軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

熾死王の仮説

根源の奥から響く不気味な声が遠ざかっていき、やがてノイズも消えた。

「カッカッカ、今の声はグラハムの置き土産か?」

杖を両手で持ち、熾死王が愉快そうに口元を歪める。

天父神の神眼にて俺の深淵を覗き込み、響いた声を聞き取ったのだろう。

「いやいや、しかしだ。見たところ、あの男の虚無の根源は、魔王の根源により今もなお滅び続けている。無さえも滅ぼしてのけるとは、カカカ、まさに魔王ではないかっ。底知れぬ深淵、底知れぬ力、この天父神の 神眼(め) でさえも、オマエのすべては見えてこない」

ダンッと杖をつき、奴は言った。

「暴虐、暴虐、暴虐ではないかっ! 世界の秩序たる神の前でさえ、オマエはなおも暴虐な存在として君臨している」

カッカッカ、と嬉しそうに熾死王は笑う。

魔王の力が底知れぬことについてではない。そんなことはとうに承知しているだろう。

「にもかかわらずだ。オマエの根源に声が響くというのは、どういうことだろうな、暴虐の魔王?」

「さてな。今のところ、わかっているのは、こいつが神族に関係しているということぐらいだ」

創造神ミリティア、破壊神アベルニユー、軍神ペルペドロ。あれが話しかけてきたのは、神に関することばかりだ。

「あるいは、秩序の軍勢に進軍の命を下した者かもしれぬ」

「な・る・ほ・どぉ」

危険の匂いを嗅ぎ取ったか、ひどく嬉しそうに熾死王は唇を吊り上げる。

「つまり、だ。その声の主が、神族側の王だというわけだな。カッカッカ、ああ、まったく素晴らしいではないか!」

両手を大きく広げ、大仰な身振りでエールドメードは言った。

「魔王に散々秩序を蹂躙されたことにより、なんとついには、神界の支配者までもが姿を見せるしかなくなったというのだからっ!」

「まだわからぬ。そもそも、神族に王はいなかったはずだがな。世界を創った創造神ミリティアでさえ、他の神に命令を下す立場にはない。天父神ノウスガリアも、秩序を生む秩序という、秩序の歯車にすぎなかった」

神族はただこの世界の秩序を構築しているだけで、魔族や人間のように支配者を持たない。

それぞれがそれぞれの秩序に従い、行動するのみだ。

「確かにノウスガリアも、神の王のことなど口にした試しはないがね」

「んー、じゃ、最近、生まれた王ってことはなあい? ノウスガリアを滅ぼした後とかどーだ?」

エレオノールが言う。

「ふむ。可能性はあるだろうが、そのわりには、今も破壊神のことを昔から知ってそうな口振りだったな。ミリティアのこともそうだ」

「王の秩序だから、他の神のことを知ってる?」

ミーシャがそう考えを述べた。

生まれながらに、他の神の情報を有しているということか。

それも、ないわけではないが、どうだろうな?

「これまで生まれなかった秩序が生まれたならば、世界にはなにかしら影響があるはずだ。神の王であり、秩序の支配者であるならばなおのことだ。たとえば、天父神の秩序を持つエールドメードには、それを感じとることができそうなものだが?」

熾死王は大きく肩をすくめる。

天父神の秩序には、なんの影響も感じられぬということだろう。

「では、天父神も創造神も、知らなかっただけというのはどうかね?」

エールドメードが言う。

「世界を創った創造神と、秩序を生む天父神が知らぬ、か。辻褄だけは合うが、果たしてそいつが、支配者と言えるか?」

仮にそうだとしても、さして影響力のある神族とは思えぬな。

「その神族の王が、創造神と天父神から、記憶を奪っていたとしたら、どうだ?」

「ふむ。なんのためにだ?」

「カッカッカ、愚問だ、愚問、愚問ではないか。無論、恐ろしき神族の敵、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードに、正体を悟られないようにするためだっ!」

ノウスガリア然り、ペルペドロ然り、神族は、秩序を乱す俺を敵視している。

ありえぬ話でもないがな。

「正体を隠していたなら、なぜ今になって俺に接触してきた?」

俺の問いに、エールドメードは愉快そうに答えた。

「つまり、正体を明かさざるを得ない状況になった、ということではないかね?」

「俺を手ずから始末するつもりだと?」

ニヤリ、とエールドメードは笑う。

「この熾死王が思うに、グラハムはその神族の王を知っていたのではないか?」

言わんとすることは、大体予想がつく。

「ふむ。知っていたからこそ、選定審判を改造し、<全能なる煌輝>エクエスを産み出す、などと口にしたと?」

「そう、そう、その通りだ。グラハムは、神族の王をオマエから隠そうとしたのだ。狂乱神アガンゾンを味方につけていたこともある。奴が神族を利用し、不穏な計画を立てていたとしても不思議はあるまい」

「早い話が、その神族の王と手を結んでいたというわけか」

杖の先端を俺に向け、奴は言った。

「その通り」

再び杖をつき、コツコツと床を鳴らしながら、熾死王は歩き出す。

「<全能なる煌輝>エクエスを産み出せば、神族の王がなすことはすべて、エクエスの仕業のように見える。神族の王は、グラハムとエクエスを隠れ蓑にしながら、暴虐の魔王を追い詰めようとした。無論、グラハムはグラハムで、神族の王を利用し、あるいは出し抜こうと考えていた」

