軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊魔法

「……前に撃った< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >より、強いわよね……。いくらミーシャの魔力でも、二人だけなのに……」

地面に這いつくばるようにひれ伏した巨人兵を眺めながら、サーシャが呆然と呟く。

「……びっくりした……」

氷の魔王城にいるミーシャの声も聞こえてくる。

「ねえ。アノス。あなた、なにかしたの?」

「言ったはずだ、自分の根源に聞いてみろ、とな」

「自分の根源にって言われても、なんのことだか…………あ……」

気がついたようにサーシャが声を上げた。

「< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >?」

ミーシャが尋ねる。

「そういうことだ」

サーシャとミーシャは元々一人だった。

サーシャに< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >の魔法がかけられ、体と根源が二つに分かれた。誕生したのがミーシャだ。二人は十五歳の誕生日にまた一人に戻るはずだった。< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >の魔法効果により、魔力を何十倍にも増大させて。

だが、ミーシャとサーシャの根源を過去に送り込み、そこにいるミーシャとサーシャの根源と一つにさせたことによって、二人は初めから二人だったということになった。

なにが起きたのか? < 時間操作(レバイド) >と< 過去改変(イングドゥ) >により、サーシャとミーシャは十五年前に< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >を済ませたのである。

もっとも、片方は生まれたての根源だから、完全な形ではない。それでも、魔力はこれまでとは比べものにならないだろう。

今日までサーシャとミーシャに自覚がなかったのは、< 過去改変(イングドゥ) >により過去のサーシャとミーシャの魔力に制限がかかっていたからだ。そうでなければ、< 時間操作(レバイド) >を使う前と後で誕生時の魔力が違い、過去と現在に矛盾が生じる。過去改変がうまくいかないのだ。

しかし、< 過去改変(イングドゥ) >が完了した今、魔力の制限はなくなった。ミーシャが普段よりも、高精度の< 創造建築(アイビス) >を魔法行使できたのもそのためだ。

「だったら、早くそう言いなさいよ。やりすぎて、死んだかもしれないわ」

サーシャは森に着陸し、辺りの様子を見回す。

「ねえ。生きてるんだったら返事をなさいっ。助けてあげるわ」

呼びかけるも、返事はない。

まあ、まだ魔力は感じる。死んだわけではないだろう。

「どうだ? ご自慢の魔王城は粉砕されたようだが?」

滝の< 遠隔透視(リムネト) >から目を離し、レイの方を向く。

「残念だけど、僕の負けかな――」

彼は爽やかに微笑んだ。

「――と、君の配下は思っただろうね」

そのとき、< 思念通信(リークス) >からサーシャの声が聞こえた。

「あ、もう。なによ、こんなときに雨なんてやめてよね……」

雨?

俺がいる場所は雨どころか雲一つない晴天だ。

「気をつけて」

ミーシャの声が響く。

「どうしたのよ?」

「こっちは降ってない。雨はサーシャの場所だけ」

サーシャの顔色が変わる。

小雨だった雨は、もうすでにどしゃ降りに変わっており、彼女の周囲は殆ど視界がなかった。

とはいえ、雨で視界が封じられても、魔力を見る魔眼にはあまり影響がない。

「……なにこれ……? この雨、普通じゃないわ……ミーシャ」

「……雨一粒一粒が、ミサの魔力と同じ。本体がわからない……」

サーシャが視線を険しくする。

「なによ、この魔法……? 失われた魔法でもないし、聞いたことすらないわ……」

ふむ。精霊魔法か。

これはアハルトヘルンで水の大精霊リニヨンが使っていたものと同じだな。ミサは半霊半魔だが、リニヨンに縁があるということか。

精霊が使う魔法は特殊だ。奴らは存在そのものが魔法のようなものだからな。元々魔族には馴染みが薄かったものが、千年交流がなかったことにより、完全に伝承が途絶えたのだろう。まあ、暴虐の魔王と違い、どこかに文献ぐらいは残っているかもしれないがな。

サーシャもミーシャも聞いたことがないということは、ミサは今日このときまで精霊魔法が扱えることを隠していたに違いない。

それをここで明かすということは、是が非でも勝ちたいという証拠だ。馴染みの薄い精霊魔法とはいえ、種が割れれば対処もできるようになる。ミサにとって、今が格上のサーシャを打倒する千載一遇のチャンスだ。

そして、そのことは、サーシャも重々理解していることだろう。

「いいわ。最初の一撃はもらってあげる。でも、覚悟なさい。それで仕留められなかったら、あなたの負けよ」

サーシャは全身に反魔法と魔法障壁を幾重にも張った。

< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >によって格段に向上した魔力に、 魔導士(メイジ) のクラスによる魔力の底上げが加わっている。あの守りを突破するのは、ミサを含め、ファンユニオンの連中には荷が重いだろう。

