軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エンネスオーネの謎

その場の空気が、疑問に包まれていた。

サーシャは表情を険しくして考え込み、ミーシャは瞬きをした後、小首をかしげた。

最初に口を開いたのは、エレオノールだ。

「堕胎神の秩序のせいでエンネちゃんが生まれないのに、堕胎神を滅ぼしちゃいけないってどーいうことだ?」

もっともな疑問である。

『……わからないけど、でも、エンネスオーネの記憶はそう言ってるの。堕胎神アンデルクは、滅ぼしちゃいけないって……』

記憶を探るような顔で、エンネスオーネが答えた。

「……アンデルクは、説得できるってことかしら? 本当は良い神様とか?」

サーシャが言うと、ウェンゼルは心苦しそうな表情を浮かべた。

「堕胎神アンデルクは、己の秩序に忠実な神族。わたくしやミリティアとは違い、それに逆らおうという意思を持ってはいません……」

「でも、ウェンゼルは説得できると思ってるのよね?」

一瞬、ウェンゼルは答えあぐねる。

理想と現実が彼女の中で鬩ぎ合っているように見えた。

「……アンデルクが自らの感情に目覚めるのなら、それが一番とは思っています。けれども、そのことに囚われてはいけません。なにより優先するべきは、エンネスオーネを生むこと。どうか、この世界がもう少しだけ優しくなりますように」

覚悟を示すように、生誕神ウェンゼルは言った。

「それがミリティアと、そしてわたくしの願いです」

「んー、じゃ、ますますわからないぞ? どうして、ミリティアは堕胎神を滅ぼしちゃいけないって言ったんだ?」

人差し指と首を同時に傾け、エレオノールは不思議そうな顔をしている。

「恐らく、ミリティアはわたくしを気遣ったのでしょう。同じく妹を持つ姉として、アンデルクを手にかけなければならないわたくしの心情を、彼女は察してくれたに違いありません」

小さく息を吐き、彼女は残念そうに言った。

「けれども、アンデルクは、ミリティアの妹アベルニユーと違い、聞き分けがありません」

友の妹を滅ぼすことを、ミリティアは避けたいと思っていた、か。

まあ、あり得る話だが、本当にそれだけか?

エンネスオーネの記憶は定かではない。

別の意図があって、堕胎神を滅ぼすなと伝えた可能性もあるだろう。

「いくら暴虐の魔王と言えども、神族の感情を目覚めさせることはできないでしょう?」

「なに、それならばすでに試したことがある。造作もないぞ」

あっと驚いたようにウェンゼルは口を開き、目を丸くする。

「……アンデルクの感情を、目覚めさせることが?」

「目覚めさせるだけならな。少々手荒な真似をするかもしれぬが?」

こくりとウェンゼルはうなずく。

「滅ぼさずに済むのなら、願ってもないことです」

「ふむ。ミリティアが俺にそれを期待していたというのなら、話は簡単だが」

ミーシャが俺の方を向き、口を開く。

「断定できない?」

「さすがにな」

「だけど、アンデルクの感情が目覚めたら、戦わなくてよくなるのよね? 秩序はなるべく滅ぼさない方が、色々面倒臭いことも少なそうだし……」

そう言ったサーシャに、俺はゆるりと視線を向けた。

「……違うの?」

「感情が目覚めたところで、秩序に逆らうかはわからぬ。ノウスガリアとて、俺の前では最後、恐怖を覚えた。しかし、到底心を入れ替えたようには見えなかったな」

ウェンゼルに視線を移し、俺は言葉を続けた。

「とはいえ、アンデルクが味方になる可能性もあるわけだ。今はウェンゼルを無理矢理この檻から出さぬ方がいいだろう。事を荒立てず、堕胎神を待つ。現れたなら、まずはウェンゼル、お前が説得を試みろ。神族が秩序に抗う鍵は、愛と優しさだ。それを最も目覚めさせる可能性が高いのは、姉であるお前をおいて他にはいまい」

「……わかりました……」

「あまり気負うな。だめなら、後は俺に任せておけ」

万一、滅ぼすことになるのだとしても、ウェンゼルにやらせるわけにはいくまい。

「堕胎神はいつここへ戻る?」

「わかりません。それほど長い時間待つことはないと思うのですが、恐らく二、三日ほどで」

そこそこ猶予があるな。

「じゃ、どうしようかしら? その間に、アベルニユーが落書きした石板を探す?」

サーシャがそう提案する。

「いや。本当に堕胎神の秩序があることでエンスオーネが生まれぬものか、先に確かめる。存外、そんなものはねじ伏せればどうにかなるやもしれぬ」

「また無茶苦茶言ってるわ……」

「あー……でも、アノス君だと本当にねじ伏せちゃうかもしれないぞ」

サーシャとエレオノールが、半ば呆れ気味の視線を送ってくる。

それを軽く受け流し、俺はウェンゼルに問うた。

「エンネスオーネが生まれない他の理由は?」

「後は一つだけ。彼女は生まれるために必要なものを、奪われてしまいました」

と、ウェンゼルが答える。

「ふむ。それはすでに聞いたな。心ない人形、魔力のない器、体を持たない魂魄か」

彼女はうなずく。

「この街のどこかにあるとのことだが、在処はつかんでいるのか?」

「心ない人形は屋根のない屋敷の中に入れられ、魔力のない器は扉のない店に並べられ、体をもたない魂魄は墓標のない墓地に埋められています」

そういえば、来る途中におかしな建物をいくつか見かけたな。

「そこまでわかっていて手が出せぬのは、その前に堕胎神にやられたか?」

「それもありますが、本物がどれなのか、わたくしの神眼でも、見抜くことができないのです」

「というと、一つではないと?」

「はい。屋根のない屋敷は、このフォースロナルリーフにいくつもありますが、その中に必ず心ない人形が存在します。魔力のない器や、体をもたない魂魄も同様です。それらは発する魔力の波長などがすべて同一のものにしか見えないため、見分けることも難しいのです」

