軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ガデイシオラの憎悪

――お兄ちゃん。動きがありそう――

魔王聖歌隊の歌がガラデナグアに響く中、俺を呼ぶ声が聞こえた。

視界をアルカナの魔眼に移す。

魔壁塔の中だ。

隣にはレイがいる。

禁兵たちが二人の周囲を取り囲んでいた。

彼女たちの目は、どこか妙に仄暗い。

ミーシャのように感情の機微を知ることはできぬが、それでもこれは嫌と言うほど、知っている。

憎悪の対象に向けられる、蔑みの視線だ。

「なんという神だ?」

禁兵の一人が事務的にそう問うた。

感情を抑えているようにも見える。

「わたしは、名もなき神アルカナ」

その答えに、尋ねた女は苛立ちを覗かせる。

「馬鹿にしているのか?」

「竜の子よ。嘘ではない。神は名を捨てることもある。かつての名を知りたいのなら、教えよう。わたしは、まつろわぬ神、背理神ゲヌドゥヌブ」

「ふざけるな」

低く、怒りの入り混ざった声音だった。

「小賢しい神め。背理神の名を出せば、我々が崇め奉るとでも思ったか? ガデイシオラはまつろわぬ神を信仰しているなどと外の者は言っているようだが、その中身は貴様らが思うようなものではない。我らにとっては、神もまつろわぬ神もさして変わらないのだ」

その禁兵は冷たい瞳でアルカナを睨む。

「どういうことだろうか?」

「貴様が本当に背理神ならば、知らぬはずがない。神もまつろわぬ神も、人を救うことはないという教訓を、他ならぬ裏切りと偽りの神ゲヌドゥヌブが、このガデイシオラにもたらしたのだからなっ!」

鋭く、吐き捨てるように禁兵は言い放った。

「決して神を信じるな、それが我らがそれぞれこの身に刻んだ痛みであり、貴様らに対する逆さの信仰。我らガデイシオラの民は神の上に立ち、それを支配する」

「あなたたちの教えは理解した、竜の子よ。けれど、わたしが背理神であったことも、今はその名を捨てたことも、事実。騙そうというつもりはない」

静謐な声でアルカナは言う。

「様々な神が存在する。神が人を救わないというのは正しく、そして同時に間違っているのだろう。されど、わたしは誓おう。この身は、人に救済を与える秩序の形である」

禁兵はその槍を、アルカナの鼻先に突きつけた。

「神が救いを与えるというのならば、なぜ救わなかった?」

怒気をあらわにし、その女は問いかける。

「あたしは祈った。神に願い、それこそすべてを捧げたっ! だが、なにもかもを投げ打ったというのに、あたしの子供は助からなかった。なぜ、あの子は短命種で生まれてきた? なぜ、神とまで呼ばれた者が、命一つ救うことができない?」

悲しそうにアルカナはその女を見返す。

彼女が過去の悲劇に囚われているだろうことは、誰にでもわかっただろう。

神に祈りを捧げ、奇跡を願い、そして叶わなかった。

地上でも、地底でも、それはありふれた出来事だ。

「ただ人並みの寿命を生きることが、そんなにも大それた望みだったのか? あまつさえ、神父は言ったのだ。信仰が足りなかったのだと、祈りが乏しかったのだと。そんな、馬鹿な話があるものかっ!」

槍を握る両手が、怒りに震えている。

「ジオルダルの教えも、アガハの教えも、すべてがまやかしだ。神はなにも救いやしない。どれだけ祈ろうと、なにを捧げようと。ならば、初めから正直に言え。神などいないとなっ!」

地底は信仰の厚い世界だ。

それゆえ、神に裏切られたときの怒りも、また大きい。

「竜の子よ。救済を与えようという言葉に嘘はない。しかし、この身は全知全能ではない。救えぬ命と心がある。あなたの祈りが足りなかったのではない。信仰が及ばなかったのでもない。許してほしいとは言わない。ただ神の力が足りなかったのだ」

