軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

たゆたう記憶は、夢を重ねて、水面に浮かぶ

自由行動が終わった後、魔王学院の生徒たちと共に、ジオルヘイゼの街並みを見て回った。

神竜の霊地以外にも、かがり火の灯されている場所は各地にあり、そこでも聖歌隊が歌を神に捧げていた。

外から巡礼者が多く入ってくる時期だからか、明らかによそ者だろう俺たちにも不審な目を向けられることなく、むしろ温かい歓迎を受けた。

適当な店に入り、食事をとった後、 竜着(りゅうつ) き場に戻ってきた。

魔法陣を描き、そこに< 創造建築(アイビス) >で魔王城を建てる。

聖歌の祭礼の時期だ。司教から許可を貰ったとはいえ、あまり目立つことのないように、殆どの階層を地下に埋める。表に出ているのは、正門のある一階部分だけだ。

「最下層は教師たちの部屋とする。それ以外の部屋は各自話し合い、好きに使うがよい」

正門を開ければ、生徒たちは魔王城へ入っていく。

「ジオルヘイゼの治安は良いようだが、夜は人気も少なくなるだろう。外出はするな。助けにはいかぬ。それでも構わなければ、好きにすればよいがな」

それだけ釘を刺し、俺も正門をくぐった。

一階部分に設けられた魔法陣の上に乗る。

ついて来たのは、シン、エールドメード、アルカナだ。

魔法陣に魔力を込め、最下層へ転移する。

「奥の部屋は俺が使う。残りは好きにするがいい」

「御意」

短く言葉を発すると、シンは迷いなく歩いていき、奥の部屋の手前に位置するドアを開けた。

そこならば、万が一、敵の襲撃があった際に俺の部屋への侵入を阻むことができる。

「では、あちらの部屋を借りようではないか」

エールドメードは俺の部屋から一番離れた部屋に入っていった。

「お前はどうする?」

アルカナに尋ねると、すっと奥の部屋のドアを指した。

それはこの城に不釣り合いな木造である。

「あの部屋は、なにか意図している?」

「ほんの余興だ。作ってみれば、なにか思い出すかとも考えてな。見せてやろう」

ゆるりと奥の部屋まで歩いていき、そのドアを開けた。

中は木造の部屋であり、さほど広くはない。

調度品や家具も上等なものではなく、ごくごくありふれた一品だ。

あの夢の中で見た、妹と共に森で暮らしていた家を再現してみたのだ。

あれが俺の記憶だとすれば、そのときも< 創造建築(アイビス) >で作ったのだろう。ふと思いついたので戯れで再現してみたが、しかし、特に記憶に引っかかるものはない。