本物を探している内に、堕胎神にやられ、この檻の中に入れられたというわけだ。

『……エンネスオーネにも、どれが本物かわからないの……』

エンネスオーネの秩序が具現化しているのがこの街だ。

つまり、生まれるために必要なものを奪われたというのは、彼女の秩序が歪められたに等しい。

自ら手出しをして生まれることができるのならば、彼女はとうに生まれているだろう。

生まれることができぬ、というのが具現化されているのだから、他者の手を借りねばどうにもなるまい。

「それに、あそこには、堕胎の番神がいるから……」

「ふむ。それだけわかれば十分だ。まずはその三つを揃える。ミーシャ、サーシャ」

ミーシャはぱちぱちと瞬きをして、サーシャが窺うように俺を見た。

「お前たちはここに残れ。なにをすべきかはわかっているな?」

ミーシャがこくりとうなずき、

「堕胎神に気がつかれないように、ウェンゼルを見守れってことでしょ」

と、サーシャが言った。

「最悪、俺が来るまで時間を稼げればよい」

「しかし、魔王アノス。たとえ、相反する秩序だとしても、神族が神族を滅ぼすことはありません」

ウェンゼルが言う。

「通常ならばな。エンネスオーネの誕生が近づけば、そうはいかぬ。生誕神の喪失とエンネスオーネの生誕を秤にかければ、奴らはより秩序が乱れぬ方を選ばざるを得ないはずだ」

俺は生誕神に魔眼を向け、そこから溢れる魔力を見つめた。

「お前は今も、エンネスオーネを生誕させるために、その権能を使い続けているな?」

「はい」

「ならば、今お前が滅びれば、エンネスオーネは生まれまい。仮に堕胎神の感情を目覚めさせることに成功したとして、それが良い方向に働くとは限らぬ。凶行に及ぶといったことも考えられよう」

一瞬考えた後に、ウェンゼルはまた口を開いた。

「……わかりました……あなたの言う通りにしましょう、魔王アノス……」

「よーし。じゃ、ボクとゼシアとアノス君で、エンネちゃんをがんばって生みにいくぞー」

エレオノールがそう言うと、ゼシアが意気込みを見せる。

「エンネ……ゼシアたちに……任せてください……! 魔王軍は……不敗、です……!」

『うん。ありがとう、お姉ちゃん』

ぎゅっとゼシアの背中につかまったエンネスオーネ。

瞬間、彼女は猛烈な勢いで走り出した。

「……ゼシアが……行きます……! お姉さん……です……!」

「あ、こらっ、ゼシアッ!」

慌ててエレオノールが後を追いかけていく。

「魔王アノス、もう一つだけ」

踵を返そうとすると、ウェンゼルが言った。

「もしも堕胎神を滅ぼすことになったら、そのときはできるだけ早く、彼女が滅し一日が経つ前に、エンネスオーネを生んであげてください」

「ほう。なぜだ?」

「堕胎と生誕は、裏と表の秩序。堕胎の秩序が消失すれば、整合が崩れ、世界は生誕に傾くでしょう。生誕の秩序が強くなりすぎれば、エンネスオーネは望まれない形で生まれることになるかもしれません」

一つの歯車が狂えば、全体の動きが乱れる。

ややこしいものだ、神族が有する秩序というものは。

「わかった。まあ、一日もあれば十分だ」

「それからウェズネーラのこと、ありがとうございます」

ここまで鎖で引きずってきた緊縛神に視線をやる。

「なんの話だ?」

「その子がわたくしを慕っていたから……わたくしが、その子の身を案じていたから、滅ぼさないでおいてくれたのでしょう? わたくしが、悲しむかもしれないと思ったから」

笑顔を携え、生誕神は言った。

「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって。ウェズネーラはまだ赤ちゃんみたいなもので、独占欲が強すぎるんです。きっと、良い子に育つと思うのですが……」

まあ、少々歪んではいるものの、緊縛神が持っていたのは紛れもなく母への愛情だ。

こいつは自らの秩序に逆らうことのできる神族だろう。

「なに、ちょうどよい鎖があったのでな。滅ぼすよりも、縛るのが手っ取り早かったにすぎぬ」

僅かに、ウェンゼルは笑声をこぼす。

「魔王アノス。やはり、あなたはミリティアが言った通りの人ですね」

そうして、祈るように彼女は言った。

「きっと、あなたなら、ミリティアの願った優しい秩序を、エンネスオーネを生んでくれると信じています」

「ウェンゼル。そういえば、聞き忘れたことがあった」

「なんでしょう?」

俺はサーシャを指さす。

「そこのサーシャは破壊神アベルニユーの生まれ変わりだ。そして、彼女が思い出した記憶によれば、ミーシャは、ミリティアの生まれ変わりかもしれぬ」

サーシャに向けていた指を、今度はミーシャに向ける。

「なにかわかるか?」

ウェンゼルはじっとミーシャに神眼を向ける。

しばらくして、彼女は首を左右に振った。

「創造神の秩序は感じられません。それがなければ、わたくしにも判別はつけられないのです」

「そうか。まあよい」

踵を返し、背中越しに俺は言った。

「時間があれば、ミリティアの思い出話でもしてやってくれ。なにか思い出すやもしれぬ」