ぎり、と奥歯を噛み、禁兵は手に力を入れた。

「……ふざ……けるな……」

憎悪と怒りの入り交じった、呟き。

「ふざ、けるなぁぁっ!!」

我を忘れたように突きだされた槍は、しかし、アルカナを貫きはしなかった。

その穂先が、切り落とされていたのだ。

「子供を助けたかったのは、わかるけどね」

レイが言う。

アルカナが貫かれるより先に、彼はエヴァンスマナにて、禁兵の槍を斬り裂いたのだ。

「神が特別な存在じゃないと気がついたんなら、神族だって大して君たちと変わらないこともわかったはずだよ」

「……黙れ。今更、神がそれを言うのか。神は秩序だと、すべてを司る<全能なる煌輝>の手だとあれだけ宣っておきながら、都合が悪くなれば、あたしたちと同じだと?」

「その神は僕でもなければ、彼女でもない。君の事情はよく知らないけれど、僕たちに関係のないことまで、僕たちのせいにされても困るよ」

禁兵はレイを睨みつける。

彼女にはその言葉が、ただの責任逃れにしか聞こえなかったのかもしれない。

「……神など皆、同じだ。秩序だ理だとそればかりで、人の気持ちなど、一つも考えようとしないっ!」

彼女が言っていることは、あながち間違いとも言いきれぬ

確かにそんな神が、この世界には溢れている。

うんざりするほどに。

「多くの神に心が欠けていることは否定しないよ。だからといって、すべてがそうだと断じるのは間違っている。現に多くの者が神を信じるこの地底で、君たちは神を信じていない」

「ほざけぇっ!!」

魔法陣から新たな槍を抜き、禁兵は再びレイに突きだした。

それを彼はいとも容易く斬り払った。

確か、ガデイシオラでは神の処遇は覇王ヴィアフレアが決めると言っていたはずだ。

この行動は明らかに私怨に他ならぬ。

だというのに、周囲の禁兵たちは彼女を止めようともしない。

皆同じような目をして、レイとアルカナに視線を向けるばかりだ。

同じ穴の 狢(むじな) というわけか。

「まるで人のようなことを言う神めっ。名乗れ! 貴様はなんという神だ?」

そう問われ、レイは当たり前のような顔で答えた。

「 勇気神(ゆうきしん) レイグランズ」

「……勇気神?」

聞いたことがないといった様子である。

それも当然、レイがたった今考えたでたらめの神だからな。

「君に足りないのは勇気だよ。自らの間違いを認める勇気だ。君の悲しみと君の憎しみは誰に否定されるものでもない。だけど、すべての神が君に悪意を向けたわけじゃない。神を根絶やしにしたって、君の子供が生き返るわけじゃない」

諭すようなレイの言葉に、禁兵は真っ向から反論した。

「お前たち神はいつも自分の都合しか言わないっ! 神は存在そのものが害悪だ。炎の秩序は人を焼き、刃の秩序は人を斬る。命の秩序は、あたしの子供の命を奪ったんだ! そしてお前は、勇気という名の秩序でもって、この復讐の誇りさえも踏みにじるっ!」

「君は物事の悪い面しか見ていない。火を起こせなければ凍えて死ぬだろうし、切ることができなければ、調理もできない。勇気がなければ、前へは進めないよ」

「お前たちはいつもそう言う。だが、甘く見るな。いつまでもあたしたちは、神の言葉などに騙されはしない。秩序がなくとも、世界は回る。神がいなくとも生きていけるっ! そのためのガデイシオラ、そのための覇竜だっ!」

禁兵は槍に魔力を込める。

途端に穂先が燃え上がり、その刃に炎を纏った。

「我らガデイシオラの禁兵は、皆、お前たち神に裏切られた者ばかり。ある者は再生の番神に、ある者は福音神に、そしてある者は輝光神に、その人生を奪われた。我らは共に誓ったのだ。復讐をなす、と。一丸となりて、神々を滅ぼし、この地底に我らの手による真の秩序と平和を取り戻すのだとっ!!」

