軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

選ばなかったのは

レイの視線がカシムを貫く。

それを受け流すように、彼は空を旋回しているハヤブサを睨む。

「あのハヤブサは、そなたものだったか」

カシムは魔導王を倒す、と言っていた。それが事実かはさておき、そう振る舞うのならば、勇議会全員を救出した後、次は奪われた武器を回収しに行くはずだ。

それを予想し、レイは先回りして、武器庫にハヤブサを潜り込ませておいた。

自分自身が待ち伏せしなかったのは、敵地の真っ直中である魔導要塞で、事を構えるわけにはいかなかったからだ。

レイの思惑通り、勇議会は無事に要塞から脱出できた。

その後、使い魔であるハヤブサの目を通して居場所を確認し、この場に追いついたというわけだ。

「君は、どうしてそんなに勇者を貶めようとするんだい?」

レイは真剣な表情で、カシムに問うた。

「貶める? そなたはおかしなことを言う」

生真面目な表情を崩さず、カシムは言葉を返した。

「そなたこそ、よく知っているだろう。虚飾の栄光、実体なき英雄。人間が作りあげた偶像、それが勇者だ。私はただその真実を暴くまで」

「確かに作りあげられた部分もあったかもしれない。だけど、それは人々を守り、勇気づけるためだ。二千年前、魔族の侵攻に苦しんでいた民には嘘でも勇者というお伽噺が必要だった」

カシムの言葉に、レイは真っ向から反論した。

「いつか人々に平和をもたらす英雄が、必要だったんだよ」

「嘘は嘘だ。それは正しい道とは言えない」

「それで、助かる命もあった」

「間違ったやり方で助かる命に、なんの意味があろうか」

カシムはそう一蹴し、更に言葉を続けた。

「死ぬべきであった。嘘で助かるぐらいならば、真実を抱いて死ぬのが人の道。嘘にすがってまで生きるなど、人間として恥ずべきことだ」

怒りと悲しみをない交ぜにした瞳で、レイはカシムを見つめる。

「命はそんなに軽くはないよ。なにをしてでも、どんな手段を使ってでも、人を助けたいと思うのが、そんなに間違っていることかい?」

「そうまでして生きて、罪悪感を覚えないなら人間失格だ。甘やかされて生きるならば家畜同然。我々人間は、強く厳しく、なにより正しく生きるべきだ」

一瞬言葉を切り、改めてレイは言った。

「君がもしも霊神人剣に選ばれていたなら、同じことを口にしたかい?」

「そなたは誤解している」

毅然とカシムは言葉を返した。

「霊神人剣が私を選ばなかったのではない。私が霊神人剣を選ばなかったのだ」

誇らしく、堂々と、自らの正義を示すようにカシムは言った。

「勇者も、霊神人剣も間違っているからだ」

「なにが間違っているんだい?」

「今口にした通りだ。虚飾にまみれた吐き気のするほどの巨悪。人々を、嘘に堕落させた勇者と霊神人剣を、私は討つ。勇者ではなく、ただカシムという名の正義のもとに」

レイは倒れたハイネとレドリアーノに視線を向ける。

「たとえ、勇者が間違っているとしても、君がやろうとしていることに正義はないよ。人の心を欺き、ねじ曲げ、傷つけて、それで満足かい? 正しい正義を謳いながら、君は同じように嘘をついている」

「私は調整しているにすぎない。勇者が世界を歪ませた。美化された勇者の名を、本来のものにしているだけのこと。勇者が嘘にまみれた生を演出するならば、同じく嘘にまみれた死をそこに突きつける」

「罪もない人を傷つけることの、なにが調整だって?」

語気を強めてレイは言い、続けて問い質した。

「誰かを傷つけてまで、それはしなければならないものかい? どうでもいいことじゃないか」

「罪はある。霊神人剣とそなたが犯した罪が」

さらり、とカシムは言ってのけた。

「先祖の因果が子孫に報いたのだ。これがそなたたちの暴挙の結果だ。狂ったものをただ戻しているにすぎない。本来は崇拝に値する存在ではないのだ、勇者というものは。虚飾の英雄を目指し、尊敬することほど、見ていて哀れなものはない」

大真面目な顔で、揺るぎのない口調で、彼は高らかに謳う。

「カノン。他人のせいにしているつもりかもしれないが、これはそなたたちが犯した罪だ。現代の勇者たる彼らがここでひれ伏した。私が悪いと断罪していれば、気は楽だろう。だが、そなたが真に勇者だというなら目を背けてもらっては困るな」

正義は我にありと言わんばかりに、カシムは言う。

「それが、どうでもいいだと? 自らの罪を消したい者が吐く、都合のいい台詞だな、カノン」

悲しげにレイはカシムを見つめた。

「……カシム。戦いは終わったんだ。霊神人剣に選ばれることに、今はもうなんの意味もない。たとえ選ばれなくとも、君は確かに勇者として沢山の命を救っていた。だから、もう」

