軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

覇軍の禁兵

魔壁塔の中は薄暗く、陰惨としていた。

じめじめとした室内に、嫌な臭いが立ちこめている。

「んー、湿っぽいし、変な匂いだぞ」

「……掃除が……必要です……」

エレオノールとゼシアがそんなやりとりをしながら、俺の後ろを歩いてくる。

階段を降りていくと、その先に明かりが見えてきた。

「ふむ。変わった者たちがいるな」

まだ距離はあるが、階段を降りたところに武装をした兵士たちが見えた。

竜の角と尻尾、鋭い爪を持ち、槍を手にしている。全員女だ。

「体の一部が竜のようだ」

「ガデイシオラ、 覇軍(はぐん) の 禁兵(きんぺい) だろう」

アルカナが言った。

彼女たちが、国境を警備する兵か。

「禁兵は、ガデイシオラの禁書により力を与えられ、神と戦う力を持った兵。竜から生まれた竜人本来の力を目覚めさせたとも言われている」

「それで、半分竜のような姿を持っているわけか」

「そう。しかし、あくまでジオルダルやアガハでは、そう言われているだけ」

他の国とは違い、自由に出入りができぬようだしな。

階段を降りきると、そこには大きな固定魔法陣が設けられていた。

周囲は魔法の結界で囲まれており、何人もの禁兵たちがそこを守護している。

俺がまっすぐ歩いていくと、その内の二人が槍を交差させ、立ち塞がった。

「止まれ。ガデイシオラに何用だ?」

「覇王に会いに来た」

「ヴィアフレア様との謁見が許されるのは、ガデイシオラの民のみ。神への信仰を捨て去り、ガデイシオラの法を遵守すると誓うならば、我が国への入国を審査しよう」

事務的な口調で、禁兵は言う。

「この奥の魔法陣は、唯一、ガデイシオラの首都ガラデナグアに通じる道。行きの魔法陣はあれど、帰りの魔法陣はない。一度入国すれば、禁兵にならぬ限り、外へ出ることはかなわない」

「ふむ。外に出られぬという話だが、その後は暮らしはどうしている?」

「入国した者は、三日以内に覇王城へ行き、そこでガデイシオラでの暮らしを詳しく聞くことになる。覇王ヴィアフレア様より、今後の身の振り方を賜るだろう」

「うっかり忘れた場合はどうなる?」

苛立ったように、禁兵は舌打ちをした。

「くだらないことを聞くな。冷やかしに来たのならば、ガデイシオラの法のもと処罰されることとなる。我々の手を煩わせるな」

「気になっただけだ。入国審査をしてもらおう」

禁兵はじっと俺の顔を睨む。

「まずは進め」

振り向き、ミーシャたちに声をかける。

「通っていいとのことだ」

呼びかけると、彼女たちは俺のもとへ歩いてくる。

禁兵たちは厳しい面持ちを崩さず、彼女たちに 魔眼(め) を凝らしている。

アルカナが通り過ぎるも、禁兵は特になにも言わなかった。

緊張した様子で、最後にファンユニオンたちがその場を通過し、魔法陣の上に乗る。

隣にいたサーシャが、ほっと胸を撫で下ろした。

「それで? 入国審査とやらは、なにをするんだ?」

「もう始まっている」

俺たちが乗った固定魔法陣の一部が欠け、< 転移(ガトム) >の魔法が使えない状態に切り替わった。

「お前はこっちだ」

禁兵はアルカナの手をつかみ、別の場所へ連行していく。

「全員、収納魔法陣を開け。盟珠を持っているなら出せ」

「ふむ。なぜだ?」

「ガデイシオラはまつろわぬ神を祀る国。盟珠と召喚神の処遇はヴィアフレア様が決める」

それでアルカナを別の場所につれていくというわけか。

彼女が背理神だとわかっているのか?

