軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

理不尽

一瞬視界が真っ白に染まり、その後、鍛冶・鑑定屋『太陽の風』の看板が見えた。

ドアを開け、俺たちは中へ入った。

カランカラン、とドアベルが鳴り、中にいた母さんがこちらを向く。

「アノスちゃん、おかえりなさいっ!」

母さんが嬉しそうに俺に飛びついてくる。

「今日の班別対抗試験、どうだった?」

「勝ったよ」

そう口にすると、母さんは弾けるような笑顔を見せ、俺の頭をぎゅっと胸に抱く。

「もーっ、アノスちゃん、天才っ! 絶対大きくなったら立派な魔皇さまになれるわよ。アノスちゃんが魔皇さまになったら、きっと素敵な街を作っちゃうわよね。お母さん、絶対そこに住むわ。今から楽しみっ!」

ん?

「母さん、魔皇のことを知っているのか?」

「もちろん。アノスちゃんの夢だもんね! お母さん、ちゃんと調べたわ。ディルヘイドの各区域を統治するお仕事でしょ。一番近くのお城に行って、色々お話を聞いてきたのよ。エリオ・ルードウェル魔皇さまにも、ちょっとだけ謁見できたわ」

俺が魔王学院に通いたいと言ったから、魔皇になりたいと思ったわけか。

しかし、自分のことでもないのに魔皇について調べたあげく、実際に会ってくるとはな。これが親というものか。いや、母さんの行動力がすごいだけか?

別段、魔皇になりたいわけではないが、アヴォス・ディルヘヴィアのことを考えれば、最終的には俺が暴虐の魔王であることを証明する必要もあるだろうしな。まあ、大体合ってるからいいとしよう。

「ところで、会ってきた魔皇の姓はルードウェル、だったか? どこかで聞き覚えがあるな」

「うん。アノスちゃんのクラスのエミリア先生は、エリオ魔皇さまの娘さんなんだって」

ああ、なるほど。エミリアだったか。

どうりで皇族批判とやらにうるさいわけだな。

「謁見してなにか話したのか?」

「うぅん、大勢で謁見してお言葉を聞ける機会があったから、行ってきただけなの。お話しできるのは、特別な許可がある人だけなんだって」

ふむ。それもそうか。

いちいち民一人一人に魔皇が話を聞いていては、体がいくつあっても足りない。

「それより、母さん。今日はまた人数が増えたんだが、大丈夫そうか?」

「え……?」

母さんが神妙な顔つきになった。

そして、恐る恐るといった風に、俺の後ろを覗く。

「……あ、アノスちゃん……もしかして、三人目のお嫁さんを――男の子だっ!!」

母さんがレイの顔を見るなり、驚いたような声を上げた。

「そうよねっ? 男の子よねっ? アノスちゃんと同じ男の子の制服だもんね?」

「ええ。僕はレイ・グランズドリィ。昨日、転入してきたばかりなんだけど、彼と仲良くなってね」

すると、母さんはぱっと表情を輝かせた。

「よかったぁぁ。お母さんね、アノスちゃんは女の子しかつれてこないから、もしかして男の子とはうまくやれてないのかなって心配してたの。そうよね。大丈夫よね。アノスちゃんは、女の子を節操なく誑かしてばかりのタラシなんかじゃないもんねっ!」

母よ。そんな心配をしていたのか。

「まあ、そう考えるのも無理はなかったかもしれないが、俺も一緒に過ごすなら男の方がいいぞ。今日の今日まで知らなかったが」

二千年前は性差など気にもとめなかったのだが、なにかと呼吸も合うし、気心も知れるからな。

まあ、相手にもよるのかもしれないが、レイとは妙に馬が合う。

「……男の方が………………いい…………?」

母さんはなにやら呆然と呟いた後、はっと息を飲んだ。

「…………あ、あ…………アノスちゃんが、アノスちゃんが………………」

母さんはふらっとよろめいたかのように後ずさり、大声で叫んだ。

「ど、どーしようーーーーーっっっ!? お母さん、カミングアウトされちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

