軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王の神眼と破壊神の魔眼

二千年前――

<破滅の太陽>サージエルドナーヴェ中心部。

金髪の少女が膝を抱えてうずくまり、闇の中をふわふわと漂っている。

上下の判然としないその空間で、まるで風に流されるように、くるり、くるりと頭と足の位置が何度も入れ替わっていた。

時折目を開き、彼女は暗闇に視線を投げては、はあ、と小さくため息をつく。

ひどく退屈そうな表情だった。

「……ちっとも来ないわ……なによー……忘れてるんじゃないの……?」

小さくぼやき、再び彼女は膝に顔を埋める。

「……早く来ないと、滅ぼすんだから……知らないわよ……」

そのとき、暗き暗黒が立ちこめる中心に、一条の光が差し込んだ。

勢いよく顔を上げ、その少女、破壊神アベルニユーは表情を輝かせた。

途端に、暗闇に黒き大地が形成されていく。

降り注いだ光の中から、漆黒の装束を纏った男が姿を現す。

暴虐の魔王、アノス・ヴォルディゴードであった。

闇の地面に着地すると、彼はまっすぐアベルニユーのもとへ歩いてくる。

思わず頬を緩ませ、駆けよろうとした破壊神は、しかし、頭を振って、足を止め、興味なさげにそっぽを向いた。

ツンとした表情で、退屈そうに彼女はアノスが歩み寄るのを今か今かと待ち構える。

やがて、彼がそこへやってくると、

「ふーん。何度も<破滅の太陽>の中までやってくるなんて、酔狂なのね、魔王さまは」

興味がない体を装い、彼女はアノスに背中を向けたままだ。

「伊達や酔狂で会いになど来ぬ」

アノスの言葉に、アベルニユーは俯き、頬を緩ませた。

「お前を放置しておくわけにはいかぬからな」

「そ? 別に会いにきてなんて頼んでないわ」

ツンとした口調で破壊神は言った。

そんな少女の深淵を覗くように、アノスは魔眼を光らせる。

「ふむ。破壊の秩序をずいぶんと御せるようになったものだ。サージエルドナーヴェも黒陽を放つことなく、影の状態を維持している。最早、俺の手助けは必要あるまい」

「誰かさんが無理矢理唇を奪ったおかげかしらね」

「すまぬな。俺に注意を向けてもらわねば、< 因縁契機魔力強奪(ガガ・ギョニヨル) >は発動しなかった」

アベルニユーは唇を尖らせ、不服そうに言う。

「別に、謝ってもらわなくてもいいけど。キスなんて、神にとっては、犬に噛まれたようなものだわ」

「ならばよい」

本当に歯牙にもかけていないのならば、< 因縁契機魔力強奪(ガガ・ギョニヨル) >は成立しなかったのだが、アノスが口に出すことはなかった。

「そういえば、前に魔王さまが言ってた手紙書いたわよ」

アベルニユーが魔法陣を描けば、手の平に一枚の手紙が現れた。

差し出されたそれを、アノスは片手で受け取る。

「良い土産になる」

「ね。ミリティアって、どんな神なの?」

興味津々といった風に、アベルニユーは尋ねた。

僅かにアノスは笑みを見せる。

「さて、どんな神なのだろうな?」

「知らないの?」

少し驚いたように、彼女は言った。

「知りたいと思っている」

「ふーん、そ。じゃ、わたしとおんなじだわ」

アベルニユーが優しげな表情を浮かべる。

「会ってみたいわ。ミリティアに」

そう口にして、彼女はくるりと背を向ける。

「おかしいわよね。こんなに近くにいるのに、秩序だから、会うこともできないなんて。だったら、どうして、わたしたちは姉妹なのかしら?」

ゆっくりとアベルニユーは闇の中を歩いていく。

「なんて魔王さまに言っても仕方ないわね」

「アベルニユー。今日は告げることがあって来た」

アノスの言葉に、彼女は足を止める。

背を向けたまま、破壊神の少女は顔だけで振り向いた。