炎がレイの逃げ場を塞ぎ、その穂先が彼の心臓に突き出された。

「ふっ……!」

一閃。レイが霊神人剣を振るうと、その剣圧で炎はかき消され、同時に槍が弾き飛ばされた。

「君の憎しみはわかるけど」

エヴァンスマナを禁兵の喉元に突きつけ、レイは彼女を見据えた。

「神々を滅ぼしたぐらいで、世界は平和になんかならないよ」

「……なんだと?」

「終わるかな、復讐は? 個人の恨みを、神族という種に向けるようになった復讐は、本当に神々を滅ぼしただけで終わるかい?」

穏やかなレイの視線を、彼女は憎悪を持って睨み返した。

「歪な復讐は、歪な結果を生む気がしてならないよ。君たちが、終わりのない恨みと憎しみを抱えて生きている限り、また新たな敵を作り出すだけじゃないかな? すべてを滅ぼし、なにもかも消えてなくなるまで、その戦いは終わらないかもしれない」

「貴様になにがわかるっ!?」

「君の気持ちをわかってしまったら、君の間違いを正すことができない」

激昂し、目を剥いた彼女に、レイはままならぬ表情を向けた。

「覚えはあるんだ。君の憎しみも、君の恨みも。二千年前に、僕は嫌と言うほど見てきたからね。君たちは今、岐路に立ち、選択を迫られているんだ。恨みを晴らし続けたいだけなのか、それとも、平和が欲しいのか」

ざっと足音が響く。

レイたちを逃がさぬよう、周囲を取り囲んでいた禁兵たちが、彼に憎悪と槍を向けていた。

「いいのかな? ガデイシオラでは、神の処遇は覇王が決めるという話だったと思うけど、こんなことをして、君たちが処罰されるんじゃないかい?」

「お喋りな神め。貴様が心配することではないっ。やれぇっ!!」

禁兵たちが槍を床に突き刺した。

紫の炎が地面に走り、レイたちの足元に魔法陣が描かれる。

「< 覇炎封喰(ヌイジニアス) >」

魔法陣から火の粉が立ち上る。

途端にアルカナが表情を歪め、がくんと片膝をついた。

「……神の力を封じる結界……」

「その通りだ。< 覇炎封喰(ヌイジニアス) >の中では、貴様ら神は思うように動くことすらできないっ! これが神の秩序を討ち滅ぼす、我らの叡智の結晶だっ!!」

エヴァンスマナを突きつけられていた禁兵は飛び退き、弾き飛ばされた槍に手を伸ばす――

「がはぁっ――!!」

槍をつかむ前に、彼女はレイに当て身を食らい、その場に崩れ落ちた。

「な、に……が?」

うつぶせの状態で、彼女は周囲を見やる。

< 覇炎封喰(ヌイジニアス) >を構築していた禁兵たちの槍が悉く切断され、全員が膝をつき、苦悶の表情を浮かべていた。

彼女たちは、驚愕と困惑の視線をレイに向けていた。

「……ば、馬鹿な……いったい、なにが……?」

「< 覇炎封喰(ヌイジニアス) >の中で、どうして……」

「……たかだか、勇気を司る神がこれほど自由に、こんなにも速く動けるはずが……?」

槍が切断されたことで< 覇炎封喰(ヌイジニアス) >の魔法陣が消え、アルカナを縛る結界は消失した。

「わかったかい? たとえ神を封じる鎖だろうと、勇気という秩序を縛ることはできやしない。勇気というのはね、あらゆる鎖から、解き放たれるためにあるものなんだ」

アルカナは、僅かに表情を曇らせる。

彼の台詞は自分が神ではないことを悟らせないための方便だったが、それでもなお、アルカナはレイは神じゃないと言いたげだった。

「君たちを縛る憎悪の鎖も、勇気を持てば断ち切られる。それがこの世界の秩序なんだよ。だから」

地面にひれ伏す禁兵へ、レイは勇気神を演じながら言う。

「もしも本当に平和が欲しいなら、憎しみではなく、勇気を持って戦うべきだ」