軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

始祖の答え

「いつまで泣いている? 立て、サーシャ」

俺が言葉を発すると、彼女は泣き腫らした赤い目をゆっくりと向けてきた。

「諦めるのはまだ早い」

「……ミーシャの代わりにわたしを消すことができるの?」

「できるかできないかで言えば、できる。< 主格交代(デルト) >だったか? ミーシャの拒絶をトリガーにしなければならないのはお前が未熟だからだ」

すると、ミーシャが訴えるような視線を向けてきた。

「それはだめ」

「安心しろ。そんなことをするつもりはない」

今度はサーシャが言った。

「お願いっ! アノスッ。わたしを消して! わたしはもう十分生きたわ! 残りの人生はミーシャにあげる」

「元々いなかったのはわたし。サーシャが犠牲になるのはおかしい」

サーシャとミーシャは俺に訴える。

互いに庇い合い、自分が消えるべきなのだ、と。

やれやれ、まったく、なんと健気なことか。

だが、残念ながら二人の主張は俺の流儀ではない。

「そういえば、適性検査でこんな質問があったな」

入学試験の内容を振り返り、俺は言った。

「力はあるが魔王の適性に乏しい娘と、力はないが魔王の適性に長けた息子がいたとする。あるとき二人は神の呪いを受け、死にかける。呪いを解くための聖杯は一つ。どちらを救うべきか。このときの始祖の考えを述べよ」

二人に向かい、俺は問いかけた。

「正解はなんだ?」

「適性に長けた方」

答えたのはミーシャだ。

「なぜだ?」

「どれだけ力があっても適性のない魔族に、魔王は転生しない」

なるほど。この時代らしい考え方だ。

血統や適性を重視する現在では、それが正解とされているのだろう。

「それは間違いだ」

ミーシャはじっと俺を見る。

「力がある方に転生する?」

前者を選ぶなら、力のある者こそが魔王だという考えになるだろう。

だが――

「それも間違っている」

ミーシャは、わからないといった風に目をぱちぱちと瞬かせた。

「そもそも、どちらを救うべきかと訊いてくるこいつは誰だ? 始祖がいつどちらかしか救えないと口にした? 神の呪いだと? なぜ神如きに俺が屈する?」

サーシャとミーシャに向かい、堂々と俺は言った。

「正解は、聖杯を二つにして両方救う、だ」

俺の言わんとすることがわかったのだろう。力なく、しかしサーシャは確かに立ち上がった。

「二人とも助けてやる」

「……だけど、どうやって……? そんなの考えなくても無理だってわかるわ。わたしたちの体と魂は元々一つ。それをずっと二つに分けておくことはできない。ミーシャの器を用意したって、魂は半分だけじゃ長く生きられない。転生させたって、それは同じよ」

不可能だとサーシャは理屈を並べる。

だが、それでも彼女は立った。不可能だとわかっていたなら、なぜ立ち上がったのか?

期待しているのだろう。僅かな望みに賭けているのだ。

班別対抗試験のときのように、この俺がつまらん常識を覆すのを。

その期待に、応えてやらぬわけにはいくまい。

「すべての原因は、お前たちが元々一つだったということだ」

「……だから、無理ってことでしょ……?」

「いいや。簡単な理屈だろう。それなら、元々二つだったことにしてしまえばいい」

サーシャが目を大きく見開き、驚きをあらわにする。

「そんなこと、どうやって?」

「過去を変える」

サーシャは絶句した。まさか、過去が変えられるものだと思っていなかったのだろうな。

だが、真の魔法というものは時さえも軽く超越するのだ。

このレベルになると、さすがの俺も、容易いとまでは言えないが。

「十五年程度なら、< 時間操作(レバイド) >で遡れる」

すると、今度はミーシャが言った。

「過去を変えれば、わたしは生まれない」

「……そうよ。< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >の魔法で、初めてミーシャが生まれたんだもの。最初からわたしたちが双子だったりしたら、今ここにいるミーシャは消えるわ。妹ができたって、それはミーシャじゃない……」

たとえ過去を変えたとしても、今度はミーシャが生まれない。

文字通りの八方塞がり、不可能というわけだ。

だが、不可能さえ滅ぼすのが、魔王というものだ。

「分かれた二つの魂、つまり根源は、いつか必ず一つに戻る運命だ。なら、もう一つ根源があればいいと思わないか?」

「どういうことよ?」

「サーシャがもう一人いればいい。もう一人のサーシャを< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >で分ければ、同じく根源が半分になったサーシャとミーシャが誕生する」

