもそうだ。

理想の国を夢見て、集まってきた者たちばかりだが、やはり、それぞれ望む絵は違い、譲れぬものがある。

エミリアには、理想は遙か彼方にあるように見えたのかもしれぬ。

「……皮肉な話ですよね……」

首につけた<思念の鐘>に、話しかけるようにエミリアは言う。

「……今度は人間じゃないって、差別されるわけですか……」

エミリアは窓の外を見つめた。

<破滅の太陽>の日蝕は、四割ほどまで進んでいる。

「中途半端に血を混ぜるんなら、いっそ完全に人間にしてくれればよかったのに」

『魔族など放っておけと言われるかもしれぬぞ』

「………………え……?」

<思念の鐘>を通して聞こえてきたアノシュの声に、エミリアは驚く。

「アノシュ君……?」

『どの立場に立とうと、不都合はあるものだ』

エミリアとはエレオノールを経由して魔法線がつながっている。神界からでも、<思念の鐘>を持つ彼女にだけは、声を直接届けることができた。

<思念の鐘>を渡した経緯上、魔王アノスとして話しかけるわけにはいかぬがな。

「もう……。また知ったようなことを言って」

僅かに彼女は顔を綻ばせる。

「今まで呼びかけても、全然応答しなかったのに……」

『すまぬな。少々、たてこんでいた』

それを聞き、エミリアは表情を険しくした。

「……もしかして、アノシュ君まで神の軍勢の討伐にかり出されてるんですか……? それとも、レイ君たちと一緒に、<破滅の太陽>を……?」

『さて、どうなるかわからぬが、故郷を焼かれるのを見過ごすわけにはいかぬ。あれを止めるのは、力あるものの責務だ』

俺の言葉に、エミリアは唇を噛む。

「……わたしに、もっと力があればよかったんですが……」

『ないものを嘆いても仕方あるまい』

エミリアは黙り込む。

『お前にしかできぬこともあろう。その戦場で力を振るえ、エミリア』

< 思念通信(リークス) >を切断すると、エミリアは「アノシュ君?」と呼びかける。

「……言いたいことだけ言って……」

彼女はため息を一つつく。

だが、すぐに思い直したように顔を上げた。

「……悠長に話している余裕も、ないんでしょうね……ディルヘイドも……」

険しい表情のまま、エミリアは< 飛行(フレス) >を使い、窓から外に出た。

街の様子を見て回っているのか、その視界は上空からガイラディーテを観察しているようだ。

しばらく飛んでいると、下から声が聞こえた。

「エミリア学院長ーっ!」

街で手を振っている人間たちがいた。

エミリアはゆっくりと高度を下げ、彼らのもとへ降り立つ。

すると、沢山の人々が彼女のもとへ集まってきた。

「ガイラディーテ付近に敵兵が現れたって聞いたけんど、大丈夫だったか?」

「ええ。ディルヘイドから援軍が来てくれましたから、協力し、撃退しました。心配をおかけしました。ガイラディーテの防衛に問題はありません」

すると、人間たちは安堵の表情を浮かばせる。

「いやあ、よかったよかった。こんなところまで敵兵が迫ってるって聞いたときにゃ、どうなることかと」

「だから、言ったじゃねえか。エミリア学院長に任しときゃ、大丈夫だって。うちの息子も心配ねえって言ってたぜ」

「なあ。竜の群れが迫ってきたときも、エミリア学院長が撃退してくれたんだし、そこらの兵隊じゃ相手にならんだろ」

「ほんとにねえ。ディエゴ学院長のときはわけもわからない間に戦争になったりもしたけど、エミリア学院長はこうして街に顔を見せてくれるし、安心だわ」

「ああ、そうよ。あれ、訊いてみたらどうかしら?」

「でも……余計なお世話じゃない?」

「なによっ。訊くだけなら、ただじゃないの」

主婦らしき女性たちのやりとりに、エミリアは疑問を浮かべた。

「あの、なんの話でしょうか?」

「いやねえ。ほら、勇者学院の生徒さん方が、聖明湖で頑張ってくれてるでしょ。だから、なにか差し入れを持っていってあげたらって話してたのよ」

「お仕事中に悪いわよ。だって、あの不気味な太陽をどうにかする大魔法を使ってるところなんでしょ? それにねえ、あたしらが作ったものなんかより、アルクランイスカの料理人がもっといいものを作るでしょうし」

「いいのよっ、育ち盛りなんだから、量があればっ! ラオス君もハイネ君も、死ぬほど食べるわよ。ああ見えて、レドリアーノ君も」

「そうよねぇ! ガイラディーテを守ってくれてるんだから、あたしたちにできることぐらいは、なにかしてあげなきゃっ」

「だからって、大魔法の邪魔しちゃ悪いわよ」

「こそっと渡してくればいいじゃないのっ。お腹が空いちゃ、力が出ないわよ」

なかなかどうして、知らぬ間にレドリアーノたちは主婦層の人気を得たようだな。

なおも姦しいやりとりを続ける彼女らに、エミリアは苦笑しながら言った。

「差し入れは助かりますよ。生徒の皆さんも、喜んでくれると思いますし」

「ほらっ、だから言ったじゃない! 決まりよっ!」

女性たちは嬉しそうな顔をしていた。

ガイラディーテの危機に立ち向かう若者たちに、なにかしてあげたかったのだろう。

「あの、エミリア学院長、それっ、お怪我をなさっているんじゃ?」

一人の女性が心配そうに言う。

エミリアの服の袖が破れ、血が滲んでいた。

「いえ、これぐらいは大したことありませんよ。放っておけば血も止まります」

「いや、そりゃいけねえ。大事な体だからな。俺に任せてくれ」

男がやってきて鞄から薬瓶を取り出す。

僅かだが、魔力が宿っている。

その魔法薬に、彼は包帯をつけ込んでいる。

手慣れているところを見ると、医師か薬屋なのだろう。

「回復魔法がありますから」

「いやいや、大事な魔力を使わせるわけにゃいけねえっ! 大丈夫だ。こう見えて、この傷薬は効くんだよ。ガイラディーテでも、一級品だからよ」

「ああ! ゲッツのところの傷薬なら、安心だ! 顔はわりいが、腕は確かだからよ」

「顔は関係ねえだろうが!」

そう言いながら、ゲッツという男はエミリアの袖をハサミで切って、傷薬と包帯で手早く治療してくれている。

エミリアにとっては、気づかずに会議をしていたほどのかすり傷だが、住民たちの勢いに押され、なすがままになっていた。

「しっかし、ありゃ、本当に不気味な太陽だよな。こんな恐ろしい日蝕は見たことねえ」

「どうなっちまうんだかねぇ……?」

「また深き暗黒が来なきゃいいんだが……」

「なあに、心配はいらねえよ。ガイラディーテにゃ、エミリア学院長と勇者たちがいるんだからよ」

「ははっ、ちがいねえ」

エミリアは俯く。

そんな彼女に、民の一人が言った。

「でも、先生、無理だけはしねえでくださいよ。先生は毎日あっちこっちで仕事してて、いつ休んでんのかって、みんな心配してますから」

「ほんと、今、エミリア学院長に倒れられちゃ、ガイラディーテはおしまいだもんな。勇議会もなにやってんだか、わかんねえし」

「馬鹿っ、縁起でもねえこと言うんじゃねえって」

ますます俯き、エミリアはぐっと拳を握る。

手の甲にこぼれ落ちた涙の雫を、彼女は必死に隠した。

「大丈夫ですよ」

決意を固めて、エミリアは言う。

「ガイラディーテも、アゼシオンも、必ず守りますから」