「なに?」

「お前が欲しい」

彼女の頬は朱に染まり、その瞳は丸くなる。

「…………え?」

魔王は真剣そのものの表情で、力強く彼女へ告げる。

「お前の体を、その根源を、秩序を、破壊神アベルニユーを俺に寄越せ」

ほんのりと上気した表情のまま、破壊神はアノスへ体を向ける。

「代わりに、お前の願いを叶えてやる」

彼を見つめ、じっと考えた後に、アベルニユーは言った。

「……足りないのね。<破滅の太陽>だけじゃ」

彼女はそっと、自らの胸に指先を当てる。

「魔王さまは、この破壊神の秩序を奪い去りたいのね。世界が変わるぐらい、完全に」

アノスはうなずく。

「お前は秩序を御せるようになった。だが、神族ゆえか、この世に破壊が存在するというその根幹の秩序にまでは手が出せぬ。お前が望む望まずとも、変わらず世界には滅びが存在し、その 神眼(め) は絶望を映すだろう」

<破滅の太陽>が黒陽を放つのを、アベルニユーは制御できるようになった。

それでも、その神眼が地上を覗けば、視界に映るものは等しく自壊する。

なにより、人が簡単に死ぬというこの世の秩序は、なにも変わってはいない。

サージエルドナーヴェの代わりに、別のものが魔族や精霊、人間を滅ぼすのみだ。

「しかし、神ならぬ俺が今のお前を得たならば、その根幹の秩序を奪い去ることができる。<破滅の太陽>と破壊神を堕としたならば、世界中で巻き起こる滅びは最小限に食いとめられる。死ぬはずの者は死なず、滅びるはずの者は滅びぬ。その後に、必ずや平和が訪れる」

「平和のために、わたしが欲しいの?」

「喉から手が出るほどにな」

ふーん、と彼女は、魔王に視線を向ける。

「準備はすでに大方整った。残るは、お前の意思だけだ」

「嫌だって言ったら?」

「言わせぬ」

ふふっ、とアベルニユーは笑った。

「しょうがない魔王さまだわ」

「あいにくと強欲でな」

彼女は考えるように唇に指先を当て、トントンと軽く叩く。

「いいわ。ただであげるのも癪だから、勝負をしましょう。魔王さまが勝ったら、わたしが持っているものを一つあげる。どうかしら?」

「構わぬ」

アベルニユーは目を細める。

「勝負の内容は?」

「そうね。じゃ、わたしが欲しい物を魔王さまが持ってきてくれたら、魔王さまの勝ちでいいわ」

「ほう。なにが所望だ?」

アベルニユーは、アノスの右目を指さした。

「魔眼が欲しいわ。あなたの綺麗な 魔眼(め) が」

悪戯っぽい口調で、破壊神は言う。

「どうかしら?」

「くれてやろう」

アベルニユーは目を丸くする。

「いいの?」

「欲しいのだろう?」

「そうだけど……」

軽い悪戯心だったのだろう。

破壊神が有する<終滅の神眼>すらも封殺する魔王の魔眼は、彼にとって失うわけにはいかない力だとアベルニユーは思ったのだ。

ゆえにねだった。

彼が困る姿を、彼女は見てみたかったのだ。

「二言はない」

アベルニユーを魔法で浮かせると、アノスはその後頭部に手を回し、滅紫に染まった魔眼を見せる。瞳の深淵には、闇十字が描かれていた。

「これをくれてやれば、俺の勝ちだ。お前の右目をもらうぞ」

破壊神の両目に、<終滅の神眼>が浮かぶ。その瞳は、闇の日輪を象り、黒く輝いていた。

「……ねえ。魔王さまの 魔眼(め) は、なんていう名前なの?」

ふと思い立ったというようにアベルニユーが尋ねる。

「名など聞いてどうする?」

「ちょっと知りたかっただけだわ」

「< 混滅(こんめつ) の魔眼>と名づけた」

「ふーん、どういう意味かしら?」

「混沌とした滅びだ。この魔眼の力は滅びを本質とするが、どうにも混沌としていてな。いくら覗いても俺にも底が見えてこぬ。確かめようにも、まともに開眼すれば世界がもたぬ」