半ば呆然と二人は俺の話を聞いている。

「サーシャはサーシャと、ミーシャはミーシャと融合させる。簡単な足し算だ。そうすれば、一つの完全な根源を持った、お前たち二人が誕生する」

「……意味がわからないわ……。それはわたしがもう一人いれば、そうかもしれないけど、どこにいるのよ? まったく同じ人物を作るなんて、そんな魔法があるっていうの?」

「残念だが、どんな魔法を使っても同一人物は生み出せない。俺たちの根源はこの世にただ一つしかない」

「じゃ、やっぱり無理ってことでしょ?」

「いいや。同一人物は生み出せないが、もう一人の自分に会いに行くことはできる」

「……どうやって……?」

「過去を遡れると言ったはずだ。過去にいるお前たちと、現在のお前たちを融合させる」

さすがのサーシャとミーシャも、まるでわからないといった表情を浮かべている。

起源魔法< 時間操作(レバイド) >を使った際に生じる時間概念を、彼女らは知らないのだ。

神話の時代とて、数秒前の過去を変えられる魔族が何人いたかといったところだからな。

「つまり、今ここにある二人の根源を、十五年前に送り込む。そこには生まれたばかりのお前たちの根源がある。現在も過去も二つの根源は元々一つだった。ミーシャとサーシャは同一人物。当たり前だが、過去のミーシャと現在のミーシャも同一人物だ。そして、二つの根源は一つに戻ろうとする。ならば、過去のミーシャの根源と、現在のミーシャの根源を一つに融合することはできる。サーシャも同じだ」

「……どうなる……?」

「有り体に言えば、十五年前に、お前たちは双子で生まれたことになる」

過去改変には様々な法則があり、厄介だ。

双子が生まれたことに誰かが気づけば、時間の矛盾が発生し、過去の改変はうまくいかない。

だから、誰にも気づかせないように、世界にすら悟られぬよう、そうするのだ。

「過去は改変されるが、お前たちも、アイヴィスも、ミーシャは< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >で生まれたものだと勘違いする。これまでの人生も、世界の歴史も、塵一つの変化はない。結果として変わるのは一つだけ、明日の0時になってもミーシャはここにいるということだ」

信じられないといった顔をしながら、サーシャは言った。

「……そんなことが、本当にできるの……?」

俺ははっきりとうなずいた。

「皇族なら起源魔法は使えるな?」

「使えるけど……」

ミーシャに視線をやると、彼女もうなずいた。

「< 時間操作(レバイド) >を使うのはお前たちだ。俺が過去を遡ってもなんにもならないからな。お前たちの根源が過去を遡り、そして元々ミーシャとサーシャが生まれたことにする」

「……待って、起源魔法の基礎はわかってるけど、そんな大魔法、とてもじゃないけど……」

「そのために< 魔王軍(ガイズ) >を使った」

俺たち三人の根源は、< 魔王軍(ガイズ) >の魔法線によって繋がっている。俺の魔力を彼女らに注ぎ込むことができ、また魔法線を通して魔法行使を補助できる。

「魔力と魔法行使は俺に任せろ。お前たちがやるのは一つ、その 魔眼(め) で起源を見据えることだ。対象にする起源は二つ」

俺は指を二つ立てた。

「一つはお前ら自身の起源。母親のお腹にいた頃を見据えろ。それによって< 時間操作(レバイド) >が遡る時間が決まる」

正確にその頃の起源を覗くことができれば、十五年前へ遡ることができる。

「もう一つ。これが重要だが、魔法を成立させるための、力を借りる起源を魔王の始祖とする」

起源魔法は古いものにほど魔力が宿るという法則を利用している。

二千年前の俺から力を借りるぐらいなら、今の俺が力を貸してやればいいのではないかというと、そう単純な話でもない。

起源魔法を使うにあたっては、二千年前の俺から力を借りた方が遙かに強いのだ。二千年という歳月が魔力を増強させ、魔法を強固にするからである。

まあ、面倒な魔法概念は説明しても仕方がない。

早い話、言いたいことは一つだ。

「いいか? 俺が始祖だ。お前たちが信じている暴虐の魔王はでっちあげられた偽物だ。俺を始祖だと信じ、起源魔法を使え。そうでなければ< 時間操作(レバイド) >は成功しない」