「いっくよぉーっ!!」

どしゃ降りの雨から、ファンユニオンの女生徒が姿を現し、サーシャに襲いかかる。

合計八人。彼女たちは手に槍を持っている。魔法ではサーシャの反魔法を突破できないと判断したのだろう。

前後左右から同時に襲いかかり、その槍で思いきり突いた。

「やっと姿を見せたわね」

ファンユニオンの女生徒の槍は、そのどれもがサーシャの魔法障壁に阻まれ、かすり傷一つ負わせることができない。サーシャは<破滅の魔眼>で、八人全員を一瞥した。

「しばらく寝てなさい」

「……あっ……」

ふらっと女生徒たちはよろめき、その場に昏倒した。

「手加減したから、一日もすれば起きあがれるわ」

「……まだ……」

その声に、サーシャが目を見開く。

完全に意識を断ったはずのファンユニオンの女生徒が一人、地面を這っていたのだ。

「……アノス様の……班に入るんだ……」

圧倒的に魔力に劣る相手が、その意志の力でもって<破滅の魔眼>に耐えている。サーシャがそれに気をとられた一瞬の出来事だった。

空から振ってくる雨粒が人の姿を象る。突如、サーシャの頭上に姿を現したのは、純白の魔剣を大上段に振りかぶったミサだった。

「もらいましたよっ、サーシャさん!」

「甘いわ」

サーシャは全力の反魔法と魔法障壁を頭上に展開する。

ミサの魔剣がそこに振り下ろされた。

「はあぁぁっ!!」

純白の魔剣がサーシャの反魔法と魔法障壁を容易く斬り裂き、その腹部を薙いだ。

鮮血が溢れ、サーシャはその場に崩れ落ちる。

「……はぁ……はぁ…………」

地面に着地したミサは、今の攻撃に魔力を全力で込めていたか、荒い呼吸を繰り返した。

「ふむ。なるほど、あれはお前の魔剣だな?」

そうレイに尋ねる。

いくら不意を突こうとも、ミサにサーシャの守りを突破する力はない。

「魔剣は持ち主を選ぶけど、< 魔王軍(ガイズ) >で魔力のつながりがあれば、一時的に貸すことぐらいはできるからね」

「普通はできないがな」

「かもね」

確か、霊剣や神剣も扱えるという話だったか。

それにしても、他人に貸せるほど魔剣を服従させるとは、剣に関してはかなりの規格外だな。

シンに、少し似ているか。

「それより、治療してあげた方がいいんじゃないかい? 魔導士(メイジ) のクラスじゃ、あの魔剣の傷は癒せないと思うよ」

レイの言葉を、しかし、俺は鼻で笑い飛ばした。

「言ったはずだ。俺の配下を甘く見るな」

滝に映るサーシャは倒れている。

しかし、次の瞬間、彼女の体が 金色(こんじき) の炎に包まれた。

ミサが驚いたように振り返り、反射的に後ずさった。

「意外とやるわね。そんな魔剣が使えると思ってなかったわ」

サーシャは空を飛ぶように起き上がる。

そして、金色の炎を体に纏う。次第にそれは具現化していき、<不死鳥の法衣>となった。

纏ったものに不死の恩恵をもたらすその法衣は、魔力が尽きぬ限り、何度でも傷を癒やす。

「……それなら、次はその法衣ごと断ち切るまでです……」

ミサが純白の魔剣を構える。

さすがにその剣ばかりは、サーシャも警戒しないわけにはいかない。

「手伝う」

ミーシャの声が響いた。

「魔剣からレイの力を感じる。1対2じゃ不利」

「……嬉しいけど、ミーシャが来るまでに決着がつきそうだわ」

さすがに魔王城から< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >を放てば、サーシャ自身も巻き込まれる。

とはいえ、ミーシャが駆けつけるまで、ミサは待っていないだろう。

サーシャはそう考えたのだろうが、しかし、突如眼前に魔法陣が現れ、そこにプラチナブロンドの少女が姿を現した。ミーシャだ。

サーシャは驚きを隠せない様子である。

「ミーシャ……。今の< 転移(ガトム) >?」

「何回も見たから。できると思った」

ふむ。確かに何回も見せたが、それだけで< 転移(ガトム) >を完璧に模倣するとはな。

< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >の効果もあるのだろうが、やはり良い 魔眼(め) をしている。