単純に普段通りの入国手続きかもしれぬがな。

末端には俺の情報が伝わっていないということも考えられよう。

切り抜けるのは容易いだろうが、この国で神がどう扱われているのかも知っておきたいものだ。

「盟珠は俺が持っている一つだけだ。調べるというのならば、好きにせよ」

俺が収納魔法陣を開くと、ミーシャたちも同じように魔法陣を展開する。

禁兵はその中に魔眼を向けた。

ジオルダルの教会でもらった盟珠は、必要がないため、彼女たちの収納魔法陣には入っていない。

探してもなにも出てこないだろう。

禁兵が、魔法陣の中を調べている隙に、全員に< 思念通信(リークス) >を送った。

『二手に分かれる。アルカナはこのまま連行してもらい、あちらの狙いを探る。背理神が目的なのか、それとも単純に神は同じ処遇になるのかを確かめよう。前者ならば、ゲヌドゥヌブのことが、なにかわかるかもしれぬ』

『お兄ちゃんの言う通りにしよう』

アルカナがそう返事をした。

『だけど、背理神が目的かどうかはどうやって確かめるのよ?』

サーシャが疑問を送ってくる。

『背理神とは違う、別の神がいればいい。同じところにつれていかれるか否かで、あちらの目的がわかる』

無論、まとめて連れていかれる可能性もあるがな。

『エールドメード先生がいれば番神を出せるけど、別の神ってどうするの?』

『レイにやってもらう』

彼は微笑みを浮かべたまま、言った。

『わかったよ』

禁兵の一人が俺の前に立つ。

「収納魔法陣は確認した。持っている盟珠を渡せ」

収納魔法陣を閉じて、俺は禁兵に盟珠の指輪を渡した。

ただし、< 創造建築(アイビス) >で作った精巧な偽物だ。

本物は、選定の盟珠だからな。

< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >で隠しておいた。

今日のところは、なるべく穏便に通りたい。

「いいだろう。それから――」

禁兵はレイに視線を向けた。

「お前も神だな?」

レイは< 根源擬装(ナーズ) >の魔法を使い、自らの根源を神のそれに擬装している。

さすがに神に見せかけるとなればかなりの無茶だが、レイの根源魔法ならば、よほどの魔眼の持ち主でなければ見抜けまい。

「こちらへ来てもらうぞ」

禁兵たちがレイとアルカナを同じ場所へ連行していく。

自然な仕草で一瞬こちらを見たレイは、うまくいったというように微笑んだ。

「それで? 他にもなにか必要か?」

「入国審査は以上だ。固定魔法陣を使い、転移するがいい。先程、説明した通り、必ず、三日以内に覇王城へ行け。その後の身の振り方は、そこで詳しく聞くことになる……いや……」