「何度も言わせるな」

鋭い口調で、カシムは言葉を放つ。

「私が霊神人剣を選ばなかったのだ! あの聖剣が虚飾に満ちていることを、私が見抜いたのだっ!」

カシムが手を上げると、辺りには火矢をつがえた人間たちが現れた。

兵士ではない。その魔力の弱さ、服装からして、無関係の街の住人といったところか。

< 契約強制(ロア・ゼクト) >にて、操られているのだろう。

「暴いてやるぞ、カノン。そなたの嘘を。霊神人剣の誤った選定を」

一斉に火矢がレイに向かって放たれる。

住民たちは剣を抜き、レイに向かって特攻をしかけてきた。

「無関係の人間を傷つければ、勇者失格とでも言いたいんですの?」

ミサが言い、魔法障壁にて火矢を阻む。

漆黒の鎖が特攻してきた数十人の人間を縛り上げ、火矢を放った残りの人間に巻きつき、あっという間に無傷で拘束した。

だが、その一瞬の隙をつき、カシムは逃げの一手を打った。

彼らの目の前から、姿を消していたのだ。

「逃げ足の早いことですわ」

ミサはハイネとレドリアーノに魔法陣を描くと、聖痕を消し、< 総魔完全治癒(エイ・シェアル) >にて傷を治す。

「ハイネ君っ、レドリアーノ君っ」

エミリアが血相を変えて、ここまで走ってくる。

後ろには勇議会の者たちと、魔王学院の生徒がいた。

「心配いりませんわ」

エミリアはほっとした後、鋭い口調でレイに訊いた。

「勇者カシムはどうしました?」

「逃げられました。ですが、まだ追いつけます」

ミサがふっと微笑し、空を指した。

「使い魔に追わせていますわ」

「ここからは別行動をしましょう。僕たちはカシムを追います。エミリア先生はシャプス皇帝を」

「わかりました」

レドリアーノとハイネの傷が完全に癒え、二人が目を覚ます。

彼らは呆然とエミリアたちに視線を向けた。

レイが差し出した手をつかみ、二人は起き上がった。

「レドリアーノ君、ハイネ君。ラオス君と一緒に、できるだけ安全な場所に移動して、勇議会の方々を守ってください。詳しいことはラオス君から聞くように。わたしは魔王学院とともに、シャプス皇帝を押さえます」

「わかりました」

レドリアーノが答えた。

ハイネが魔法陣から、聖炎熾剣ガリュフォードを引き抜き、ラオスに差し出す。

「ほら、拾っておいてあげたよ」

「ありがとよ」

エミリアが振り向けば、遠巻きに様子を窺っていた魔王学院の生徒たちが、集まって来た。

第一皇女のコロナも一緒だ。

「コロナ様、王宮へ案内してくれますか? できるだけ最短距離で。途中にいる兵士は、すべてわたしたちが片付けます。危険を伴うかもしれませんが……」

「……大丈夫です。きっと、父を説得してみせます……」

エミリアはうなずく。

彼女とて、それがうまくいくとは思っていないだろう。

無論、説得できるに越したことはない。

「行きましょう」

コロナの案内に従い、彼女たちは王宮の方向へ向かう。

「レイ君、ミサさん。あなたたちなら、なにも心配いらないと思いますが、無理はしないでくださいね」

レイは笑顔でうなずいた。

「はい」

「先生こそ、気をつけた方がいいですわ。敵は人間だけとは限りませんもの」

エミリアは真剣な表情で応じた。

「ええ、わかっています」

レイとミサは、< 飛行(フレス) >を使い、空へ舞い上がった。

目立つことは間違いないが、悠長に追えば、逃げられてしまうだろう。

二人は使い魔で監視しているカシムを追って飛んでいく。

「どこに行きそうかな?」

「ちょうど今、遺跡都市の縦穴の中へ入っていきましたわ。四一番目です」

そこへ向かいながらも、レイは言った。

「罠だろうね」

「そうですわね」

その縦穴になにか隠しているのは、想像に難くない。

「ミサ。頼みがあるんだけど、いいかな?」

「手は出しませんわ。あなたが決着をつけられるように、ただ見守ります。嫉妬で歪んでしまわれたあの愚かな男に、現実を突きつけてきてやってくださいませ」

レイは悲しげに微笑む。

高速で空を行く彼らの前に、遺跡の縦穴が見えてきた。

その中へ二人は突っ込み、みるみると下りていく。

「カシムのことを考えると、いつも思うんだよね」

レイが静かに言葉を発する。

「もしも、霊神人剣に選ばれたのがカシムだったら、僕はどうなっていたんだろうって」

「あら、そんなことを考えますの?」

下りれば下りるほど細くなる縦穴を落下しながら、二人は身を寄せ合い、手を握る。

「気になってね。なにが彼を変えてしまったのか。理解したいんだ。もしかしたら、僕も、ただ運がよかっただけなのかもしれないって」

「二千年前、霊神人剣にレイが選ばれなかったら、どうなっていたか。そんなの、答えは簡単ですわ」

驚いたように目を丸くし、レイは彼女の顔を覗く。

ふっとミサは微笑し、当たり前のように言った。

「それでもあなたは魔王と戦い、わたくしと恋をしましたわ」