「グラハムが俺に敗れたことにより、その計画が狂った、か」

隠れ蓑がなくなったとしても、俺を滅ぼすという目的が変わるとは思えぬ。

神族というのは、得てして融通が利かぬものだ。

「カッカッカ、ずいぶんときな臭い話になってきたではないかっ! 神族の王が、秩序の支配者が存在するのならば、敵だけをただ見ていればいいという話でもないだろう。ソイツは神に命令を下す権能を持っている可能性があるのだから!」

立ち止まり、熾死王は言った。

「つまり、裏切り者が出る可能性があるというわけだ」

杖から手を放し、くるくると宙で回転させながら、奴は続けて言った。

「破壊神アベルニユー、創造神ミリティア、未来神ナフタ、代行者であるアルカナが、その候補だろうな。秩序である彼女たちは、その意思はともあれ、神族側につく可能性が高い。もっとも――」

ピタリ、と杖が止まり、その先端が熾死王を指す。

「その最有力候補は、天父神の秩序を簒奪したこのオレだっ!」

「仮説にすぎぬ」

一蹴してやると、「そうかね?」と奴は言う。

まあ、熾死王については、神族の王とやらが存在せずとも、機会さえあれば愉快そうに裏切ってくれるだろうがな。

「お前の言葉は、話半分に聞かなくてはな。俺との< 契約(ゼクト) >を守りつつ、裏切る算段をつけていないとも限らぬ」

「神族の王が存在すると見せかけて、このオレが裏切りを試みていると? いやいや、まさかまさか、そんな大それた真似は思いつきもしないなぁ」

しらばっくれるようにエールドメードがうそぶく。

本当に裏切る気でもこう言うだろうし、そうでなくともこう言うだろう。

食えぬ男だ。

いずれ、そのときが来れば、決着をつけることになるだろう。

「オレの裏切りなどという些末なことはともかく、しかし、そう考えれば、ミリティアがオマエの記憶を奪ったことにも納得がいくのではないか? ん?」

「一理ある。ミリティア以外の意思が介入したというのは、あり得る話だ」

今のところ、アベルニユーの記憶を俺から奪う理由はミリティアにはない。

神族の王に限らず、何者かが創造神の力に干渉できたとすれば、納得もいく。

俺の父、セリス・ヴォルディゴードの遺言を聞き、ミリティアは俺からその記憶を奪おうとした。その瞬間に介入し、彼女が意図しない記憶までも奪い去った。

それを後から知ったミリティアは、創星に記憶のヒントを残したとすれば、辻褄は合う。

「……ミリティアと戦うことになる……?」

ミーシャがぽつりと呟く。

「熾死王の仮説が事実にせよ、そうはならぬ」

酔っぱらったサーシャの言葉が本当なら、ミーシャは創造神の生まれ変わりだ。

不安もあるだろう。

「安心せよ。なにがあろうと、お前は俺の配下だ。お前が抜けたいというのでもなければな」

薄くミーシャは微笑み、一切の逡巡なく言った。

「根源が滅びても、わたしはアノスのそばにいる」

「良い答えだ」

そう言って、彼女に笑い返してやる。

「さて。では、行くか。なんでも、この先で現実とやらを知ることになるそうだが、くだらぬ。とっとと真相を暴き、笑い話に変えてやるとしよう」

俺たちは足を踏み出し、地下ダンジョンへ入っていく。

「ああ、エールドメード。お前は来なくてもよい。メルヘイスとともに、神の扉探索の指揮にあたれ」

「ダンジョン内にいても、できることだが?」

「犬の散歩も結構だが、魔王学院の教師ならば、自習に来た教え子の面倒ぐらいは見てやるがよい」

カッカッカ、とエールドメードは笑った。

「読めぬ、読めぬな、まるで読めぬ。この状況で、この熾死王に出す命令が、教育に励めというのだからな。なにを考えている? 地下ダンジョンに入れば、すぐ戻って来られぬ恐れがあるため、戦力をここに残しておきたいか? それとも、この奥に、オレに見られては困ることでもあるのか?」

「なに、ナーヤが待ちぼうけていたものでな」

一瞬、エールドメードは目を丸くする。

そうして、ひどく愉快そうな笑みを覗かせた。

「取るに足らぬということかっ! いい、いいぞっ。そうこなくては、それでこそ暴虐の魔王だっ! オマエはいつも、オレの期待に応えてくれる!」

肩を震わせて笑いながら、奴は足を止めた。

「ああ、ときに秩序の軍勢、アレはなかなか危険だな」

俺の背中に熾死王はそう声をかける。

「狙いが魔王ではなく、世界中に戦火を撒き散らすことというのが、実に傑作だ。自らに向かってくる敵ならば一蹴できるものが、世界を狙われては守るのも一苦労ではないか」

言いながら、エールドメードはくるりと踵を返した。

「仮に秩序の軍勢が、世界中へ進軍したとして、オマエの配下に裏切り者がいれば、瞬く間に戦火は広がる。多くの民の死、配下の死を前に、そのとき、魔王はいったいどんな力を見せるのか。考えただけでも、胸が躍――るぐむむむっ……!」

呼吸困難に陥りながら、エールドメードは胸を躍らせる。

「カカカ……そうならないように、尽力しなければ。なあ、不適合者」

俺が振り向けば、その顔を、奴は背中越しに杖でさした。

「そう恐い顔をするな。ほんの冗談だ」

そう言って、熾死王は地下ダンジョンの入り口へと戻っていく。

「いやいや、この先なにが起こるのか。 剣呑(けんのん) 、剣呑、剣呑だ」