なにやら唐突に母さんのスイッチが入ってしまった。

「なにかおかしかったか?」

「え……? う、うぅんっ、お、おかしくなんかないわっ。アノスちゃんは、なんにもおかしくなんかないわよ」

「むしろ、これまでが少しおかしかったんだ。これが、普通だ」

他の連中は男だの、女だの、気にしていたからな。

俺もようやく普通の感覚が理解できるようになったわけだ。

「これまでがおかしかった……そっか……。うんっ。普通よ、普通。男の子が好きで、なんにも悪いなんてことはないわよ……なんにも悪いことはないけど、ちょ、ちょっと待ってね」

母さんがものすごい勢いでミーシャとサーシャをかっさらっていく。

「ふ、二人は知ってた?」

動転した様子の母さんに、サーシャは努めて冷静に言った。

「……あのね、まずは落ちついてくれるかしら?」

「そ、そうよね。こんなときにお母さんが慌てちゃだめよね。アノスちゃんが勇気を出してカミングアウトしたんだものっ。しっかり受けとめてあげなきゃっ!!」

サーシャは無表情になった。

ミーシャは元々無表情だが、更に無表情になった。

「今日の今日まで知らなかったって言ってたけど、きっとアノスちゃんも悩んだはずよね。自分がどこか普通と違うって。もしかして、それもあって、サーシャちゃんとミーシャちゃんとの結婚を急いだとか? なんとか自分の気持ちを誤魔化そうとしてきた、ミーシャちゃんだけじゃだめだったから、サーシャちゃんともつき合って……プロポーズもして、自分を追い込んで……でも……やっぱり本当の心に嘘はつけなかった……!!」

「……ミーシャ、なにか言うことあるかしら……?」

「……壮大なストーリー……」

母さんはばっと振り向いて、レイに言った。

「レイ君っ!」

「はい」

「大丈夫。お母さんは、味方よ。男同士でもいいじゃない! そんなことより、誰かを好きになったその気持ちが、なにより大事だと思うの。だから、自分のその気持ちにはなんにも、なんにも嘘をつかなくていいからねっ。大丈夫だからね!」

くすっとレイが微笑む。

「アノス。これ、どういう状況か聞いていい?」

「母さんは少し誤解しやすいタチでな。まあ、今、説明するから……」

そのとき、バゴンッと工房のドアが開け放れた。

なぜかドア開けポーズのままビシッと固まっているのは、誰あろう、俺の父である。

「……アノス、辛かったな……よく、よく言ってくれた……」

父さんはいきなり感極まっている。

「お前の気持ちは少しわかる。父さん実は、実はだけどなっ! 昔、一回り下の可愛い男の子を見て、いけんじゃねって思ったことがあるんだ……!」

犯罪ではないか。

「好きになったものは仕方がない。父さんはお前のこと理解してやれると思う。だけど、お前……お前、あれは、どうするんだっ?」

「……あれ?」

「だから、あれだ、あれ。その、入れる方なのかっ!? それなら、父さん、ギリ理解できるぞっ! だけど、入れられる方だとすると、さすがに父さん、理解が……理解したいけど……理解して、やりたいけど――」

父さんは真剣な表情でぼそっと言った。

「けっこう気持ちいいのか?」

父よ……。理解して、やりたそうに言うのはよすのだ。

まあ、父さんがかっ飛ばしてるのはいつものことか。

軽くスルーしておこう。

「ところで、気がついてないかもしれないが、レイの他にも、もう一人客がいてな」

「ちょっと、アノスッ! この状況で正気っ? 収拾つかなくなるわよっ」

すかさず、サーシャが口を挟む。

「なに、後で説明すれば問題ない」

隣でミーシャが小首をかしげる。

「これまで一度たりとも、まともな説明できてないでしょっ!」

こくこくとミーシャはうなずいている。

「サーシャ。この俺を甘く見るなよ」

ミーシャはぱちぱちと瞬きをした。

「この件に関しちゃ、砂糖菓子並に甘いわ」

こくこくとミーシャがうなずく。

「……あはは……か、隠れてればいいでしょうか……?」

ミサが声を出すと、父さんと母さんは初めて気がついたといった風に彼女を見た。

そして、にっこりと笑ったのだ。

「あ、いらっしゃい。ごめんね、アノスちゃんのお友達に挨拶せずに」

「おう。ちょっとみっともないところ見せちまったけど、まあ、ゆっくりしてってくれ。お名前は?」

「なんでミサだけ普通の対応なのっ!? 二股とか重婚とかホモとかどこに消えたのよっ!?」

サーシャの理不尽に対する抗議の叫びが、家中に轟いたのだった。