「……いいわ。細かいことは、あの女を倒してからね」

「ん」

「……すごいですね、ミーシャさんもサーシャさんも……。でも、あたしも負けるわけにはいきません……」

並んで立つミーシャとサーシャに視線を向け、ミサがありったけの魔力を魔剣に込める。

いくらレイの助けがあるとはいえ、あの魔剣はミサには分不相応だ。長期戦はできないのだろう。

「……いきますよ」

ミサが魔剣を構え、地面を蹴った。

「サーシャ」

「わかってるわ」

魔法陣を一門展開し、サーシャは< 灼熱炎黒(グリアド) >を放った。<不死鳥の法衣>の魔法効果により、それは金色の炎へと昇華され、ミサに襲いかかる。

「はぁっ!!」

ミサが純白の魔剣で< 灼熱炎黒(グリアド) >を斬る。

瞬く間に金色の炎が消滅した。

「やっぱりね」

「魔法術式を斬る魔剣」

魔法には、その根幹に、魔法を魔法たらしめている魔法術式がある。言わば魔法の設計図だ。あの純白の魔剣は、魔法をすり抜け、術式自体を切断することで、魔法を無効化してしまうのだ。

「……さすがにわかっちゃいましたか。でも、この魔剣には魔法も反魔法も効きません……それに……」

すうっとミサの体が雨粒の中に溶けこみ、完全に消えた。

精霊魔法により、雨そのものと化したのだ。

「ミーシャ」

「ん」

背中合わせになり、サーシャとミーシャは後ろ手に両手をつなぐ。

どこからミサが現れるかわからない。あの魔剣の前には、防御も攻撃も、ほぼ無効化される。

にもかかわらず――

「ふふっ」

サーシャは笑っていた。

「どうしたの?」

「こんな日が来るなんて、思わなかったなって」

ただの学院の、ただの班別対抗試験。

姉妹ならば、力を合わせてそれに挑むのはなにも珍しいことではないだろう。

だが、彼女たちには、これこそが、夢にまで見た、かけがえのない奇蹟だった。

「ネクロンの秘術、見せてあげるわ」

「ん」

ミーシャが薄く微笑んだ。

360度、二人は視界をカバーしあう。

「いきますよぉぉっ!!」

すうっと雨粒がミサに変化し、突如二人の目の前に現れた。

残り三歩で剣の間合いだ。サーシャは迎え撃とうと、魔法陣を展開する。

「違う」

ミーシャが呟く。

どしゃ降りの雨に隠れてわからなかったが、ミサは魔剣を持っていない。

ただ持ったフリをしているだけだ。

はっとして、サーシャが頭上を見上げる。

雨粒が純白の魔剣に変化し、凄まじい速度で落下してきていた。

このタイミングでは避けられない。ミサはそう思ったことだろう。

だが、寸前で二人の体は消えた。落下した魔剣は空を切り、地面に突き刺さる。

「惜しかったわね」

ミーシャの< 転移(ガトム) >で魔剣を避けた二人は、片方の手をつなぎ、もう片方の手をミサに向けてかざしていた。そこに魔法陣が浮かぶ。

「< 魔炎(グレスデ) >」

「< 魔氷(シェイド) >」

二人は同時に言った。

「「< 魔氷魔炎相克波(ジェ・グレイド) >」」

ネクロンの秘術。魔法を融合させる融合魔法により、< 魔炎(グレスデ) >と< 魔氷(シェイド) >が同化する。金色の炎と白銀の氷が交わり、氷炎一体の魔法波となってミサを強襲した。

咄嗟に地面に突き刺さった純白の魔剣を抜き、ミサは< 魔氷魔炎相克波(ジェ・グレイド) >を迎え打つ。

「はあぁっ……!!」

魔剣と魔法波が衝突する。しかし、< 魔氷魔炎相克波(ジェ・グレイド) >は勢いを削がれたものの、完全に無効化することはなかった。

融合魔法によって構成された魔法術式は複雑で、術式が幾重にも重なっている。そして、仮に表層の術式を無効化しても、融合前の二つの魔法に戻るだけなのだ。そのすべての術式を斬る技は、ミサにはなかった。

「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

炎と氷に巻かれ、ミサの体が弾け飛ぶ。

地面をころころと転がった後、気を失ったのか、体を起こそうとはしなかった。

精霊魔法の効果が終わり、雨が消える。

雲間にすっと光が差した。

「一人では練習したことあったけど……初めてのわりに、うまく呼吸が合ったわね」

サーシャの台詞に、ミーシャは薄く微笑んだ。

「わたしはサーシャと同じ」

すると、嬉しそうにサーシャは笑い返した。

二人は誰よりも通じ合う。魔力の波長を合わせるのが困難な融合魔法も、息を吸うように容易く行使することができるだろう。

元々は同じ存在だったのだから。

「わたしもミーシャと同じだわ」

言いながら、サーシャが手を上げる。

そこへミーシャはちょん、とハイタッチをしたのだった。