軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奇妙な裂け目

二千年前の映像が、頭の中から消えていく。

サーシャに視線を向ければ、彼女はものすごい勢いで背を向けた。

どうやら、これ以上は思い出せぬようだ。

『ふむ。恋に恋をしていた破壊神アベルニユーの感情を呼び覚まし、自らの秩序を制御させたといったところか』

すると、ミーシャが言った。

『心が芽生えた破壊神は、破壊の秩序に逆らうことができた?』

俺はうなずく。

愛と優しさは、神族の弱点だ。

それを神自身が手にすることにより、自らの秩序を御す力となる、というのはあながち間違った話でもあるまい。

『あの時点で、アベルニユーには心が芽生えかけてはいたようだがな。俺は最後の一押しをしたにすぎぬ』

芽生えた心に加え、< 因縁契機魔力強奪(ガガ・ギョニヨル) >によって、秩序の力を弱めた破壊神は、それにどうにか抵抗できたというわけだ。

アベルニユーは破壊を司る神だ。

滅ぼそうとすれば、より強い力を発揮するやもしれぬ。

下手をすれば、それがきっかけで更に破壊の秩序が力を増すといったことも考えられる。

ゆえに俺は破壊神を滅ぼさず、味方につけることを選んだのだろう。

彼女が滅びを拒否していたのが、一番の理由だろうがな。

『んー、あの後どうなったのか、続きが気になるぞ。サーシャちゃん、思い出せないのかな?』

エレオノールが言った。

『つ、続きなんてないわっ……! あれで終わりっ、あれで終わりなのっ!』

サーシャが顔を真っ赤にして、そう訴えた。

ミーシャは不思議そうに首をかしげる。

気がついたように、エレオノールが人差し指をピンと立てた。

『キスの続きの話はしてないぞっ?』

ますますサーシャの顔が赤く染まる。

うー……と唸りながら、彼女は瞳に<破滅の魔眼>を浮かべ、エレオノールを恨めしそうに睨む。

『わおっ! 嘘、嘘っ。冗談だぞっ。ボクの反魔法はアノス君みたいに強くないからっ……!』

慌てて、エレオノールはサーシャを宥めにかかる。

しかし、彼女にその声はまったく届いていないようだ。

羞恥に染まった表情で、サーシャは魔眼をきらりと光らせる。

『……わーお、サーシャちゃん、まだ酔ってるぞ……』

『う……』

サーシャの感情が爆発する寸前、エレオノールは背を向けて逃げ出した。

『奪われたんだもんっ、奪われたんだもんっ! キスじゃなくて、< 因縁契機魔力強奪(ガガ・ギョニヨル) >なんだもんっ!』

『痛いっ、痛いぞっ。サーシャちゃんの視線が刺さってるぞっ』

水の中を泳ぐように逃げるエレオノール、追うサーシャ。

<破滅の魔眼>がチクチクと刺してくるのにたまらず、エレオノールは自らの周囲に魔法文字を展開する。

聖水を張り巡らせ、発動した< 聖域(アスク) >を盾にして、彼女はサーシャの視線をなんとか凌ぐ。

『……バリヤー……です……』

ゼシアが楽しそうに言った。

『それに、転生した後に、取り返したんだもんっ』

『んー、なにを取り返したんだ?』

サーシャの魔眼がますます破滅に染まる。

エレオノールはしまった、といった表情を浮かべた。

いたたまれないといった様子で彼女が 魔眼(め) を逸らした瞬間、その視線になぞられた水にピシィッと亀裂が入った。

先程すでにヒビが入っていた水溜まり窓は、耐久力の限界を超えたといった風に、ミシミシと不吉な音を立てながら、亀裂を広げていく。

「また」

レイが天井にじっと魔眼を向ける。

「……さっきより、大きい音でしたよね……?」

ミサが言う。

<破滅の魔眼>にやられ、ティティの覗き窓の効果が弱まったのだろう。

「そこに誰かいるのかい?」

「気にするな。ティティの悪戯だ」

俺はそう答えておいた。

レイは一瞬固まった後、ゆるりとミサの方を向き、笑顔で言った。

「ティティの悪戯のようだね」

「お、おかしいですよねっ。今、アノス様の声っ、アノス様の声がしませんでした?」

すると、俺の顔の前にティティたちが、ふっと現れた。

「見つかったー」

「バレたー、バレたー」

「悪戯お仕舞い」

「お仕舞いだよー」

一瞬で水がすべて霧に変わり、水溜まり窓が忽然と消える。

俺たちの体は天井に投げ出され、そのまま落下していた。

< 飛行(フレス) >で姿勢を制御し、床にトン、と足をつく。

「騒がせてすまぬ」

ミサがきょとんとしながら、俺たち全員に視線を向ける。

「……え、えーとですね……」

恐る恐るといった風に、ミサは尋ねた。