ミーシャとサーシャは顔を見合わせる。

そして、覚悟を決めたようにお互いうなずいた。

「信じる」

と、ミーシャが言った。

「どのみち、もうあなたを頼る他ないもの。もし、ほんの少しでも、可能性があるのなら、わたしは悪魔だって信じるわ」

そう、サーシャが言った。

「その言葉、忘れるな」

俺は手をかざし、< 時間操作(レバイド) >の立体魔法陣を室内に描く。

サーシャとミーシャを中心にし、瞬く間に、時間を超越する魔法術式が組み上がった。

魔法行使を行うため、意識を集中する。

そのときだった。

ドガラガァンッとけたたましい音を立て、天井が崩落する。

崩れた瓦礫の山が重力に従い、この場所に降り注ぐ。

そして、それをよりも速く、一直線に落下してきた影があった。

俺の目が、骸骨の顔を捉えた瞬間、奴はすでに僅か数センチの距離まで迫っていた。

その手には、まるで夜を凝縮したかのような漆黒の魔剣が握られている。

神話の時代の逸品だろう。

禍々しい魔剣は俺の反魔法を難なく突破し、皮膚を破り、肉を裂き、そして確かに心臓を貫いた。

鮮血が散る。

「……アノスッ……!!」

サーシャが悲鳴のような声を上げる。

「さらばだ。名も知れぬ強き魔族よ」

七魔皇老が一人、アイヴィス・ネクロンは低い声を発し、とどめとばかりに俺の胸に魔剣を押し込む。

「……サーシャ……」

「……わかってるわっ!」

ミーシャが< 創造建築(アイビス) >の魔法を使い、アイヴィスの体を鋼鉄の牢獄で覆う。その瞬間、サーシャは<破滅の魔眼>にありったけの魔力を込めた。

「死になさいっ!!」

降り注ぐ瓦礫の他、周囲の物という物が音を立てて、一斉に砕け散っていく。

「静かにするがいい」

アイヴィスは片手を振った。<破滅の魔眼>が封殺され、鋼鉄の牢獄が破られる。< 拘束魔鎖(ギジェル) >の魔法が発動し、魔力の鎖がサーシャとミーシャを縛り上げた。

「貴様らは大事な器だ。大人しくしているがいい。もうまもなくだ。< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >が完了し、始祖がここに転生なされる」

アイヴィスは天を仰ぎ、降り注ぐ月明かりを見つめる。

「ふむ。なるほどな。< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >は始祖を転生させるための器を作る魔法というわけか」

驚愕したようにアイヴィスは、心臓に魔剣が刺さったままの俺を見た。

「……馬鹿な……魔剣ガドルの傷は癒せぬはずだ……」

確かに、さっきから回復魔法がまるで働かない。

だが、それだけのことだ。

「たかだか心臓を潰したぐらいで俺が死ぬとでも思ったか?」

俺はアイヴィスの顔面をわしづかみする。

この至近距離に奴を呼び込むために、あえてその一撃を受けた。

「そろそろ来る頃だろうと思っていたぞ、アイヴィス・ネクロン。千年もかけて研究した融合魔法を、自らの子孫に施した。それを台無しにされるのを、見過ごすマヌケとも思えないからな」

奴の体の内側に魔法陣を描く。

神話の時代の魔族には、生半可な魔法は通らない。

「悪いが、遊んでやれる時間もない。早々に退場してもらうぞ」

凝縮した魔力を一気にアイヴィスの内側に叩き込む。

「< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >」

瞬間、アイヴィスの内側に出現した漆黒の太陽が、幾重にも張り巡らされた奴の反魔法をズタズタに引き裂き、その体を内部から崩壊させていく。

黒い光がアイヴィスの体から漏れ始め、大きく弾けた。

「ぐ……がぁぁ……なん、だ……この魔力は……。馬鹿な……魔法の知識のみならず、この私よりも……強い、だと……!?」

吹き飛んだアイヴィスは、体内に荒れ狂う< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >に必死に抵抗しようとしている。

「ふむ。さすがは神話の魔族、なかなかしぶとい」

俺は自分の心臓から、魔剣ガドルを引き抜く。

「この魔剣の傷は癒せないんだったな」

魔剣ガドルをアイヴィスめがけ、投擲した。

吸い込まれるようにその漆黒の剣は、アイヴィスの髑髏に突き刺さる。

勢いはなおも収まらず、奴の体が宙を浮き、そのまま魔剣で壁にはりつけにされた。

「ぐ……がぁ……ぁ……」

こんなところか。

死んではいないが、少なくとも、しばらくは抵抗できまい。

俺は反魔法を使い、サーシャとミーシャを縛り上げている< 拘束魔鎖(ギジェル) >を切った。

「無事か?」

二人はこくりとうなずいた。

ふむ。零時まで残り一五秒か。余裕だったな。

もっとも、過去を改変するとなると、これからが本番なのだが。

「さあ、最後の仕上げだ。俺を信じろ」

構築した魔法陣に魔力を注ぎ込み、起源魔法< 時間操作(レバイド) >を発動した。