「これが、あなたが夢で見た記憶?」

「妹と暮らしていた家のようだがな」

じっとアルカナはその家を見回す。

「どうしてだろう? 覚えがある気がする」

彼女はすっと歩いていき、別室へ続くドアに触れる。

「ここは、寝室?」

「そうだ」

「ベッドが二つある」

アルカナが扉を開ける。

そこに並んでいた二つのベッドを、彼女は不思議そうに見つめた。

「そういえば、妹の名を教えてなかったな」

アルカナの後ろに立つと、彼女が顔を後ろに倒し、見上げるように俺に視線を向ける。

白銀の髪がふわりと揺れた。

「アルカナだ」

一瞬口を噤み、それから彼女は言った。

「……どうして、わたしと同じなのだろう?」

「さてな。二千年前、お前が俺と会ったことがあるというのなら、あるいは俺の妹だったのかもしれぬ」

アルカナは不思議そうな表情を浮かべた。

彼女はまた前を向き、寝室へ入っていく。

ベッドに視線を落とした後、また俺を振り返った。

「名もなき神となる前に?」

「可能性があるとすれば、それしかあるまい。まあ、疑問に思うのは道理だ。どういう経緯でそうなっているかは、俺も見当がつかぬ」

言いながら、ベッドの方へ歩いていき、そこに腰かける。

「まあ、同名の別人だとしても、ありえぬ話ではない。夢の妹はお前とはずいぶんと性格が違った」

じっと考え込んでいるアルカナに、俺は目を向ける。

「アルカナ。一つ確認しておくが、お前は記憶を取り戻したいのか?」

「それが、あなたの救いになるのなら」

ふむ。即答か。

「お前はつくづく神のようだな」

ベッドに寝転がり、天井を見上げる。

「お前は自ら名を捨てたはずだ。あるいは記憶も捨てたかったのかもしれぬ。思い出してしまえば、また名もなき神に戻れるとは限らぬ」

「……名を捨てたのは、わたしの罪なのだろう。だから、わたしは彼に絶望を与えてしまった」

彼とは、アルカナが名もなき神となった後、救えなかった男のことだろう。

「その過去がどんなものであれ、わたしは忘れてはならなかったのだと思う」

「名を捨てねば、お前は心を手に入れられなかった」

「それは正しい。けれど、感情を手に入れた今、わたしは思う。神の名と記憶を取り戻したい。それは、忘れてはならないものだった」

感情がなかったからこそ、名と記憶を捨てられた。

そして、それと引き換えに感情を手に入れたからこそ、再び失った名と記憶を求める。

ままならぬものだな。

「あなたが教えてくれた。きっと、神の名と記憶を取り戻し、感情を失わない方法があるのだろう。そうして、人々を救い続けることが、わたしの贖罪になるのだと思う」

「心が決まっているのならば、それでよい」

アルカナは俺のもとへ歩いてきて、ベッドの上に乗った。

「たゆたう記憶は、夢を重ねて、水面に浮かぶ」

「どういう意味だ?」

「わたしがあなたの妹だったなら、わたしの夢とあなたの夢を重ねれば、強く記憶を想起できるかもしれない」

なるほど。

「あなたへの負担は大きくなる」

「構わぬ。それで記憶が戻るかもしれぬならば、やってみるがいい」

「ありがとう」

アルカナは俺の体に跨るように膝をつき、そっと胸に手をおいた。

そうして、額と額と重ねてくる。

彼女の体に魔法陣が浮かび、纏った衣服が光り輝き、うっすらと消えていく。

そのとき、バゴンッと勢いよくドアが開け放たれる。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」

アルカナが振り向く。

サーシャとミーシャがそこにいた。

「嫌な予感がして来てみれば、このふしだら神っ。わたしがいる限りは、そういう不埒なことはさせないわっ!」

「魔族の子。これは記憶を取り戻すのに必要なこと。ふしだらではなく、神聖。不埒ではなく、清浄」

「知ってるわ。でも、記憶を取り戻すのに、一緒に寝る必要があると思ったかって、アノスなら言うんだからっ! 絶対、言うんだからっ!」

真っ赤な顔でサーシャがまくし立てる。

「まあ、できなくはないがな。しかし、正式ではない魔法の使い方は精度が落ちる上に魔力の消費が大きい。別段、寝るのを避ける意味はあるまい」

そう口にすると、サーシャは押し黙った。

「そんな顔をするな。配下の忠言を聞かぬ俺ではないぞ。なにか問題があったなら、言ってみるがいい」

「……問題は…………」

サーシャは俯く。

「だって……」