滅びぬものさえ滅ぼす力。

それさえ、<混滅の魔眼>からこぼれ落ちる余波にすぎない。

真の力を見ようにも、魔眼を開きかけただけで世界が崩れゆき、混沌とし始める。

開眼すればいったいなにが起こるのか、暴虐の魔王と呼ばれた彼でさえ確かめる気にはなれなかった。

ゆえに、その力は極限まで抑えて放つ。

そうすることで、<混滅の魔眼>は秩序を滅ぼす力を発す。

「物騒な魔眼ね」

「自信がないなら、やめておくか?」

「まさか。せっかく魔王さまがくれるというんだから、いただくわ」

静かに顔を近づけ、破壊神と魔王は、右目と右目をそっと重ねる。

滅紫の光と闇の輝きが混ざり合い、魔力の粒子が立ち上った。

「あのね、魔王さま」

穏やかな声でアベルニユーは言う。

「あなたが初めてわたしを見つめてくれたときから、色んな想いがここに溢れてくる気がするわ」

彼女は細い指先を、左胸に当てる。

「色んな感情を、知らなかった気持ちを、わたしは知った気がする。この 神眼(め) には、いつも絶望しか映らなくて、世界は悲しくて、いつも泣いているんだと思っていたの」

混ざり合った光が、互いの体に吸い込まれていった。

ゆっくりと二人は体を離す。

アノスの右目には黒き神眼が、アベルニユーの右目には滅紫に染まった魔眼があった。

「でも、違うのかしら? あなたの魔眼なら、違うものが見えるの? わからないけど、でも、願いを叶えてくれるって言ったわよね?」

「くはは。勝負に負けておいて、願いも叶えてもらうつもりとはな」

アベルニユーはきょとんとした。

無垢な瞳で、彼女は尋ねる。

「なにかおかしいの?」

「なに、正直で良いぞ」

ぱちぱち、と瞬きをして、アベルニユーは魔眼を調節する。

魔力が右目から左目に移るようにして、彼女の両眼が滅紫に染まった。

だが、瞳の深淵に闇十字が浮かぶことはない。

「あれ……? 魔王さまと同じ 魔眼(め) に、ならないわ……」

「二つに割ったのだから、そんなものだ。一時的になら本来の力も出せるかもしれぬが、お前からもらった<終滅の神眼>も、殆ど秩序を失った」

右目にあった神眼の魔力が左目にも移り、<終滅の神眼>の象徴たる闇の日輪は消え去る。

代わりに、アノスの両目には魔法陣が描かれていた。

彼は手に< 魔炎(グレスデ) >を出すと、それを睨み、かき消す。

「ふむ。滅する力は弱まったが、反魔法としては比類ない。制御が容易く、便利そうだ」

「<混滅の魔眼>に比べればの話でしょ?」

肯定するようにアノスは笑う。

「<破滅の魔眼>とでも名づけておくか」

「こっちは?」

アベルニユーが、自らの 滅紫(けしむらさき) に染まった魔眼を指さす。

「< 滅紫(めっし) の魔眼>でいいだろう」

「そのまんまだわ」

ぱちぱちと瞬きをして、破壊神は魔眼を切り替える。

滅紫に染まった瞳が元の色に戻っていき、今度はそこに魔法陣が描かれた。

<破滅の魔眼>だ。

ふふっと笑声がこぼれた。

「おそろいだわ」

嬉しそうに、アベルニユーが微笑む。

「あ、そう、だからね。さっきの続きなんだけど……もし、叶うんだったら」

思い出したように、彼女は言った。

「地上を歩きながら、魔王さまの 魔眼(め) で、今度は悲しみ以外を見てみたいわ」

花が咲いたような笑顔で、彼女は希望を見つめた。

「この世界が笑っているところを」