禁兵が魔法陣の術式を元に戻そうとしたところで、別の禁兵がそこへ走ってきた。

なにやら耳打ちをしている。

周囲を見れば、他の禁兵たちに取り囲まれていた。

「しばらく待て。まだ審査がある」

「ふむ。つい先程終わりだと聞いたが、なにかあったのか?」

「答える義務はない。大人しくしていろ」

とりつく島もないようだな。

「……なんか、風向き怪しくない?」

「んー、怪しいなんてもんじゃないぞ。大ピンチかも」

サーシャが小声で言うと、エレオノールはそう応じた。

「なに、なにも悪いことはしていない。堂々としていれば通れる」

「……堂々とするのは……得意です……」

ゼシアが胸を張りながら、禁兵のもとへ歩いていく。

通せ、と目に力を込めるも、手で軽く追い払われ、彼女は肩を落として戻ってきた。

「……だめ……でした……」

「んー、そんなことないぞ。ゼシアはがんばった。あと一歩だったぞ」

エレオノールが人差し指を立て、俺の方を向いた。

「ね、アノス君」

「ああ。あと少し堂々としていれば、覇王の首すら喜んで差し出してきただろう」

「魔王の一歩の話はしてないわ……」

サーシャが呆れ半分で、そう突っ込んでくる。

すると、そのとき、離れた位置にある魔法陣が光り、五人の兵士が転移してきた。

竜を思わせる全身甲冑を身につけた彼らは、地下遺跡リーガロンドロルで見た、ガデイシオラの幻名騎士団だ。

「確認して欲しいこととは?」

幻名騎士の一人が声をかけた。

禁兵が彼らに近づいていき、言った。

「あそこにいるのは、今日の入国希望者たちだ。セリス様が通すなと言っていたアノス・ヴォルディゴードという男に顔が似ている。確認してくれ」

「わかった」

幻名騎士五人はこちらへ歩いてくる。

「……やるしかなさそうですわね……?」

ミサが言う。

「今回はあまり事を荒立てたくはない。まずは話し合ってみよう」

彼女はきょとんとした表情を浮かべた。

「……いいですけど、どうなさいますの?」

「俺の誠意を見せてやる」

そうこうする内に、幻名騎士団の五人がそばまで来た。

奴らは無言で俺へ魔眼を向け、その深淵を覗く。

「……間違いない」

騎士の一人がうなずく。

そうして、俺たちを遮断するように、魔法障壁と反魔法の壁を張った。

「警戒態勢をとれ。この男は、アノス・ヴォルディゴードだっ!」

「人違いだ」

幻名騎士の魔力が揺れる。

全身甲冑で顔は見えぬが、怪訝そうな雰囲気だった。

隣からサーシャが、そんな無茶な、という視線を送ってきた。

「なにを馬鹿な。魔王アノス。お前の根源を、我らが見違えるとで、も――!?」

はっとしたように幻名騎士は五人が五人とも、首もとに手をやった。

警戒態勢を取った彼らの反魔法と魔法障壁を容易くすり抜け、< 羈束首輪夢現(ネドネリアズ) >が、そこにかけられていたのだ。

「……馬鹿な…………いつのまに…………?」

< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >をつけたため、首輪をつけられた本人にしか、それがわからぬだろう。

「ふむ。魔王アノスか。俺も聞いたことがあるな。残虐にして非道、暴虐の限りを尽くし、逆らう者には死すら優しいと思わせるほどの地獄を味わわせたという。そんな男が、こんな辺鄙な場所に現れると思うか?」