真っ赤な顔で、か細い声を絞り出すかのように、彼女は言う。

「だって、嫌なんだもん……」

「なぜだ?」

困ったようにサーシャが口を閉ざすと、代わりにミーシャが言った。

「サーシャはアノスが心配」

「アルカナが俺になにかすると?」

ミーシャが首を左右に振る。

「アルカナは良い子。でも、心配は心配」

まあ、わからぬ話ではない。

万が一にも、主君になにかあればと考えるのは配下としては当然のことだろう。

「ならば、ちょうどいい。お前たちも夢の番神に過去を見せてもらえ」

「……はい?」

サーシャがきょとんして俺を見返す。

「心配ならば、そばで見張っていろ。そのついでに夢を見させてもらえばいい。夢の番神の秩序に直接触れていれば、なにか不審な動きがあったときにもわかるだろうからな」

「……で、でも……それって……」

サーシャがもじもじとしながら、俺の意図をうかがうように視線を向けてくる。

「一緒に寝る?」

ミーシャが訊いた。

「それで問題あるまい」

「も、問題あるまいって……」

「不服か?」

「……そ、そういうわけじゃないけど……」

サーシャは真っ赤な顔で俯いた。

「ならば、来い。俺もお前がそばにいてくれるのならば安心だ」

「……そ、そうなの……?」

「ああ」

「……そっか。そうなんだ。そっか……」

考えをまとめるように、サーシャはうんとうなずいた。

「……アノスがそう言うなら……し、仕方ないわ……」

ぎこちなく歩きながらも、サーシャはベッドの方までやってきた。

その後ろにとことことミーシャが続いた。

「えと、ど、どうすればいいのかしら……?」

「アノスの左右に」

アルカナが言う。

その言葉に従い、ミーシャが俺の左にちょこんと座り、ぱたんと倒れた。

サーシャは俺の右に来て、身を硬くしながらも寝転がる。

ミーシャがこちらを向き、柔らかく微笑んだ。

「どうした?」

「家族みたい」

「そういうものか?」

「ん」

アルカナが再び俺の頭に額を寄せ、口を開く。

「分け隔てなく、境を挟まず」

アルカナが全員に魔法陣を描く。衣服が光に包まれた。

「まっ、待って、ねえ、これって裸になる奴じゃないっ?」

「反魔法を止めて。あなたたちの収納魔法に入れるだけ」

「そっ、そうじゃなくて。布団は? 布団くらいかけてもいいんじゃないっ?」

アルカナはうなずく。

「温かな雪は寝床に変わる」

ふわりと舞った雪月花が、俺たちの下にあった布団を光らせ、薄い一枚の布に変化させる。それが俺たちの上にかけられた。

そのままアルカナの魔法が発動し、俺たちの衣服は光にさらわれ、全員が一糸まとわぬ姿になる。

ミーシャがぱちぱちと瞬きをすると、ふっと照明が消える。

壁にかけられた小さなランプにだけ、彼女は魔法で火をつけた。

ミーシャの顔に視線をやれば、小さな声で彼女は囁く。

「見ないで」

彼女ははにかむ。

動じぬミーシャにしては珍しく、恥ずかしがっているようだ。

「わかった」

俺は上にいるアルカナの方を見たが、ミーシャは横になったまま、じっとこちらに視線を向けている。

一方で、サーシャはそっぽを向くようにして、身を硬くしている。

「サーシャ」

アルカナが彼女を呼んだ。

「な、なによ?」

「体を楽に。それでは夢に入れない」

「……そ、そんなこと言われても……こういう感じかしら……?」

サーシャは自然体になろうと試みるが、そうすればするほど、体にはますます力が入り、がちがちになっていく。

「そう気負わずともよい」

手を伸ばし、サーシャの頭をつかんではゆるりとこちらへ向ける。

「きゃっ……え、えと……あの……あのっ……?」

「俺の目を見よ」

じっと彼女はその瞳を俺に向ける。

「…………はい……」

「俺のために来てくれたのだろう?」

こくりとサーシャはうなずく。

「嬉しく思うぞ。だが、それほど気負わず、いつも通りにしていればよい。どうせ何事も起こらぬ。ただ昔の夢を見るだけだ」

「……うん」

そう口にすると、サーシャは俺を護ろうとでもするように、額を俺の体にぴたりとつけてきた。

まだ幾分か固さは残っているが、だいぶ気負いはとれたようだ。

「これでいいか?」

アルカナはうなずき、また俺の額に額を重ねた。

「夜は訪れ、眠りへ 誘(いざな) い、たゆたう記憶は、夢を重ねて、水面に浮かぶ」

全員の体が、淡く透明な光に包まれる。

誘うような眠気に身を委ねれば、すうっと意識が遠のいていった。