「ご覧になってたんですか? 皆さんで? ずっと?」

「ず、ずっとじゃないぞ。ちょこっとだぞ、ちょこっと。ねえ、ミーシャちゃん?」

ぱちぱちと瞬きをした後、こくこくとミーシャはうなずく。

真似するようにうなずきながら、サーシャが口を開く。

「そうよ。ほんのちょこっとだけ、レイとミサが二人で家に入っていくところから、キスしようとするところまでしか見てないわっ!」

「さっ、最初からぜんぶじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

ミサの叫びが、家中に響き渡る。

両手で赤い顔を覆い、彼女は恥ずかしげに俯いた。

そんなミサの肩を優しく撫で、レイは俺に視線を向ける。

「またなにかあったのかな?」

「サーシャが破壊神アベルニユーだったということがわかった。しかし、記憶が完全ではなくてな。彼女の思い出を辿ってみているところだ」

「へえ」

レイがサーシャを見つめる。

彼女はなぜか、ミサを慰めるように、よしよしと頭を撫でていた。

「精霊の力を借りられれば、想いを辿りやすいかもしれぬ」

「あ、じゃ、私に会いに来たんだ」

声の方を振り向けば、水に流されていったシンと、レノが空を飛び、窓から戻ってきていた。

レノは久しぶりといった風に、俺たちに手を振っている。

「ちょうどよかったね、シン。さっきのこと、アノスに話したら?」

そう彼女は、シンに言った。

「我が君のお言葉が優先です」

「ふむ。なにかあったのか?」

尋ねると、恐縮したようにシンは答えた。

「つい今しがた、七魔皇老より私に< 思念通信(リークス) >が届きました。ネフィウス高原に、奇妙な空間の裂け目が出来ているのを確認したそうです」

ミーシャとエレオノールが顔を見合わせる。

「深淵を覗くことができない、とのこと」

その空間の裂け目がなんなのか、わからぬということか。

「どんな魔法を使おうとも、閉じることができないそうです。七魔皇老による魔法砲撃の集中砲火でも、なんの影響を与えることもできない、と」

「ほう」

「空間の裂け目は時とともに広がっているとのこと。発見当初は一〇〇メートルほど、現在では四キロに達しているそうです」

確かに奇妙だな。

「四キロってけっこうあるぞ?」

「ん」

エレオノールが言い、ミーシャがうなずく。

「七魔皇老はどうしている?」

「使い魔を残し、一旦、ネフィウス高原からは離れています。空間の裂け目の解析、破壊方法を模索していたのですが、手の打ちようがなく、私に連絡が」

七魔皇老で手に追えぬ事象ということは、神話級の魔法が働いていると見てまず間違いあるまい。

それも、神話の時代でも、上位の魔法だ。

「ご指示を」

「任せる。エールドメードと二人で――」

そのときだった――

ザー、と耳鳴りがした。

「……アノス?」

ミーシャが俺の顔を覗き込む。

心配はいらぬと軽く手を上げた。

意識を内側に集中すれば、再び、ザーと頭蓋にノイズが響く。

ザー……ザー……と根源の深奥から、そのノイズに混ざって、不快な声が木霊した。

『――いいのか?』

ねっとりと頭の内側を撫で回すような言葉。

『任せて、いいのか、本当に?』

「ふむ。先程から、何者だ、貴様は?」

そう問いを向ければ、レイたちが緊迫した表情で俺を見つめる。

『まもなく扉が開く。絶望の扉が。手にした平和の代償が、支払われるときが訪れよう』

俺の言葉に応じず、そいつはただ一方的に話を続ける。

聞こえていないのか? それとも、聞く気がないのか?

『まもなく、もうまもなく――すべての扉が開き、お前たち魔王軍は、守るべきものとともに戦火に飲み込まれる』

ザー……ザー……

と、一際大きくノイズが頭に反響し、ぴたりと止まった。

耳をすましても、最早なにも聞こえぬ。

頭に響く不快な音は、綺麗に消え去っていた。

「気が変わった」

視線を送ってくる配下たちに、俺は言う。

「どうも近頃、耳鳴りが続いていてな。どこの誰だか知らぬ輩が、わけのわからぬことを宣う。世界は優しくないだの、俺たちが戦火に飲み込まれるだの、と」

彼らは黙って、俺の言葉に耳を傾けている。

「どうやら、ネフィウス高原に出来た奇妙な裂け目に関係しているようだ」

この場に、< 転移(ガトム) >の魔法陣を描く。

「ともに来い。何者が、いかなる計略を巡らしているか知らぬが、その正体を暴き出し――」

不敵に笑い、俺は言った。

「魔王軍に逆らえばどうなるか、頭蓋に刻んでやる」