脅すように言う俺に、奴らは息を飲む。

二千年前の魔族ならば、俺の噂はよく知っていよう。

だが、真っ向から対峙し、俺の魔力に根源を威嚇されて初めて、その噂に誇張など一切なかったことに気がつく。

むしろ、殆どの者は、噂の方が生ぬるかったと悟ったものだ。

「もう一度、よく 魔眼(め) を凝らして俺の根源を見ることだ。人違いではないか? むしろ、人違いでないのならば、お前たちは今頃どうなっている?」

「……う……あ……」

「……むぅ…………」

想像がつく限りの地獄を思い浮かべたか、幻名騎士たちの魔力が恐怖に震えた。

「お前たちが今頭に浮かべた光景は、さぞ生ぬるいだろうな」

一瞬の沈黙の後、奴らは遠くで見守る禁兵へ声を発した。

「……こいつは、アノス・ヴォルディゴードではない……!」

「確かか?」

禁兵が問うと、幻名騎士が答えた。

「……ああ。人違いだ。通せ……」

そう言い捨てて、魔法障壁と反魔法を解除すると、幻名騎士たちは逃げるように去っていく。

「ああ、そうだ」

俺が声を上げると、幻名騎士は足を止めた。

「飼い犬に首輪は必要だと思わないか? 少々目を離しても、それがあれば粗相することもあるまい」

ごくり、と彼らの唾を飲む音が聞こえた。

俺のことを他の誰かに伝えれば、その身がどうなるかわからないと脅しておいたのだ。

「く、くだらんことを言うなっ」

そう言って、幻名騎士たちはまた転移していった。

「行っていいぞ。ただし、今後我々の前で私語は慎め」

魔法陣の術式が元に戻され、禁兵も警戒を解くように、所定の位置に戻った。

呆れたように俺を見てくるサーシャに、笑みを返した。

「見たか。誠意が通じた」

「……魔族がいなかったら、どうしたのよ……」

「もっと深く話し合わねばならぬところだったな」

固定魔法陣に魔力を込めれば、< 転移(ガトム) >の魔法が起動した。

視界が一瞬真っ白になり、往来を行き交う人々が現れた。

辺りは街だ。

様々な商店が軒を連ね、多くの人で賑わっている。

「ガラデナグア?」

ミーシャが小首をかしげる。

「そうだろうな」

「意外と簡単に入国できましたわね。幻名騎士団以外には、わたくしたちの情報があまりないようですし」

ミサが言った。

「アルカナとレイが連れてかれちゃったけど、大丈夫かしら?」

サーシャが心配そうな表情を浮かべる。

魔法線でつなげたアルカナとレイの視界に 魔眼(め) を向ける。

「今のところ、動きはないようだ。先程の塔で待機させられている。こちらはこちらで、やることをやるとしよう」

サーシャたちの表情が引き締まる。

「とりあえず、ゴルロアナとアヒデを助けるのよね? あんまり助けたくもないけど」

「それも重要だがな。ディードリッヒがここに着くまでは、まだ猶予はあるだろう。問題は、奴の預言の通りならば、リカルドが助からぬ可能性が高いということだ。彼を助けるには、ディードリッヒが思いも寄らぬことをせねばならぬ」

「……えーと、それはわかるんだけど、ディードリッヒは未来が見えるんだから、どうやって思いも寄らないことをするの?」

困惑するサーシャに俺は言った。

「そのための魔王聖歌隊だ」

「……それって……?」

「まずは、このガデイシオラに地上の歌を広める」

「馬鹿なのっ!?」

サーシャは舌鋒鋭く突っ込んできた。

「ディードリッヒは言っていただろう。魔王聖歌隊の歌に、予想だにせぬほど感情を揺さぶられる、とな。預言を覆すほどではないのだろうが、しかし、彼女たちの歌は、僅かに未来を揺らしているのだ」

「ナフタの盲点につながる?」

ミーシャが訊いた

「あるいは、な。試してみる価値はある。いずれにせよ、今回はナフタの盲点といかずとも、一〇万分の一の未来に辿り着けばいいことだしな」

「えーと、つまり……?」

サーシャは頭が痛そうな顔をしている。

「魔王聖歌隊の歌で、ガデイシオラの人々の感情を揺さぶる。それがくさびとなり、リカルドの命を救う形が一番だ」

「わけがわからないんだけど、それ……どうするのよ……? 歌とリカルドを助けるのがまったくつながる気がしないわ……」

「なに、なせばなる」

呆然と耳を傾けていたファンユニオンに、俺は言った。

「できるな?」

「……え、えと……そんな大それたことができるかは、わからないんですけど……」

「いつも通りに歌い、この国の民の心を揺さぶってくれればいい」

エレンたちは顔を見合わせ、こくりとうなずく。

「そ、それなら、がんばりますっ。ねっ」

「うんっ。あたしたちにはそれぐらいしかできないしっ」

「精一杯やってみますっ!」

すると、エレオノールがすっと手を挙げた。

「でも、いくらエレンちゃんたちでも、しっかり聴いてもらえないと、どうしようもないと思うぞっ。ジオルダルでは 来聖捧歌(らいせいほうか) だったし、アガハだと剣帝がいたから、聴いてもらえたけど?」

「その点も考えてある。おあつらえ向きの天気だしな」

疑問の表情を向ける彼女たちに、俺は言った。

「此度のテーマは奇跡だ。神を信じぬこの国に、歌による救済をくれてやろう」